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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第3章 横浜龍神篇
33/92

輝く夜の鎌鼬

4月22日 横浜翡翠学園高等部 文化会館2階 天文部部室


 ついに「天文部」としての本格的な活動が幕を開けた。記念すべき活動初日である本日、部室には3人の部員と顧問が集まっていた。


(・・・『お夕飯は冷蔵庫にビーフストロガノフを用意してあります。申し訳ありませんが、温めてお召し上がりください』、と)


 照は龍二にメッセージを送信する。あらかじめ分かっていたこととは言え、普段夕飯をとっている時間に家に帰らないことが、とてつもなく心地が悪かった。メッセージを送った照は、そそくさと携帯をカバンに仕舞う。

 折り畳み式の長テーブルの前に、照と小羽が並んで座っている。少し離れたところに、パイプ椅子に座った月神の姿があった。彼らの視線はホワイトボードの前に立つ、部長の宿屋に注がれていた。


「休日のところ申し訳ないですが、メッセージで予告した通り、明日夕方から早速フィールドワークを行おうと思います。場所は『海の公園』、明日の午後21時にピークを迎える『こと座流星群』の撮影を狙います」


 宿屋は「流星群」の撮影を最初の活動に定めていた。そして彼は流星群について説明を始める。

 そもそも「流星群」とは、太陽を周回する「彗星」や「小惑星」が、その軌道上に残した星屑「ダストトレイル」と地球が交差した時に起こる、一群の流星のことだ。天球の一点を中心として放射状に広がるように出現する。故にいずれの流星群も、規模は年ごとに差はあれど、基本的に頻度は1年に1回である。

 その中の「こと座流星群」とは、3大流星群に名を連ねていない、どちらかと言えばマイナーな流星群である。


「当日は午後17時に横浜駅で集合し、現地に出発します。ピークは21時なので、23時まで撮影を行います。電車の最終便もそのくらいですからね。撮影に成功した時には、校内の文化部広報板に掲示を行おうと思っています」

(・・・)


 宿屋は当日の予定を説明する。照は固唾を吞んで彼の説明を聞いていた。小・中学と基本的に放課後直帰で、休日もプライベートの外出が皆無だった彼女にとって、日が変わる間際までの外出というのは、完全に未知の領域だった。


(龍神様は笑って『気をつけてね』と、言ってくれたけれど・・・)


 照から土曜日の活動内容を聞かされた時、龍二は笑顔で深夜の外出を了承した。勿論、顧問である月神も同伴するため、それで安心したのかも知れない。しかし、当の照はどこか不安を感じていたのである。


「また、正式に部活動として認定されたため、活動記録を学園のホームページに掲載する様に依頼がありました。それと・・・新聞部より取材申し込みが来ました。・・・門真さん、新聞部は君をメインで記事を組みたいってさ」

「・・・! 私ですか?」


 唐突に名指しされ、照は思わず声を出してしまう。


「フフ、『氷の美少女』に目ざとく焦点を当ててきたわけか」


 小羽は新聞部の目論見を察していた。誰とも関わりを持とうとしない美少女が選び、そして学園随一の美形教師が顧問となった新生天文部は、上級生たちにとって噂の種だった。


「まぁ、その件については追々ね。とりあえず、明日はみんな遅れないように」

「はい」


 沈黙を保っていた顧問の月神が、まとめの言葉を口にする。この日の部活動はこれにて終了となった。


〜〜〜


4月23日・午後17時頃 神奈川県横浜市 横浜駅


 次の日の夕方、新装工事中の横浜駅西口に1人の男性が立っている。帽子を被ってはいるが、その隙間から見える余りにも端正な顔立ちに、周囲を歩いている女性たちが色めき立っていた。


(・・・しかし、月神先生、目立つよなぁ)


 その雑踏の中に、望遠鏡とカメラを担いだ宿屋の姿があった。彼は行き交う人々の注目を浴びる顧問を、遠巻きに見つけていた。

 その後、彼はどこかそわそわしている群衆を掻き分け、待ち人である月神のもとへ駆け寄って行く。


「・・・月神先生、もう来ていたんですね」

「おお、宿屋くん」


 月神は行き交う女性たちの視線を気にすることなく、部長である宿屋に気さくに話しかけた。その後、2分ばかり遅れて小羽と照が姿を現す。


「すまねぇ! 少し遅れた!」

「私も・・・少々時間を見誤りました」


 2人は口々に遅刻を詫びる。小羽は乗っていたバスの遅延で、照は家の仕事を済ますのが遅れて、僅かに遅れてしまったのだ。月神は微笑を浮かべながら、“問題ないよ”とフォローの言葉を伝える。その後、宿屋がこの後の予定について確認を始めた。


「この『横浜駅』から『金沢八景』で乗り換えて『海の公園南口』で降ります。そこで今日の午後21時にピークを迎える『こと座流星群』の撮影を狙います。正直、うまくカメラに収められるかは運次第だけど、星空撮影するだけでも良い写真は撮れると思います」


 「海の公園」とは20世紀に整備された、横浜市唯一の海水浴場である。時が流れ、22世紀になった今も、横浜市民の憩いの場として親しまれている。都市の中にはあるものの、広大な公園であり、場所を選べば街の灯もかなり避けることができると見込み、宿屋はこの場所を観測地点に選んだ。


「では・・・出発しようか」

「はい!」


 顧問である月神主導のもと、3人の天文部員が横浜駅の中へ入って行く。度重なる増築と改修によって、駅舎は21世紀のそれとは大きく変化している。空中に投影された時刻表は目まぐるしく変化しており、数多の人々が大波のように行き交う。

 東京・品川駅を起点とする「リニア中央新幹線」が開業して70年余り、地方を越える長距離移動はそちらが主となっており、横浜駅を経由する「東海道新幹線」は大規模補修を受けて生まれ変わり、日本の大動脈は2本柱体制となっていた。

 22世紀の今、「リニア新幹線」は仙台〜東京〜広島間にまで路線を拡大している。電力で走る従来の新幹線と、役割を分担しながら共存していた。


 その他の交通手段としては、自動車は電気自動車が主流となっており、自動運転が標準装備されている。地下鉄や在来線などは都市部では完全に自動化されていた。




海の公園 ジョギングコース付近


 運転手の居ない電車を乗り継ぎ、海の公園南口駅へ辿り着いた天文部一行は、観測の機材を抱えて「海の公園」にたどり着く。そして今、彼らは街の光を遮れる森の中にいた。

 部長の宿屋は三脚を設置し、その上に赤道儀と天体望遠鏡を取り付ける。さらに一眼レフカメラを設置して、そのレンズを星空に向けた。


「・・・よし、設置完了! あとは流星がカメラに掛かるのを待つだけだ」


 宿屋は望遠鏡のセットを終える。小羽は芝生の上に持ってきたレジャーシートを敷いた。さらにポータブル電気ケトルやインスタントコーヒーまで取り出していた。


「完全に・・・キャンプ気分だな」

「まだ夜は肌寒い季節ですよ、先生」


 月神は荷物の多い小羽に呆れていたが、小羽は飄々とした態度でコーヒーに口を寄せる。夜空を見上げれば、星々が煌々と輝いていた。


「・・・綺麗」


 照はぽつりと呟く。こうしてじっくりと星を見上げるのは、彼女にとって初めての経験だった。街中とは言えども、周囲の光は造設林の木々によって遮られており、それによって星々がいっそう明るく見える。

 流星観測に慣れない照に、部長の宿屋が声をかけた。


「流星を観察する時は、あちこちに視線を移さずに、一定の方向をぼんやり見ている方がいいんだよ」

「・・・そうなのですか? 分かりました」


 照はアドバイス通り、こと座が昇る東北東の方角を見つめる。すると微かな光の筋が、一瞬だけ見えた。


「・・・今の!」

「ああ、俺にも見えた」


 照が見つけた光の筋は、顧問である月神の目にも見えていた。流星を見つけた照は珍しく興奮を隠せない。


 しかし、そんな和やかな時間を邪魔しようと、不穏な人影が近づいていた。髪を染め、派手なジャージに身を包んだ、見るからに柄の悪そうな男たちが3人ほど、暗闇の中から近づいていたのである。


「真面目な翡翠学園のコーコーセーが、こんな時間に何してるワケ?」

「・・・!?」


 不意に聞こえてきた声に反応し、天文部の面々は一斉に振り返る。そして宿屋は唯一の女子である照を、咄嗟に背後へ庇った。小羽も彼らを睨みつけ、警戒心をあらわにする。不運にも月神はこの場を外しているタイミングだった。


「あれ? 可愛い子いるじゃ〜ん」


 男の1人が照の存在に気づく。彼は頭から獣耳が生え、顔にはトラを彷彿とさせる縞模様が浮き出ている。おそらくは虎の亜人である「虎人族」だろう。

 男は宿屋の背後に隠れる照の顔を覗き込む様に近づいてきた。


「ねぇ〜、ちょっとその子、俺たちに貸してくれよ?」

「冗談じゃない!」


 男は照を差し出すように迫るが、宿屋はすぐさまそれを撥ねつけた。かなりの体格差がある中、宿屋は一切怯んでいなかった。


「ただの人間のくせに逆らっちゃう? 怪我しても知らないよぉ?」


 動物の影響を受けた容姿を持つ「獣人」は、日本に住まう亜人種の中では最もポピュラーな存在だ。獣人は生まれながらに通常の人間よりも腕力が上であることが多い。男は暴力をちらつかせて宿屋を脅した。


「・・・そこまでだ。君たちも高校生だろう? どこの学校だ?」

「!」


 その時、トイレから戻ってきた月神の声が、両者の睨み合いを途切れさせる。不良たちは突如現れた長身の優男に驚きながら、彼に対しても突っかかっていく。


「アンタ、何?」

「この部の顧問をしている教師だ」

「ああ? センコー? センコーが未成年に手出していいと思ってンのかよ」


 教師なら手荒な真似はできないだろうと、不良たちはわざと挑発するような言動をする。しかし、月神は落ち着きを失わず、諫めるように口を開いた。


「望ましくはないが・・・ウチの生徒に脅迫や暴行まがいのことをしようとするなら、実力行使を躊躇する理由はないかな」


 月神は手荒な行為も辞さない覚悟だった。しかし、不良たちは月神の言葉を間に受けず、さらなる暴挙に出る。


「・・・あ? それならやってみろよ! ほらよっ!」

「キャッ!!」

「!?」


 虎人族の男が照の腕に手を伸ばし、強引に引っ張った。いきなりのことで体が動かず、宿屋は反応が遅れてしまった。照は短い悲鳴を上げる。


(まずい!)


 月神は右腕を振りかぶり、虎人族の男に向かって攻撃を繰り出そうとした。しかし、それと時同じくして、空気を切り裂く様な風音が聞こえた。


「『鎌鼬』!」

「イテェッ!?」


 その風が虎人族の不良を襲った直後、彼の断末魔が響き渡った。彼の腕を見ると、風を受けた面に沿って鋭い切り傷があった。


「クソッ! 何だ、お前!」


 虎人族の男は傷を負った左手を抑えてうずくまる。彼は風を引き起こした張本人、小羽の顔を見上げ、睨みつけた。


「・・・『人間』だけかと思ったか? 同じ『亜人種』とはいえ、お前たち『4級』の獣人なんか『2級』の俺からすれば、人間と大差ないんだぜ?」

「!!」


 小羽はそういうと不敵に笑う。彼が亜人種と知らなかった宿屋と照は、驚愕の表情を浮かべていた。


「・・・に、2級だと!?」

「そうさ、俺は『鎌鼬族』、俺の作り出す風は名刀並みに鋭いのさ!」


 小羽は自らの正体を明らかにする。彼は「外来生物・亜人法」に定められた、2級亜人種に属する「鎌鼬族」だった。

 「鎌鼬族」は日本に伝わる伝承の様に、刃物の様に鋭い風を自在に生み出し、攻撃に利用することが出来る。故に「不特定多数の他者を害する特殊能力を有する亜人種」と定義される「2級」に分類されていた。


「マ、マジかよ!」

「ど、どうする!?」


 取り巻きの2人は「2級亜人」の存在を知り、恐れ戦いていた。どうやら最初に絡んできた虎人族の男以外の2人は普通の人間の様だ。


「これ以上、ウチの姫様に何かするつもりなら、丁寧に刻んでやるよ。あとこれ、正当防衛だから」


 小羽は冷徹な顔で虎人族の男を見下ろす。その目はまさしく闇夜に潜む「妖怪」の如く、真っ黒な瞳をしていた。


「・・・クソッ! ・・・行くぞ!」

「ま、待ってくれよ!」


 虎人族の男は立ち上がると、その場からそそくさと立ち去っていく。2人の取り巻きも彼の後を追って、逃げる様にその場を後にした。


「・・・助かった」


 男たちが見えなくなるのを確認して、宿屋はホッと胸を撫で下ろした。そして3人を追い払ってくれた小羽に、お礼の言葉を告げる。


「ありがとう、まさか小羽くんが亜人種だったとは・・・」

「ああ、別に隠してたわけじゃないんだが、わざわざ言う様なことでもないかと思ってな。月神先生は知っているし」


 小羽は親しい者たちには、自分が亜人種であることを明かしている。特に言うタイミングもなかっただけで、別に隠すつもりはなかった。


「流石の命中精度だ。少しヒヤッとしたけど・・・お手柄だったね」


 小羽が放った鎌鼬は、照の腕をつかんでいた不良の腕だけを正確に撃ち抜いていた。月神はその命中精度に驚嘆する。


「俺は能力にかまけただけの亜人とは違います。鍛えてあるんですよ」


 小羽は得意げな笑みを浮かべる。亜人の能力は鍛えれば鍛えるだけ、精度と威力が増すと言われている。鎌鼬族の血を引く小羽は、能力の練磨に励むマメな一面を持っていた。


「まぁ、邪魔者も消えたことですし! 初活動の続き、やりましょうよ!」


 幸いにも望遠鏡やレジャーシートに被害はない。小羽は天体観測の継続を提案する。その時、夜空にひときわ眩い一筋の光が流れるのが見えた。


「・・・あ!」


 照は思わず大きな声を出してしまう。それは彼女の人生で初めて目にした「火球」だった。


「先生! ・・・今のは?」

「ああ、俺にも見えたよ。間違いなく『火球』だ。しかも結構明るかったね」


 月神の目にも火球が見えていた。ちなみに火球とは、流星の中でも特に明るく輝く星のことだ。照は感動の面持ちで、さらなる流星を見つけるために夜空を見上げる。


「マジかぁ! 見逃した」

「俺も・・・」


 小羽と宿屋は不運にも火球を視界に捉えられなかったようだ。


 その後、彼ら4人はレジャーシートに寝転がり、静寂の夜空を見つめる。


「・・・」


 無言で空を見上げ続ける照の目は、期待できらきらと輝いている様に見えた。その後は先ほどの火球ほどの明るさの星は見られなかったが、数分ごとに1個、また1個と夜空に光の筋が走る。

 部員たちは夢中になって、流星の瞬きを見つめていた。


(・・・天文部、悪くない・・・かも)


 最初は龍二に命令され、週1日という活動周期に惹かれて入っただけの部活だった。しかし、照は天体観測にハマりつつあった。


 この日、天文部はようやく本格的な活動を開始した。

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