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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第3章 横浜龍神篇
45/92

吸血鬼の恐怖

東京都新宿区 市ヶ谷地区 統合幕僚監部 中央通信センター


 同時刻、東京の統合幕僚監部内部にある「中央通信センター」では、緊急事態を伝えるアラートが鳴り響いていた。それは20分前に起きた「横須賀皇国海軍施設」への襲撃から始まり、事態の収束のため、宿直の職員たちが慌ただしく動いている。メインスクリーンには「横須賀皇国海軍施設」に異常事態が発生したことが示されていた。

 厚木、横田、木更津など、同じ南関東の主だった駐屯地・基地にも、緊急事態の通告がなされている。国防省内部、そして内閣官房もすでに事態収集に向けて動き出していた。


「異常事態検知! 『扶桑』が離岸しました!」

「何!?」


 中央通信センター長を務める安藤康彦陸軍少将が緊急出勤している。彼は宿直の部下たちが伝える報告を、余すことなく耳に入れていた。


「・・・今日は夜間飛行の予定はない筈だが? 誤作動の可能性は!? 先ほどのテロリスト強襲と関係があるのか!?」

「付近の防犯カメラ、および衛星映像を回します!」


 安藤少将はシステムの誤作動を疑っていた。職員が「扶桑」の現状を示すため、リアルタイムの映像をメインスクリーンに投影する。そこには確かにゆっくりと動き出す世界唯一の宇宙戦艦の姿があった。


「さっき襲撃の報告が入ったばかりだぞ!? 何が起こっているんだ!? 現地と通信は取れないのか!?」


 安藤少将は横須賀基地との通信を指示する。しかしその直後、現地から追加の報告が届けられていた。


「大佐! 横須賀基地より入電です! 『扶桑』当直中の兵士がテロリスト側へ寝返り、奴らと共に『扶桑』で発進したとのこと! しかも例の人質も共に・・・!」

「・・・っ!!」


 安藤は考えられる中で最悪のシナリオが現実となったことを知り、声も出ず、頭を抱えるばかりであった。


「あれは28世紀の兵器、本気を出されたら、我々には止められません・・・」


 報告を届けた部下は不安そうに呟く。「扶桑」は異世界テラルスから持ち帰った、遥か未来の平行世界の日本で作られた戦艦である。22世紀の技術力・軍事力では到底太刀打ちできない、それこそ皇国軍が束になっても敵わないほどの武力が、あの艦には秘められている。


「・・・『第80宇宙航空群』を出しますか?」


 部下は1つの提案をする。「第80宇宙航空群」とは「扶桑」と共に発掘されたその艦載機群のことだ。すなわち「扶桑」と同じく遥か未来の技術で作られた超兵器である。彼の兵器に対抗できるとしたら、それと同じ技術で作られた兵器しかない。部下の男はそう考えていた。


「・・・いや、ダメだ。あれは『扶桑』と共に軍事出撃が禁じられた兵器。例え内乱を収めるためだとしても、国連やアメリカが再び『扶桑』の破棄を主張し始めるきっかけになりかねない・・・!」


 日本政府は「扶桑」の保有を国連に認めさせる際に協定を結んだ。それは「扶桑」とそれに付随する全ての兵器を、今後一切軍事出撃させないという内容である。内乱の鎮圧のためとは言え、「扶桑」の艦載機を出撃させることは、28世紀の科学力を警戒する国際社会から、再びそれらの破棄を主張されるきっかけになる可能性が非常に高かった。

 その時、国防省より統合幕僚監部へ命令が伝達された。


「国防大臣より御命令です! 厚木航空基地から『第81宇宙航空群』を・・・『UF-3』を出撃させよ、と!」

「『第81宇宙航空群』・・・『ユニバース・ゼロ』か」


 『UF−3・ユニバースゼロ』・・・飛行戦艦「扶桑」の艦載戦闘機に使用されている28世紀の技術を元にして開発された機体である。世界で初めて、戦闘能力と宇宙航行能力を併せ持った大気圏宇宙両用戦闘機であり、2076年に制式採用されたものである。

 現状として、日本が開発した兵器の中では最も28世紀に近いものであった。


「・・・厚木基地に至急連絡を! 『ユニバース・ゼロ』を出す!」

「了解!」


 国防大臣直々の出撃命令が「中央通信センター」を介して厚木へと伝えられた。



首相官邸


 首相官邸の執務室では、内閣総理大臣の銅野島昭雄と内閣官房長官の芝佳史、国防大臣の我妻士郎、国家公安委員会委員長の黒川清美、そして「国家中央情報局」局長を務める滝村真一の姿があった。

 「国家中央情報局」とは「内閣情報調査室」が発展的解消を遂げて誕生した日本の情報機関である。日本政府に属する各種情報機関の取りまとめ役としての役割はそのままに、規模と諜報能力は大きく拡大していた。


「『亜人解放同盟』は『扶桑』搭乗員を傀儡とし、現在、同艦を乗っ取って横須賀を飛び立とうとしています。そして先ほど・・・『扶桑』の艦内から新たな動画を公開しました」


 滝村は現状を説明しながら腕時計式端末を操作し、そこからホログラムディスプレイを空中に投影して、同盟が新たに公開した動画を閣僚たちに見せる。

 そこには「扶桑」の第1艦橋から撮影を行う同盟の幹部たちが写っていた。


『日本国民の皆さん、またお会いしましたね。『亜人解放同盟』代表の夢永タクヤです。我々は今、あの飛行戦艦『扶桑』の艦内にいます。どういうことか、お分かりですね。

・・・我々は日本政府に警告します。『横浜』を消されたくなければ、亜人種による特殊能力の自由な行使を公認しなさい。力が全てを決める世界こそ、我々の望み・・・』


 夢永はまたしても、劇団員の様な演技がかった身振り手振りで演説を続ける。彼の背後には前回と同様に同盟の幹部たち、そして裏切り者である「扶桑」船務長の呉鹿中佐の姿があった。

 そして夢永は、カメラの前に人質となった照を引き出した。拘束された少女を目にして、閣僚たちの顔色が変わる。


『そして『龍神族』の方々・・・沈黙を貫いている様ですが、人質の命が惜しくば、我々への協力を明確に示しなさい。最も・・・養女とは言えただの人間1人の命など、貴方方には気に留めるほどのものではないかも知れませんが・・・。もしそうなら、その最強種族らしい価値観で金のために“政府の狗”を続ければ良い』


 夢永は「表向き」最強の亜人種とされる龍神族に挑発と揺さぶりをかける。政府も彼らに協力要請を出しているが、「龍王の里」と「葉瀬名家」は依然として沈黙を保っている。


『・・・もしも我々の声明を黙殺するのなら、1時間後に『横浜』を消します。その後に交渉の席を設けましょう』


 閣僚たちの顔色がさらに変わる。動画はそこで終了していた。数秒間沈黙が流れた後、情報局局長の滝村が口を開いた。


「・・・吸血鬼に協力要請をかけます」

「!!」


 閣僚たちは滝村の発言に驚きの表情を見せる。「吸血鬼族」、それは非公開ながらも日本国内に存在する「真の最強種族」の名である。毒をもって毒を制す。軍事力や科学力とは全く違う切り札、魔法の頂点に立つ存在を、日本政府は切り札として出すことに決めたのである。


〜〜〜


長野県諏訪市 龍王の里


 その頃、「表の最強種族」のもとにも、事態の情報が飛び込んでいた。葉瀬名家本殿の応接室にあるスクリーンには、東京に住む当主の縁と善久、そして横浜に住む龍二の姿が映し出され、本殿に住む詩穂梨と和馬が、スクリーンの前に座っていた。


『・・・遼一の所在が分かった。横須賀に現れたそうだ』

「お父様、早速・・・あのバカ共を討伐しに行きましょう」


 彼らにとって、反政府分子に協力する遼一の存在は恥晒しである。遼一の実母である詩穂梨は、容赦無く息子を排除するように進言する。


『そんな・・・照が捕まっているのに!』


 だが、それに異を唱えるのは、遼一の実弟である龍二だ。彼は「亜人解放同盟」に依然として捕らわれている門真の身を案じていた。家族同然に暮らしている人間1人の命が掛かっているのだから当然だ。だが、彼の血族たちが下した決断は、非常に冷酷なものだった。


「貴方は・・・あの人間の小娘1匹のために、『横浜』を犠牲にするの?」

『強者として大局をみろ。今はあのバカを最優先に対処すべきだ。さもなければ、大勢の人間が死ぬことになるぞ』


 龍神族の寿命は800年を超える。人間の10倍近い年月を生きる彼らにとって、人間は人間にとっての犬猫に近い存在でしかない。「横浜」を人質にとった脅迫がなされている以上、表向きは養女とは言えども切り捨てる、それが「葉瀬名家」の総意だった。


『・・・でもっ! 彼女は・・・!』


 龍二にとって照は、自分が殻を打ち破るきっかけになった存在であり、家族であり、大切な存在だった。当主の縁は、明確に一族の方針に逆らう姿勢を見せる孫・龍二の言動を聞いて、神妙な表情を浮かべる。


「・・・龍二、あなた良い加減に・・・!」

『待て、詩穂梨』


 縁は息子を嗜めようとする詩穂梨を制止する。そして一呼吸おくと、冷徹な顔でバーチャルディスプレイの向こう側にいる孫の顔を見つめた。


『・・・そこまで言うのなら、この後のことはお前が責任を取れ。奴らが示したリミット・・・1時間だけ待ってやる。それを過ぎても事態が好転しなければ、我々は『亜人解放同盟』と遼一を攻撃する』

『・・・感謝します』


 縁はわがままな孫に過酷な試練を課した。龍二は深々と頭を下げる。龍の一族もついに動き出そうとしていた。


〜〜〜


神奈川県横須賀市 皇国海軍施設


 その頃、事件の舞台となった「皇国海軍施設」では、負傷した兵士たちへの救護活動が行われていた。すでに「扶桑」は空へ飛び上がっており、手が出せる状態ではなくなっている。

 手当を受ける負傷者の中には鎌鼬族の小羽もいた。宿屋と波鐘もぐったりした様子で地べたに座り込んでいる。


「・・・おや、まさかこんなところで会うとはね」

「・・・月神先生!?」


 宿屋の耳にどこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。彼らが顔を見上げると、そこには天文部顧問を務める月神葵の姿があった。

 その隣には、葵と同じく非常に容姿が整った女性が立っている。


「・・・葵、この子たちは?」

「ああ、俺の教え子だよ。姉さん」


 その女性は180cmを超える長身である葵と、ほぼ変わらない身長の持ち主だった。人並外れた美形である葵と並ぶ美貌、そしてスタイルが目に入る。


「この人は俺の姉、月神桃真・・・」

「フフフ、よろしく」


 桃真は不敵な笑みで宿屋たちを見下ろす。その心の奥底を覗かれるような瞳に、波鐘は悪寒を感じていた。

 葵は皇国海軍の兵士たちの方へ向きなおす。そして指揮官のもとへ近づき、改めて自分たちの素性を明かした。


「・・・俺たちは『国家中央情報局』の使者だ。政府の要請を受けて此処へ来ている」

「『国家中央情報局』!? ・・・まさか、貴方方が噂の『月神姉弟』レッドアイ・シビリング!?」


 指揮官は2人の正体を察して顔色を変えた。宿屋たちは彼らの会話の意味がわからず、首を傾げている。

 「月神姉弟」レッドアイ・シビリング、日本政府の内情について精通する者のみが知る『日本政府の切り札』である。国の重要案件に現れるとされ、素性も何の種族かも不明であるが、ただ唯一、確かなその強さのみが語り継がれているのである。


「しかし・・・『扶桑』は28世紀の技術力で作られた宇宙戦艦です。外殻は堅牢な合金と特殊ガラスで出来ており、さらに数十万キロの索敵範囲を持つレーダーがある。外部からの侵入は不可能です。例え・・・人智を超えた亜人種だとしても」


 皇国海軍の指揮官は「扶桑」が無敵の兵器であることをよく知っている。たとえ、亜人種の特殊能力や魔法を使っても、「扶桑」に太刀打ちできるわけがない、そう考えていた。


「・・・ああ、そこのところは問題ないよ。夜の我々には全ての光学機器や電波が無効だから」

「つまり、カメラやレーダーには私たちの姿は映らないってこと」


 月神姉弟は非公開種族「吸血鬼族」のハーフである。異世界テラルス最強にして最高位の種族であり、「龍神族」が表向きの最強種族と呼ぶならば、真の最強種族と称すべき存在、それが月神姉弟なのだ。


「・・・でも、先生、無茶ですよ・・・!」


 それでも尚、宿屋は「扶桑」へ向かおうとする顧問を止める。飛び立つ「扶桑」を間近に見た彼らは、奇妙奇天烈な亜人種も、人智を超えた魔法も、「扶桑」が持つ圧倒的な科学で薙ぎ倒される未来しか見えなかった。


「門真さんは、大切な生徒だ・・・助けるさ、絶対に」


 葵は守るべき生徒の1人として、照の命を助け出すことを約束する。彼が見上げた夜空には、全長500メートルを超える宇宙戦艦が浮かんでいた。


「・・・でも、レーダーに映らないとはいえ、『扶桑』の外殻を突破できなければ、内部には入れない」


 指揮官はさらなる懸念を提示した。「扶桑」の外殻は28世紀の技術で作られたものだ。現代兵器では核兵器が直撃でもしない限り、有効なダメージは与えられないとされている。


「・・・あの、それなら私を連れて行ってくれませんか?」

「・・・? ええっと、君は?」


 今まで口を閉ざしていた波鐘が手をあげた。葵は首を傾げる。


「私は『ミダス族』、手で触れた生物以外のものを黄金に変える力を持つ亜人種です」

「・・・黄金!?」

「28世紀の超合金ならともかく、金属の中でも硬度が低い“黄金”ならどうにかなるのでは?」


 波鐘は自身の能力で「扶桑」の外壁の一部を黄金に変え、艦内侵入の足掛かりにすることを提案した。


「でも、それじゃあ陽夏ちゃんの身が危ないぞ!?」


 小羽はその提案に反対の意を示す。波鐘が「扶桑」の一部を黄金に変えるためには、彼女は空中に浮かぶ「扶桑」に近づかなければならない。当然ながら、無事に帰って来られる保証などあるはずがなかった。


「・・・あまり議論している時間はないわ。彼女には私たちの能力を一時的に付与する。そして私たちが侵入できたら、“私の左腕”が地上に送り返す。・・・それが私たちにできる最大限の配慮だけど、危険なことは変わりない。あとは貴方次第よ・・・」


 葵の姉である桃真は、吸血鬼の特性を一時的に貸与し、彼女がレーダーに映らないようにすることを提案した。しかし、それでも波鐘の身を危険に晒すことには変わりない。桃真は波鐘に命を賭ける覚悟を問いかけた。


「問題ありません、連れて行ってください」


 波鐘は間髪を入れずに答える。仲間を助けるため、15歳の少女は世界最強の兵器に立ち向かう覚悟を決めていた。




扶桑 第1艦橋


 動画の配信から1時間が経過しようとしていた。「扶桑」の第1艦橋では、夢永が艦長席に我が物顔で座り、頬杖をついている。彼の眼前には、虚な表情で機器を操作する兵士たちの姿があった。


「もうすぐ1時間か・・・」


 夢永は腕時計をチラッと見る。横浜が滅びるかどうかのタイムリミットが迫っていたが、日本政府からは何のアクションもなかった。


「・・・厚木航空基地より飛行物体接近。友軍コードあり、おそらくは皇国航空宇宙軍のUF-3かと思われます」

「・・・なるほど、それが日本政府の答えか」


 政府は「扶桑」を制圧する姿勢を見せている。夢永はそれを自分たちへの宣戦布告と捉えていた。


「・・・呉鹿中佐、横浜へ進路を」

「!?」


 夢永は予告通り横浜を消すことを決め、船務長である呉鹿中佐に命令を下す。


「・・・まさか正気か!? 本当に『扶桑』で横浜を襲撃するつもりなのか?」


 呉鹿中佐は狼狽しながら夢永に問いかける。いくら何でも、300万人都市を本気で襲撃するはずがないと、心のどこかで期待していたからだ。


「・・・何? 今更怖気付いたの?」

「言っておくが、もし俺たちの計画が失敗したら、お前も・・・ここにいるお前の部下たちも内乱罪の適応は免れねェからな」


 夢永の仲間たちは、次々と呉鹿中佐に揺さぶりをかけてくる。


「そうそう、それに・・・もう2度と夢の中で奥さんと子供に会えなくなるよ? それでもいいのかい?」

「・・・っ!!」


 呉鹿中佐は12年前、休暇をとって家族と共に「東京万博」の開会式に参加していた。その時に、朝鮮系テロ組織による襲撃事件に遭遇した。そして彼ら家族は急いで会場から逃げ出そうとして、雪崩と化した一般市民の群れに巻き込まれ、群衆雪崩によって負傷したのである。屈強な軍人である呉鹿中佐は助かったが、彼の妻と娘は敢えなく圧死してしまった。

 国防省の官僚を買収して呉鹿中佐のプロフィールを得た夢永は、自身の能力を駆使して彼の悲劇に取り入った。呉鹿中佐に接触し、夢の中で愛する家族と再会させ、中佐はついに夢永の能力に屈服してしまったのである。


「・・・中佐」


 部下たちは不安そうに呉鹿中佐の様子を伺っている。呉鹿は葛藤しながらも、家族との偽りの幸せを捨て切ることができなかった。


「・・・総員、・・・横浜へ進路を・・・とれ!」


 呉鹿は「扶桑」を横浜へ向かわせる。その直後、「扶桑」の艦首が北へ旋回する。日本の空を守ってきた護国の象徴が、テロリストたちの手に落ち、ついに日本国民へ牙を剥こうとしていた。


「・・・フフフ! まずは『横浜』、次に『川崎』・・・最後は『東京』だ。この国が堕ちれば、暴力が支配する世界が幕をあけるんだ!」


 夢永は少年の様な眼差しで、恐るべき野望を吐露する。彼の同志たちも、彼の言動に賛同して期待の眼差しを向けていた。

 しかしその時、彼らの行軍に水を差す声が聞こえてきた。


「・・・まさか宇宙軍内部にも協力者が居るとはね・・・中々に用意周到。それに資金源も豊富。パトロンが居るのかな?」

「・・・誰だ!?」


 第1艦橋に、突如として聴きなれぬ声が聞こえてくる。亜人解放同盟のメンバー、そして呉鹿中佐をはじめとする皇国兵士たちは、首を左右に振ってあたりを見渡した。その瞬間、第1艦橋を“影”が覆い尽くした。


「でも人生って・・・思う通りにはいかないものよ」

「それが面白いんだけどね」

「社会に挑戦を挑む若人たち・・・なんてお話は」

「もう飽き飽きさ」


 影の中から1組の男女が現れる。暗闇の中に紅い瞳が幻想的に浮かび上がっていた。影が晴れていくと、その2人の姿形が顕になる。亜人種たちは侵入者に対して臨戦態勢をとった。

 そして艦の外では、コウモリの群れに姿を変えた桃真の左腕に連れられて、ミダス族の波鐘が地上に向かっている。「扶桑」の外壁に設置されている扉の1つが黄金に変えられ、さらに途轍もない腕力で打ち破られていた。


「・・・何者かは知らないけど、味方じゃあなさそうだね」

「何者だ!?」


 夢永の仲間たちは侵入者に正体を明かす様に迫る。夢永は臆することなく月神姉弟の前に立ち、彼らと向かい合う。


「まあ、君たちが何者だろうと関係ないさ。俺の能力の前ではね・・・! とりあえず、しばらく眠ってもらうよ」


 夢永は「夢魔族」の力を発動する。右の手のひらを2人に向けて、全ての生物を眠りに誘う波動を繰り出した。


「・・・眠れ!」


 夢魔の力が月神姉弟に襲いかかる。だが、2人には変化はない。夢永の力は月神姉弟に効いていなかった。


「・・・眠れ、・・・ 眠れ!!」


 夢永は何度も眠りの波動を繰り出した。しかし、2人はビクともせず、不気味な笑みを浮かべたまま、焦りの表情へ変わっていく夢永を見つめていた。


「俺たちは・・・『月神姉弟』レッドアイ・シビリングと呼ばれている。龍神だろうがナイトメアだろうが、俺たちにとっては下位種族でしかない。眠りの呪いなど効かない」

「・・・レッドアイ・シビリング!?」


 呉鹿中佐は驚愕の表情を浮かべる。日本政府が隠し持つ“切り札”・・・嘘か真かも定かではない噂程度だが、彼もその名前には聞き覚えがあった。


「・・・っ!」


 裏切りの龍神族、葉瀬名遼一は不気味な侵入者「月神姉弟」を睨みつける。日本に棲まう幾多の亜人種の中で、「表の最強」と「裏の最強」と称される存在が対峙した瞬間であった。

 時同じくして、気絶していた照が目を覚ます。うっすらと瞼をあけると、その視線の先に見慣れた高校教師の姿があった。


「・・・つ、月神先生?」

「・・・よかった、門真さん。すぐにここから脱出するよ!」


 照は見知った顔に出会えて心からホッとしていた。直後、葵の右腕がコウモリの群れと化し、亜人や海軍兵士たちの間を縫って照のもとへ飛んでいった。そして彼らが気づいた時には、照の身柄は葵の右隣に移動していた。


「クソッ! ・・・その人間を返せ!」

「返せ? 訳の分からないことを、この子はウチの生徒だ!」


 葵は教師として、教え子を取り戻した。桃真はナイフの様に伸ばした爪で、彼女の体を拘束していたロープを切り離す。


「貴方が『龍の眷属』ね、葵から話は聞いているわ。私は月神桃真、葵の姉よ。よろしくね」

「・・・は、はい」


 桃真は床に片膝をつき、立てない照に視線を合わせて自己紹介をする。照は彼女の人並外れた美貌に思わず見惚れてしまっていた。


「じゃあ、私は先にお暇するわね。この子を連れて・・・」

「ま、待て!」


 夢永は咄嗟に桃真を呼び止めようとする。その瞬間、彼女の体はコウモリの群れへ変化し、照の姿を覆い隠して艦の奥へ飛び去ってしまった。人質をあっという間に奪い返された亜人種たちは、呆然と立ち尽くしている。


「じゃあ、人質もいなくなったことだし、遠慮なく・・・」

「・・・何をするつ」


 葵は両手の平をテロリストと軍の裏切り者たちに向ける。彼らは再び警戒心を強めるが、その直後、彼らの命は唐突に事切れた。


「・・・革命ごっこは、おしまい♪」


 葵の両手からは大量の棘が飛び出し、第1艦橋を襲った。「亜人解放同盟」の亜人たちや寝返った海軍兵士たちは、その棘に体を貫かれた。その中には呉鹿中佐の姿もある。彼は薄れ行く意識の中で、自分に降りかかった状況を整理していた。


「・・・こ、これが・・・『月神姉弟』レッドアイ・シビリング


 日本政府の“切り札”、その圧倒的な力を思い知りながら、彼は瞼を閉じる。12年前に亡くした妻と娘の姿が、走馬灯の様に浮かび上がっていた。


「ヒ・・・ヒィッ!!」


 その惨劇の中で唯一、夢永だけは標的から外されていた。内乱の主犯として身柄を確保するためだ。夢永は床にうずくまり、頭を抱え、まるで雷を恐れる幼児の様になっていた。

 そしてもう1人、最強種族の攻撃を凌いだ者がいた。


「おや・・・君は確かに殺したつもりだったけど・・・」

「・・・フ、ならば大したことないな。・・・吸血鬼など!」


 龍神族の血を引く遼一は、人間形態のまま皮膚のみを龍の表皮に変化させることで、葵の攻撃を弾いていた。だが、彼の右脇腹からはポタポタと赤い血が滴り落ちている。


「・・・この艦はくれてやる! だが横浜は消す! 愚かな人間共へ思い知らせてやる!」

「!!」


 彼は捨て台詞を残すと、負傷した体を引きずって、第1艦橋に設置されていた「緊急脱出用ポット」の入り口に身を投じた。


「・・・逃げられたか」


 葵はポツリとつぶやいた。操縦者を失ったことを察知した「扶桑」は自動操縦に切り替わり、徐々に降下し始める。その時、「扶桑」の右舷から1機の脱出用ポットが飛び出す。ポットは瞬く間に砕け散り、中からは赤い鱗を纏った「龍」が現れた。そして「扶桑」は莫大な水飛沫を上げながら東京湾に不時着した。


(・・・思い知らせてやる! 亜人の恐ろしさを! この世界を支配するべき存在を!)


 怒りの炎を身にまとい、巨大な龍が北に向かって飛び立っていく。最後の戦いが始まろうとしていた。

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