アルテミス・月軌道上の戦い 壱
2199年7月21日 月 首都・竹取 シャクルトン・竹取基地
月面の南極付近に位置するシャクルトンクレーター内部に建設された首都「竹取」は、人類史上初めて民間人の宇宙移民が行われた都市である。1500万人の人口を有し、火星の首都「水龍」に次ぐ大都市であった。
月全体には78の都市が点在し、各都市は地下高速鉄道で結ばれ、総人口は10億人に達する。22世紀中盤以降は、惑星全域が人類の活動範囲と化した火星に開拓競争で遅れを取っているが、それでも尚、宇宙開発の要衝であり、地球外最大の宇宙軍基地が存在する。それに属する「国連宇宙軍月面方面派遣部隊」も各天体中で最大規模であり、宇宙最強の軍隊として「アルテミス艦隊」の俗称を得ていた。
そして今、そのアルテミス艦隊こと、月面方面派遣部隊の兵士たちは、クレーターの外縁にある基地の戦闘機格納庫に集合していた。司令の峰岡凛は、整列する兵士たちを見下ろしながら、避けられない戦いを前にした彼らを鼓舞していた。
「すでに、我々『国際連邦宇宙軍』はその創設以来、かつてないほどの危機に晒されている。だが、我々は地球の最終防衛線『アルテミス艦隊』! 極悪非道な宇宙漂流連合に、目に物を見せてくれようぞ!」
「・・・!!」
その言葉を聞いて、兵士たちは生唾を吞み込んだ。月面では、地球圏へ迫り来る敵に対して、着々と準備が整えられていた。
シャクルトン・竹取基地 ミサイル発射施設
太陽系最大の宇宙軍事基地である「シャクルトン・竹取基地」には、その所属施設としてミサイル発射施設が存在する。基地の外れに建設された連装式の発射台には、すでに4基の極音速ミサイルが装填されており、その弾頭を宇宙に向けている。
この発射施設を管轄する幹部、アメリカ合衆国宇宙軍中佐のライアン=マニュエルは、管制施設のコントロールセンターにて、巨大ディスプレイが映し出すミサイルの弾頭を見つめていた。
「核弾頭極音速ミサイル『オミクロン』・・・元々は月面に接近する隕石の迎撃用に配備されていたものです」
ミサイル施設勤務の職員が、ライアン中佐に説明をしている。この「シャクルトン・竹取基地」には、地球外で唯一「核弾頭」が配備されていた。
「ああ・・・まさかこんな形で使う時がくるとはな」
元々は隕石迎撃を理由に配備されていたものである。しかし、外宇宙からの襲撃者という予期せぬ敵を前にして、ついに国連安全保障理事会から月面配備核兵器の使用許可が降りたのだ。
「核は、敵のバリアに通用するでしょうか・・・」
「我々、地球人類が持ち得る最大の武力だからな」
ライアン中佐は複雑な心境でミサイルの弾頭を見つめる。その弾頭にはアメリカ空軍から供与された水爆が込められていた。
〜〜〜
同日 地球 アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C 国際連邦本部
アメリカの首都ワシントンD.Cに本部を置く「国際連邦」は、21世紀前半の「東亜戦争(第3次世界大戦)」と「日本国消失」に端を開く、世界的な経済と政情不安、治安危機に対応するため2039年に「国際連合」に代わって設立された、人類史上3つ目の国際機関である。
国際連合と比較して軍事力の強化が進み、各加盟国から一定数の軍事力を義務的に招集し、「平和維持軍」という常備軍を組織している。これは国際連合の平和維持活動(PKO)とは比較にならないほどの規模と権限を有しており、情勢不安が続く地域に適切に配備され、各地で治安維持に従事しているのだ。
さらに日本政府主導の宇宙開発事業が本格化してからは、同国政府の強い働きかけで「宇宙開発機構」と「国連宇宙軍」が新たに設立された。宇宙開発・宇宙移民は国連主導の一大事業となり、人類にはようやく繁栄が戻りつつあった。
だが、その繁栄に影を刺す存在が現れる。太陽系の外側から、宇宙漂流連合という異星人の連合体が現れた。一度は融和への道が見えたが、相手が突然豹変したことで、地球人類は歴史上最大の危機に瀕することとなった。
そして今、国連の最高意思決定機関である「安全保障理事会」は、ある1つの話題で紛糾していた。それは日本政府代表部が突如として持ち込んだ“ある提案”に端を発していた。
国際連邦安全保障理事会
常任理事国:アメリカ、カナダ、ロシア、インド、ブラジル
非常任理事国:日本、イタリア、イングランド=ウェールズ、オーストラリア、アルゼンチン、エジプト、中華民国台湾、フィンランド、スイス、タイ
「・・・『扶桑』の出撃は認められない!」
「日本政府は、国際連邦加盟時の誓約を反故にするつもりか!」
それは28世紀の「宇宙戦艦・扶桑」の出撃を求めるものだった。およそ150年に渡って抜かずの刃に甘んじていた兵器、それを目覚めさせるべきかどうか、その是非について、議会は紛糾していたのである。
「しかし、他に手立てはないのでは・・・」
「扶桑は核兵器など遥かに超える大量破壊兵器だぞ!?」
「そうだ、日本政府は信用できない!」
人類滅亡の危機が迫った現場では、普段の安全保障理事会ではあり得ないほどの本音が飛び出している。議会はアメリカやロシアを筆頭とする反対派、インドや中華民国台湾を筆頭とする賛成派、そしてカナダ、フィンランドを筆頭とする中立派に分かれている。
地球最大の危機が迫っても尚、地球人類は真に団結することが出来ないでいた。日本政府代表の園田イズミは憤慨する。
「・・・皆さんは何故、我が国をそう信用できないのか!? 敵は“宇宙”です! 国家間の対立は今は忘れるべきだ!」
園田は扶桑の出撃解禁を強く訴える。そして地球人類としての団結を主張した。
「月面にはすでに合衆国空軍の核弾頭が配備されている! 宇宙漂流連合のバリアが如何に強力であっても、熱核兵器には耐えられまい!」
「しかし、熱核弾頭が敵のバリアに有効打となる保障はない!」
「それは扶桑も同じではないか!」
アメリカ合衆国政府代表は水素爆弾での迎撃を理由に、扶桑の出撃は必要ないと主張する。だが、異世界で熱核兵器を凌いだエルメランドの宇宙船を経験している日本は、扶桑の出撃に拘り、反論を続けていた。
〜〜〜
月 シャクルトン・竹取基地 ミサイル発射施設
安全保障理事会が全くまとまらない状況下で、敵はすでに月に迫っていた。シャクルトン・竹取基地のミサイル発射施設が稼働を始め、発射台がゆっくりと動き始める。発射台は連装式となっており、4基のミサイルが装填されていた。
発射台から離れた場所にあるコントロールセンターでは、職員たちが慌ただしく動いている。
「ラグランジュポイント固定レーダー、目標探知!」
「識別コード不明! 敵艦隊かと思われます!」
宇宙空間に設置された人工衛星のレーダーは、月に迫り来る敵の影を捉えている。火星、金星、木星、そして土星の宇宙軍を瞬く間に殲滅させてきた連中が、ついに地球へと迫っていた。
「『オミクロン』、発射シークエンス開始!」
「『オミクロン』発射用意! 弾頭は熱核兵器『W88』!」
「4連装ミサイル発射システム開始! 管制システム稼働、問題なし!」
「発射カウントダウン開始、打ち上げ1分前!」
核弾頭ミサイルの発射準備が開始される。カウントダウン開始宣言と共に、機械音声による無機質な秒読みが始まった。人類史上初めて、宇宙空間で核兵器が使用される瞬間が迫る。
「ウォーターカーテン散水開始」
「フライトモードオン!」
「全システム準備完了」
「1号発射筒、ミサイルメインエンジン点火!」
「リフトオフ!」
ミサイルのエンジンに赤い炎が点る。その直後、月の重力をあっと言う間に振り切って、宇宙の彼方へと消えて行った。
「・・・2号発射筒、ミサイルメインエンジン点火!」
「リフトオフ!」
続けざまにもう1基のミサイルが点火され、宇宙へと飛び立っていく。そして3基目、4基目と核弾頭が宇宙へと送り出された。
「全弾発射完了!」
「発射筒冷却開始! 次弾装填急げ!」
4発の極超音速ミサイルが宇宙空間に放たれた。それは敵艦隊を捉えている「ラグランジュポイント固定レーダー衛星」の中間誘導を受けて、敵艦隊に向かっていく。22世紀の人類が持つ最大の武力が、宇宙からの侵略者に挑む。
〜〜〜
宇宙漂流連合女王府親衛隊 旗艦「グリンディッツ」
太陽系の各地で破壊行為を繰り広げた宇宙漂流連合軍のうち、金星に派遣された第1艦隊と、火星に派遣された女王府親衛隊、第4艦隊が合流し、月、ひいては地球へと迫っていた。
宇宙漂流連合軍は5つの艦隊と女王府親衛隊から構成されている。その中で第4艦隊は、最初の火星制圧のために派遣され、以降は火星の占領政策に従事していた。その後、連合の行政部による開戦が宣言され、第1艦隊は金星へ、第2艦隊は木星へ、第3艦隊は土星へ派遣された。そして女王府親衛隊が火星に派遣された時、女王府の討伐に加えて、第4艦隊の指揮系統は親衛隊に接収されてしまったのである。
宇宙漂流連合軍はアンドロイドやAIによる完全な無人化が完了しており、生身の人間は指揮に関わる者たちや一部整備員がいるのみで、武装したり、戦闘機に搭乗して戦う“兵卒”というものは存在しない。
地球でも同様に、AIによる軍事の少人数化が進められているが、連合の様に歩兵を全てアンドロイドに置き換えたり、完全無人制御の軍艦や航空機などはまだ実用化されておらず、両者の人的事情には凄まじい乖離があった。
「フン・・・あれが『チキュウ』の衛星ね」
女王府親衛隊司令、ウィッテ=シン・カルガイーは暗い宇宙に浮かぶ地球の衛星を見つめる。かつて、クレーターだらけだった不毛の星は、21世紀後期の移民開始以降、開拓と発展を続け、輝かしい街の灯が輝く天体となっていた。
開拓競争で火星に劣りつつも尚、地球人類の宇宙開発の要衝で、火星に次いで太陽系第2位の人口10億を抱える星である。都市は月面の各地に点在し、居住区や公共施設の大部分は地下に存在する。そして各都市は月面の地下を網目のように結ぶ高速鉄道によって結ばれていた。
そして月面には、太陽系で最大規模の国連宇宙軍が駐留している。「国際連邦宇宙軍月面方面派遣部隊」・・・人々は地球圏の守護者である彼らのことを「アルテミス艦隊」と称した。
「チキュウと連合の科学力の差は歴然! 皆の者、何も恐れることはないぞ! 我々の新たな故郷は目の前だ!」
「・・・はっ!」
ウィッテは白銀の長髪をたなびかせながら、絶対の自信をもって兵士たちを鼓舞する。夢にまで見た“水と緑の惑星”を間近にして、女王府親衛隊の兵士たちも高揚感を隠せない。
・・・
<宇宙漂流連合軍 第1次地球圏攻撃艦隊>
司令 ウィッテ=シン・カルガイー中将
旗艦 宇宙戦艦「グリンディッツ」
構成 女王府親衛隊 宇宙戦闘艦43隻 宇宙航空母艦4隻
第1艦隊 宇宙戦闘艦51隻 宇宙航空母艦3隻
第4艦隊 宇宙戦闘艦54隻 宇宙航空母艦3隻
・・・
女王府親衛隊の旗艦・宇宙戦艦「グリンディッツ」は、3連装粒子ビーム砲を5基、その他近接 防御用のレーザー砲や誘導弾の発射筒などを備えた全長455メートルの大型宇宙航行艦である。誉れ高き女王の守護者として、その艦体には王家の紋章が刻まれており、他の所属艦にも同様の紋章が刻まれていた。
それだけではない。ウィッテが率いる「第1次地球圏攻撃艦隊」は、女王府親衛隊と第1・第4艦隊が合流した連合艦隊であり、あらゆる艦種を合わせて合計160隻、さらに1300機を超える宇宙戦闘機を擁していた。
だがその中で人員が乗船しているのは、各艦隊の旗艦と宇宙航空母艦のみ。その他の戦闘艦や全ての宇宙戦闘機はAIが操縦し、アンドロイドが整備を行う完全な無人兵器であった。連合において地球人が想像する様な“兵士”が存在するのは、儀礼的な存在である“近衛師団”のみであり、その他の軍は完全な無人化が成されているのである。
「先行偵察艇より緊急通信! 高速接近中の物体あり!」
「解析によると、チキュウの誘導弾かと思われます」
艦隊の最前列を進む船から、緊急報告が届けられる。それは月面より発射された核弾頭ミサイルの接近を知らせるものだった。
「チキュウの兵器など放っておけ・・・」
だが、今までの戦闘から地球の軍事力をみくびっていたウィッテは、特に何もせず放置する様に指示する。
その直後、ミサイルは艦隊の最前列を進む駆逐艦に直撃し、400キロトンの核出力で大爆発を起こした。その後、続々と4発の太陽が宇宙空間に花咲く。それは地球人類の歴史上初めて、宇宙空間で核兵器が使用された瞬間であった。
〜〜〜
月 シャクルトン・竹取基地 ミサイル発射施設
大気による減衰がないため、核爆発の衝撃波はあっと言う間に月面へ到達する。レーダーは乱れ、一時的に敵影をロストしてしまう。
「着弾を確認!」
「レーダー乱れます」
「回復いそげ!」
レーダー員たちは映像の回復に努める。数秒後、静止レーダー衛星が回復して敵影を捉えた。さらに同じ衛星に備え付けられている“監視用宇宙望遠鏡”が、敵艦隊の実際の姿を映し出す。
「・・・これは」
アメリカ合衆国宇宙軍中佐のライアン=マニュエルは言葉を失う。映像には健在のまま進軍を続ける敵艦隊の姿が映っていた。ミサイルの直撃を受けた艦こそ中破程度のダメージを受けているものの、その他の敵艦は健在であった。
「・・・第2波攻撃開始!」
「・・・はっ!」
すでにミサイルの装填は終わっている。再びミサイルのエンジンに赤い炎が点り、5基目のミサイルが宇宙の彼方へと飛び立っていく。続けざまに6基目、7基目、8基目のミサイルが飛び立っていった。
だが敵も、無抵抗のままそれらを受け続けることを危険と判断したのか、飛び立った極超音速ミサイルはその途上で難なく迎撃されてしまう。その直後、月の近傍に浮遊している静止衛星からの通信が同時多発的に途絶えた。
「衛星の通信がロスト!」
「攻撃を受けたものと思われます!」
敵はさらに月面方面派遣部隊の目を奪う。地球側は敵を監視する術を完全に失ってしまった。さらに追い討ちをかけるように、基地のレーダーサイトが急速接近中の物体を捉える。
「・・・ミサイル接近!!」
レーダー員の叫びがこだまする。その直後、基地の防空レーダーが捉える間もないまま、敵が放った亜光速ミサイルが、月面のミサイル発射台に直撃し、大爆発を起こした。この時、基地は遠隔攻撃能力を喪失してしまったのである。
シャクルトン・竹取基地 司令部
敵の亜光速ミサイルはミサイル発射施設だけでなく、基地のあらゆる場所へ降り注ぐ。迎撃用高出力レーザーが反応する暇すらなかった。
「各艦および戦闘機は緊急離陸!」
このままでは月面艦隊が出撃する前にやられてしまう。地下の司令部にて、峰岡中将は基地の各地に控えていた全ての艦隊と宇宙戦闘機に出撃命令を下す。
基地施設の破片や瓦礫が飛び散る中、月面に配備されている各国の宇宙戦闘艦、そして日本皇国宇宙軍所属の宇宙戦闘機が飛び立っていく。
「・・・我々の地球を守れ!」
峰岡中将は各艦に向かって訓示を送る。地球防衛の最後の砦、地球最強の宇宙艦隊「アルテミス艦隊」が出撃の時を迎えた。
「国連宇宙軍」は各国の宇宙軍から人員・装備を招集して組織された、国際連邦安全保障理事会指揮下の軍隊である。ワシントンD.Cに本部を置く「統合参謀本部」の直下に各惑星の方面派遣部隊が属している。
宇宙での軍事技術は日本が一歩抜きん出ているが、扶桑から得た技術が一部開示されたことで、22世紀中は各国の宇宙産業も大きな進歩を見せた。民間企業が宇宙航行船を所有・運行する様になっただけでなく、EUやアメリカ、ロシア、インドなどの大国は、それぞれ独自に宇宙戦闘艦の開発に着手し、そしてアメリカは日本に引き続いて宇宙戦闘機の開発にも成功した。
太陽系最大の宇宙艦隊である「月面方面派遣部隊」は、各国の新鋭兵器が派遣されており、各国政府がそれぞれの宇宙軍事技術を誇示する場でもあった。
〜〜〜
宇宙漂流連合女王府親衛隊 旗艦「グリンディッツ」
一方で、熱核兵器によるミサイル攻撃を難なく凌いだ宇宙漂流連合艦隊も、次なる動きを見せていた。
「敵ミサイル基地の破壊を確認」
「分析終了・・・先ほどのミサイル兵器は核融合反応を利用した兵器の様です」
「・・・何?」
それと並行して、旗艦「グリンディッツ」の兵士たちは核弾頭ミサイルの解析を進め、その正体を突き止めていた。司令のウィッテは驚愕の表情を浮かべる。宇宙漂流連合の人々にとって核融合という現象は周知のものだが、それを兵器に転ずる発想がなかったのである。
「偵察艇が敵艦隊の出撃を探知」
「空母から無人戦闘機を出撃させます」
「データリンク完了、自律戦闘装置問題なし」
各艦隊の宇宙空母から無数の無人戦闘機が出撃する。ついに「月軌道上の戦い」の幕が上がった。
第1艦隊 旗艦「レムナー」
第1次地球圏攻撃艦隊に参加している艦隊の1つ、第1艦隊の旗艦「レムナー」も、「グリンディッツ」からの司令を受けて無人戦闘機を出撃させていた。
「気をつけろ、『アメリカ』という『チキュウ』の強国からの情報で、『ニホン』という国は荷電粒子砲を実用化した兵器を所有している様だ」
第1艦隊の司令、カリアン人のカボン・ヤ・デフール中将は同じ青い肌を持つ部下たちに注意喚起をする。この艦は全ての兵士たちがカリアン人によって構成されていた。
そして彼らは、最初に火星へ派遣された同胞たちを間諜として使い、地球に関する情報を集め、「扶桑」の存在を朧げながら掴んでいたのである。
「・・・しかし、それをウィッテ様にお伝えせずによろしいのでしょうか?」
副司令のアマナン・フ・ジョーテン少将は、この事実をカリアンだけで独占していることに不安を覚える。
「・・・この戦いの目的は、ここでチキュウ人を滅することではないのだ」
「・・・?」
カボン中将は意味深な言葉を呟く。この戦いの裏には、行政を掌握したカリアンが、次なる手立てとして軍を手中に収めるための恐るべき計画が蠢いていた。
〜〜〜
地球 日本皇国 神奈川県横須賀市 皇国海軍施設
地球と連合、両軍の邂逅が間近に迫る中、地球上の「横須賀皇国海軍施設」では、飛行戦艦「扶桑」の出撃準備が、密かに進められていた。隊員たちが慌ただしく動く中、2人の男が第1艦橋の窓から上空を見上げている。
「国連安保理は『扶桑』の出撃を認めると思うか?」
艦長を務める海軍大佐、芝蔵銀丈は隣に立つ部下の航海長、遠藤健一中佐に問いかける。
「最早・・・国どころか全人類の存亡がかかった事態です。地球上の国家間対立が足枷となっている場合ではないかと・・・」
日本時間の午後14時、「扶桑」出撃の可否について国連安保理の最終判断が発表される。その瞬間、「扶桑」は出撃する手筈になっていた。それは国連が如何なる判断を下そうとも決行される。
すなわち、もし「扶桑」の出撃が否認された場合、日本政府は宇宙と同時に世界を敵に回すことになるのだ。
「・・・」
すでに月軌道にて戦いが始まっていること、そして核兵器がおそらく有効打にならなかったことは各国政府に情報が伝えられている。遠藤中佐の言う通り、地球側にはもう何かを出し惜しみしている余裕はなかった。
程なくして、その時が訪れる。国連安保理の最終決定が日本政府へ通達されると同時に、各報道局のワイドショーは一斉に報道した。そして「扶桑」の第1艦橋にもその一報が届けられる。芝蔵大佐は受話器を手に取り、統合幕僚監部からの直通通信に耳を傾けた。
「『扶桑出撃』は・・・否決された」
「・・・!!」
その言葉を聞いた瞬間、第1艦橋に待機していた隊員たちは目を見開く。受話器を切った芝蔵大佐は大きなため息をつくと、全艦放送用のマイクのスイッチを入れ、各部署に向けて命令を発した。
「・・・飛行戦艦『扶桑』、出撃準備開始!! 総員、配置に付け!」
日本政府は国際社会と袂を分かつ覚悟を決めていた。命令が下りた瞬間、第1艦橋の隊員たちは各所のパラメータを注視しながら発進シークエンスを開始する。
「艦内電気回路異常なし」
「補機、核融合パルスエンジン点火、圧力上昇、始動10秒前」
「補機から主機へ動力接続、光子ロケットエンジン始動」
「水平推力機へ動力伝達、碇を上げろ」
海に降ろされた碇が巻き上げられる。そして艦は徐々に岸から離れていき、東京湾の沖へと動いていく。
「垂直推力機へ動力伝達!」
「重力子阻害装置起動! 阻害率50%!」
沖へ出た扶桑はさらにスピードを上げ、南へ向かっていく。そして垂直方向の噴出口にも点火し、巨大な艦体は徐々に海面から離れていく。艦を動かす操縦士たちは、冷や汗を流しながら前を見つめていた。
「扶桑が空へ発進するのは・・・テラルスでの戦い以来か?」
操縦士の1人が呟く。扶桑が敵を迎え撃つために空を飛ぶのは、彼の言うとおり異世界テラルスにてエルメランドの討伐に出撃して以来であった。その後は2041年に千島列島で勃発したロシア連邦との軍事衝突で、「軍艦」として出撃している。
「いや・・・非公式にはあのテロ事件があった」
「・・・ああ、そうでしたね」
遠藤中佐の言葉を聞いて、操縦士は苦笑いを浮かべた。今からおよそ80年前、人間社会への革命を企てた亜人種のテロ組織が扶桑掠取を企て、一時的に成功させるという事件があった。
その一件は同じく亜人種であった青少年たちの活躍と皇国軍の尽力により収束し、事なきを得たのである。
「光子ロケットエンジン、稼働良好! 問題なし!」
「重力子阻害率60%、80%・・・90%!」
扶桑の発進準備は最終段階に到達していた。芝蔵大佐は今一度目を見開き、力強い声色で口を開く。
「・・・『扶桑』、発進!」
遠藤中佐が操縦桿を引く。直後、全長500メートルを超える巨大な艦が東京湾の海面を離れ、空へと飛び上がっていく。遥か未来からもたらされし兵器、その力が解放される時が再び訪れたのだった。




