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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第4章 宇宙戦争篇
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攘夷運動と火星の魔女

2199年4月16日 火星 北大洋の海岸 第3の都市 セレーノ・アクア


 急遽決定した連合女王による「セレーノ・アクア視察」の当日、都市内では役人や警官、国際連邦宇宙軍の兵士たちが慌ただしく動いていた。女王府からは「地球人による警備は不要」と断言されているが、万が一に備え、火星行政庁は国連宇宙軍と合同でセレーノ・アクア全域に警備体制を敷いていた。

 気を揉んでいるのは公僕だけではない。セレーノ・アクア屈指の観光案内企業である「ネオ・ヴェネツィアン・カンパニー」では、セレーノ・アクア名物である女性のゴンドラ漕ぎ、「ゴンドリエーラ」たちが慌ただしくゴンドラの用意を進めていた。


「まさか、宇宙人を乗せることになるなんて・・・」

「デッカイ緊張します・・・!」


 女王府側の希望もあり、宇宙漂流連合によるセレーノ・アクア視察の中に、名物ゴンドラによる水路探索が盛り込まれていた。最初、地球側は暗殺の危険を考え、断念するように進言したが「地球人の心配は無用」という返答が返ってきたため、要望通り敢行することとなったのだ。


「アリア先輩は女王様を乗せるのでしょう? 危険じゃないんでしょうか・・・」

「あらあら、心配してくれるのね? 私なら大丈夫よ」


 “先輩”と呼ばれた女性は柔和な笑顔を浮かべながら、自身の愛舟であるゴンドラを水面に浮かべていた。

 セレーノ・アクアにおけるゴンドラ運営はいくつかの民間企業によって賄われている。その中の最大手が「ネオ・ヴェネツィアン・カンパニー」であり、故に火星行政庁より白羽の矢が立ったのである。


「さぁ、行きましょう」

「・・・はい!」


 “セレーノ・アクアの精霊”と称されるゴンドリエーラ、亜里亜・ヴェファーナ=大道寺に導かれ、華麗な水の精たちが火星の海へ漕ぎ出していく。

 未知の侵略者を歓待するというミッションを与えられた水の精たちは、今までにない緊張の面持ちで海風を感じていた。




セレーノ・アクア サルバ・ウォーターフロント


 セレーノ・アクアに属する島の1つ、沖の玄関口である「サルバ島」の港に国連使節団や火星行政庁の重鎮、そして国連宇宙軍の兵士たちが集まっている。現地警察も各所に展開し、厳重な警戒体制を敷いていた。


「・・・事務総長、まもなく女王府の方々がお見えになります」

「分かった」


 火星の行政長官である牟礼に部下の男が耳打ちをする。その数十秒後、女王府から飛び立った小型飛行船が港の埠頭に向かって降りてきた。

 地球の宇宙航行船とは全く異なる動力によって操作されるそれは、ほとんど無音のまま軽やかに埠頭へ着陸する。そして地上に降ろされたタラップから、ついに女王が地球人類の前に姿を現した。


「・・・あれが、女王!」


 行政庁より認可された報道陣が、一斉に写真を収めていく。女王ライザは戦地に赴いているとは思えない、優雅な笑顔で火星の大地に降り立った。タラップの前には国連宇宙軍の儀仗兵たちが整列し、女王の一団が歩む花道を形成していた。

 彼女と共に、女王府総裁のロトリーをはじめとする幹部たち、そして女王直属の近衛兵たちも姿を現す。国連軍の儀仗兵たちが導く先には、セレーノ・アクア市庁が用意した公用車が列をなして並んでいる。その中には女王府が自ら用意した車両が一台混ざっていた。

 今回の視察については、女王の警備については女王府側が責任を取ることになっている。故に、女王が市街地を移動するための車両も、女王府が事前にわざわざ用意していたのだ。


「ようこそ、連合女王陛下。私はこの太陽系第4惑星『火星』の行政長官を務めます、アキヒロ=ムレイと申します」

「宇宙漂流連合女王、ライザ=グリアント・アルザウォールと申します。本日はどうぞ、よろしくお願い申し上げます」


 事実上、火星の元首である牟礼が公用車列の前に立ち、女王を迎える。2人の言葉は自動翻訳機によって、一瞬のうちにお互いの言語に翻訳される。両者は笑顔で会話を交わし、友好的なムードが演出されていた。


「セレーノ・アクア市庁舎にて、ささやかながら歓迎の式典をご用意しております」

「貴方方のご好意に感謝致します」


 女王は牟礼に促され、女王府が用意した公用車に乗り込んでいく。他の高級官僚たちや近衛兵たちも、続々と車列に乗車していく。

 国連宇宙軍の兵士と現地警察がバイクとパトカーで先導する中、遥かな宇宙からの来賓を乗せた車列は、都市中心部にある市庁舎へ向かって行った。




セレーノ・アクア 市庁舎 大ホール


 水没後、観光水上都市として再建されたセレーノ・アクアの市庁舎は、本家ヴェネツィアを意識したルネサンス建築を模したデザインになっている。

 内部は天井や壁に絵画があしらわれており、まさしく豪華絢爛であった。女王府の客人たちは自分たちとは全く異なる文化を目の当たりにして、興味深げにそれらを見上げていた。


 そして彼らは歓迎の儀が行われる大ホールへ案内される。そこでは、行政庁のオファーを受けた「セレーノ・アクア交響楽団」のメンバーがBGMを奏でていた。


「・・・? あれは何ですか?」


 女王は楽団を見て、率直な疑問を投げかけた。そばに立っていた牟礼が答える。


「彼らはこの惑星『火星』で随一のプロ・オーケストラです。皆様のご来訪を歓迎しております」


 派遣された楽団員が奏でるのは、メンデルスゾーンの「春の歌」だ。地球側の面々はその演奏を感心しながら聴いている。だが、連合側の反応は地球側が予測したものと大きく異なるものだった。


「チキュウ人は音を奏でるのに、わざわざあんな道具を使うのか?」

「・・・はい?」


 女王府の役人の1人、キリエ人の男が疑問を投げかける。彼らは「音楽」という文化を持ってはいるが、「楽器」で自らそれを奏でるという考えが無かった。高度に発達し過ぎた機械文明を経た彼らは、自分たちの手で何かをする、何かを作るという概念が極めて希薄なのである。

 それは「戦争」も然り、彼らの持つ宇宙戦闘艦や戦闘機、地上制圧用の巨大アンドロイドなどは、そのほとんどがAIによる自動操縦で賄われているのだ。


「太古のキリエにも、同様に『演奏』という文化があったとされています。我々が捨て去った文化が、チキュウには残っている・・・とても興味深いです」


 役人とは対照的に、女王は地球の文化に関心を抱いていた。しかし、暗に「原始的」と言われている様で、牟礼は少し眉間に皺を寄せた。

 その後、主催者である地球側の参加者と、来賓である連合女王府のメンバーは向かい合わせで長テーブルに着席する。彼らの前にはヴェネツィアンガラスのワイングラスと、伊万里焼の和食器が置かれていた。

 ウェイター・ウェイトレスが順番に席を周り、各々のワイングラスにドリンクを注いでいく。連合にはアルコール飲用の文化がないため、ソフトドリンクが提供されていた。

 ホストである火星行政長官の牟礼が、グラスを持って席を立つ。


「宇宙漂流連合の皆様、そして国際連邦使節団の皆様、簡素ではありますが、我々より昼食会の場を設けさせて頂きました。地球より特別に持ち寄った天然食材を使って、ここセレーノ・アクアで選りすぐりの料理人たちが腕に縒をかけました。連合の皆様には、是非とも地球の食文化を体験して頂ければと思います」


 牟礼の挨拶を合図にして、再びウェイター・ウェイトレスが大ホールの中へ入ってくる。彼らはソーセージ、チーズの燻製、季節の野菜のピクルスが色彩豊かに彩られたアンティパスト(前菜)を配膳していく。


「何でしょうか?」

「これは・・・食べ物?」


 連合の役人たちは、目の前に配られたそれを食べ物として認識すらできない。地球側はまずそれらが何なのか、チーズとソーセージが何から出来ているのかから説明しなくてはならなかった。

 火星を含む地球外天体における食糧事情は、「五色麦」と呼ばれる28世紀の遺伝子改良穀物を量産し、それに依存することで成り立っている。五色麦を食材加工機で加工し、肉や他の野菜など見慣れた別の食材・料理に加工することで、各惑星の食糧事情が賄われていた。


 しかし、全土が人類の活動範囲になった火星では、土壌の改造計画が進められ、一部地表ではすでに天然作物の栽培も行われている。さらに海洋についても、地球魚介類の移植計画が進められていた。


「チキュウ人はいちいち、食事に人の手をかけるのか?」

「・・・理解できない文化だな」


 地球とは異なり、人の手による「料理」という文化が完全に廃れている連合の人々は、目の前に差し出されたそれの価値を図りかねていた。宇宙漂流連合の食糧は水と有機元素を合成することで生成され、各種族に配給されている。そして料理という文化が完全に廃れているため、彼らにとって食事とは栄養を補給するためだけのものであった。

 しかし、女王ライザは幼い少女の様に目をキラキラさせながら、フォークを手に取ってそれらを口の中へ運んでいた。


「不思議な感覚・・・これがチキュウの味なのですね!」


 衛生的にどうなのか、毒でも入っていないか、そんなことを気にしながら、恐る恐る料理を口に入れる役人たちとは対照的に、ライザは次から次へとアンティパストを口へ運んでいた。

 その後、プリモ・ピアット(第1の皿)として、地球より冷凍保存して持ち込んだ「白身魚のカルパッチョ」、そしてメインディッシュとして「鶏肉のバジルソテー」が運ばれてくる。


 もちろん、魚も家畜も知らない女王府の役人たちにとって、それらは未知の物質に他ならず、彼らは逐一おっかなびっくりになりながら、それらを口の中へ運んでいた。


 昼食会も半ばが過ぎた頃、突如として部屋が暗くなり、スクリーンが天井から降りてくる。そしてホストの牟礼によるプレゼンテーションが始まった。


『お食事中、失礼します。この場を借りて、女王府の皆様に『火星』、そして『地球』についてご紹介申し上げたく存じます。どうか、耳を傾けて頂ければ幸いです』


 牟礼は火星に関する説明を始める。双方の参加者たちは一斉にスクリーンへ目を向けた。


『我々が今居るこの『火星』は太陽系第4惑星であり、かつては希薄な大気と不毛の砂漠に覆われた極寒の惑星でした。我々地球人類は、およそ100年に渡る努力の末に、この惑星を人類が居住可能な環境へ改造しました』


ザワッ・・・!


 女王府側に動揺とざわめきが沸き立つ。女王を含めて、彼らはここで初めて火星が「開拓惑星」であることを知ったのだ。

 2090年に日本政府による「超短期惑星改造計画」が発動しておよそ100年、28世紀の技術を駆使して開拓を進め、途中からは国連の協力も得て、火星はついに人が住める惑星に変わった。


『現在ではおよそ14億人の地球人類が居住しております。主な産業は観光と鉱業です。表面の8割が大地、2割が海に覆われております。大地のほとんどが不毛な砂漠となっており、酸素産生植物の森林地帯が点在しております』


 火星は地球以外では最大の人口を擁する天体であり、地下鉱物資源の採掘と、賭博を売りにした観光が主な産業となっている。火星にはまだ手付かずの鉱脈が眠っているとされ、故に一攫千金を狙う星の数ほどの企業や組織が、合法・非合法問わず参入しており、治安が大きく傾く原因となっている。

 首都は最大の都市「水龍」であり、国連の専門機関「宇宙開発機構」の下部組織である「火星行政庁」の統治下にある。故に火星を含む全ての地球外天体は、名目上国連の管理に置かれていることになっていはいるが、宇宙開発機構の実態は日本政府の出先機関であり、各天体の行政は日本政府の意向が大きく作用しているのだ。


 続いてスライドが入れ替わり、青い惑星の写真が映し出される。


『これが我々の母なる惑星・・・『地球』です。現在、地球の人口はおよそ50億。表面の3割が陸地、7割が海に覆われた水の惑星であります。我々人類を筆頭に動物・植物・細菌類を合わせて870万種から1億種の生物が住み、まさしく生命の宝庫というべき惑星かも知れません』


 地球を宣伝するかの様なプロモーションビデオが流れる。青い海、生い茂るジャングル、様々な生物、それらがダイジェストで流れる映像を見て、漂流連合の参加者たちは息を呑んだ。


『しかし、地球は極めて活発な地表活動が起こっている惑星であります。自然は人類に恵みのみを与えるわけではなく、様々な『災害』という形で牙を剥きます。地球で暮らすならば、災害に順応することが必須になります』


 牟礼は地球の自然災害について言及する。人類の歴史は災害との戦いの歴史と言っても過言ではなく、それは科学が発達した22世紀になっても変わらない。

 PVが流れ終わったところで、今度は国連事務総長のジュンタが立ち上がる。


『我々、国際連邦は・・・いずれは女王府の皆様を地球へご招待申し上げたいと考えております。そのためには、双方の歩み寄りが必要不可欠と考えております』


 ジュンタは地球への招待という餌をぶら下げ、暗に自分たちが提示した妥協案を飲むように圧をかける。そのことを察した女王府総裁のロトリーは、少しだけ顔を顰めた。


 その後、昼食会は滞りなく進み、友好ムードを演出したいという双方の思惑は順調に結実していた。

 昼食会の終了後、初めて地球の食文化に触れた宇宙漂流連合の来賓たちは、再び市庁舎の外へ導かれ、公用車に乗って街中へと移動する。




セレーノ・アクア 水上区画 スピリット・デッレ・アクア広場


 公用車の列はセレーノ・アクアで1番の観光名所である「スピリット・デッレ・アクア広場」に辿り着く。サン・マルコ広場をモデルとして形成されたそこは、多くの観光ゴンドラが発着場としている玄関口でもあった。

 そしてゴンドラの発着場には、水の精霊とも比喩されるゴンドリエーラ(女性の漕ぎ手)たちが、各々の愛舟と共に来賓を待ちかねていた。専用の制服を着て広場に整列する彼女たちの前に、公用車の車列が停まり、中から来賓たちが降りてくる。その中には近衛兵の警護を受けながら、広場に降り立つ女王の姿があった。


「まあ、これがゴンドラというものなのですね」


 ライザは広場を見渡し、そしてゴンドラに興味を示す。そんな彼女の前に、ゴンドリエーラの代表者である金髪の美女が歩み寄る。


「『ネオ・ヴェネツィアン・カンパニー』、亜里亜・ヴェファーナ=大道寺と申します。本日はこのセレーノ・アクアを案内させて頂きます。女王陛下を歓待できるとは、まさに光栄の至りです!」


 亜里亜は片膝を屈めて、女王に経緯を示した。当然ながら、周囲の建造物からは人払いが行われ、現地警察や国連軍からなる警備員が展開している。さらに周遊予定の水路も、厳格な警備体制が敷かれていた。


「では早速こちらへ。皆様を私たちの舟へご案内します」

「はい! よろしくお願いします」


 女王は目をキラキラさせ、ゴンドラへと足を進める。亜里亜に手を引かれつつ、桟橋から不安定なゴンドラの上へ足を乗せた。

 他の役人たちもオドオドしながら、それぞれゴンドラへ乗船する。亜里亜は全員が乗船したことを確認し、係留ロープを外して桟橋から離岸する。


「では、セレーノ・アクアの運河の旅をお楽しみください!」


 亜里亜はゴンドラの後方に立ち、オールを持って運河の下流に向かって漕ぎ出した。彼女の舟を先頭に、他のゴンドラも漕ぎ出していく。女王府の来賓だけでなく、牟礼やジュンタなど、地球側の代表者たちも、主催者としてこのツアーに参加していた。

 ジュンタは不安げな表情で、先頭を行く女王のゴンドラを見つめている。


「本当に大丈夫でしょうか・・・?」

「安全対策に責任を持つと言ったのは彼らですよ、事務総長。それに我々としても最大限の警備体制を構築しております」


 彼女と同じ舟に乗る牟礼は、運河にかかるアーチ状の石橋を見上げる。そこは普段であれば多くの住民や観光客が行き交うが、今は人1人いない。周囲を見渡してみると、普段であれば忙しなく行き交う水上タクシーやフェリーの姿もない。

 セレーノ・アクアのメインストリートである「スバル運河」は、この日のために貸切状態となっていたのである。


「ええ、それは承知しています。ですが・・・本当にコレは信用できるのでしょうか?」


 ジュンタはそういうと、スーツの胸ポケットに取り付けた2cm程度の大きさの装置を指差す。それは連合から地球へ貸与された「防御装置」であった。内蔵されたAIが外部からの攻撃を察知し、半径5m程の電磁バリアを展開し、地球製のライフル程度なら難無く防いでしまうという。


「神出鬼没かつ、3次元的で確かな耐久性構造を有する防御機構か・・・まさしく異星人の技術ですね。あの『扶桑』ですら、この様な『バリア』という技術は備わっていない」


 宇宙漂流連合が有する科学技術は、扶桑が作られた28世紀の地球すらも凌駕しているものであることは、地球側の上層部で広く認知されている事実である。牟礼たちはその事実を改めて思い知らされていた。


「・・・あちらをご覧ください。あの建物はこのセレーノ・アクアが水没する前からある教会で、この街で最古の宗教施設となっております」


 そんな彼らの不安を他所に、女王を案内する亜里亜は、朗らかな雰囲気で観光案内を進めていた。女王も心の底からセレーノ・アクアの風景を楽しんでいる様だ。

 ゴンドラの舟団は運河を下り、いくつもの橋を潜り、一度海へと抜ける。地球よりも小さな日の光が燦々と照り付けていた。


「海からみるセレーノ・アクアも、また一味違う姿を見せてくれます。この星も、この街の風景も、全ては地球人類の血の滲むような努力の賜物なのです」

「・・・本当に、素晴らしい!」


 亜里亜は誇らしげに解説を続ける。ライザはただただ感銘を受けるばかりである。そして来賓たちを乗せたゴンドラの群れは、埠頭を回った後に再び市街地の中へ伸びる運河へと入っていく。


「では、再び市街地に戻り、先ほどのスピリット・デッレ・アクア広場に戻って行きますね」


 亜里亜は見事な操舵技術で、舟を自身の手足の様に扱う。他のゴンドリエーラたちも引き離されまいと、彼女の後を追いかけていく。そして亜里亜のゴンドラは、運河に架けられた大きな石橋の下に差し掛かる。橋の上には銃で武装し、周囲を警戒する現地警察官の姿があった。


「この『ネオ・リアルト橋』は、本家ヴェネツィアのリアルト橋を明確に模して作られたもので、この街が『火星のヴェニス』と呼ばれるきっかけとなった観光名所で・・・」


 亜里亜は説明を続ける。女王は荘厳な装飾で彩られた石橋を見上げ、ため息をついた。すると、先ほどまでどこかと通信していた警官が、此方を見下ろしてきた。


「・・・?」


 亜里亜は違和感を抱き、首を傾げる。その直後、警官は橋の欄干に登り、亜里亜のゴンドラに向かって飛び降りてきたのである。


「・・・陛下!! 危ない!」

「・・・え?」


 その瞬間、ゴンドラは大きく揺れて水飛沫が上がる。ゴンドラの上に着地した警官は、無言のまま立ち上がり、女王を見下ろした。

 その様子は後続のゴンドラに乗っている女王府の役人や近衛兵たち、そして牟礼やジュンタも目の当たりにしていた。


「・・・陛下!!」

「バカな! なぜバリアが起動しなかった!!?」


 女王府総裁のロトリーは顔を青ざめる。彼の同じ舟に乗っていた役人は、女王が所持していた防御装置が作動しなかったことに狼狽していた。


「あらあら・・・あなた、どういうつもりかしら?」


 亜里亜は女王を背後に庇いつつ、警官に向かって問い詰める。すると警官は右腕を天に掲げ、フィンガースナップを鳴らした。それを合図に、警官の姿形が変わる。先程まで警官と思っていた人物は、警官を模したホログラムを纏っていた不審者であったのだ。


「連合女王ライザ! その首貰った!!」


 その声は少女の声であった。彼女は隠し持っていた鉈の様なナイフを取り出すと、それを振り翳して、亜里亜の後ろに隠れる女王に向かって飛びかかる。


「・・・あらあら」


 亜里亜は不敵な笑みを浮かべると、右手の平を少女に向かって翳した。その瞬間、目に見えない壁が少女の前に立ちはだかり、空中で受け止めてしまう。


「残念だけど、この方は私にとって大切なお客さんなの。傷つけさせるわけにはいかないわ」

「これは・・・『魔法防壁』!」


 暗殺者の少女、大久保イツキは驚愕の表情を浮かべる。亜里亜・ヴェファーナ=大道寺、彼女は異世界テラルスより日本に移住した魔術師の末裔であり、セレーノ・アクア最高のゴンドリエーラであると同時に、火星最強の「魔女」という一面も持ち合わせていたのである。

 それは火星行政庁が彼女に女王の歓待を依頼した最大の理由であった。


(・・・不覚!)


 イツキは為す術もなく跳ね返され、海へ叩きつけられる。その後、海に沈んだイツキは、モーターボートで駆けつけた現地警察によって引き揚げられ、女王襲撃の実行犯として身柄を拘束されることとなった。

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[良い点] まさかこの作品でARIAに出会うとは思いませんでした。
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