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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第4章 宇宙戦争篇
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新たな動き

2199年4月10日 火星 北大洋の海岸 第3の都市 セレーノ・アクア


 火星第3の都市「セレーノ・アクア」・・・ならず者が集う大都会「首都・水龍」とは対照的に、ヴェネツィアを彷彿とさせる風光明媚な景観を持つ観光都市である。

 火星温暖化に伴う海の出現によって都市の半分が水没してしまい、意図せず水上都市となったこの街に今、地球から派遣された国際連邦の使節たち、火星を占領する宇宙漂流連合軍の高級軍人、そして数多の報道陣が詰めかけている。


 エッジワース・カイパーベルトを出発した連合女王の座乗艦が、租借地として貸与されたこの街にやってくる。笑顔を浮かべる宇宙漂流連合軍の兵士と、険しい表情を浮かべる国際連邦の使節団は、その瞬間を対照的な気持ちで待ち構えていた。


「・・・あ、あれは!」


 野次馬で集まっていたセレーノ・アクアの市民が空を指差す。全長が5kmを超える巨大な円盤型宇宙船が、宇宙から降りてきていた。


「あれが・・・宇宙漂流連合女王府」


 火星の行政長官、牟礼は迫り来る敵の本拠地を見上げ、ポツリと呟いた。巨大な円盤はゆっくりと地上に迫り、そしてセレーノ・アクアの干潟に着水する。

 その衝撃は白波を生み出し、水路が大きくうねり、桟橋に括られたゴンドラが揺れる。火星占領以降、休業状態のゴンドリエーラたちは、美しい海に突如として現れたその円盤を、不安な目で見つめていた。


「・・・」


 程なくして荒波は落ち着き、女王の座乗艦「ミーナン」はセレーノ・アクアの沖合に鎮座した。そして群衆の中に、一際憎しみの籠った目でその艦を見つめる者たちがいた。


(あれが・・・敵の本陣!)

(父を・・・)

(子供を・・・)

(大切な人を・・・!)

(日常を奪った奴らの親玉が、あそこに居る!)


 彼ら・彼女らは首都水龍から渡って来た者たちだ。彼らの目的は「女王」へ報復し、侵略者たちを火星から追い出すことである。襲撃によって大切なものを失った彼らは、22世紀末に蘇った「攘夷」の意志の下に集い、このセレーノ・アクアへやってきたのである。


「私は・・・牧師さんの仇を討つ。何を犠牲にしても・・・!」


 その中には攘夷志士に名を連ねたイツキの姿があった。復讐心に駆られた彼女は、憎しみを込めた目で、火星に降臨した「女王府」の姿を見つめていた。


〜〜〜


セレーノ・アクア 市庁舎 会議室


 内陸にあるセレーノ・アクアの市庁舎に、地球と連合、双方の代表者たちが集まっている。女王府移設後初の会談がついに開始された。

 水没後に水上都市となり、観光改革の一環で地中海風の都市として再建されたセレーノ・アクアの市庁舎は、近未来的な大都会である水龍の行政庁舎とは大きく異なり、非常に異国情緒のある造りをしている。そしてその会議室もルネサンス建築を彷彿とさせる華美な造りをしていた。


 会議室の中央に設置された長テーブルの両端に、向かい合う様にして双方の代表者たちが着席している。地球側の代表団は水龍の時と変わらず、国連事務総長のジュンタ・ピワランをリーダーとする国連使節団であるが、漂流連合側の代表団は女王府の幹部たちに変わっていた。その中には女王府の総裁、事実上、連合のNo.2であるロトリー=ラマグ・ケンティールの姿もある。


 会議が始まる時刻を迎えたところで、報道陣に退席要請が発せられる。警備員に促され、数多のマスコミがゾロゾロと会議室を後にした。

 扉がパタンと閉められたことを確認し、地球側の代表者であるジュンタが口を開く。


「・・・では、交渉を始めましょう」


 双方の書記官が筆を取る。地球と漂流連合、双方の交渉の第2ラウンドが開始された。


「では・・・改めて、我々の提案と要求を提示いたします」


 彼女の発言に合わせて、使節団の1人がタブレット端末を操作する。すると双方の参加者の眼前に、バーチャルディスプレイが浮かび上がった。

 そこには水龍での交渉時に提示したものと、同じ文章が書かれていた。


「我々の主張は変わりません。地球に1億、火星に7億・・・それが我々の最大限の譲歩です。尚、この条件を飲んで頂ける場合、移住者となる者たちの人選はそちらにお任せしますが、特に・・・地球へ移住する者たちは厳選して頂きたい」


 ジュンタは毅然とした態度で言葉を続ける。彼女は暗に、たとえ移住が成立しても地球には上流階級しか住わせるな、と伝えた。

 だが、連合側の代表であるロトリーは眉間にしわを寄せていた。


「こちらとしても、以前から伝えている様に・・・我々の悲願は連合全住民のチキュウ移住です。たしかにこのマズナーも素晴らしい惑星だが・・・。それに8億では連合全住民の1割にも満たない。チキュウの土地面積から計算すれば、新たに130億の人口を受け入れることは可能でしょう」


 ロトリーは地球側が頑なに移住を受け入れない理由がわからない。そんな彼らに、ジュンタは地球の現状について伝える。


「もとより、地球はすでに人口飽和状態でした。我々が宇宙移民を推し進めていたのは、地球人口削減による環境保全のためです。地球は過酷な環境のため、または自然環境保護のために、人類の居住ができない土地が大半なのです。居住可能地域はすでに過密状態・・・宇宙から見ただけでは分からないでしょうが、地球は多くの問題を抱えているのですよ」


 ジュンタは相変わらず無茶な要求を突きつけてくる相手に、少し挑発した様な言い方をしてしまう。連合側の参加者たちの何人かは、一様に表情を曇らせる。


「我々は地球人として、地球を守る責務があります。貴方方が如何なる圧力を掛けようとも、それを譲ることはできません」

「・・・」


 ジュンタは毅然とした態度で言葉を続ける。強い言葉を突きつけられ、ロトリーはわずかに気圧されてしまう。

 結局はこの日も交渉が結実することはなく、全ては先送りとなった。


〜〜〜


セレーノ・アクア沖合 女王座乗艦「ミーナン」


 水上都市セレーノ・アクアの沖合に、女王府が移設された女王座乗艦「ミーナン」が停泊している。交渉会議の結果は余すことなく女王ライザに伝えられていた。


「チキュウ人より譲歩案を引き出したのは前進ですが・・・1億、これでは連合全住民の1%にもなりませんね」


 女王ライザは報告書を見つめてため息をつく。

 彼女を当主とするアルザウォール家は、滅亡する前の惑星キリエを統治した王家の末裔である。1300年前、キリエの人々はアルザウォール家に導かれ、汚染された母星を放棄して銀河を股にかける放浪の旅に出た。それ以降、同じ様に母なる星を失った11の種族を傘下に収めつつ、現在も漂流連合の統治者として、そして神に準ずる存在として、崇拝の対象となり続けてきたのである。


「この条件では必然的に・・・連合住民に対して差別的な選別を行うことになりますね。それは私の望むところではありません」


 現在、連合の首脳陣は、地球に対する武力行使を主張する強硬派、平和的交渉による移住を目指す穏健派の2つの派閥が存在する。


 そして女王ライザは穏健派の先鋒を行く存在であり、彼女の意向に従い、連合の使節団は地球に対して武力を用いない交渉を続けてきた。しかし、地球側は一切彼らの主張を受け入れなかった。そんな中で、強硬派が主張していた火星襲撃作戦が敢行された。

 武力侵攻は女王自身が望むところではなかったが、交渉が全く進まない現状を重く見た彼女は、断腸の思いで作戦実行の命令を発布した。結果、地球側から大きな譲歩案を得ることには成功したが、同時に地球側が戦争も辞さない姿勢を表明するきっかけにもなった。


「女王陛下のお望みを達成できないことは、我々としても非常に心苦しく思います。・・・ですが、チキュウ人の主張も現実的な譲歩案として一考の価値はあるかと存じます。・・・彼らにも戦う力はあります。ここが1つの落とし所ではないでしょうか・・・?」


 ロトリーは地球が提示した譲歩案を受け入れる様に進言する。女王府の総裁であり、ライザにとって数少ない、気を許している人物だからこそ可能な発言であった。

 しかし、ライザは首を縦に振らない。彼女の脳裏には亡き父王の顔が浮かんでいた。


「・・・貴方には気苦労をかけています。ですが、父の遺言でもあるのです。いつか・・・この艦の民を、自然あふれる豊かな惑星へ導く・・・それが我々『アルザウォール家』の使命。簡単には妥協はできません」


 1300年の長きに渡る漂流の旅路の中、連合の統治者であり続けた「アルザウォール家」は、増え続ける民衆に対して理想の星への到達を説き続け、人々の希望の拠り所であり続けた。

 女王であるライザにとって、人々を緑溢れる理想の星へ導くこと、それは譲れない夢であり、義務であったのだ。


「・・・それにしても、この街は美しい都市ですね。大量の水の上に作られた都市なんて、想像もしていなかった」


 ライザは大きな展望窓から「火星の海」を見つめる。地球のそれと比べれば規模は小さいものの、視界を見渡す限り広がる水など、巨大な宇宙船の中で生まれた彼女たちにとっては、想像を絶する光景であった。

 火星の海は地球と同じく「水」が主成分である。塩分濃度やそのほかの構成成分も地球と大差なく、酸素濃度を上げれば地球の魚介類を繁殖させられるのではと考えられており、そのためすでに、藍藻シアノバクテリアが火星の海に移植されていた。

 さらに「緑桜」以外の植物を繁茂させるため、細菌やあらゆる微生物、昆虫、ミミズの移植もすでに実施されている。


「この水をチキュウ人は『ウミ』と呼んでいる様です。太古の文献に惑星『キリエ』にも同様のものが存在したとされていますが・・・」

「はい、分かっております。キリエのウミは・・・我々の祖先が毒水に変えてしまった」


 1300年前、彼らの母星キリエは発達しすぎた科学文明によって、大地と大気、そして海が修復不可能なほどに汚染されてしまった。そして長い放浪生活の中で、彼らは「海」を表す単語すら忘れてしまったのである。


「・・・この星にもウミがあり、清浄な空気と大地がある。チキュウ人との全面戦争など、私は望みません」

「・・・陛下」


 科学力で圧倒的に勝るものの、物量的に劣勢な漂流連合、そして科学力では劣るものの、圧倒的なホームアドバンテージを持つ地球。女王ライザはようやく辿り着いた理想の惑星「地球」を前にして、戦争を起こす気力は無かった。


「・・・いずれは妥協しなければならないことは分かっていました。しかし、民衆は緑溢れる大地に足をつけることを望んでいます。もう少しだけ・・・頑張ってくれませんか、ロトリー?」


 いずれはどこかで折り合いをつけなければならない。だが、地球が提示した妥協案を受諾する決断はまだできなかった。ライザはロトリーに交渉の継続を命じる。


「・・・女王陛下の仰せの通りに」


 ロトリーは深々と頭を下げる。従順な姿勢を見せる彼に、女王はさらなるお願いを口にする。


「もう一つお願いがあります。・・・私も街に出てみたいのです。この『セレーノ・アクア』という街に」

「・・・陛下!?」


 ロトリーは初めて動揺をあらわにする。火星に入植している14億の地球人類にとって、自分たち漂流連合は憎き侵略者であり、実際の経緯はどうあれ「女王」はその親玉とも言うべき存在になる。

 そんな街中に女王自ら姿を現せば、いかに厳重な警備体制を敷いても地球人に襲撃される可能性が高い。いくら君主の願いとは言え、2つ返事で了承できるものではなかった。


「危険なのは分かっています。ですが、いずれこの『マズナー』にも、漂流連合の民が大勢移り住むことになるのでしょう? 民は皆、チキュウにしか意識を向けていませんが、この惑星がこんなにも豊かな星であることを、民に伝えたいのです」


 地球側の妥協案では、連合住民の多くはこの火星に居を構えることになる。ライザは地球への移住者団から漏れるであろう大多数の住民たちに、火星の宣伝を行おうと考えていたのだ。


「・・・なるほど」


 宇宙漂流連合が抱える人口は130億人、その全員が地球に居住することを願っている。だが、地球側の反発により、それはほぼ実現不可能であった。

 だが、この時代の火星は地球人類の100年に渡る努力の末に、人が住むには問題ない環境が整っている。移住の主目的地がこの星になるのは明白であり、その星を女王自ら宣伝すれば、この先、火星移住に割り当てられるであろう住民の不満を逸せるかもしれない。


「・・・直ちにチキュウへ要請を通達します」

「良い知らせを待っています」


 ロトリーは再び頭を下げると、女王の間を後にする。ライザは彼が出ていくのを見送ると、視線を再び窓の外に広がる青い海へ向けた。


〜〜〜


セレーノ・アクア 市庁舎 中会議室


 すでに太陽は地平線の彼方へ沈み、セレーノ・アクアは幻想的な夜景に包まれていた。その行政の中心地であり、現在は地球から派遣された国際連邦使節団の本拠地が置かれている「市庁舎」では、日付を超える間際となった今も、煌々と窓の灯りが光っていた。


「彼らは・・・どうしても全住民の地球移住を諦められない様ですね」

「130億人の異星人なんか受け入れられるわけがない!」

「だが、本当に戦争になったら・・・」

「彼らの目的が地球である以上、彼らも地球を攻撃することは避けたい筈だ」


 会議は紛糾している。議長席に座る国連事務総長のジュンタは、頭を抱えながら報告書に目を通していた。


「事務総長・・・1件、提案があるのですが」

「!?」


 国連使節団に名を連ねる日本人、小桜健斗が挙手をして発言権を求めた。会議室にいる全員の視線が彼のもとへ集まる。


「ミスター・コザクラ、どうしましたか?」


 ジュンタは小桜に問いかける。彼は椅子から立ち上がると、セレーノ・アクアへ移る直前、火星行政長官の牟礼と話した腹案について説明を始める。


「・・・彼らの地球への切望を断ち切るには、その身を以て地球の現実を知って頂くのが1番だと考えます。彼らは地球を『理想郷』としか見ていない。今までの交渉の場で、私は度々彼らと個人的な対談を重ねていましたが、どうも彼らは災害や疫病など、地球のマイナス面に目を向けていない。・・・いや、むしろ知らない可能性が高いと感じました」

「・・・!」


 小桜は今まで行われてきた交渉会議の前後で、相手方の参加者と個人的な会話を重ねてきた。その結果として、小桜は漂流連合の者たちが地震や台風、疫病などの「自然災害」に全く無知であることを見抜いていた。

 1300年の長きに渡って管理されたコロニーで暮らしてきた以上、それは仕方のないことと言える。小桜はそこに打開策を見出していた。


「彼らを『地球』へ招待するのです。それもわざと、台風やハリケーンが上陸するであろう時期と場所を選んで。酷暑や暴風雨、災害や感染症・・・それらを経験させるのです」

「・・・なるほど」


 小桜の提案は突拍子もないものであったが、新たな着眼点を使節団のメンバーに与えるものだった。ジュンタは口元に手を当て、思慮を巡らせる。

 だがその時、市庁舎に勤める職員が中会議室に現れた。


「た、大変失礼します! 宇宙漂流連合『女王府』から、メッセージが届きました!」


 彼はセレーノ・アクアの沖合に停泊する女王府からの電報を届ける。ジュンタはそれを受け取り、急いで内容に目を通した。


「・・・舐められたものですね。“我らが女王にセレーノ・アクアを観光案内せよ。その後は我らの艦で親睦パーティーを行いたい”と来ました」

「観光案内!? パーティーだと!?」


 再び会議場が紛糾する。


「・・・断れる道理なし、か。警備計画は向こうが責任を取ると言っています。ちょうど良い・・・直ちに国際連邦本部へ連絡を! ミスター・コザクラの提案についても知らせなさい」

「は、はい!」


 ジュンタの命令を受け、使節団員の1人が急いで会議室を後にする。


「この親睦パーティーで、彼らに渡しましょう。地球への『招待状』を・・・!」

水龍は「鉄⚪︎のオルフェ⚪︎ズ」、セレーノ・アクアはその名前の通り「A⚪︎IA」がモチーフです。

この2つの都市は火星のテラフォーミングをモチーフにした作品として代表的な2作が元ネタになっています。

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