人間がマイノリティな世界
2112年8月3日 長野県諏訪市
人間や他の亜人種から「大妖怪」と称される「龍神族」は、日本最大の農業企業である「ハゼナ・アグリカルチャー」の要職を占め、その傍で「龍王の里」の管理者となっている。
日本国内における農業生産は、京野菜などの一部のブランド品を除き、都市部へ出荷される農作物はほぼ全てが企業によって画一的・機械的に生産されており、「農家」という職種はほぼ絶滅危惧種になっている。その中でも最大規模を誇り、広域関東圏で消費される農作物の供給を担うのが「ハゼナ・アグリカルチャー」なのだ。
実に日本人口の40%が消費する食料を、人ならざる者が運営する民間企業1社が賄っているのである。
車は諏訪市の市街地を抜けて、山の中へと向かっていく。民家の姿もなくなり、鬱蒼とした山道が延々と続いていた。
「龍二様のご帰還だ」
「龍二様がご帰還された。奥方様にお伝えするぞ」
木の枝の上に立つ着物姿の子供が2人、龍二と照を載せた車を見下ろしている。彼らは大きな1つ目が描かれた紙を、お面の様に顔へ貼り付けて素顔を隠していた。彼らは車を見送ると、1人は背中からカラスの様な黒い翼を生やし、もう1人は彼の両足を掴んで、一緒に里の奥へ飛んでいく。
「ここが・・・『龍王の里』」
「そう・・・俺の故郷さ」
程なくすると森を抜けて集落が見えてきた。周囲には古風な邸宅が並び、道中には異形の体を持つ者たちが歩いている。
照は人間が立ち寄らない「もう1つの世界」へ、ついに入り込んだのだ。
「あの方が御子息の・・・」
「どういった類いの妖なのでしょう、人間の様に見えますが」
この集落で暮らす人々の中に、龍神族の顔を知らない者はいない。彼らは龍二の隣に座る1人の少女に視線を向けていた。
龍王の里 葉瀬名家「本殿」
龍二の車が入っていった「龍王の里」の「本殿」は、大名屋敷のような古風な造りになっていた。初代の趣味でそうなったという。
ここに暮らしているのは、里の実質的な指導者である龍二の母・詩穂梨と婿養子である和馬をはじめとする現当主・葉瀬名縁の親類縁者、そして彼らの世話をする幾人もの従業員だ。その多くはテラルス由来の亜人種・魔術師の血を引く者ばかりだが、経理・税務処理などの事務作業、料理などの専門職に関しては、僅かながらも普通の人間が従事している。
彼らは屋敷の造りに合わせる様に、ほとんどが着物を着用していた。22世紀の日本にありながら、さながら明治・大正時代の屋敷の様であった。
車から降りた龍二と照は、手入れの行き届いた中庭を進む。眩い日差しが降り注ぎ、蝉の声が鼓膜を刺激する。照は緊張のあまりぎこちない歩調になり、龍二についていくのがやっとだった。そして2人は本殿の正面玄関にたどり着く。横開きの扉を開けると、まるで老舗旅館のようなエントランスが広がっていた。
「おかえりなさいませ、龍二様」
「ああ、ただいま。照・・・上がって」
龍二は出迎えのために玄関で待機していた女性に荷物を手渡すと、靴を脱いで屋内へ上がる。そしておどおどしている照に、遠慮なく上がる様に促した。その女性もよく見ると、頭から獣のような耳が飛び出している。
「母さんと父さんは・・・?」
「詩穂梨様と旦那様は奥の座敷でお待ちです。御当主もまもなくお着きになられるとのことです」
ここに定住しているのは龍二の両親だけだ。祖父母と叔父一家は本社がある東京を本拠地としている。彼らはまだここに着いていないらしい。
「・・・分かった」
龍二は家に上がると、両親が待つ奥の座敷へ向かって歩き出した。照も慌てて彼の後ろをついていく。
そして2人は本殿の長い渡り廊下に差し掛かる。御曹司の一歩後ろを慎ましく歩く人間の娘を見て、魑魅魍魎の血を引く者たちはひそひそ声を立てていた。
「あの人間の娘が例の・・・」
「あんな卑しい出自の人間の娘を囲うなど、龍二様は何を考えておられるのか」
「高貴な大妖怪として、当主に顔向けできぬような真似は謹んで貰いたい」
彼女の素性はすでに屋敷中に知れるところとなっている。この屋敷の多くは照のことを好ましく思っていなかった。ここで暮らす種族にとって、ただの人間は下等種族であり、貧困家庭に育ち、特筆すべき血筋もない照は“拾ってやった子犬”に近しい存在だった。
「龍神族に対する陰口はご法度・・・文句があるならば、直接申し上げればよかろう」
聞こえない様に陰口を叩く男衆3人組に、ひょろ長い体躯をした若い外見の男が話しかける。
「馬鹿野郎、そんな怖っかねぇマネができるか。俺は長生きしたいんだ」
しかし、男衆は龍神に直接意見を申し伝えるほどの度量はなかった。この里では「彼ら」は絶対であり、最強の種族である。諫言するなど、よほど信頼関係を築いている側近でもなければやらないことなのだ。
「フン、臆病者め。だが、あの娘は・・・いや、照様は美しくお育ちになられた。それだけでも龍二様の目に狂いはなかったということだろう? それよりも、今日は御当主がお見えになる日だ。急ごうではないか」
「おうよ」
若い男に促され、男衆は当主帰還に向けて準備に急ぐ。龍神族が集合する時を迎えるため、屋敷内はどこもかしこも慌ただしくなっていた。
照を連れて歩く龍二は、程なくして中庭に面した座敷の間へたどり着く、開け放たれた襖の向こうには、龍二の両親の姿があった。
「天狗の子が伝えてくれたから、そろそろ来る頃だと思っていたわ。龍二」
「母さん、父さん。ただいま」
そこには気品ある雰囲気を纏う洋装の婦人と、和服に身を包む紳士が居た。2人は久しぶりに直接対面する我が子を見て、薄らと笑みを浮かべていた。
母・詩穂梨が龍の血筋、婿養子である和馬もヘルハウンドという魔犬に変化する能力を持った種族である。2人とも外見は人間と同一であるにも関わらず、明らかに人間とは異なる妖しき雰囲気を纏っていた。
「あら、その人間は・・・」
「は、はい! 門真照といいます! 6年前は本当にありがとうございました!」
詩穂梨は息子の後ろに立つ人間の存在に気づいた。照は身をすくませながらも、勇気をもって自己紹介をした。
「6年・・・ああ、あの時の。はじめは育てて糧にでもするのかと思っていたけれど、麗しく育ったものね」
「・・・!」
詩穂梨は龍の怪物ならではの笑えないジョークを交えつつ、どこか値踏みする様な目で照の姿を見ていた。照は生唾を吞み込むが、その直後にとても聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「ただいま!」
「須美華! 帰りの予定は明日じゃなかったのか?」
カジノリゾートで対面した龍二の従姉妹、須美華がどこからともなく現れた。龍二の父・和馬は彼女が今現れたことに驚いている。
「私、もう夏休みだし、パパとママの予定が合うのを待つのが煩わしくて、先に帰ってきちゃった!」
どうやら彼女は両親と足並みをそろえずに、一足早く故郷へ帰ってきた様だ。そして須美華は龍二の側にいたお気に入りの“玩具”を見つけ、喜びを爆発させた。
「・・・あっ! 照ちゃん、久しぶり〜! 龍二、連れて帰ってきてたんだ〜! それならそうと前もって連絡してよ〜!」
「・・・何で照を連れてくるのに、いちいち須美華ちゃんに報告する義務があるんだ」
龍二は冷静な口調で切り返した。だが須美華はそんな彼のことなどお構いなしに、照へ絡んでいく。
「う〜ん、やっぱり可愛い! 後でお風呂、一緒に入ろうね!」
「は、はい・・・」
照は食い気味に詰め寄る須美華に押され、思わず頷いてしまった。風呂の約束を取り付けた須美華は、さらに鼻先が触れるほどの近さまで照を引き寄せる。
「それと・・・この里では、龍二の側から離れてはダメね。この里では『龍神族』が絶対だから、大人しくあいつのそばにいること。龍二や私の庇護下にあると見せつければ、厄介な連中も牽制できるから」
「・・・!」
須美華は先程とは打って変わって、真剣な表情で照に忠告した。照は無言のまま頷く。人間が圧倒的に少数派なこのコミュニティは、まさしく「異世界」と言っても過言ではない。国家機関すら安易に立ち入れないこの場所では、照にとって頼れるものは葉瀬名家以外にない。
(この場所に・・・私以外の人間は居ない・・・!)
照は改めて、この場所の異様さを肌で感じていた。
龍二の部室
その後、龍二と照の2人は、この本殿における「龍二の自室」へ来ていた。龍二が電気をつけると、数年間使用していなかったのにも関わらず、部屋はきれいに整頓され、チリ1つ落ちていなかった。前もって屋敷の使用人が清掃を終えていた様だ。
すでに荷物は運び込まれており、あとは荷解きするだけになっている。部屋は洋間と座敷が混在した造りになっており、広い縁側まで併設されている。さながら高級旅館のスイートルームの様であった。
「・・・ここが中学までの俺の部屋だよ。高校に上がるまで、ここでよく過ごした」
「ここが・・・龍神様の部屋」
照は部屋をゆっくりと見渡す。中学の表彰状や写真、古い天体望遠鏡などが置かれており、龍二が過ごしてきた時間がそのまま安置されていた。彼女は主のルーツを目の当たりにして、どこか不思議な感覚を抱いていた。
「悪いけど、夕飯前にシャワーを浴びてくる。すぐ戻るから、ここで待っててくれ。部屋からはあまり出ないように」
「・・・わかりました。お待ちしております」
龍二はそういうと、着替えを持って自室を後にした。留守番をすることになった照は、彼を見送った後、改めて部屋の中を見渡した。
あらかじめ、龍二が伝えていたのか、部屋には彼が昔使っていたベッドのほか、少し不自然な場所に折り畳み式の簡易ベッドと折りたたみ式衝立が置かれていた。
(龍二様は・・・ここでどんな時を過ごしたのだろう?)
この里には企業が運営する学校法人があり、幼稚園と小・中学校まで存在する。ここで暮らす少年・少女たちは中学までそこに通い、高校以上の進学を希望する場合は里の外に出る必要がある。
主な進学先としては、東京都荒川区の「第1魔法魔術高等学校」、または石川県金沢市の「第4魔法魔術高等学校」の2択が多い。そのどちらにも進学しなかった龍二は、何方かと言えばレアケースだった。
「・・・ふぅ」
1人だけの静かな部屋で、照は簡易ベッドに身を投げ出した。仰向けで横になると、木目の天井が視界いっぱいに広がっている。
ガタッ!
その時、縁側の方から物音が聞こえてきた。照はすぐさま起き上がると、恐る恐るテラスの方へ視線を向けた。すると縁側と部屋を隔てるガラス戸の向こう側に、顔の上半分を鬼のお面で隠した甚平姿の男が、箒を片手に立っていたのである。
「・・・な! 何ですか、貴方は!?」
照は当然ながら警戒心を露わにする。そして男と距離を取るように、ゆっくりと後退りをしていく。
「・・・あぁ、申し訳ない! 私はこの屋敷の者です、別にアヤシイ者じゃあ・・・って、信じるわけねぇですね。こんな状況じゃあ・・・」
男はそういうと、お面を外した。男は30代前半くらいに見える端正な顔立ちをしていた。しかし、照は彼の顔に軽薄そうな印象を抱く。変わらず警戒を続ける彼女に、男は自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかります、照様。葉瀬名家本殿にて御奉公をさせて頂いております、木場楽多郎と申します。種族としては『羅刹族』の血を引いております。以後、お見知り置きを」
照はここに至って、男が持っている箒とちり取りに気づき、彼が縁側を掃除して回っていることを理解した。
「よ、よろしくお願いします。門真照といいます。・・・私の名前を? それに“様”って?」
照は奉公人が自分の名前を知っていることに驚く。そして亜人種である彼が、自分を敬うような態度を取ることにも疑問を抱いていた。
「ええ、もちろん貴方様のお名前は存じ上げております。里と会社の次代を担う龍二様のご寵愛を受けているお方。敬うのは当然のことですよ」
「!?」
寵愛という単語を聞いて、照は顔を真っ赤にする。自分がそんな風に思われているなど、予想すらしていなかった。
「おや、照様はいずれ龍二様と夫婦となり、ここに住われるのではないですか?」
「え!? ・・・そうなのかな、でも・・・それは龍二様が決めることですから・・・」
「・・・ほう」
夫婦という単語を出され、照はますます動揺してしまう。木場は自分の一言一言に表情をころころ変える少女の様子が面白くなっていた。
「しかし・・・龍二様はいずれこの里と会社を背負って立つ身。それに日の本最強の種族の血を引く大妖怪です。母君の詩穂梨様がそれに相応しい妖怪のお相手を充てがう可能性もありますねぇ。・・・さすれば」
「・・・!」
彼はわざと上げて落とすような言葉を口にする。照は先ほどまでとは一転、顔を青ざめてショックを受けていた。
「せめて、龍二様の不況を買わない様に、御助言申し上げます」
木場はそういうと、龍二の部屋の縁側から飛び降り、照の視界から姿を消した。照の心には大きなモヤモヤが残った。
〜〜〜
同日 神奈川県横浜市 横浜翡翠学園高等部
その頃、天文部の部室では、部長の宿屋と部員の小羽が「ペルセウス座流星群」の観測に備え、道具の準備ををしていた。
そんな中、宿屋はふと、長野県に滞在中の仲間のことを思い出す。
「門真さんは今頃、あの『龍王の里』にいるんだよな・・・」
日本屈指の財と暴力を有する一族が支配する場所、そこは一般人はおろか、政府関係者すら滅多に立ち入ることを憚られる事実上の治外法権地帯である。
宿屋はそんな場所に身一つで入り込んだ仲間の安否が非常に気掛かりだった。
「・・・生きて帰れればいいけどな」
「なっ! お前・・・!」
小羽は不安を煽る様なことを口にする。宿屋は思わず憤り、声を荒げてしまった。
「・・・落ち着け。だが、そういう場所だってことだ。『龍王の里』というのは」
人ならざる者が暮らす土地、あらゆる特殊な能力が跳梁跋扈するその里では、何が原因で何が起ころうとも不思議ではない。小羽も決してふざけているわけではなく、宿屋と同じように、彼女の身を案じていたのだった。
〜〜〜
翌日 長野県諏訪市 葉瀬名家本殿 大座敷
龍二と照が里入りした翌日、ようやく全ての一族が揃う。東京に住んでいる喜久夫妻、そして金沢に住んでいる龍二と歳の近い叔父の翔も、太陽が沈むか沈まないくらいのタイミングで、ようやく里についていた。
大座敷には当主の縁以下、各人の配偶者などを含めて9人分の座布団と膳が並んでいた。
「翔兄、久しぶり」
「・・・あ! 龍二か!」
龍二にとって年の近い叔父に当たる葉瀬名翔が、遅れて大座敷に現れる。龍二は久しぶりの再開に心を躍らせた。
そして彼らは膳の前に敷かれた座布団に座る。それとほぼ同時に大座敷の襖が開いて、一つ目が描かれた和紙を額につけた童が現れた。
「葉瀬名家当主、葉瀬名縁様、並びに奥方・薫様がお見えになりました」
童はそういうと、深々と頭を下げる。ついに当代当主である葉瀬名縁とその妻である薫が現れた。当主以下、9人の直系血族が集まったのである。
「みんな、よく集まってくれた。龍二と翔も、久しぶりに会えて嬉しいよ」
縁は上座の座布団に座ると、一同に介した家族の顔を見渡す。
「・・・いえ、長らく留守にして申し訳ありません」
「俺たちも嬉しいです、おじいさん」
龍二と翔は祖父に敬意を向ける。縁が盃を手に持つと、獣の耳と尾を生やした女中が縁のそばに近づき、徳利から日本酒を注いだ。
「さて・・・今日は2年振りに一族が会した記念日だ。お前たちの話でも聞かせてもらおうか・・・」
龍神族の直系家族、日本最強を謳われる妖怪の血を引く者たちが一同に介した特別な晩餐が始まった。
本殿 廊下
その頃、照は龍二の部屋で食事を済ませており、主が帰ってくるのを待っていた。その途中にトイレへ出かけた帰り道、廊下の途中で屋敷に勤める女性たちに呼び止められる。
「ちょっと! アンタ!」
「・・・?」
声をかけられた照は、首を傾げながら振り返る。
「そうよ、アンタよ! アンタが『門真照』?」
「はい、そうですが・・・」
名を聞かれた照は、恐る恐る頷いた。その瞬間、彼女は腕を掴まれると、凄まじい力で壁に背中を叩きつけられた。
「・・・ムカつく女!!」
「・・・っ!」
さらに容赦ない平手打ちが彼女の頬を襲う。照は驚きのあまり、言葉が出ない。そして女は声を振るわせながら、照に向かって怒号を放った。それは彼女への嫉妬から引き起こされた、謂れのない言いがかりだった。
「ただの人間のくせに! 汚らしい捨てられた『雌犬』のくせに! どうやって龍神族の御曹司に取り入ったの!?」
この里の管理者である「龍神族」は、日本最強の亜人種であるだけでなく、日本最大の農業企業を運営する一族である。女中の中には、不純な動機で働いている者たちも居り、そんな者たちにとって、卑しい出自でありながら、特別に目を掛けられている照は、侮蔑と羨望の対象だった。
「いい気になるのも今のうちよ! 下等種族のアンタなんか、所詮憐れみで飼われてるだけなんだから! いずれ、飽きたら捨てられるわ!」
「・・・!」
女の下半身を見ると、着物の下からは足ではなく蛇の尾が見えている。彼女は蛇の特性を下半身に有する「ラミア族」の血を引いていた。他の女たちも、それぞれ特異な身体的特徴を有しており、人間ではないことを伺わせる。
「・・・それが何か?」
しかし、冷静さを取り戻した照は、毅然とした顔つきで女を睨み返す。彼女は落ち着いた口調で、興奮する女たちに向かって言葉を続けた。
「確かに私は“捨て犬”でした。そして・・・捨て犬には捨て犬なりに、拾って頂いた“飼い主”への恩義があります。私があの方の側に居ていいのか否かは、あの方が決めることです」
「!?」
照は“自分は望まれているから側にいるのだ”と女に言い返した。しかし、その言葉はさらに女を逆上させてしまう。
「・・・ッ! 生意気!」
ラミア族の女は再び右手を振り上げ、彼女の頬に向かって振り下ろそうとする。しかしその瞬間、途轍もないほどの殺気と気迫が、彼女たちに向かって襲い掛かった。
視線を向けると、そこには口の中から鋭い牙を覗かせる、女子高生の姿があった。
「グルルルッ!」
「す、須美華様!?」
女中たちは恐れ慄く。そこにいたのは、龍神族の1人である葉瀬名須美華だったからだ。須美華は怒りのオーラを漂わせながら、女中たちへ近づいていく。
「・・・貴方たち? “それ”は龍二だけじゃない、私にとっても大切な宝物・・・それを傷つけるということ、どういう意味を持つかお分かり?」
「・・・す、すみませんでした!」
日本最強の大妖怪「龍神族」に凄まれ、女中たちはそそくさと退散していく。須美華は殺気を収め、照のもとへ駆け寄る。
「・・・大丈夫だった!?」
須美華は赤く腫れた頬を優しく撫でた。神獣の雰囲気は瞬く間に鳴りを潜め、その表情は慈愛と悲哀に満ちている。
「は、はい。大丈夫です。ご迷惑を・・・」
「迷惑なんかじゃない、貴方は私にとっても大事なものよ。ああ、不覚だわ・・・。屋敷内には改めて周知させるから・・・」
須美華はまるで幼子を慈しむかの様な手つきで照の頬を撫でる。彼女にとって、照は随一のお気に入り、そのお気に入りが傷つけられたことが我慢ならなかった。
その後、須美華は怒りのまま侍従たちの事務所へ怒鳴り込んだ。怒れる龍神の少女に圧倒され、女中たちは減給処分となった。
龍二の部屋
宴は深夜まで続く。照は一足早く寝床についていた。左頬には湿布が貼ってある。彼女はじっと天井を見つめていた。
(龍二様は若く美しいままだから、私はずっと隣には居られないと思っていた。私はいつか、龍二様よりずっと早く、醜く老いてしまうから・・・)
文献に記される「龍神族」の寿命はおよそ800年。信憑性のある情報ではないが、現に70歳を超えているはずの祖父・縁の外見は、20歳代の青年そのものだ。人類と龍神族に歴然たる寿命の差があることは明白である。
永遠に美しい青年のそばで、老いていく自分は最後までそばに居られない。彼女はそう思い込んでいた。
(でも、あの人は・・・龍二様が私をお嫁さんにするつもりだと言った・・・。本当なら嬉しい、けど・・・それでも、私の存在は龍二様が過ごす長い時間の、ほんの一瞬・・・)
故に、木場が残した言葉は、彼女の心に新たな迷いと希望を生み出していた。しかし、人間と長命種族の寿命差はどうあがいても埋められない。
「・・・妖怪に、なりたいなぁ」
夜の闇に消え入る様な声で、照はぽつりとつぶやいた。




