魔法魔術高等学校
2112年5月8日 神奈川県横浜市
ゴールデンウィークが明けた後、世の中の学生たちにはいつも通りの学園生活が戻ってきていた。22世紀の日本は紛争状態の海外と隔絶した、穏やかな日常が流れていた。
そして横浜市の一画にある高級マンションの一室、葉瀬名龍二の自宅では、起床時間を迎えた龍二が寝床からゆっくりと目覚めていた。
「ん・・・」
彼はベッドの枕元に置いてある携帯端末に手をかざした。するとAIを搭載したアバターのホログラムが空中に現れる。
『おはようございます。今日は2112年5月8日、日曜日。天気は快晴です。昨夜の睡眠時間は7時間25分、少し眠りは浅いかも。睡眠の質の向上に勤めましょう』
アバターのホログラムは龍二の睡眠深度と睡眠時間の計測結果を説明した。彼は目を擦りながら、アバターに問いかける。
「・・・今日は何かあったっけ?」
『本日は10時から、研究室の裳柄様、筒見様とヨコハマ・ウォーターフロントで待ち合わせです』
「オーケー、ありがとう。それと窓開けてくれない?」
『かしこまりました!』
デフォルメ化された龍のアバターはそう言うと、虚空へ消える。直後、壁の様に見えた大きな窓ガラスから調光フィルターが外れ、日の光が一斉に部屋の中に入ってきた。太陽の光を浴びた龍二はハッキリと目を覚まし、あくびをしながら寝室を後にする。
洗面所で顔を洗い、リビングに向かって廊下を歩いて行くと、コーヒーの匂いが漂ってきた。
「・・・おはようございます!」
「ああ、おはよう」
扉を開けると、そこにはエプロンを着た照の姿があった。卓上にはすでに、今朝のメインディッシュであるエッグベネディクトと、副菜のサラダが並んでいた。
「本日の朝食は400キロカロリーです。初めての料理ですが、腕によりをかけて作りました! お口に合うといいのですが・・・」
エッグベネディクトとはイギリス伝統の朝食メニューだ。当然ながら、備え付けの自動調理器では調理できるものではなく、照自身が食材を仕入れて作ったものだ。自動調理器が普及したこの時代では、彼女の年代で料理ができるのは非常に珍しかった。
椅子に座った龍二は照の料理を口に運ぶ。その瞬間、彼は驚嘆の表情を浮かべた。
「・・・美味しい! 流石だよ、照」
「良かった!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。その表情を見て、龍二の顔にも笑顔が灯る。直後、彼は左腕のスマートウォッチを操作してテレビをつけた。
『・・・次のニュースです。昨日深夜2時頃、皇国海軍海上保安隊の無人フリゲートが、日本海にて領海への不法侵入を試みたと思われる不審船を発見、再三の退避勧告に従わなかったため、排除措置が執行されました。尚、不法入国者の上陸は確認されていません。海上保安隊は引き続き、捜査を継続する方針です。
不審船の出現は今年に入ってから15件発見されており、そのうち11件に対して排除措置が執行されています。いずれも中国東北部、及び沿海州からの不法難民と見られ、同地域にてゲリラ的略奪行為を繰り返している『黒龍軍閥』による影響が考えられます。日本政府は中国共産党政府との対話にて、東北部の治安強化を求める声明を発表し、軍事支援策の提案を・・・』
キャスターがニュース原稿を読み上げている。大陸から日本を目指す不法難民は、日本だけでなく中国、ロシアでも深刻な問題になっていた。
龍二はフォークをテーブルに置くと、向かい合わせに座っている照に話しかけた。
「・・・先週も言ったと思うけど、今日は朝から同じ研究室の仲間と企業研修に行くことになっているんだ」
「はい、伺っております」
彼は横浜の大学にて、家業と関わりの深い農学・生物学を専攻している。彼の所属している研究室は、この様に農業企業と提携して学生の学外実習を行うことがあった。
「確か・・・君も午後から」
「はい、姉妹校である『第1魔法魔術高等学校』の文化祭に、部の皆さんと行く予定です。龍神様が戻られる前には、夕飯までには帰ります」
照は龍二の外出に合わせて、天文部の仲間と共に出かける予定を立てていた。そして彼女にとっては、人生で初めての“友達との外出”だった。いつも通りに振る舞っているが、内心ではとこはかとない緊張を感じていたのである。
「気をつけてね。遅くなるのは問題ないから、楽しんでおいでよ」
「・・・はい!」
セイレーン少女の一件から、宿屋と照、そして月神の心の距離感はかなり縮まっていた。普通の青春を取り戻しつつある彼女の傾向を、龍二は嬉しく思っていた。
〜〜〜
同日 東京都千代田区 国防省 大会議室
市ヶ谷・国防省の一室にて、国境警備に関する検討会議が行われている。進行役を務める国防官僚の後藤俊作が資料を読み上げ、今回の議題について説明を行なっていた。
「今年に入ってから、不法難民を乗せた船舶の領海侵入が激増しています。ロシア連邦政府、並びに中国共産党政府には、再三に渡って国境警備の徹底と領土内の治安維持を要求していますが、『黒龍軍閥』の猛威は凄まじく、ハルビンと中国東北部は彼らの支配下です」
後藤はユーラシア大陸を取り巻く情勢について説明する。会議の場に集まっている参加者の面前には、個別にバーチャルスクリーンが投影されており、中には自らを模したホログラムを映すことでリモート参加している者もいた。
「また、ロシア空軍機の千島列島への領空接近も急増しています。ロシア政府は依然として、千島列島が日本領であることを認めていません。しかし、『扶桑』に対する警戒故か、領域侵犯にまでは踏み切れない様です」
後藤は「千島列島」が日本領であると口にする。22世紀という時代、日本の国境線にも大きな変化が起こっていた。
かつて、日本とロシアで領有権を争った「北方領土問題」は、東亜戦争後に軍事力を増強した日本とロシア政府の間で、事実上日本が択捉島の大部分を放棄する「3島返還」という形で終結した。
その後、日本列島が異世界へ誘われた際、正式にロシア領となっていた択捉島もそれに巻き込まれた。本国との連絡を絶たれた択捉島の行政機関、駐留するロシア軍、そしてロシア人住民は、日本政府の併合提案を拒否し、有事の際は日本政府の要請に従って軍を動員する、という条件の下で、択捉島にて「異世界版・ロシア連邦(択捉政府)」を建国するに至った。
そして15年後、地球へ帰還した「択捉政府」が目の当たりにしたのは、経済破綻と相次ぐ内乱・紛争により没落した祖国・ロシア連邦の無残な姿だった。そして彼らは、一度は拒絶した「日本への編入」という道を選んだ。
択捉政府は突如、ロシア連邦政府との連絡を拒否し、千島列島に駐留していたロシアの国境警備隊を襲撃して、千島列島全域を制圧した。大陸における内乱の平定に奔走するロシア連邦政府にとっては、寝耳に水の事態だった。日本政府は択捉島で勃発した内乱に対して「平和的な解決を望む」と、どちらの肩を持つでもない声明を繰り返した。
その後、択捉政府は「クリル最高議会」を設立。千島列島の全住民を対象にした投票を行い、独立支持を得て新たに「クリル共和国」の建国を宣言した。ロシア連邦政府は事ここに至って初めて軍を派遣し、クリル共和国の制圧に打って出た。
事態を静観していた日本政府は、クリル最高議会の救援要請を受け、「国後島民の防衛」を名目として、千島列島への自衛隊派遣を敢行した。日本がロシアに対して積極的な軍事行動に出たことは、国際社会を驚愕させることとなったが、異世界にて連戦連勝を繰り返していた日本の世論は、軍事出撃を憂慮する声に乏しかったのだ。
そして日本政府は、虎の子である28世紀の超兵器「飛行戦艦・扶桑」を派遣した。
扶桑は先制攻撃として、28世紀の電子攻撃を繰り出した。扶桑の電子攻撃はまるで強烈な太陽フレアの様に、ロシア軍艦の電気機器をダウンさせ、直ちに無力化した。さらに中性粒子砲の威嚇射撃を行い、千島列島を構成する島嶼の1つを跡形もなく破壊してしまった。その後、ロシア軍は六分儀と羅針盤を頼りにウラジオストクへ帰港した。2041年8月のことであった。
2041年9月1日、クリル共和国は日本国への編入要請を決議し、日本政府はこれを受諾する方針を表明した。そして併合条約の締結と批准を経て、クリル共和国の併合に至った。斯くして「千島列島」は96年ぶりに日本国への復帰を果たしたのである。
そして、この「千島列島日露軍事衝突」「クリル併合」は、飛行戦艦「扶桑」の存在を世界に知らしめた。「国際連邦」は扶桑を大量破壊兵器と断じ、国際共同管理の下に置くこと、そして日本の国際連邦加盟を要求した。そして日本政府は扶桑の提出を断固拒否した。
国際社会を敵に回そうとも「扶桑」を手放す素振りを一切見せない日本政府に対して、国連側が譲歩する形となり、2042年に日本が国際連邦に加盟する時、「扶桑」の提出を猶予するという条件と引き替えに、艦載機を含めて、その軍事出動を一切禁止するという誓約を交わしたのである。
「ロシア連邦政府にとって『扶桑』はトラウマでしょう。あの艦はまさしく、今の日本の国防の要です」
国際社会から軍事利用を禁じられているとは言え、扶桑は横須賀に鎮座し、天空に向けて睨みを効かせている。宇宙で戦闘することを前提として造られた扶桑の索敵能力と迎撃能力は、22世紀の軍事力では到底太刀打ちできるものではない。
「扶桑」の存在は、アメリカの仮想敵国となった日本の国防において、大きな役割を果たしているのである。
そして、世界各国は扶桑を、そしてこの艦に秘められた28世紀の技術力を、喉から手が出る程に欲している。そしてそれは、亜人種を巻き込んだ陰謀となって、この国に襲いかかることとなる。
〜〜〜
東京都千代田区 東京駅
22世紀を迎え、東京も大きく様変わりをしていた。再開発された都市には、ホログラフィやプロジェクションマッピングが溢れ、近未来的かつ幻想的な街並みとなっている。
その中に、天文部の3人組の姿があった。彼らは空中に投影される電光掲示板の矢印に従い、目的のホームへ急いでいた。
「山手線はこっちか」
「それにしても人が多いな」
小羽と宿屋は東京駅にごった返す人混みに辟易としていた。その一方で、照は初めての東京にどこか浮き足立っている。
山手線のホームに電車が到着する。この時代の電車は新幹線やリニアを含め、基本的に無人運転が当たり前になっており、運転士という職種が持つ役割も、自動運転装置の監視が主になっていた。
実際に運転を行う電車運転士、という存在は、自動運転を導入していない地方の私鉄で僅かに生き残っているくらいである。
・・・
東京都荒川区 第1魔法魔術高等学校
異世界「テラルス」から魔法が持ち込まれて早70年余り、亜人や魔術師の血筋とその子孫を中心に、魔法を使える人口も大きく増加している。その中で、魔法や亜人に関する法整備も着々と進められていた。その一環が「魔法魔術高等学校」の設立である。
生まれながらにして身についた力を、暴走させることのない様に、魔力の正しい使い方とそれに伴う法律・罰則について学ぶための教育機関、それが「魔法魔術高等学校」なのだ。
日本全国に8カ所存在し、ちょうど最初期の旧制高等学校が設置された都市に置かれたことから、それになぞらえて「ナンバースクール」と呼称されている。その中の「第1魔法魔術高等学校」は、東京都荒川区に設置されていた。そして横浜翡翠学園高校と姉妹校盟約を締結しているのである。
「・・・着いた!」
1台の都営バスが学校前のバス停に到着する。その中から小羽と宿屋、照の3人が降りてきた。「第1魔法魔術高等学校」の正門は種々の飾り付けによって彩られており、その前では在籍する生徒たちが来訪客の人数を記録し、パンフレットを配っていた。
「第1高校文化祭へようこそ! こちらが文化祭のパンフレットになります」
「あ、ありがとうございます」
列に並んでいた宿屋は、受付の女子学生からパンフレットを受け取る。その女子学生は一見すると人間と変わりない様に見えたが、よく見ると犬歯は獣のように尖っており、首には蛇のようなウロコが見える。
「さぁ、入ろうよ!」
パンフレットを受け取った宿屋と照に、小羽が学校の中へ入ろうと誘った。飾りつけられたゲートをくぐり、3人は「魔法魔術高等学校」の中へと足を踏み入れる。
「わぁ・・・!」
校舎の敷地内には出店が並び、近代的な校舎には横断幕や垂れ幕がぶら下がっている。体育館や講堂からはライブの音声が聞こえてきた。学校生徒とその父兄の他、彼ら3人と同じように他校から来たと思われる来訪客でごった返している。
そして空を見れば、「天使族」や「妖精族」などの有翼種族が飛び回って客引きを行なっており、地上には異形の体を持つ学校生徒たちが、それぞれのクラスや部活の出し物に精を出していた。
小羽と宿屋、照の3人は、パンフレットを片手に人混みの中を進んでいく。照はパンフレットの中から、目を引く出し物を見つけた。
「・・・あ、あの! これ、行ってみたいです!」
「ん? どれどれ・・・『占い』かぁ」
彼女が指差したのは「占い」だった。小羽は彼女の持つパンフレットに書かれた説明文に目を走らせる。魔術師の血筋の女子生徒、すなわち本物の”魔女”による占いができる、と書かれていた。
「面白そうだね、行ってみようか」
宿屋は彼女の提案に賛同する。その後、3人は高校2年の教室にあるという「占いの館」へと向かった。
校舎2階にある「占いの館」は、2年生の教室を利用した出し物だった。教室内に入ると、窓はカーテンで締め切ってあり、室内は薄暗かった。さらに教室内は天幕で7つに仕切られており、仕切られたそれぞれの空間に1人ずつ占い師が常駐している様だった。
列に並んでいた照に、案内係の男子生徒が声をかける。
「ここは『占い研究会』の出展です。お嬢さん・・・さぁ、どうぞ」
「は、はい」
生徒に促され、彼女は館の中に入っていく。宿屋と小羽も一緒に入ろうとしたところ、別の案内係の女子生徒に制止された。
「ここから先はお客さまのプライベートな空間です。たとえ親友や恋人でも、同伴者の同席はお断りしていますので・・・」
「成る程ね・・・」
宿屋と小羽は素直に引き下がる。そして照を見送った後、残された2人は教室の外で待つことにした。
小羽は屋外の出店で買ったチキンを頬張りながら、廊下を行き交う亜人種の生徒たちを見つめている。亜人種は大概、体のどこかに人間と異なる特性を有しており、よく見れば人間と異なることがわかる様になっている。
(・・・)
一見すれば人間と変わりない小羽も、袖を捲ればイタチのような滑らかな体毛が生えており、爪も手入れを怠るとすぐに獣のように鋭くなってしまう。
本来であれば、彼はこの学校に通うべき存在であったが、義務ではないため、彼は中学からの親友と共に翡翠学園高校へ内部進学する道を選んだのだ。
この学校に通う者たちの様に、テラルスからやってきた人と似た人ならざる者たち、そしてその血縁者は、政府から「亜人種」と呼称されている。一般人の中には「妖怪」「怪物」と呼称する者もいる。
人間と婚姻し、子供が生まれた場合、世代に関わらずその子供にも高確率で種族の特性が遺伝することが知られている。亜人種及び魔力を持つ者たちの人口は、年数を重ねるごとに着々と増えていた。
ほとんどの亜人種は、体のどこかに獣の特性を有し、尚且つ特殊能力を持たない“獣人”と呼ばれる種が大半である。しかし、鎌鼬族やローレライ族のように、特殊能力を持つ種が一部存在する。そんな種族の子息を律するために「国立魔法魔術高等学校」が設立されたのだ。
国立魔法魔術高等学校一覧
第1魔法魔術高等学校(東京)
第2魔法魔術高等学校(仙台)
第3魔法魔術高等学校(京都)
第4魔法魔術高等学校(金沢)
第5魔法魔術高等学校(熊本)
第6魔法魔術高等学校(岡山)
第7魔法魔術高等学校造士館(鹿児島)
第8魔法魔術高等学校(名古屋)
さらにごく一部、強大な魔力ゆえに人間を遥かに凌ぐ力を持ち、遠大な寿命を持つ種族が存在する。照が仕える「龍神族」がその最たるものであり、小羽はそのことがどこか引っかかっていた。
「・・・照ちゃんの、大妖怪への思いは崇拝の領域だよな」
「なんだよ、急に?」
小羽が唐突に提示した話題に、宿屋は戸惑いを見せる。
「俺も普通の人間より若干長命な種族だが、『龍神族』のそれは俺たち『鎌鼬族』とは比較にならねェ。故に、長命種族と人間の関係は、一方が圧倒的に早く死に行くという悲劇に終わると決まっている。俺は素直に心配だ」
小羽は長命種族を慕う彼女の将来について、お節介だと自覚しながらも不安を抱いていた。亜人種であるからこそ、人間と向き合い続けることの難しさを知っているからだ。
「・・・分からないよ。でも、照さんの話を聞く限り、悪い人じゃないんだろう。きっと彼女が後悔しないようにしてくれると思うよ」
宿屋は普段飄々としている小羽が、彼女が迎えるであろう結末ついて真剣に考えていたことに驚きを覚えていた。
「実際は分からないぜ。長命種族なんて、人間や他の亜人種を見下している様な奴らばっかりだ。照ちゃんを便利な家政婦程度にしか思ってない可能性だってある」
「・・・!?」
長命種族はその遠大な寿命と強大な魔力ゆえに、人間どころか他の亜人種すら見下している者がいる。小羽はそのこともよく知っていた。
「・・・その時は、俺たちが全力で守るだけさ。そうだろ?」
照は彼らにとって大切な仲間である。宿屋はその仲間のためなら、全てを賭けても惜しくはないと思っている。若さ故の後先を考えない強い意志が、その覚悟を後押ししていた。
彼らの心配が杞憂に過ぎないことが明らかになるのは、後に葉瀬名龍二と出会う時のことである。
「・・・お待たせしました!」
ちょうどその時、照が教室の中から出てきた。占いが終わった様だ。彼女は2人を待たせてしまったことを申し訳なく感じていた。
「すみません、少し時間が掛かってしまいました」
「いや、全然大丈夫」
もちろん、宿屋たちはそんなことを気にする筈もない。彼の言葉を聞いて、照はどこかホッとしたような表情を浮かべる。
「・・・ちなみに、照ちゃんはどんなことを占ってもらったの?」
小羽は占いの内容について問いかけた。
「・・・フフ、内緒・・・です」
照はどこか気恥ずかしそうな表情を浮かべる。
その後、彼らは魔法魔術学校の文化祭を思う存分楽しんだ。一般的な出店や出展のほかにも、亜人種の特殊能力を駆使した舞台など、一般の学校とは明らかに異なる出し物が、彼らの心を躍らせる。
国立魔法魔術高等学校・・・そこはまさしく、人間の世界とは隔絶されたコミュニティであった。
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同日夜 神奈川県横須賀市 皇国海軍施設
横須賀の海軍施設には、日本皇国海軍 に属する軍艦が多数並んでいる。日本海軍は海上自衛隊時代よりも規模や戦力は大きく拡充されているが、艦艇・航空機運用の自動化が進んだ為、人員は横ばいである。自衛艦隊隷下に7個護衛隊群と12個護衛隊が存在する。
ステルス性を重視し、艦艇の形状は21世紀のそれと比較すると、かなり凹凸が少なく設計されている。在日米軍が撤退し、尚且つアメリカ合衆国が仮想敵国に回ってしまったこの時代、日本軍が持つ意義と役割は非常に重くなっていた。
港には軍港を見物できる海浜公園が併設されており、市民たちの憩いの場となっている。そんな人々に紛れて、2人の男が展望デッキから海軍基地を眺めていた。ちょうど外海から横須賀港に帰港する巨大艦が見えた。
「・・・あれは?」
「航空母艦『翔鶴』だな」
男の質問に、もう1人の男が答える。「翔鶴」とは「あかぎ型航空母艦」の後継として建造された「鳳翔型航空母艦」の、さらなる後継として造られた原子力空母である。
鳳翔型以降は「扶桑」の技術を流用した小型核融合炉が主機となっており、電磁式カタパルトを採用し、全長はミニッツ級を凌ぐほどの大きさを誇る。翔鶴型はネームシップである「翔鶴」をはじめとして「瑞鶴」「八雲」「雲揚」の4隻が建造されており(4番艦は建造中)、日本の海を守っている。
旧式となった「鳳翔型」については、「鳳翔」がパラオ共和国に、「大鳳」が択捉島の旧ロシア軍施設に、そして「瑞鳳」はスリランカ共和国ハンバントタ港とジプチ共和国の旧人民解放軍海軍基地の2つを拠点としていた。
その「翔鶴」の向こう側に、さらに巨大な艦が見える。全長は500mを超え、既存の皇国海軍艦艇とは明らかに一線を画す見た目をしている。
「なるほど・・・そしてあれが『扶桑』か。見事なものだねぇ」
その男はどこかナヨナヨしい見た目で、尚且つ甲高い女々しい声をしていた。一方で「翔鶴」の名前を教えた方の男は、身長が180cmを超えようかという長身で、雄々しい印象を受ける。どちらとも20代前半くらいの見た目をしていた。
「にわかには信じられないけど、状況さえ整えばあれ1隻で世界を相手にできるとか、できないとか・・・。国連やアメリカが日本を目の敵にするのも、無理はない話かもねぇ・・・」
女々しい男は「扶桑」について語る。
「・・・でも、あの艦が脅威なのは“我々”にとっても同じこと。弱者であるはずの人間共が、世界の支配者を騙るこの歪んだ現実を正すために、あの艦はどうしても抑える必要がある。・・・分かるね?」
「・・・ああ」
長身の男が頷いた。
「ああ! 嘆かわしいことに、多くの亜人種は人間の“飼い犬”に甘んじている。君の“実家”もそうだよ? 彼らは強大な力を持ちながら、それを振るわずに諏訪の山奥に篭り、差別を受ける立場に甘んじている。それはとても恥ずべきことだ・・・!」
女々しい男は大袈裟な身振り手振りを加えながら、長身の男の内心を煽るような発言を繰り返す。長身の男は拳を握り締め、憤りを沸き立たせていた。
「だから君には、きっと政府に与するだろう君の“実家”を抑えてもらう。・・・その時が来たら、くれぐれもよろしく頼むよ。葉瀬名遼一くん」
「分かっている、“夢の魔王様”。世界を支配すべきなのは、亜人種だ」
彼らは日本を支配する夢を思い描く。
人類に敵意を持つ亜人種による「反乱」が、密かに始まろうとしていた。
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鳳翔型航空母艦
あかぎ型航空母艦の後継艦として就役した原子力空母。2068年に1番艦「鳳翔」が就役した。飛行戦艦「扶桑」に用いられている“核融合パルスエンジン”や、艦載機に搭載されている“小型核融合炉”から、小型核融合炉の実用化を完成させた日本によって、世界初の核融合炉を用いた空母として開発された。全長335m。4基のリニアカタパルトを有す。現在は海外や国境地帯に活躍の場を移している。
同型艦 「鳳翔」「大鳳」「瑞鳳」
翔鶴型航空母艦
鳳翔型航空母艦の後継艦として就役した原子力空母。2090年に1番艦「翔鶴」が就役した。鳳翔型と同様に核融合炉を用いた原子力空母として開発された。全長337m。4基のリニアカタパルトを有す。
艦載機 艦上戦闘機 56機
早期警戒機 4機
哨戒ヘリコプター 13機
艦上哨戒機 4機
艦上電子戦機 4機
同型艦 「翔鶴」「瑞鶴」「八雲」「雲揚(建造中)」
次回「ミダスの手を持つ少女」




