異星からの襲撃
2199年3月18日 火星 首都・水龍 火星行政庁
人類が進出した水星から土星までの惑星圏のうち、民間人が定住する水星以外の惑星にはそれぞれ「国際連邦宇宙開発機構」直下の「行政庁」が統治機構として置かれている。
「行政長官」は宇宙開発機構からの派遣で任命されるため、各地球外天体にはいわゆる地方議会や首長選挙などの「地方分権」は存在しない。そして宇宙開発機構は日本政府が牛耳る組織であるという認識が一般的であり、事実任官される人材は日本政府の意向が強く働いている。その実態は日本が「太陽系帝国」と呼ばれる大きな要因となっている。
そして火星行政の中心である「火星行政庁」では、今月も閣僚たちによる会議が行われていた。円卓の中心には行政長官の牟礼昭弘が座り、その他の椅子には農林、開発、教育、公安など各分野の専門担当官たちが座っていた。
「今月に入ってから・・・非合法組織間の衝突が激増している。警察は総動員、宇宙軍にまで頭を下げて・・・超過勤務手当だけで予算はパンクだ」
公安担当官のダビド・ジョレンテはスペイン語でぼやいている。
各宇宙都市はそれぞれの天体の「行政庁」が監督する「現地警察」と「宇宙開発機構」直属の「国際連邦宇宙軍」が治安維持を行う二重体制だ。他、国際連邦宇宙軍は宇宙空間における事故の救援活動などを司っている。
国際連邦宇宙軍は各天体の行政庁から独立した組織である。そして何より、国際連邦宇宙軍の実態はほぼ「日本皇国宇宙軍」そのものなのだ。軍事衛星や惑星間通信などのオペレーター、治安維持のための地上要員などは他国の宇宙軍からの出向者も多数居るが、実際に宇宙空間で活動を行う「宇宙航行戦闘機」「宇宙輸送艦」、そして「宇宙戦闘艦」・・・それらに携わる人員は9割方「日本人」なのである。
本格的な「宇宙軍」を有している国は、「扶桑」の恩恵を受けている「日本」のみであるため、当然の帰結と言えた。その存在は日本が太陽系を支配している現状を一番鮮明に描いている。
「独立運動も活発だ、この1ヶ月で過激派によるテロ活動が激増している」
開発担当官の班雄卯が口を開く。特に住民が多い「月」「火星」の世論には、1世紀以上に渡り、日本一国が宇宙の行政を牛耳る現状に不満を抱く声が大きく、自治政府としての独立と国連への参加を求める動きが活発化しているのである。
「全く・・・この『火星』に治安という言葉は存在せんのかね!」
「宇宙開発機構も・・・国連宇宙軍のさらなる人員増員をせねば、治安維持がままならなくなるぞ!?」
「日本人は宇宙の広さがわかっていない!」
会議は傾き続ける火星の治安のために紛糾している。遠く離れた場所から自分たちを支配する「国際連邦宇宙開発機構」、そしてそれを支配する「日本」、それらに不満を持っていたのは、何も民衆だけではなかった。
会議が紛糾する中、突如として会議室の扉が開かれた。火星の閣僚たちが視線を向けた先には、息を切らした若い役人がいた。
「・・・た、大変失礼します! 先ほど、『フォボス無人基地』より、数多の飛行物体が火星宙域に侵入したと・・・! 識別コード不明! 国連宇宙軍ではありません!」
「何だと!?」
閣僚たちは突然の知らせに動揺を見せる。
「が、画像を表示します!」
若い役人は腕時計型端末を操作し、空中にホログラムディスプレイを投影する。そこには国連宇宙軍が保有するものとは明らかに型が違う、宇宙船の艦隊が映っていた。
「国連軍ではない宇宙編隊だと!? そんなものがこの太陽系にあるはずがない!」
行政長官の牟礼はさらに狼狽した。この日、火星は「未知なる者たち」の襲撃を受けていた。
〜〜〜
火星 首都「水龍」より20km北東 国際連邦宇宙軍・火星本部
「火星」は現在、地表の1割を遺伝子組み換えの酸素産生植物が覆い、さらに温暖化した気候によって地中から水が流出し、北半球には地球と比べれば小さいが、「液体の水」で出来た「海」が出現している。
その海辺に「国際連邦宇宙軍・火星本部」がある。海面には宇宙軍の輸送艦や戦闘艦が停泊していた。
『フォボス無人基地よりエマージェンシー! 火星宙域に多数の未確認飛行物体確認! 第41航空群は出撃せよ! 繰り返す・・・!』
格納庫に駐機されていた「大気圏宇宙両用戦闘機」が、滑走路に次々と並べられていく。パイロットたちは宇宙服を身にまとい、準備が出来た機体からキャノピーが閉じていく。
それらはUF-4「シューティング・スター」と呼ばれる、28世紀の技術を元に日本が独自開発した機体である。2160年に制式採用されたものだが競合相手がいないため、事実上、宇宙戦闘機の最新機であった。
『Runway 2R, cleared for take off, Attack 01.』
『Copy.』
管制塔からの離陸許可を得た機体が、滑走路から飛び立って行く。パイロットたちは未確認飛行物体への出動に緊張していた。それに続いて2機目、3機目と滑走路から飛び立ち、第41航空群に属する全ての機が離陸していく。
管制塔の職員をはじめとする基地の隊員たちは、空へ飛び立つそれらの勇姿を緊張の面持ちで見つめていた。
火星 外気圏
火星の首都・水龍からおよそ上空へ800km、外気圏と呼ばれる空域に到達する。リーダー機を駆る南雲大地中佐は飛行隊を率いて、未知なる相手が待つ宇宙へと上昇を続ける。そして数分後、それは彼らの視界に姿を現した。
「目標発見・・・!」
南雲中佐は目標を目視で確認したことを地上の基地へ伝える。パイロットたちは唖然とした様子で「未知の敵」の姿を見ていた。
『何だこれは・・・』
第41航空群に属するパイロットの1人が正直な感想を漏らす。そこには国連宇宙軍、すなわち日本皇国宇宙軍が有するものとは桁違いに大きな宇宙船の艦隊が、彼らの眼前に広がっていた。
『我々は国際連邦宇宙軍・火星本部! 直ちに停止して所属と目的を明かせ!』
南雲中佐は謎の艦隊に無線を用いて警告を発した。だが、何も返答は帰ってこない。それ以前から、火星本部より謎の艦隊に対して再三の停船命令が伝えられているが、いずれも黙殺されていた。
『・・・戦闘準備! 第41航空群、攻撃を開始する!」
南雲中佐は部下たちに戦闘開始命令を下す。彼はミサイルの発射装置に手をかける。各機には宇宙戦闘用の極超音速ミサイルが搭載されていた。
『アタック1・・・発射!』
『アタック3・・・発射!』
『アタック7・・・発射!』
符丁のコールと共に、ミサイルが群れになって飛んで行く。火器管制AIによって目標を振り分けられたそれらは、マッハ55の飛行速度で謎の宇宙艦隊へと向かって行った。そしてそれらのミサイルは謎の艦隊群に次々と激突する。だが謎の宇宙艦隊は爆炎を引き裂きながら、傷一つ負うことなく、火星への降下を続ける。
『・・・全く効いてないだと!?』
南雲中佐は驚愕の声を上げた。だが彼はすぐに気を取り直して部下たちに通信を入れる。
『アタック2から6までは当機に着いて来い。至近距離よりスペース・サイドワインダーにて攻撃を行う!』
『了解!』
飛行隊長の命令に従い、5機のUF-4が隊長機に附随して1隻の敵艦へ急速に接近する。そして敵艦の表面に肉薄しながら、近距離用ミサイルを発射した。
『アタック1・・・発射!』
敵艦の外殻で爆発が起こる。しかし、その表面には傷1つ付かなかった。
『・・・ば、馬鹿な!』
南雲中佐の顔色が絶望に染まる。その直後、敵艦の砲門が赤く輝き出した。第41航空群が全滅したのは、その直後のことであった。
国際連邦宇宙軍・火星本部
『基地上空に未確認飛行物体群接近! 基地職員は直ちに退避!』
緊急放送が火星の宇宙軍基地に響き渡る。だが避難もままならないうちに、謎の宇宙艦隊は水龍の上空に到達する。見たことのない宇宙船の群れが、火星の空を覆い尽くしていた。謎の宇宙艦隊は軍事施設を目標にしており、すでに制空権を失っていた基地は彼らの進軍を甘受することしかできない。直後、艦の下面に位置する砲門から、赤いエネルギービームが放たれる。
ド ド ド ド!!
突如として鳴り響いた轟音、それに続いて基地のあちこちに花開いた無数の爆発、突然の奇襲攻撃に見舞われた国際連邦宇宙軍基地では、あちこちでパニックが起こっていた。
「足が! 俺の足がどっか行っちまった!」
「た、助けてくれ!」
それまで平和な日々を過ごしていた基地は、1回の攻撃で地獄絵図と化す。さらなる攻撃が国連宇宙軍基地に容赦無く振り下ろされ、基地は敢えなく灰燼と化した。
「キャアアア!!」
どこからともなく断末魔が響き渡る。基地の残骸には数多の軍人の骸が築かれた。この瞬間、火星は軍事的にほとんど無力化された。
水龍 第1区 中心市街地
火星の首都「水龍」では、行政庁からの緊急放送が鳴り響いていた。街の人々は突然の警告に動揺を隠せない。
『火星宙域に多数の未確認飛行物体接近! 水龍市民は直ちに地下シェルターへ避難してください! 繰り返しお伝えします! 火星宙域に・・・』
避難勧告を受けて、水龍の住民たちは地下シェルターの出入り口に殺到する。元々は大気が薄い頃、隕石からの避難のために作られたものである。
人類にとって宇宙からの襲撃など、SF映画の中だけで描かれる夢物語であった。それが現実になることなど、あらゆる想像を超える事態であった。
水龍の中心地、大企業の摩天楼が林立する「第1区」でも、人々は秩序を失って逃げ惑い、地下シェルターへ殺到している。だが、その人の流れに逆らい、別の場所へ向かおうと走る少女の姿があった。
「・・・教会へ、牧師さんのところに帰らないと!」
中心街へバイトに出ていたイツキは、自身の居住地である第4区へと走る。彼女は義父である角一郎の身を案じていた。
「・・・な、何だ! あれは!」
「!!?」
上空を覆い尽くす謎の宇宙艦隊から「降下兵団」が降りてきた。全高15メートルは超えている武装した「人型ロボット」の集団が、建物や家屋を踏み潰し、水龍に降り立つ。
「キャアアア!」
その中の1機が着地した衝撃で、大通りの信号機が倒壊する。それは偶然にもイツキのいる方へ倒れてきた。群衆が逃げ惑い、巨大なロボットが降り立つ混乱の水龍で、イツキは敢えなく気を失ってしまうのだった。
「・・・おい! 大丈夫かね!?」
そんな彼女を偶然、1人の老紳士が見つける。避難の最中だった彼は踵を返して、倒壊した信号機の側で気絶しているイツキのもとけ駆け寄り、抱き上げた。イツキは額から流血しており、老紳士が体をゆすっても起きようとしない。
その間にも、ロボット降下兵が次々と火星の大地に降り立っていく。水龍は彼らによって占領されたのだ。
『我々は『宇宙漂流連合軍』である。地球軍基地はすでに壊滅し、この第4惑星はすでに我々の手中である。地球人よ、無駄な抵抗は避け、我々の軍門に降れ』
武装ロボットから英語の警告文が発せられる。国連宇宙軍基地が壊滅したという事実は、市民たちをさらなる恐怖に陥れていた。
水龍 第4区
その時、角一郎は教会で礼拝の真っ最中だった。信徒たちを避難させた角一郎は自身も教会の外に飛び出し、空を見上げる。
「・・・これは、何事なんだ?」
制空権を奪われた火星の上空には、数多の敵によって覆い尽くされている。降下した巨大ロボット兵による破壊活動で、軍人だけでなく、一般市民にも数多の犠牲者が出ていた。
「・・・!!」
その時、第4区にも巨大ロボット兵が降下してきた。その中の1機が偶然にも、角一郎が営む教会の真上に降りてくる。教会は粉々に踏み潰され、角一郎は大量に舞い上がった瓦礫と粉塵に巻き込まれてしまう。
「うわあああ!」
角一郎は咄嗟に顔を庇い、身を屈める。その直後、大量の砂煙が彼の体を覆い尽くしてしまった。砂煙が晴れた後には、跡形もなく破壊された教会と、それを踏み潰したエイリアンの操る巨大ロボット兵の姿があった。