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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第3章 横浜龍神篇
37/92

ミダスの手を持つ少女

ホテル・エ・ベリッシモ・ノッテ 22階 宴会場


 ホテルの最上階に位置する宴会場では、農林水産大臣の佐久間英義が開会の挨拶をしていた。招待客は皆、彼に視線を向けている。その間、ウェイターがテーブルの合間を行き交い、招待客に乾杯のドリンクを配っていた。


「お客さま、お飲み物はどうされますか? 白ワインかオレンジジュースからお選びいただけます」


 葉瀬名家の面々が座るテーブルに、ウェイターがドリンクの希望を聞きに来ていた。代表者である喜久が答える。


「家内と甥、そして私にはワインを、娘2人にはオレンジジュースを」

「かしこまりました」


 ウェイターは喜久の注文通りに飲み物を置いていく。そして農林水産大臣の佐久間による開会の挨拶が終わり、招待客はグラスを持って彼に注目した。

 照も一見すると慣れた様子でグラスを手に持っている。彼女の演技力は心の中で暴れる緊張をうまく覆い隠していた。


『・・・では、この会が皆様にとって有意義な交流の場となることを願います。それでは・・・乾杯!』


 佐久間の声を合図に、人々はグラスを掲げた。そして晩餐会が始まったのである。




ヨコハマ・ベイ・エンターテインメント・シティー シネマセンター


 煌びやかなカジノリゾートは、空が暗くなりだした時からその絢爛さを発揮していく。敷地内にある巨大シネマコンプレックスは、カップルや家族連れで賑わっている。その中で、男子高校生2人という組み合わせは少し浮いていた。


「久しぶりの新シリーズ、すごかったなぁ、宿屋!」

「ああ、前作が良かったからどうかと思ったけど」


 シネコンから出てきた2人は、家路につくため駅へ向かっていた。キラキラしたあかりの中を2人は映画の感想を語らいながら進んでいく。

 その途中、小羽は尿意を催した。


「すまん、ちょっとトイレ行ってくる」

「ああ、分かった」


 小羽は一言断りを入れ、トイレを示す案内表示の矢印に向かって走る。宿屋はしばしの間、待つことになった。



 その後、小羽は賑わいから離れた場所にあるトイレで用を済ませると、そそくさと手を洗ってトイレから出てきた。そして、待たせている宿屋のもとへ急ぐため、小走りで走り出したタイミングで、雑木林と茂みの奥から言い争う声が聞こえてきた。


「・・・?」


 小羽は恐る恐る茂みの中に入っていく。するとその奥、エンターテインメント・シティーの敷地を仕切るフェンスの際に、追い詰められている少女の姿を見つけた。


(・・・あれは、あの時の!?)


 小羽は身を伏せながら様子を伺う。彼は少女が着ているパーカーに見覚えがあった。映画が始まる前、ポップコーンを買おうとした時にぶつかった少女であったからだ。

 少女は黒服を着た大人5人に追い詰められていた。まるでマフィアのような出立ちをしている。


「亜人種の小娘が、手間取らせやがって・・・!」

「ここまで来たら、もう逃げられねぇぞ」

「さぁ、大人しく来てもらおうか!」


 男たちは少女に向かってじりじりと距離を詰めていく。少女は絶望の表情を浮かべていた。


「・・・いやっ!」


 そして彼女は思わず泣き出しそうになってしまう。しかしその瞬間、強烈な風切り音が彼らの耳を貫いた。


「・・・『白銀の鎌鼬』!」


 それは少女を囲んでいた男たちを容赦なく吹き飛ばし、周囲の草木ごと彼らの体と衣服を引き裂き、さらには少女の背後にある金網のフェンスすらも切り裂いていた。


「ぐわっ!」

「い、痛ぇ!?」


 突然の斬撃に襲われた男たちは、切り裂かれた腕や足を押さえて顔を歪めていた。容赦ない痛みが彼らの自由を奪う。そして茂みの中から、風を起こした張本人が現れた。


「・・・俺は鎌鼬、俺が起こす風は名刀並みに鋭いのさ」

「・・・貴様、亜人種か!」


 小羽は冷徹な目つきで地に伏す男たちを見下ろす。彼らはまさしく妖怪のごとき威圧感を発する小羽に恐れを抱いていた。


「ず、ずらかるぞ!」

「お、覚えていやがれ!」


 捨て台詞を残して、男たちはその場を立ち去っていった。小羽は彼らの後ろ姿を一瞥すると、地面にへたり込んでいた少女に近づいていく。


「あなた・・・亜人種?」

「ああ、『鎌鼬族』だよ。君は・・・?」


 小羽は少女に素性を訪ねた。彼女は土埃を払いながら立ち上がると、涙を拭って彼に向かって頭を下げた。


「私、波鐘陽夏。助けてくれて、ありがとうございます」

「俺は小羽星太郎、よろしく」


 2人はお互いに自己紹介を終える。ちょうどその時、茂みの中からもう1つの足音が聞こえてきた。


「おおーい! 一体どこに行って・・・ん?」


 宿屋はなかなかトイレから戻ってこない小羽を気にかけ、ここまで探しにきていたのだ。そして彼は、茂みの奥にいた小羽と謎の少女の存在に気づいた。


「ああ、悪い。ちょっとゴタゴタがあってなぁ。それより・・・」


 小羽は時間をかけていたことを謝ると、改めて少女・波鐘に視線を向ける。


「・・・君は一体、何者なんだ?」


 目の前の少女は明らかに「組織」に追われていた。彼は少女が狙われている理由を問いかける。波鐘は一瞬だけ迷いの表情を浮かべるが、意を決するとゆっくり口を開く。


「・・・貴方も亜人種なら、お話しします。そして、どうか助けてください!」


 波鐘は事情を説明し、強力な亜人種である小羽の力を借りようと考えた。そして彼女は自分が狙われている理由を説明し始めた。

 それは彼女の出自に関することだった。


「・・・ミダスの手?」

「はい、私は『ミダス族』という種族の血を引いています」


 「ミダス族」とは、触れたものを「黄金」に変質させる能力を持つ種族だ。かつてテラルスでは、その希少性と高値で取引されることから、人間だけでなく他の亜人種からも“奴隷狩り”の対象とされ、日本転移の時点で絶滅の危機に瀕していた、“テラルスで最も悲惨な種族”である。

 神話のミダス王とは異なり、能力の発動は任意にコントロールできる。そして、黄金化には当人の魔力のキャパシティによる限界があり、決して無尽蔵に金を生み出せるわけではないのだ。


「・・・黄金を生み出す力を持つ種族か。そんな種族がいたなんて」


 日本国が異世界から帰還する直前、ミダス族は10名ほどの集団で日本に亡命してきた。そしてその素性を隠しながら、今日まで日本で暮らしてきた「非公認亜人種」なのである。

 しかし、苛烈な迫害が終わって70年余り、その記憶を忘れた世代の中に、祖先の教えを無視して自分の力を使い出す者が現れた。そして悪意を持つ者がそれを嗅ぎつけたのだ。


「・・・それで、ここへ連れて来られた訳?」

「はい、帰宅途中に拉致されて、気がついたらここに居ました」


 彼女はネット上の動画サイトで卑金属を黄金に変える「手品」を披露し、その広告収入で小金を稼いでいた。あくまで「ミダス族」という素性は隠していたのだが、それを嗅ぎつけた組織によって、黒服の追っ手を差し向けられたのだ。

 彼らに捕われた波鐘は車に乗せられ、ここ「エンターテインメント・シティー」に連れてこられた。その途中で意識を取り戻し、一瞬の隙をついて脱出したのである。


「それで今まで、奴らと追いかけっこしていた訳か」


 小羽は小さなため息をついた。彼女は携帯も財布も没収されており、さらには主要な施設の出入り口には見張りがいたため、他に助けを呼ぶこともできなかったのである。


「でも、亜人種なら普通の人間よりも強いでしょう。あんな奴ら相手に逃げ回ることはなかったんじゃないか?」


 宿屋は鎌鼬族の小羽やローレライ族の東崎を連想し、亜人種の力で追っ手を撃退できなかったものかと感じていた。しかし、波鐘は首を左右に振ると、自嘲気味な笑顔を浮かべる。


「私の能力は小羽さんみたいに戦闘向きじゃないから・・・」


 特殊能力を持つ亜人種は、危険度3級以上に分類される。しかし、その中には戦闘に応用できない力を持つ者も当然ながら居る。彼女は逃げ惑うしかなかった。


「・・・私、おばあちゃんの忠告をちゃんと聞いておけばよかったんです。事故死した両親に代わって、私を育ててくれたおばあちゃんの家計の足しになればと思って・・・」


 波鐘は中学3年生の15歳である。両親はすでに居ない。彼女と両親は12年前、一般客として「万博テロ事件」の現場である開会式会場に居合わせていたのだ。

 その時に発生した将棋倒し事故により、彼女の両親は運悪く亡くなってしまったのである。その後、彼女は母方の祖母に育てられたのだ。


「・・・なるほどね」


 彼女は良かれと思ってやっていたことが、取り返しのつかない事態を招いた事実を後悔していた。さめざめと涙を流し始める彼女を見て、小羽は再びため息をついた。


「・・・もう、それは仕方ないよ。起こっちまったことはどうしようもねぇ。だが、これだけは言っておく。一見、戦闘向きでない様に見えても、亜人種の力はその使い方と工夫次第でいくらでも強力な戦闘手段になる。それに、君自身が気づいていない力を秘めている可能性もある」

「!」


 小羽は自身の経験に基づくアドバイスを送る。彼自身、ここまで切れ味の鋭い鎌鼬を生み出せるようになるまで、かなりの修練と時間を要していた。


「・・・私が知らない力?」


 波鐘は小羽の顔を見上げた。同じ亜人種である彼の言葉は、彼女にとって興味深い助言になっていた。


「あと、必要なのは“人を傷つける”覚悟だ。さっき、俺は力をセーブしなかった。奴らの傷はだいぶ深い筈だ。だが『これは緊急避難だ』と自分に言い聞かせて鎌鼬を放った。波鐘さん、自分のために他人を傷つける覚悟はあるかい?」

「・・・!」


 小羽はさらに残酷な忠告を送る。彼の様に明らかな戦闘向きな能力を持つ亜人種は、当然ながら他者を傷つける可能性を伴う。彼はその覚悟があるのかと、波鐘に問いかけた。


「・・・私はっ! 家に帰りたい、おばあちゃんの家に帰りたいです・・・!」


 波鐘は自らの願いを口にする。彼女の願いはいつもの日常に戻ること、ただそれだけだった。


「・・・ねぇ、ちなみになんだけど」


 少し時間をおいた後、2人の会話を静観していた宿屋は、彼女が落ちついたタイミングを見計らって声を掛ける。


「君が逃げ出した場所って・・・この『エンターテインメント・シティー』内部のどこだったか分かるかな?」


 乗せられていた車から逃げ出したということは、その車はこのカジノリゾート内部のどこかに停車していた筈である。宿屋は彼女を攫った団体の手がかりになればと、彼女が逃げ出した場所を尋ねたのだ。


「ええっと・・・確かホテル街の一番海側にあるホテルでした。名前は・・・」

「そこならおそらく・・・『ホテル・エ・ベリッシモ・ノッテ』だね」


 小羽はホテルの位置から、彼女が連れて行かれたホテル名を推測する。そしてそれは奇しくも、今現在、照や龍二が参加している晩餐が開催されているホテルの名前だった。




ホテル・エ・ベリッシモ・ノッテ 最上階


 煌びやかなカジノリゾートを望むホテルの最上階に、統合型リゾート運営会社「リゾーツ・サンズ・プラネット」のCEO室がある。このホテルとそれに併設されたカジノを運営する企業である。

 元はアメリカ・ラスベガスに本社を置く企業であったが、日本国が異世界から帰還してまだ間もない頃の半鎖国体制が構築される前、すなわち就業ビザ、一般ビザ、特定ビザの発行が停止され、さらに短期滞在ビザにも厳格な発行制限が敷かれる前の時代、日本への本社移転を行った元海外企業の1つである。


 日本が地球に帰還した直後の2040〜50年頃にかけての時代、日本列島には世界各地から難民の波が押し寄せた。そして海外企業にも、治安の安定した日本への移転を求める企業があったのである。

 その中には世界的に著名な多国籍企業も多々あり、すでに「扶桑」の保有によって国際社会から非難を浴びていた日本には、「企業の収奪」というさらなる非難が浴びせられることとなった。


 鎖国体制の構築を模索していた日本政府にとっても、いわゆる「企業の亡命」が殺到することは避けたい事態であった。さらに国際社会からの非難を避けることも目的として、特別法を制定し、日本への本社移転を望む海外企業に対して途轍もない条件を提示した。


 それは「保有株式の55%を日本政府に無償で譲渡すること」「日本政府が指定する資産を日本国内に移すこと」「日本国内に居住できるのは移転時点でのCEOと一定の地位以上の役員、及びその親族3親等以内であり、その他の役員・従業員は日本人で置換すること」である。

 すなわち「事実上の日本国有企業になれ」という条件を提示したのである。政府はこれらの条件を飲む企業など現れないだろうと予測していた。


 しかし、海外の治安と経済状況の悪化は、日本政府の想像を超えるほどに深刻であり、この条件を飲むと表明した企業、もとい、保身を優先し、大多数の従業員の意見を無視したCEOが多数現れたのである。当時の日本政府は不本意ながらも、条件受け入れを表明した企業の移転を認可し、結果として日本には国際的企業の本社が多々移転することになった。

 そして企業の移転はますます海外での失業者を増加させ、世界経済にさらなる暗雲をもたらすこととなったのである。


「・・・」


 部屋の中には部屋の主、すなわちCEOの男が居た。彼は最低限の明かりを灯した薄暗い部屋で、高級ワインを片手に夜景を見下ろしている。その時、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


「・・・入れ」

「・・・はい」


 CEOは入室の許可を出す。そして部屋の中に黒服の屈強な男が入って来た。男は深く頭を下げながら、冷や汗を滲ませつつ報告を伝える。


「・・・会長、例の少女ですが、リゾート内で一旦は追い詰めることに成功しました。しかし謎の亜人種の少年による妨害を受け、取り逃したとのことです。部下5名が負傷し、うち2名は重傷です」


 男は波鐘を取り逃したこと、そして被害状況を伝えた。その瞬間、CEOの男の眉間にしわが寄る。


「・・・この、海の孤島のエンターテインメント・シティーで、日が沈むまで小娘1人捕まえられないとは、どういうことだ?」

「・・・はっ! 申し訳ありません! 必ずやあのミダス族の女を捕らえてみせます!」


 彼らの狙いは波鐘だった。「リゾーツ・サンズ・プラネット」のCEO 良光=近藤・アデルソンは、彼女の能力を自らの手中に収めるため、彼女を拉致する様に命令を下したのだ。


「・・・黄金を生み出す力、それはすなわち無限の富を生み出す力だ。金は全てを支配する。人は勿論、政府すらも屈服させてやる・・・!」


 良光は日本政府への復讐心を抱いていた。


 彼の祖父である2代前のCEOは、貧困者による襲撃や略奪を恐れ、祖国アメリカ合衆国と数多の従業員を捨て、日本政府に企業を差し出してこの国へと移り住んだ。

 その後、彼ら一族は日本国籍を付与され、子孫に独自の英語教育を施すこと、洋風の名前をつけることを禁じられた。アメリカ国歌も歌えず、アメリカ国旗を飾ることもできなくなった。さらに日本企業に課されるものとは税率基準が異なる法人税が課された。

 彼の祖父、そして共に移住した親族は、それを亡命の引き換え条件として受け入れた。しかしそれでも、一族は日本人による差別や誹謗中傷に晒され続けた。


 70年余りが経ち、一族に英語を話せる者も居なくなった今、誹謗中傷は下火になっている。しかしそれでも、政府や他企業からの冷遇は今も続いていた。


「小娘を捕らえたら、手始めにこのホテルで晩餐会をしている佐久間農林水産大臣を、金価格の暴落をちらつかせて脅迫する。奴個人の金保有量も相当なものだからな・・・。そして小娘には親族郎党の居場所も吐かせる。そいつらも全員捕らえろ」

「・・・はっ!」


 そしてその歪みが、新たな陰謀を生み出そうとしていた。

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