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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第1章 東京万博篇
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混乱の東京万博

2100年10月31日 万博メモリアル・スタジアム


 連続した爆発によってスタジアムに集まっていた観衆はパニックとなり、群衆が人の波となって非常口に殺到する。皇族及びVIPの面々は近衛師団やSPに守られながら、専用の非常口へ向かっていた。

 その時、2発の銃声がスタジアムに響き渡る。その刹那、群衆は一気に静まり返った。そして拡声器によって増幅された野太い声が聞こえて来る。


『聞こえるか愚民共! 我々は『朝鮮人民革命軍』だ! この会場は我々が占拠した! これ以上騒ぎ立てる様ならばこのスタジアムに仕掛けた爆弾を爆発させ、スタジアムそのものを吹き飛ばすぞ!』

「……!」


 その声は万博会場を爆破した実行犯たちによるものだった。彼らはやや拙い日本語でスタジアム全体に犯行声明を発する。テレビクルーたちがその声のした場所へ一斉にテレビカメラを向けた為、犯人グループの姿がスタジアムのメインスクリーンに映し出された。


『特に世界を貪り、私腹を肥やす豚共……貴様らが妙な動きを見せた途端、スタジアムに仕掛けた爆弾を爆発させ、客共を無差別に殺す!』


 彼らの言葉は各国からVIPとして訪れていた大臣級の人物や、日本政府の首脳たちに向けられたものであった。スタジアムに爆弾が仕掛けられていると知った大衆は、ますますざわめき立っていく。


『我々の目的は日本政府が隠匿する核融合技術と宇宙開発技術の全面開示だ。1時間以内に日本政府が決断しない場合には、スタジアムを半分吹き飛ばす!』


 「朝鮮人民革命軍」と名乗るテロ集団は、スタジアム全てを人質にして日本政府へ要求を突きつける。その様子は日本国内を含めた各国のテレビクルーによって全国へ生中継されていた。




スタジアム 来賓席


「クソッ! ふざけやがって!」


 万博警備の総責任者である警視庁警備部警護課長の利能健優は、国家的大イベントを台無しにされた屈辱感に苛まれていた。そして憤慨する利能の下へ、1人の部下が報告の為に駆け寄る。


「報告します! 被害状況についてですが、北アメリカエリアとオセアニアエリア、アフリカエリア、アジアエリアの公衆トイレが4棟、爆発により全壊し、さらにこの“万博メモリアルスタジアム”でも、1階の北東方面にある男子トイレが爆発しました!」


 爆発は5ヶ所で発生していた。その内の1つは開会式が行われていたこのスタジアム内で発生していたのである。


「設計上、スタジアム全体を吹き飛ばすのは無理ですが、まだ何処かのトイレに仕掛けられている可能性はあります。トイレの中に防犯カメラは無いですから。ですが観客の無秩序な屋外退避がこのまま進むと、余計な被害を被ってしまう可能性があります」


 彼の側に控えていた部下は、怒りを沸き上がらせる利能を宥める様な口調で意見を出した。


「とにかく一般観衆を落ち着かせるんだ、それと来賓の避難準備を!」

「はっ!」


 利能は指示を出す。彼らが着席していた来賓席の床下には、図面には掲載されていない避難路が通されており、警備員たちは既にその避難路へ続く扉を開ける準備を進めていた。

 だが、スタジアムのメインスクリーンに映し出されているリーダー格らしき男は、爆破スイッチらしき物体を右手に握って来賓席の方をじっと見つめており、“動けば命は無いぞ”と鋭い目で訴えている。故に下手に動くことが出来なかった。


「皇族の方々の避難は!?」

「爆発が起こった直後の時点で近衛師団が既に」


 部下の報告を聞いた利能は、先程まで皇族が着席していた特別席へ目を遣る。そこに人影は無かった。テロリストたちに感づかれることなく、この場から去ることが出来た様だ。


「犯人グループは?」

「人数はおよそ14人、スタジアム南東E席の区画を占拠し、入場客数百人が人質状態になっています。実力で排除することは容易いですが……どうされますか?」

「……」


 部下は利能に指示を仰ぐ。警備の人員とアンドロイドを使って一網打尽にしたいのは山々だったのだが、一般人を巻き込んでしまう可能性が極めて高く、利能はすぐに決断を出せない。


「……私に任せて貰えませんか?」

「ん?」


 その時、1人の男が苦悩する利能に声を掛けた。声のした方へ振り返ると、そこには1人の近衛兵の姿があった。


「失礼、私は『天皇直属近衛師団』歩兵第一連隊所属陸軍少尉、赤星真次と申す者です」


 カーキー色の軍服に身を包むその青年は、敬礼しながら自らの素性を述べる。


「任せて……って、どうするつもりだ?」

「私はある”亜人種族”の3世です。30分……時間を下されば、私の能力を駆使して連中を同時多発的に拘束することが出来ます。代償としてスタジアムを少々蝕むことになりますが……」


 近衛師団に属するその皇国陸軍兵士は、利能らに1つの提案を示す。彼は植物を操作する特殊能力を持つ稀少種族「ドリアード族」のクオーターであった。


「……何かあった時の責任は、近衛師団にあるからな」

「承知しております」


 赤星少尉は不敵な笑みで会釈をすると、くるっと振り返ってその場からそそくさと立ち去ってしまう。

 皇国陸軍選りすぐりの精鋭からなる「天皇直属近衛師団」。利能は機密のベールに包まれたその組織の一端を目の当たりにして、得も言われぬ気味悪さを感じていた。




スタジアム南東非常口


 会場内の施設の爆発、そしてスタジアムの爆破予告を受けて、一般観衆の間にはパニックが伝染していた。万博警備隊の1人である警視庁刑事4課7係の六谷大悟は、一刻も早くスタジアムから出ようと非常口へ殺到する人波に向かって声を張り上げていた。


「皆さん、落ち着いて!! パニックは更なる事故の原因となります! 落ち着いて!!」


 腹の底から捻り出した声は、集団の足音によって容赦無く掻き消されていく。彼をはじめとする警備隊員たちは、群衆の動乱に戸惑うばかりであった。




スタジアム南東E席区画


 事件発生からおよそ40分後、「朝鮮人民革命軍」を名乗るテロ組織は、変わらず警備隊員と警備アンドロイドとの睨み合いを続けていた。数百人の一般客が人質状態となっている上、スタジアムに爆弾を仕掛けたという脅しを前に、警備隊は動くに動けない状態になっている。


「日本政府からの返答はまだか!?」


 テロ集団のリーダーであるクォン・ジョンスは、声を荒げて苛立ちを露わにしていた。彼の右手には爆弾の遠隔スイッチが握られている。

 彼らが布告した制限時間まであと20分足らず、もしかして日本政府は自分たちの要求を黙殺するつもりなのではないかと,彼は考え始めていた。


「くそっ! 舐めやがって……適当な奴を見せしめにしてやろう!」


 ある考えを思い立ったジョンスは、E席区画を取り囲む様に立っていた手下たちに向かって無線機で指示を出す。


『おい! 適当な人質を引き立てて殺せ! 我々を舐めている日本政府への見せしめにするんだ!』

『……了解』


 無機質な声が返って来る。テロリストたちは怯えて身体を縮こまらせている人質たちに視線を向けた。人命を軽視する非道な選別が開始されようとしていたのである。

 だが彼らは気付いていない。彼らが立っている床の下では既に、テロリストを排除する為の正義の刃が包囲網を張り巡らせていることに……。


「……」


 観客に紛れてテロリストたちの下へ近づいていた赤星少尉は、能力を顕現するタイミングを見計らっていた。そしてジョンスの部下が1人の人質に狙いを定め、小銃のスコープを覗き込んだ時、彼が仕掛けた包囲網が牙を剥いた。


「ギャアアッ!!」


 断末魔を上げたのはテロリストの方だった。地面から突きだした鋭い木の根は、野太い針の様にその切っ先を武装集団に突き立て、1人1人の身体を串刺しにした。


「……え?」


 ジョンスは思わず間抜けな声を上げる。爆破スイッチを握っていた彼の右手も、地面から突きだした鋭利な木の根によって跳ね飛ばされてしまった。彼は遙か彼方へ飛んで行く右手と爆破スイッチを視線で追うことしか出来ない。


(『網状樹海連突』!)


 近衛師団歩兵第一連隊所属、赤星真次陸軍少尉、ドリアード族のクオーターである彼の能力は、自らの魔力によって生み出した植物を自在に錬成・操作することである。広範囲の制圧と捕縛に優れ、その能力を買われた彼は皇室の守護としてその名を連ねた。

 自衛隊や警察内部には、こうして亜人種の血を引く者、もしくは亜人種が密かに名を連ねており、人智を超えた力を有する彼らの存在は、飛行戦艦「扶桑」と並んで各国政府から脅威と捉えられているのだ。


「確保ッ!!」


 同時多発的に無力化されたテロリストに向かって、警備アンドロイドが先陣を切って飛びかかっていく。その後に続いて警備隊員たちがテロリストたちの身柄を確保していき、右手を失ったクォン・ジョンスも程なくして拘束された。


「くそっ! く……汚いぞ! ……ガハッ!」


 警備アンドロイドは、往生際悪く抵抗を続けるジョンスにテーザー銃を打ち込む。斯くして、万博会場を恐怖へ陥れた不届き者たちは制圧された。

 人質状態にあった一般客はその様子を固唾を飲んで見守っており、各国のメディアもその大捕り物劇を映し続けていた。


『テロリストの武装を解除しました。皆様、どうかご安心ください』


 いつの間にか放送室へ移動していた利能によるアナウンスが、スタジアム内に響き渡る。その後、警備隊と近衛師団によって事態は収集され、14人のテロリストの身柄は遺体も含めて警視庁へ連行された。

 最高の警備体制が敷かれた中でテロが行われ、さらにその様子が全国中継されたことによって日本政府の面目は丸つぶれとなり、後日、政府や万博協会への苦情と問い合わせが殺到することとなる。


〜〜〜〜〜


11月1日 東京都千代田区 警視庁


 万博の開幕をテロによって彩った武装集団は、近衛師団と警備隊の活躍によって拘束、もしくは排除され、22世紀の夜明けを謳う祭典は開催の延期を余儀なくされた。面子を潰された日本政府は公安に対してこのテロの原因解明と再発防止を厳命し、警視庁によって大規模な捜査本部が設置されたのである。

 そして今、捜査本部が設置された警視庁の大会議室では、公安部と刑事部に属する刑事たちが集まり、捜査会議を開いていた。


「『朝鮮人民革命軍』は公安部のアーカイブにも記録されている、朝鮮半島及び中国東北部を中心に活動しているテロ組織だ。瀋陽やハルビン、ウラジオストクでのテロ活動が活発で、日本国内へ侵入したのは今回が初めてになる。

組織が結成された『朝鮮民国』の政府は、『朝鮮人民革命軍』を反社会的組織と断じており、その鎮圧を掲げているが、実際には同国政府内部の“北閥”の支援を受けているとされる」


 捜査本部長である坂本大源管理官はずらっと座る数多の部下たちを前にして、今回のテロの実行犯について説明を述べる。彼の背後にある大スクリーンには、今回の犯人たちの顔写真が映し出されている。既に素性の目星もついており、彼らは朝鮮半島北部の出身者で構成されていた。


「……」


 坂本管理官の発言が終わったタイミングを見計らって、公安部の刑事が手を上げ、発言の許可を求める。坂本はその刑事に向かって、右手で“どうぞ”とジェスチャーをした。刑事は一礼しながら椅子から立ち上がり、警察手帳を片手に口を開く。


「公安部公安第二課、三木宏影と申します。現場の様子について説明させて頂きます。爆発物処理班の同行の下、万博会場の捜査を行いましたが、結果、爆発はテログループによって仕掛けられたものに相違ないという結論に至りました。また、未破裂の爆発物が2個、万博スタジアム内で発見されました。

スタジアムについては開会式直前まで警備検査が行われていましたが、その他施設は10月28日が最終検査日でした。スタジアム外に仕掛けられた爆発物は、それから開会式までの間・・・おそらく開会式の直前に仕掛けられたものと思われます」


 ここまで説明したところで、三木は手帳をめくる。


「また爆弾と銃器を如何にして持ち込んだかについては、まだ調査中です。あの日、一部の来賓を除いて、報道陣や一般の観衆に対しては、金属探知機とX線による手荷物検査が行われていました。当然彼らもそれを受けています。考えられる可能性としては、万博の開催前に予め持ち込んでおくという手です。おまけに彼らは偽のIDカードまで手に入れていました。故に……」


 三木は一呼吸置いた。


「……我々は万博の警備担当に内通者が存在した可能性が高いと考えております」

「!!」


 三木が発した一文を聞いて、会議場は一気にざわつく。公安は万博の関係者にテロリストに協力した者が居ると考えていた。だがその可能性については、此処にいる全員が薄々考えていたことだった。


「内通者に関しては、詳しく捜査をすればすぐに目星がつくと思われます。我々からは以上になります」


 発表を終えた三木は静かに着席する。その直後、今度は刑事部に属する刑事が挙手し、発言の許可を求めた。


「刑事部捜査第一課の真島隆徳です。人的被害の状況について説明致します。奴らに拘束されていた東方電子通信の職員が14名、加えてパニックが起こったことによる負傷者が76名、死者が13名、スタジアムに居た一般客から出ています。またテロリスト14名は9名が確保時に死亡し、5名が病院に搬送されました。現在は3名が意識を取り戻しており、治療を継続しながら聴取を行っています。

また、拘束されていたテレビクルーについては、都内の病院へ搬送されています。彼らが居たトイレも爆発している為、発見が遅れていれば爆発に巻き込まれていたことでしょう。そして・・・爆発の直前から行方不明になっていた東京万国博覧会協会副会長、興梠釀苑氏の焼死体が、爆発した万博スタジアムのトイレ内で発見されました」


 真島は一般の観客と並んで、来賓の中にも1人だけ犠牲者が出ていたことを報告する。それは今回の東京万博のナンバー2とも言うべき立場の人物だった。


「……開会式の途中で氏がトイレへ行くと言って立った様子は、氏の付近に着席していた来賓が目撃しています。詳しい死因は検案の結果待ちですが、トイレに行っていたところを爆発に巻き込まれたものと見て、相違ないと思われます。以上です」


 発言を終えた真島は手帳を閉じて着席する。その後、坂本管理官は険しい表情と共に再び口を開いた。


「これは断固として許されない、悪逆非道なテロである。今後、この様な失態を二度と繰り返さない為に、犯人グループの入国経路、潜伏場所、そして……共犯者、その全てを万博が正式開催される時までに、何としても明らかにするんだ!」

「はいっ!!」


 坂本管理官の訓示で、この日の捜査会議は終了した。集まっていた刑事たちは続々と退席し、それぞれの部署へと戻って行く。

 その中には捜査第4課7係の係長である捨圓と主任の多村の姿もあった。




警視庁 捜査第4課7係 オフィス


 合同捜査会議から戻って来た捨圓と多村は、スクリーンボードの前に集まった部下たちに会議の内容を説明する。7係の刑事たちはその説明を真剣な目で聞いていた。

 この7係に所属する刑事は捨圓と多村を含めて6名、その構成は捨圓の様な普通の人間だけではなく、多村の様に亜人族の血を引く者が何人がいる。亜人・魔術に関連する事件を担当する捜査4課には、この7係の様にテラルスの血を引いた者たちが多く所属していた。


「捜査一課と公安は、テロリストの入国経路と内部協力者について捜査の手を広げていく予定です。そして我々捜査4課は、亜人の協力者の存在が明らかになった時、捜査へ本格的に参加することになります」


 拾圓はこの事件における、彼ら捜査4課の立ち位置について説明する。


「つまり……今は何もしなくて良いってことですか?」

「そういうことです」


 挙手をして口を開いたのは、魔術師の血を引く穂積涼巡査部長だ。拾圓は彼の問いかけにこくりと頷いた。だがその時、捜査一課から送られて来た伝達係が7係の門を叩いた。


「失礼します! 捜査一課第4係の津田昭彦と申します。坂本管理官より”これ”をこちらに届けよとの命令を仰せつかりました!」


 7係に現れた若い刑事は拾圓たちに向かって会釈をすると、拾圓のもとへサッと近づき、ある捜査資料が入ったSDカードを差し出した。


「管理官からですか? して……これは?」

「はい、万博開会式の襲撃事件にて、来賓では唯一の被害者となった万博協会副会長、興梠釀苑氏の検死結果です。我々としても是非これを見て頂きたくて……!」

「……?」


 拾圓はそのSDカードを、スクリーンの操作を行っていた六谷大悟巡査部長に手渡す。六谷はそれをノートPCに差し込み、その中に保存されている画像データをスクリーンに映し出した。


「……う、酷いですわね」


 それは万博協会副会長こと興梠釀苑の遺体の検案の結果を収めたものであった。皮膚がグチャグチャになった焼死体の姿を見て、7係の1人である九辺未智恵巡査は、狐耳をペタンとさせながら声を漏らす。


「表皮がボロボロでしたから、遺体発見時には分からなかったんですが……詳しい検案の結果、興梠釀苑氏の体に数カ所、獣に裂かれた様な切創があり、それが体内の深くまで達していることが判明しました」


 津田は六谷に代わってPCを操作しながら、カードに収められた画像について説明する。彼が画像を切り替える度、遺体の腹部、右の腿、左肩と、肉を抉る程に深く刻まれた創が映し出された。その何れも、獣の爪で引き裂かれたかの様に、粗く激しいものである。


「……これは!」

「そうなんです。興梠氏の直接の死因は焼死ではなく、これらの不可解な外傷によるものである可能性が高い。亜人、もしくは妖怪による攻撃を受けた可能性があります。詳しい情報は司法解剖の結果を待つことになりますが……」


 津田は画像を差し替えながら説明を続ける。


「遺体の付近に焦げた財布が転がっており、中には紙幣もカード類もそのまま残っていました。単純な物盗りの犯行ではなさそうです」

「怨恨……ということか?」


 六谷が口を開く。3回に渡って被害者の体を引き裂いたその手口と、被害者が身につけていた金品に一切手を付けていない状況から、犯人の動機は怨恨である可能性が高いと思われた。


「監視カメラなどの映像から、容疑者を割り出せないのですか?」

「……」


 弐条梨里巡査の問いかけに対して、津田は無言のまま首を左右に振った。現場周辺にあった監視カメラの映像には、容疑者を断定するめぼしいものは映っていなかった。さらに爆発とその後の火災によって、現場となったトイレには証拠らしいものは全く残っておらず、検案が行われなければ今回の殺人が判明することもなかっただろう。


「つまり被害者が襲撃された後に、テロリストが仕掛けた爆弾が爆発した訳か……」

「偶然とはいえ、要人殺しの証拠を吹き飛ばすなど、余計なことをしてくれたものですね」


 多村の言葉に続いて、穂積が小さくため息をついた。


「……動機は何か。犯人はどうやって現れてどの様に逃走したのか。そもそも現場が爆発したのは偶然か否か……色々気になることはありますが、一先ずは情報を集めましょう」


 捜査一課から情報を受け取った拾圓は、オフィスに集う部下たちに向けて指示を出す。直後、彼は津田の方へ視線を向けた。


「司法解剖は何時、何処で行われるのですか?」

「本日午後2時に品川の『みどり大学医学部付属病院』で行われる予定ですが……」

「そこに我々が同行することは……?」

「先方に連絡すれば可能です」


 津田に確認を取った拾圓は、再び部下たちの方を向く。


「では弐条さんと穂積さんは私と一緒に『みどり大学病院』へ、他のメンバーは殺害の現場となった万博会場へ向かってください」


「わ、分かりました!」


 若き新米係長の命令を受けて、7係のメンバーはいそいそと支度に取りかかる。


(準キャリの若造かと思いきや・・・思ったよりもちゃんとしているのか?)


 7係の1人である穂積はスーツの上着を羽織りながら、拾圓の目を見つめていた。彼は殉職した先代係長のことを心から慕っていた為、新たなリーダーである拾圓に対して複雑な思いを抱いていたのである。

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