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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第3章 横浜龍神篇
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文化祭シーズン到来!

2112年8月5日 長野県諏訪市 龍王の里


 「神」の名を持つ種族の宴は、次の日も続いていた。料理人や女中たちが慌ただしく動く中、大座敷の間では当主の縁を中心に、9人の男女が土産話に花を咲かせている。

 龍二の叔父である喜久は、猪口を片手に龍二へ話しかけていた。その顔は少しばかり紅潮しており、酔いが回っていることを窺わせる。


「それにしても・・・龍二はあの人間をよく飼い慣らしているな」

「・・・」


 龍二は苦笑いを浮かべることしかできない。内心では照を動物の様に扱う喜久の言葉に、嫌悪感を抱いていた。だが、叔父に絡まれる可愛い息子に、母の詩穂梨が助け舟を出した。


「アンタ、人間の女を飼い犬か何かの様に言いなさんな」


 龍二の母で喜久の姉である詩穂梨は、後ろから喜久の頭を軽く叩いた。そして2人の間に座り、猪口を唇につけながら弟に鋭い視線を向けた。


「人の子は花よ。龍二が綺麗な水じゃなければ、あの子も、ああ艶やかに咲くものか」

「・・・! ハハッ! これは姉貴に1本取られたな!」


 喜久は笑いながら酒をあおる。神の名を持つ種族の宴は、まだまだ終わりを見せない。


 宴会が行われている大座敷の間の外では、襖から笑い声が漏れ出していた。そして廊下から聞き耳を立てている男がいる。奉公人をしている「鬼人族」、照に木場と名乗った男は、ブレスレット型の携帯端末で、どこかと通信をしていた。


「・・・はい、特に問題なく進んでいます。ただの宴ですね、不穏な会話はありません」


 彼は「龍神族」が交わす会話の内容を伝えていた。その通信先は「警察庁」である。彼は「公安」の人間であり、里に派遣されたスパイだった。政府にとって警戒対象の1つである「龍神族」の動向をリークする役目を担っているのである。


〜〜〜


ユーラシア大陸 旧中国東北部 旧瀋陽市


 中国東北部・華北地方と呼ばれる地域は現在、かつての中国人民解放軍北部戦区を起源とする「黒龍軍閥」と呼ばれる軍事政権に支配されている。

 民間人や近隣地域・諸国への略奪を繰り返す非常に好戦的な軍閥で、日本への入国を目指す不法難民を生み出す最大の原因となっており、中国共産党や朝鮮政府はもちろん、日本政府にとっても排除すべき対象として指定されている。


 故に日本政府は「国連治安維持軍」の一部隊という名目で、今年から「大連」に皇国軍を駐留させており、その掃討作戦を遂行中であった。


 軍閥の本拠地は旧遼寧省の首都である「瀋陽」にある。その「瀋陽」の旧行政庁舎にて、黒龍軍閥の上層部が円卓の場を設けていた。


「事実上の鎖国国家である『日本』で、政府の監視網に引っ掛からず、通信し合うことは不可能だ」

「・・・だが、暗号資産となればまた別だ。“彼ら”には大分“金”を送ってやったが、果たして我々が望む通りの結末になるか」


 皇国軍による掃討攻撃は、確実に彼らの兵力と勢力圏を削っている。日本政府にとっても「黒龍軍閥」の存在は日本海の治安に関わる問題であったため、その討伐は皇国軍の重要な軍事作戦と位置付けられていた。

 28世紀のドーピングがある皇国軍と、旧人民解放軍の兵器を使い回す軍閥、両軍の差は圧倒的であり、軍閥側はジリ貧になっている。故に彼らは、敵を内部から崩壊させる手段を模索し、そしてある「組織」の存在に辿り着いた。


「・・・人間への挑戦を目論む亜人の集合体、それは我々にとって福音となるか、それとも世界そのものを巻き込む業火となるか」


 軍閥の最高指導者である錬張静の言葉で、円卓は締め括られる。


〜〜〜


2112年9月13日 横浜市 横浜翡翠学園高等部


 横浜翡翠学園は、秋の大イベント「学園合同文化祭」を4日後に控えており、各々のクラス・部活は文化祭に向けて着々と準備を進めていた。

 そして天文部のメンバー3人は今、文化会館の大ホールにいた。


 天文部の出し物は主に今までの活動で撮影した天文写真の展示である。ミニプロジェクターを使ってスクリーンや教室の壁面に星空や流星の静画・動画を映し出す予定だ。

 大ホールでは、他にも様々な文化系部活の部員たちが文化祭の準備に励んでいる。照は化研のメンバーたちに話しかけていた。


「この白い水は何ですか?」

「コーンスターチ水だよ、出し物にするんだ」


 化研は巨大な水槽にデンプンを溶かした水を満たしていた。彼らはダイダランシーと呼ばれる現象を用いて「水の上を歩く」という体験を展示しようと計画していたのである。


「へぇ〜」


 照はコーンスターチ水に手をつけた。当然ながら、ベタベタしたコーンスターチ水が彼女の右手に付着する。


「・・・やだ、ベタベタするわ」

「オイ! つけんな!」


 照はコーンスターチがついて汚れた手を、自然な流れで隣に立つ小羽のズボンになすりつけた。唐突なボケを繰り出す彼女に対して、小羽は容赦ないツッコミを入れる。




3年C組 教室


 同じ頃、3年生の教室で複数の男子生徒がたむろしていた。彼らはとある1年生について噂している。その中心には野球部の副主将を務める男がいた。


「1年にすげぇ可愛い子がいるんだよな。確か名前は・・・」

「門真照」

「・・・そうそう! 彼氏居ないって聞いたけど」


 野球部副主将の佐浦道臣は、中々思い出せなかったその名前を聞いてスッキリした顔をする。氷の美少女の噂は3年生の教室まで届いていた。


「・・・いや、実際には妖怪の愛人やってるって話だぜ?」

「変な噂なら俺も聞いたことがある。何でも龍の妖怪が取り憑いてるらしいとか」


 現在の学園内には照に関して、「龍神族」の青年と暮らしているという事実から飛躍した噂が飛び交っている様だ。それは他の生徒たちが彼女に近づき難い理由になっていた。その少女をメンバーとして擁し、さらに月神を顧問に据える「天文部」は、いろいろな意味で学園の注目を集めているのである。


「・・・所詮、噂だろ? お前らはそんなもんにビビっちまうのか?」

「なっ! そういうお前はどうなんだよ!」


 佐浦は照に纏わりつく噂のことなど胃に介していない様だ。彼は挑発的な口調で仲間たちを煽る。


「俺がそんなもん気にするわけないだろ。それよりも・・・滅多に笑顔を見せない“氷の美少女”か」


 佐浦は照の二つ名を呟く。その時、彼のいつもと変わらない端正なマスクの裏側には、とてつもなく下卑た感情が渦巻いていた。




文化会館 天文部室


 現在、天文部の部室には文化祭に展示するためのホワイトボードと機材が所狭しと並んでいた。部員の小羽が1人で流星を写した動画の確認を行なっている。その時、ノックもなく部室の扉を開ける音がした。


「・・・!?」


 小羽は素早く扉へ振り向いた。そこには野球部の副主将である佐浦の姿があった。腕を組み、壁にもたれかかっている姿が、小羽にはカッコつけしいに思えてしまい、彼は無意識のうちに眉間にしわを寄せてしまう。


「・・・マー、どうもこれは佐浦先輩。今日は天文部、いねェンで」

「いいや、いるし! 全く・・・嫌わないでよ、同じ中学からのよしみじゃん!」


 小羽は彼のことを知っていた。佐浦も小羽と同じく、中学からの内部進学生であった。佐浦は非常にラフな態度で小羽に話しかけた。


「お前嫌い帰れ」

「おい・・・先輩だろうが」


 佐浦の女性遍歴のだらしなさは中学から有名であり、故に小羽は彼のことを嫌っていた。小羽は遠慮が一切ない物言いで、佐浦に出て行けと告げる。流石の彼も後輩の失礼極まりない言動を前に、血管をピクつかせる。


「・・・まぁ、お前に用はねェ。・・・照って子はいないの?」

「・・・照ちゃんに、何の用です?」


 佐浦が照の名前を出した途端、小羽が纏う雰囲気がまたひとつ変わった。彼の右腕には小さな旋風が纏わりついている。小羽は警戒心と敵対心を露わにして、佐浦を睨みつけていた。


「・・・部活会議の資料を渡したくてね。居ないのならここに用はない。邪魔したな」

「・・・」


 佐浦は部室を後にする。小羽は無言のまま、誰も居なくなった部室の扉を見つめていた。


 それから程なくして、部長である宿屋が部室へ戻ってきた。小羽は部長である彼に、招かれざる客が来たことを伝える。


「佐浦先輩が門真さんを探している・・・?」

「ああ、何でも部活会議の資料を渡したいからって・・・聞いてないのか?」


 部活会議とは、各部活の部長が集まって部費の配分の話し合いや、その他の意見交換を行う場のことである。議長は持ち回りであり、今月は他でもない宿屋が担当することになっていた。


「いや、部活会議は確かに4日後にあるけど・・・その資料を作ったのは俺だぞ?」


 会議に提示する資料作成も議長の仕事であり、資料は宿屋の手元にあるのだ。それを佐浦が照に渡すという話は、どう考えてもおかしい。


「・・・あまりいい話を聞かない先輩だぜ? ・・・もしかしたら」

「!!」


 小羽と宿屋は部室から飛び出していく。彼らは照と佐浦を見つけるため、学園中を探し回るのだった。




横浜翡翠学園 高等部 第1体育館 裏手


 佐浦は1年生の部員を使い、まんまと照を呼び出していた。彼女はロケーションに若干の違和感を抱きながらも、言伝の通りに人気のない体育館裏に姿を表す。そこには穏やかな笑顔で彼女を待つ佐浦の姿があった。


「お待たせしました。・・・部活会議の資料を受け取りに来ました・・・?」


 照はそう言いかけた時、佐浦は不意を突いて彼女を壁際に追い詰めた。そして彼は左手を壁に付き、照の退路を1つ塞ぐ。照は驚きはすれど動揺はせず、ただ氷のような瞳で佐浦の顔を見上げていた。


「ねぇ・・・俺と付き合わない?」

「?」


 佐浦は唐突に気安い告白をした。照は表情を一切変えず、そして心の中に嫌悪感が湧き上がってくるのを感じていた。


「・・・私は龍神様の下で暮らしている今が幸せなのです。だから貴方の申し出は受けられません」


 照はキッパリと断った。だが、佐浦はもちろん、それだけで諦めるような輩ではない。彼は憐れみの表情を浮かべ、照の心を揺さぶろうとする。


「あいつ、妖怪なんだろう? 妖怪と人間では同じ時間を生きられない。君はこのままでは不幸になる」


 彼は人類と長命亜人種の寿命差を引き合いに出し、彼女の心を揺さぶろうとした。だが、そんな小手先の小細工では、彼女の心には何も響かない。


「・・・龍神様は私の恩人です。だから、私は望まれなくなるまで、あの方に忠義を尽くすと決めていますから」


 照は龍への忠誠心を暴露する。だがそれでも佐浦は引かず、むしろ彼女との物理的な距離を詰めていった。


「かわいそうに、過去の恩義を傘に洗脳されているんだね。俺ならその洗脳を解いてあげられるから・・・さぁ」

「・・・止めて!」


 照はとうとう大声を張り上げ、両手で佐浦の体を押し返す。告白された喜びなど微塵もなく、目の前の男への嫌悪感でいっぱいになっていた。

 そして時同じくして、宿屋と小羽の2人がこの場に現れた。


「門真さんっ!」

「照ちゃん!」


 2人の視界には、涙目になっている仲間と、その仲間の前でヘラヘラとした笑みを浮かべる男が居た。ただならぬ雰囲気を感じ取った2人は怒りの感情を湧きあがらせた。


「佐浦先輩、ウチの部員に何か?」


 小羽は全身の毛を逆立たせながら、佐浦に向かって問いかけた。小羽の右腕には無意識のうちに“旋風”が纏わりついていた。宿屋は照の元へ駆け寄り、彼女を背に庇いながら佐浦と距離を取らせる。


「いやぁ〜、今から俺と清い恋人同士になろうって話をなぁ・・・だから邪魔するなよ。照ちゃんもそのつもりなんだからよ」


 佐浦は悪びれもせず、出まかせを口にする。照は宿屋のシャツを掴みながら、全力で首を左右に振り、彼の言葉を否定した。そしてその言い分が嘘であることは、宿屋と小羽は重々に承知している。


「・・・ありえないですね。照ちゃんは自他共に認める、言わばあの大妖怪の忠実な下僕です。貴方なんか眼中にないですよ・・・佐浦先輩」

「・・・チッ」


 小羽はわざと挑発めいた言い回しで、彼の戯言を否定した。佐浦は小さな舌打ちをすると、彼らに背を向けて何も言わずに立ち去って行った。


「・・・何なんだ、あの人は?」


 高校からの外部入学生である宿屋は、佐浦のことを知らなかった。彼の背後に隠れていた照は、緊張の糸が切れたのか地面に座り込んでしまう。


「あいつは中学で・・・何人かの女子を自主退学に追い遣ったフダツキ。このまま引き下がるとは思えねェ」


 小羽は中学時代の記憶を思い返す。佐浦は幾人かの後輩を忠実な子分として抱え、彼らと共に悪行を重ねてきた札付きの生徒だった。被害者の中には、中学時代の小羽と仲が良かった女子生徒も居り、小羽が佐浦を生理的に嫌うキッカケになっている。

 退学処分にならないのは、被害者が詳細な証言をせずに自主退学してしまうため、また彼の親が学園に多額の寄付をしている富裕層だからだ。


「・・・葉瀬名さんに連絡しよう」


 事態を重く見た宿屋は、照の保護者である龍二へ報告することを決める。まだ座り込んだままの照も、その言葉にこくりと頷いた。主に余計な心配をかけたくないという思いもあったが、それ以上にあの男への恐怖心が勝っていた。


〜〜〜


2112年9月13日 神奈川県横須賀市 皇国海軍施設の付近


 軍港・横須賀には数多の日本海軍艦艇が停泊している。日本の国防の象徴である「扶桑」もこの街にあり、日本の空を見守っていた。

 そして海岸沿いの埠頭から、扶桑の姿を見つめる者たちがいる。


「我々の覇道を阻む最大の障害は、人類史上最大のオーパーツである、あの『飛行戦艦・扶桑』だ。あれを抑えなければ、我々に真の勝利は来ない」


 28世紀の未来からもたらされた「扶桑」は、間違いなくこの世界で最強の軍艦である。日本にとっては護国の砦であり、世界にとっては史上最強の脅威だ。そして、今ここにいる彼らにとっても「扶桑」は最大の障害なのだ。


「・・・心配要らないさ。『扶桑』の主要な船員のうち、何割かは既に俺の『夢』の虜。あとは俺たちがタイミングを指示すれば、あの艦で前代未聞の『クーデター』が起こる」


 リーダー格の男、女々しい声色をした中性的な男が前に出る。人々が知らぬ場所で、恐るべき計画が始まろうとしていた。


「・・・そして最後、政府に与するであろう『龍神族』を抑えることが出来るラストピース、それがついに見つかった訳だ。そうだろう・・・遼一くん」

「・・・」


 女々しい男はそう言って後ろへ振り返る。そこには身長が180をゆうに超える偉丈夫がいた。


「・・・ああ、あとはチャンスを伺うだけだ。4日後に」


 男は1枚の写真を取り出す。そこには他でもない、「門真照」の姿が写っていた。

 横浜翡翠学園はあと4日後に文化祭を控えている。それが後に起こる、国家を揺るがすほどの大事件の序章になるとは、この時、誰も予想だにしていなかった。

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