拓け、宇宙の大フロンティア
「Let’s go to Space !」
時は西暦2125年、2085年に月面への入植が開始されて40年、ついに「宇宙開拓時代」が幕を開けた。治安の崩壊した地球を嫌い、大量の移民が宇宙へと旅立っている。日本政府は世界人口の約半分、40億人を宇宙移民とすることを目標としていた。
そして「国際連邦」も地球人口削減のため、日本政府が推し進める宇宙移民政策に賛同しており、今や宇宙開拓は世界的事業となっていた。国連が日本政府への協力を行うことを引き換えに、日本が占有・秘匿してきた「28世紀の技術」が一部解禁されたからだ。
「国際連邦」には「宇宙開発機構」が設立され、全世界より投資を受けて、月面及び火星の開発は進行の一途を辿っていた。その「宇宙開発機構」内部で指導的立場に立つのが、日本の「宇宙開発省」である。国連と日本政府間の密約によって、宇宙開発機構はその人員のほとんどが日本人で構成され、事実上の“宇宙開発省国連出張所”となっている。
そして今、国際連邦の大々的な宣伝の下、治安が崩壊した地球を嫌い、日本に移住する資格のない人々が、宇宙への片道切符を握りしめ、日本製の「宇宙航行船」で続々と宇宙へ旅立っているのである。
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太陽系 第4惑星 火星 首都「水龍」
日本の宇宙開発省が2090年より指導していた「超短期環境改造計画」によって、火星の環境は劇的な変貌を遂げた。広大な大地には28世紀の技術が生み出した改造植物がところどころに繁茂している。
28世紀の未来、惑星のテラフォーミング用に藻類と葛を元にして作られた遺伝子改造植物「緑桜」は、如何に劣悪な土壌であっても、二酸化炭素とわずかな各種元素、そして日光さえあれば、バクテリアや菌類の様に増殖し、葛の様に根を伸ばし続ける繁殖力と、酸素を生成する能力を有している。
地球では危なっかしく、とても植樹出来るものではないが、扶桑艦内の凍結から解除し、さらに隔絶された空間で大量に増やした種子を、2090年に火星の地表にばらまいたところ、わずか30年足らずであっという間に火星表面の3%を覆い尽くしてしまったのである。そして依然として火星表面に拡大を続け、火星の大気を作り変え続けていた。
そして緑桜が集中する地帯は巨大なドームに覆われ、その中は地球と変わりない大気組成と気圧が維持されていた。地球から持ち込まれた「核融合炉」から放たれる熱により、気温も保たれている。
そして直径4kmほどの巨大なドームの内部には、立派な都市が出現している。ドームの中にある建造物の頂には「日の丸」と「国連旗」がはためいていた。ドーム内では荒涼とした大地に、地球から持ち込まれた建築資材が急ピッチで組み立てられており、「火星百万人都市計画」に沿って火星首都の建設が進められていた。
その火星の都市は「水龍」と名付けられていた。ドーム内の気圧はおよそ0.95気圧・気温15℃、酸素と窒素が地球と同じ程度の濃度に設定され、宇宙服の着用なしで動き回ることができるのである。
さらにラグランジュ点には人工地磁気を生み出す磁場発生装置が設置され、強烈な太陽風を防いでいた。
「宇宙線と太陽風の遮蔽のため、火星大気の肥厚化が急務だが、今後50年ほどで緑桜は火星表面の1割近くを覆う。圧と組成だけならば、地球の大気と近い状態になるな・・・」
1人の技術者が「水龍」の地表に立ち、無人作業機が蠢く大地を眺めている。彼は数十年後の未来、この「水龍」が東京や上海に匹敵するほどの大都市となることを夢見ていた。
「水龍」 食糧開発センター
都市の外れに大きな工場が立っている。その内部はいくつもの階層に分かれ、単一種の麦を生産しており、火星開発に従事する者たちの食糧源となっている。
宇宙の食糧生産に関しては、遺伝子改良された単一種を外見のみ合成加工することで賄う方針となっている。火星の大地には同様の施設が多数建設されており、将来的な移民受け入れに向けて着々と準備が進められていた。
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太陽系 第2惑星 金星 首都「明星」
地球のゴビ砂漠で建造された「フローティングシティー」が、数隻の宇宙航行船に牽引されてついに「金星」へと届けられていた。
太陽系第2惑星「金星」は、太陽系で一番地球と平均密度・重力が近い惑星であり、「地球の姉妹惑星」と評されることもある星だが、その環境は平均気温500℃、90気圧、高濃度の二酸化炭素からなる大気と、硫酸の雲に覆われた過酷な世界だ。
だが、上層大気となれば気圧は地球上と同等になる。また地球の一般的な空気が金星では「浮く気体」になることを利用して、「フローティングシティー」という移民構想が考案されたのだ。
完成した「フローティングシティー」はヘリウムガスが満載の「風船」と居住スペースである「コロニー」の2つから構成される。円盤状のコロニー内部は層構造になっており、それぞれの層に都市が形成され、さらにコロニーは巨大な風船に吊り下げられ、金星の大気中を周遊する仕組みになっていた。
『まもなく金星の大気圏に入る。各機、重力子阻害装置起動。設置ポイントまで微速降下開始』
『了解、重力子阻害率85%』
旗艦からの通信が、各運搬船に届けられる。重力を生み出す重力子の相互作用が阻害され、緩やかな速度で金星への降下を始めた。
そして慎重かつ確実に、「フローティングシティー」第1号を目的の高度まで下ろした。周囲は厚い硫酸の雲が漂い、太陽の光が反射した金色の空が広がっている。
『バルーン展開』
「フローティングシティー」の上部構造である巨大バルーンにヘリウムガスが注入される。そして宇宙航行船と繋がっていた鎖が外され、「フローティングシティー」は金星の空に浮かぶ形となった。
『設置完了』
各運搬船のクルーたちはホッと胸を撫で下ろす。日本本土の通信司令部も歓喜の渦に包まれていた。かくして、「フローティングシティー」第1号の設置という一大プロジェクトが完了した。
「フローティングシティー」内部のコロニーは層構造になっており、500万人の住民を受け入れることを想定している。バルーンの下部に釣り下がる格好となるコロニー内部は地球と同じ大気組成に設定され、24時間で金星を1周することで1日を再現することを想定されていた。
今後は、数年単位の実験期間を経て各種問題を洗い出し、一般人の入植に向けて準備が進められる予定である。
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22世紀初頭、人類は本格的に宇宙移民事業を開始していた。すでに数千万人単位で一般人が入植している「月」に始まり、「火星」「金星」にもすでに人類の手が入り込んでいる。世界的事業として進められている宇宙開発事業は、貧困層の雇用を生み出し、さらに彼らの希望となり、世界経済の安定化にも一役買っていた。
そして、22世紀後半、火星全土が人類の活動域となるのと同時に、加速度的に宇宙移民が増加する。人々は未知なる星の大フロンティアに夢を馳せて、宇宙への片道切符を次々と掴んだ。火星の手付かずの鉱脈は莫大な富を生み出し、夢を見る者たちが次々と移り住んでいく。
そして野心的な人類は「木星」「土星」にも勢力を広げていく。宇宙開拓時代の到来は人類の希望となり、地球の治安も徐々に改善して行った。紛争と動乱の世紀となった「21世紀」とは対照的に、「宇宙開拓」というブレイクスルーによって「22世紀」は希望の時代となっていた。
しかし、22世紀末、突如としてその希望を脅かす影が現れる。時に西暦2199年、人類は歴史上最大の危機を迎えることになる。