不穏な動き
宇宙漂流連合 女王府総裁 ロトリー=ラマグ・ケンティールの独白
キリエ新暦1321年、長い旅路の末、我々はついに理想の惑星に辿り着いた。それはオリオン腕ジェリカ恒星系に属する第3惑星である。名称を「チキュウ」と言うらしく、原住の知的生命が存在する惑星であった。また、後の調査で第4惑星も我々が居住可能な環境であることが判明した。我々はこの惑星を「マズナー」と呼称することとした。
我々はこの惑星を新天地と定め、多方面から調査を進めてきた。結果、チキュウに住まう人類の科学水準は、我々のそれよりも大きく劣るものであることが判明した。カリアン人などは案の定、武力制圧を主張していたが、チキュウを戦場とすることは我々の望むところではない。女王陛下の意向により、我々は平和的移住を目的としてチキュウ人に使者を送ることとなった。
チキュウ人は思いのほか頑固であった。カリアンの首相を筆頭とする強硬派は日々、苛立ちを募らせていく。そして陛下は、とうとう彼らの提案を承諾した。
「マズナー」襲撃、それは1300年の漂流の歴史の中で、初の侵略戦争となった。予想通り、チキュウの軍隊はあまりにも脆弱であった。陛下も苦悩されたが、これで交渉は優位に進む。そう思っていた。だが、そうはならなかった。
確かにチキュウ人から多大な譲歩を聞き出した。だが、武力行使はチキュウ人の態度を硬化させ、同時に彼らは戦いを辞さない姿勢を示してきた。
しかし、ここが落としどころだろう。私は陛下に妥協をご提案し、融和路線への変更を試みた。まさか陛下自らチキュウ人の都市を視察したいと仰るとは思わなかったが、これも良い機会だと感じた。
だが・・・陛下の喉元に刃が迫った瞬間、我々は終わりを覚悟した。同時に、チキュウには何かがあることに気づいた。
我々はチキュウについて、何も知らない。故に、チキュウより提案された「チキュウ視察」は、その好機である。不安がる同胞も多いが、これを逃す手はない。
陛下がチキュウへの訪問を喜ばれたのは幸運だった。ついに理想の星へ辿り着いたのだ。この1300年越しの好機を逃してなるものか・・・
2199年5月15日 火星 セレーノ・アクア沖合 宇宙艦「ミーナン」
宇宙漂流連合女王府使節団の地球訪問が正式に決定した。場所はユーラシア大陸の東の果て「日本列島」、それに属する島嶼と周辺海域を領域とする国家「日本皇国」である。
それに先立ち、日本政府は事前の調整のため、未だ漂流連合の占領下にある火星に人員を派遣しており、彼らは漂流連合の役人たちと接触し、来る女王の地球訪問に向けてすり合わせを行なっている。
日本皇国外務省より派遣された外務官僚、庭月野天明もその中の1人だ。彼は女王府へと出向き、地球、そして日本の情報についてプレゼンを行なっていた。
『地球にはおよそ180カ国の国家が存在し、それらを統括する組織が『国際連邦』になります。よって、地球そのものを統一する様な組織・国家は存在しません』
庭月野は世界地図をバックに映し出しながら、改めて地球について説明をする。地球上陸に当たって最低限の知識と注意点を伝えるためだ。
『国家同士に序列はなく、平等です。しかし、経済的・軍事的な力量により、言わば『主要国』と称される国が複数あり、我が国『日本皇国』はその一翼を担う国です。国政の形態は『天皇』という君主を擁する『立憲君主制』、大小様々な200以上の島々を領土とする島嶼国家です』
彼の説明に合わせて、女王府の役人たちが見ているディスプレイの日本地図がアップになる。そしてある大都市の商材写真が映し出された。
『人口は1億、首都は『東京』という都市です。気候はおおよそ温帯・温暖湿潤気候に属し、季節の変化があります。また・・・』
庭月野は日本の気候・地理、文化、歴史を簡素な説明で伝えていく。時折、連合の役人たちから質問があり、庭月野は適切な言葉でそれらに返答していく。
ロトリーは彼の説明を聞きながら、思案をめぐらせていた。
(我々もこの『マズナー』を占領して以降、チキュウ人の情報を収集し、彼らの情勢について見聞を深めてきた・・・。女王陛下がニホンという国に興味を持ったのは、おそらく地球で最長の歴史を有する君主制国家であること、それと・・・チキュウの宇宙開発を事実上、一国で推し進めてきた国家だからだろう・・・)
火星占領以降、彼らも徐々に地球の情勢について知識を付けてきている。彼らは地球に君臨する数カ国の列強国のうち、日本と呼ばれる国が宇宙開発の主軸となっているということに気づいていた。
故に、地球が1枚岩ではないことも。
『地球、そして我が国には多種多様な生物が生息しており、その中には危険な生物も存在します。『オオスズメバチ』という昆虫は、外敵に対する攻撃性が高く、毒針で2回刺されるとアナフィラキシーショックを起こして命に関わることもあり・・・』
庭月野は地球の危険生物について説明している。女王の地球訪問は7月に予定されており、日程は1週間の予定だ。万が一の事態が起こらないように、地球の文化や宗教、生物、環境について、詳細に情報を伝えている。
だが、日本政府にとっての“最後の切り札”、魔法と亜人種の存在については一切伝えていなかった。魑魅魍魎が暮らす国「日本」へ、女王が降臨する時は着々と近づいている。
ほぼ同じ頃 火星 首都・水龍 アメリカ合衆国総領事館
太陽系の各天体に点在する宇宙都市は、国連の専門機関である「宇宙開発機構」の管理下にあり、どこの国にも属していない。同時に各国政府には、自国にルーツを持つ宇宙移民の支援のため、在外公館を設置することが認められている。
故に日本、インド、ブラジル、中華民国台湾など、あらゆる主要国が各都市に領事館を設置している。そして当然ながら、日本と並ぶ大国「アメリカ合衆国」も、ここ「水龍」を含む火星の各地に領事館を設置していた。
「『Tokyo』・・・よりによって『悪魔の都』に異星の女王を招くか」
在水龍アメリカ合衆国総領事、ラインズ・R・ウェルベックは、応接間の窓から夕日を見つめている。セレーノ・アクアより時差が早い水龍は、すでに日没の時間を迎えていた。
女王の地球訪問、そして女王が訪問先に日本を名指しし、天皇との会談を望んだことは、すでに世界各国の知るところとなっている。しかし、彼らにとって日本は魔法と怪物の国、22世紀の東京は「悪魔の都」と陰口と言われ、恐れられていた。
そして今、アメリカ総領事の館に、とある珍客が来訪していた。応接室の高級ソファに大股で座るその男はマーラン・レ・ガリアンス。火星襲撃時に宇宙艦隊に乗ってこの星へ上陸した、最初の宇宙漂流連合使節団の1人である。
体のつくりは地球人類とほとんど変わらないが、大きな違いはその肌の色である。彼が属する種族「カリアン」は青い肌を持つ種族なのだ。2番目に連合へ加わった古株で、第2の勢力を占める。太古の昔、核戦争で滅びた惑星「カリアン」に住まう人類の末裔なのだ。
「・・・悪魔の都、とは?」
マーランは総領事のラインズが発した単語が気に掛かる。ラインズは窓際から離れ、彼の真正面に位置するソファに腰掛けた。
「・・・いや、何でもありません。それよりも、貴方がこの場所を訪れた理由についてお聞きしたい」
ラインズはマーランに総領事館を訪れた訳を尋ねた。マーランは少し間を空けて口を開く。彼らの言語は、指向性スピーカーがついた同時翻訳機によって一瞬のうちにお互いの言語に翻訳される。
「我らの女王陛下は特別『ニホン』という国に興味をお持ちだ。聞けば、今の『チキュウ』の宇宙開発の基礎を築いた国だとか・・・。彼の国と並ぶ大国である貴国なら、ニホンについて詳しくお聞きできるかと思い、参った次第・・・」
マーラン、そして彼が属する「カリアン」は独自に動き出していた。多国籍の合同軍事組織である「国連宇宙軍」の主力、日本皇国宇宙軍を擁する「日本」について、その詳細を探りにきたのだ。
「・・・」
ラインズは眉間に皺を寄せる。アメリカの高官に日本について聞きにきた、それが示唆するマーランの思惑はすなわち、日本人が明かせない秘密や弱点を、彼の国の仮想敵国相手に探りにきたということだ。
少し調べれば、地球での国家間対立の様相などすぐに分かってくる。日本が地球へ帰還した直後程ではないにせよ、日米の睨み合いはこの時代も続いていた。彼らはアメリカという一大勢力に揺さぶりをかけてきたのである。
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エッジワース・カイパーベルト域 宇宙漂流連合 行政部
冥王星の近傍に、全長1200kmの巨大な物体、「宇宙漂流連合」の母艦が浮かんでいる。女王不在の中、130億の民がこの日も変わらない日常を過ごしていた。
奇しくも、盟主であるキリエ人が暮らしていた惑星キリエは、1日と1年の長さが地球と大差なく、故にこの艦で使われる暦も、地球の太陽暦と大きく変わりは無い。
艦内には都市が形成されており、その中心地には連合を統括する各機関が設置されている。その中には日本でいうところの「内閣」に該当する機関、行政を担当する「行政部」があった。行政部は12種族の代表者が集う行政機関である。
「・・・まだ未公開の情報ですが、女王府はチキュウ側が提示した妥協案を受諾する方向で動いている様です」
「・・・なるほど、女王は自身の欲望のために、原始人共に屈したわけか」
12種族の一角、連合でNo.2の地位を占める「カリアン」の首相、ガンヴォ・レ・マンシは部下の男を引き連れて通路を歩く。2人とも青い肌をしていた。
部下の男は、火星に派遣されたカリアン人の役人であるマーランからの報告を伝えていた。それを聞いたガンヴォは吐き捨てる様に呟く。
「何が平和だ・・・結局は自分たちがチキュウで暮らせれば良いだけではないか。女王府にはキリエ以外の11種族のことなど、眼中にはない」
地球が提示した案では、地球に居住できるのは130億人中の1億人である。その1億はキリエ人が大半を占めることになるのは目に見えていた。
ガンヴォは連合住民を選別にかけるような案を受け入れた女王府に失望し、侮蔑の感情を抱いていたのである。
「それに・・・生ぬるい『女王府』では足下を見られるだけだ。どんな条件を飲まされるか、分かったものではない」
「真にその通りです、ガンヴォ様。キリエには・・・これ以上、連合の舵取りを任せるわけには参りません」
部下の男はガンヴォの言葉に賛同する。
「ついに目の前に、理想とする惑星『チキュウ』を見つけたのだ! 住んでいるのはサル同然の原住民のみ・・・野蛮なチキュウ人に代わり、我らが同胞たちの永遠の故郷とするのだ。そのために邪魔なものは全て排除する、たとえ・・・女王であろうとも」
ガンヴォは邪悪な笑みを浮かべる。連合の内部で恐るべき計画が始まろうとしていた。
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2199年5月21日 火星 セレーノ・アクア沖合 宇宙艦「ミーナン」
日本皇国外務省より派遣された外務官僚たちは、女王の地球訪問について計画を練るため、すでに複数回に渡って女王府を訪れている。
その中の1人である庭月野は、この日も女王府の役人たちへ地球に関する講義を行なっていた。プレゼンを終えた彼は、一例しながら会議室より退出する。そして、扉を閉めて廊下を歩き出そうとした時、彼を呼び止める声がした。
「ニワツキノ様!」
「・・・?」
庭月野が振り返ると、地球人類と同じく肌色の肌を持ち、黄緑色の髪の毛とエルフの様に尖った耳をした女性の姿があった。
「えっと、確か・・・クーラさん」
庭月野は女性の顔と名を思い出す。彼らが初めてこの艦を訪れた時、案内役として現れた女性である。
彼女の名はクーラ=ベンセル・リマーズ、この艦に務める給仕係の1人であり、この宇宙艦「ミーナン」内部では数少ない非キリエ人である。
「あの、先ほどのお話でお聞きしたいことがあるのですか・・・」
「はい、何でしょう?」
給仕係として会議室内に控えていたクーラは、庭月野がプレゼンした内容について質問をしてきたのである。彼は営業スマイルを浮かべて答えた、
「貴方方の故国『ニホン』は“ジシン”という災害と“カザン”という自然物が一際多い国だと伺いましたが、これはどういう理由でそうなっているのでしょうか?」
本日の講義は地球の自然災害に関することであった。1300年の長きに渡り、人工的なコロニーで生活してきた彼女たちは、地球人類にとってはありふれた気象現象や自然災害について、全く知識がない。故に、勝手に大地が揺れたり、地中から炎が噴き出すなど、彼女にとっては信じられない現象であった。
「ああ、それはですね・・・地球という惑星の表面は“地殻”という層に覆われ、それは中心部のマントルから湧き出る対流によって、わずかに動いているのです。日本列島はちょうどその地殻の境界部に位置しており・・・」
庭月野はプレートテクトニクスを絡めながら、地震と火山の機序についてクーラに詳しく説明した。彼女は目をキラキラさせながら、庭月野の説明を聞いている。
「・・・地面が動くなんて、チキュウは本当に生きている星なのですね!」
クーラはまだ見ぬ惑星「地球」への憧れを露わにする。その様子は、まるでクリスマスのプレゼントを楽しみにしている少女の様であった。
「クーラさんは地球訪問に同行されるのですか?」
「・・・! 私は『ライナ人』ですから・・・チキュウへの使節団に選ばれるかどうか」
彼女が属する種族の名は「ライナ人」、連合を構成する12種族の1つであり、およそ1000年前に発生したガンマ線バーストによって、恒星系ごと滅んだ惑星「ライナ」に住まう人類の末裔である。
盟主キリエとの間には、明確な力量・立場の差異があり、ただでさえ人数が限られる地球訪問のメンバーに、他のキリエ人を差し置いて、彼女が選ばれるかどうかは微妙なところであった。
「・・・例え、今回の訪問に同行できなかったとしても、今後連合と地球が正式に友好条約を締結すれば、いずれ地球へ降り立つ機会は来ます。その時には、我が国の名所を案内させていただきますよ」
「・・・本当ですか!?」
クーラは再び目を輝かせながら、庭月野の顔を見上げる。
様々な思惑が交錯しながら、女王が地球へ降臨する日は着々と近づいていた。




