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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第3章 横浜龍神篇
32/92

噂の日本史教師

4月14日・夜 神奈川県横浜市 高層マンション


 企画段階の「天文部」への入部を決めた照は、早速そのことを龍二に伝えていた。彼女は台所で食器を片付けながら、リビングのPCで資料をまとめる主に話しかける。


「・・・部活、決めました」

「・・・! 本当!?」


 龍二は嬉しそうな表情を浮かべた。その後、照は彼に事の経緯を説明する。


「正確には、まだ部として認められているわけではないんですが、『天文部』に声をかけていただきましたので、そちらにお世話になります。予定している活動日は週末だそうです」

「・・・『天文部』か、珍しいね。じゃあ週末に星空を見たりするのかな」

「まぁ・・・おそらく」


 照としては特に天文学に興味があるわけではなく、活動日が週末だけという点に惹かれただけだった。故に彼女は活動内容そのものには興味はなかった。


「じゃあ・・・」

「・・・活動日の分のお夕飯は、ちゃんと作り置きしておきますから安心してくださいね!」


 “君が帰れない日の夕飯とかは、俺が作るから心配しないで”・・・龍二がそう言いかけた時、照は先手を打ってそれを阻止した。彼女はあくまで、家の仕事は全て自分がやるつもりだった。


「あ、ああ。分かったよ」


 龍二は特に言い返すことなく、彼女の言葉を受け入れた。いずれ、高校での交友関係が広がれば、向こうから家事分担を言い出してくるだろうと思ったからだ。


〜〜〜


4月15日 横浜翡翠学園高等部


 翌日、新たな部活を作ることを決めた宿屋奏太は、再び職員室を訪れていた。学年主任である讃岐慎吾にその旨を伝えていた。


「本当に部活を作るのか? まあ、止めはしないが」

「はい、それで・・・顧問の先生になってくれそうな先生は居ませんか?」


 宿屋は新しい「天文部」の顧問になり得る教員の当てについて、讃岐に問いかけるためにここへ来ていた。質問を受けた讃岐は、候補になりえる教員の顔を思い浮かべる。


「・・・月神先生は? 確か、今はどこの部の顧問もしてないはずだから」

「つ、月神先生・・・ですか?」


 一瞬だけ、宿屋の表情がこわばる。その顔を見て、讃岐は首を傾げた。


「ん? どうした、月神先生じゃ嫌か?」

「・・・あ、いえ。そういうわけでは」


 宿屋は咄嗟に取り繕う。だが実際のところ、彼は月神に苦手意識を持っていた。

 常にもの静かで穏やかな雰囲気を纏わせ、非常に端正な容姿をしながらもそれを鼻にかけることなく、誰に対しても優しく接する。そんな月神は生徒間だけでなく、教員の中でも評価の高い男だった。しかし、宿屋は彼の目の中に、何か人間離れしたものを感じていたのである。

 その時、ちょうど月神が職員室へ入ってきた。


「あ、月神先生! ちょうど良かった」


 その姿を見つけた讃岐が、彼に向かって声をかけた。気づいた月神が讃岐のデスクへ歩み寄ってくる。そして讃岐は、宿屋が新しい部活を立ち上げること、そしてその顧問を探しており、可能ならば月神に引き受けて欲しいことを伝える。


「・・・顧問? 俺に?」

「そうなんですよ、どうでしょう?」


 讃岐から打診を受けた月神は、当事者である宿屋に視線を向け、彼にいくつかの疑問を尋ねる。


「君の希望だね? 他の部員は当てはあるのかな?」

「門真さんが・・・入ってくれることになってます。他にはまだですけど・・・」

「・・・門真さんが?」


 月神は門真の名前を聞いて、少しだけ驚く様子を見せた。間を置いた後、彼は微笑みを浮かべて口を開く。


「分かった、良いよ。顧問、引き受けよう」

「・・・ほ、本当ですかっ!? ありがとうございます!」


 月神は天文部の顧問になることを承諾する。宿屋は驚きで目を見開いた。湧き上がる喜びを抑えながら、勢いよく頭を下げる。


「うん、よろしくね」


 月神は右手を差し出す、宿屋はその手を自分の右手で強く握り返し、2人は固い握手を交わした。しかし、月神にはある目論見があった。


(・・・まさか、あの『龍の眷属』を間近で監視する機会を得られるとはね)


 彼は照の事実上の保護者である龍二の素性を知っていた。彼は心の中で、龍神の青年に心酔し、従属する少女を「龍の眷属」と言い表した。

 月神葵・・・政府によって隠匿され、政府の切り札として重宝されている「吸血鬼族」の片割れである彼のもとには、時折、政府より警戒対象の亜人種に関する情報がもたらされることがあるのだ。


「部室に関しては、俺から学園の方に掛け合ってみる。文化会館には空き部屋がいくつかあるから、問題ないだろう。で・・・部長は君で、副部長は門真さんでいいのかな?」

「・・・は、はい」

「分かった。部室の都合がついたら、また会おう」


 この日の話はこれで終わった。


〜〜〜


4月18日 横浜翡翠学園高等部


 さらに3日後、晴れて「天文部」の顧問となった月神は、昼休み時間に宿屋と照に召集をかけていた。場所は職員室の一画にある小会議室であり、折り畳み式の長机を挟んで、宿屋と照が月神と向かい合うにして座っている。


「部室だけど、文化会館の2階にある空き部屋を使えることになったから。それと・・・」


 月神は部室の目処が立ったことを2人に伝えた。さらに追加の報告事項があり、彼は発言の途中で小会議室の出入り口に目配せする。するとタイミングを見計ったように、開け放たれた扉の向こう側から、1人の男子生徒がひょいと姿を表した。


「ウィーッス! 俺、A組の小羽星太郎! 一応、入部希望ね。月神先生が顧問やってるって聞いて、何だか退屈しなさそうだと思ってさ」

「彼は1年生なんですが、中等部からの内部進学生でね。俺とは顔見知りなんだ。こう見えて、意外と天文学への造詣も深いから、宿屋くんにとっても頼りになると思うよ」


 内部進学生である小羽は高校1年生でありながら、体育祭の実行委員会などで、高等部教諭であると月神とすでに顔馴染み同士になっている。

 月神が新しい部活の顧問、正しく言えば顧問の定年退職によって廃部となった部の新たな顧問になることを話した時、小羽は迷わずその部に入ることを決めたのだ。


「へぇ、月神先生の知り合いなんだ。俺はB組の宿屋奏太、よろしく」

「B組の門真照です、よろしくお願いします」


 宿屋と照は紹介された新入部員に自己紹介をする。彼らは小羽に対して、少し軽薄そうな印象を抱いていた。


「小羽くんは何でこの部に入ろうと? 中学では何かしてなかったの?」


 宿屋は小羽に入部した理由を問いかける。


「さっきも言っただろ? 月神先生とクラブ活動したいってのと、所謂天文学ってのにも興味はあるのと。それにもともと、中等部では帰宅部だったし・・・あと、噂の『氷の美少女』と同じクラブに入れるなんて、ラッキーじゃん!」

「!」


 小羽自身は入部に関して、月神と共に居ると楽しそうというフワフワした動機しかなく、特に確固たる理由があったわけではなかった。


「でも・・・入ったからにはちゃんとやるべきことはやるぜ。実際、父親の影響で小さい頃に天体観測やってたこともあるしなぁ。ま、取り敢えずよろしく!」


 小羽はそういうと、宿屋に向かって右手を突き出した。


「・・・ああ、よろしく!」


 宿屋はその手を握り返し、2人は固い握手を交わした。斯くして、「天文部」は顧問と部室、そして新たな部員を獲得したのだった。自己紹介を終えた小羽に続いて、顧問となった月神が口を開く。


「確か・・・活動は週末って話だったね。とりあえず、最初の活動日は今週金曜日の22日放課後。活動内容は部長である宿屋くんが考えておいてね。まあ、道具も何もないから、最初は座学からかな? 門真さんは天文学に関して素人みたいだし・・・」

「はい、でも・・・お話を聞いても正直、興味を持てるかどうか」


 雑学が豊富な倫理・日本史教師と、かつて天体観測に熱中していた元サッカー少年、そして星空に関する造詣が深い父に影響を受けていた元帰宅部、そんなメンツが集まっている中、照は天文学に関して全くの素人だった。

 天文学は彼女にとって全く未知の事象であり、興味を持てる自信がなかったのだ。


「・・・皆が毎日受けている学校の授業科目は、それに興味を抱いて受けているわけじゃないでしょう。それであっても、生徒というのはそれぞれの科目に関して大体のことを覚えるし、その中で得意科目、苦手科目を見出し、中には将来の進路を決める一助とする人もいる。

まあ、最初に興味があるかどうかは、あまり問題じゃないということさ。いずれ、知識が増えれば知りたいことが出てくる様になるよ」

「・・・そういうものなんでしょうか」


 照は首を傾げる。続けざまに、部長である宿屋が口を開いた。


「・・・最初の活動だけど、月神先生の言う通り、最初は座学・・・というより今後の打ち合わせをしようと思います。日時は22日の放課後、文化会館の部室でしましょうか。これから1年間の予定とか目標とか、俺ももちろん考えてきますけど、何かアイデアがあったら提案、お願いします」


 宿屋は最初の活動予定を予告する。おおよその話がまとまり、顧問である月神は満足げな表情を浮かべる。


「じゃあ、今日は解散で。また金曜日に集まろう」

「はい」


 時計を見ると休み時間の終わりが迫っていた。宿屋と照、そして小羽は椅子から立ち上がると、月神に一礼して職員室を後にする。


「じゃあ、俺、次は移動教室だから」

「ああ、またな」


 照と宿屋は授業が異なる小羽と途中で別れ、1年B組の教室へ戻る。並んで歩く2人の姿を見て、男子生徒が少しだけざわついた。

 2人はそれぞれの椅子に座る。すると、端を開いたかの様に、宿屋と仲良くしている男子2名、中学からの同期である泉川と山縣が彼の机へ集まってきた。


「・・・おいお前、いつの間にあの『氷の美少女』と並んで歩ける様な関係になったんだよ?」

「べ、べつにいいだろ」

「いいや吐け。納得いくように説明しろよ」

「・・・あ〜、実は」


 2人は宿屋が話をはぐらかそうとするのを許さず、問い詰める。観念した宿屋は、自分が新しい部活を立ち上げたこと、そして彼女を誘ったらまさかのOKを貰えたことを説明した。


「ええ〜!! 何だよそれ!?」

「お前、女子に対してそんなにアグレッシブな感じだったか?」


 泉川と山縣はブーイングを浴びせた。


「いや、邪な動機は・・・ないとは言えないけど、門真さんは家のことが最優先事項みたいだから、お前らが期待する様なことにはならないって!」


 鼻息を荒くする2人に対して、宿屋は必死に弁明する。そうこうしているうちに、5時間目の数学を担当する教師が教室へ入ってきた。宿屋はホッとしたため息をつく。


「・・・おい、話はまだ終わってないからな」

「放課後、逃げるなよ」


 泉川と山縣は尋問の継続を宣言した。宿屋はたまらず頭を抱え込む。


〜〜〜


4月20日 学園高等部 学食


 18日の放課後、級友からの容赦ない尋問にかけられた宿屋は、事の経緯を大体話してしまった。元より隠すようなことでもなかったものの、彼の予想以上に反響が大きかった。特に、月神を顧問として迎えたことは、女子生徒の間で大きな話題になってしまったのだ。


「いいなぁ、あの月神先生が顧問なんて・・・」

「・・・そうねぇ、私も入部決める前だったらなぁ」


 B組に属する幾人かの女子生徒が、学食の一画にて、1つのテーブルに集まって話をしている。この時、すでに部活勧誘期間は終わり際であったため、大体の1年生はすでに入部する部活を決めた後だった。


「それより、あの門真さんが入ってるのが驚きだよね」

「誰にも連絡先を教えない様な人が、部活入るなんてね〜」


 変わらず友達というものを作りたがらない照は、同じ部活動の仲間となった宿屋と小羽、月神には流石に連絡先を教えていた。しかし、他の生徒たちとは必要最低限の接触しかなく、壁を作ったままだった。


「まさか・・・月神先生狙い、とか?」

「!」


 1人の女子が邪推を口にする。実際には、照が入部を決めたのは月神が顧問になる前のことだったので、そんなことはありえないのだが、事情を知らない彼女たちにはそれを知る術はない。


「フ〜ン、なるほどね。金持ちイケメンの愛人しながら、美形教師までキープしようとする、清楚そうな顔してとんだビッチだったわけね」

「!」


 集まっている女子生徒の中には、照のことを異常に敵視する者がいた。彼女は照につきまとう噂を事実と見做し、さらに仲間が口にした根拠のない邪推から、照のことを罵倒する。

 彼女の名前は東崎鈴美、この高校の1年生として入学した気高き「ローレライ族」の血を引く少女である。


「ちょっと、鈴美。さすがにそれは言い過ぎじゃ・・・」

「何? 何か文句あるの?」

「いや・・・」


 女子生徒の1人が東崎の発言を諌めようとするが、気が強い彼女の言動には迫力があり、強く言い出すことができない。


「そうよ、鈴美の言う通りよ!」

「あの女、マジでムカつくよね! お高くとまってさ!」


 その上、グループ内の幾人かは彼女の発言に同意しており、一緒になって照を罵倒し、ケラケラと笑っていた。


 東崎にはこの学園に気になる人物が2人居た。

 1人は月神葵、この高校に勤める若き倫理・日本史教師である。その中性的で余りにも整った顔立ちから、女子生徒の憧れの的となっている。恋人がいるという話はないが、姉と2人で暮らしており、その姉も人並外れた美貌の持ち主だという。


 もう1人は門真照、こちらも整った顔立ちをしており、男子から密かに人気だが、誰にも連絡先を教えることはなく、放課後は若いイケメンと共に高級車に乗ってさっさと下校してしまうため、一部からは援交女呼ばわりされ、すこぶる嫌われていた。

 東崎は後者、照のことを敵視する派閥の一員だった。同時に、照が月神に近づく様な素振りを見せたことで、その嫌悪感に一層拍車が掛かっていたのである。


(まあ、アイツが調子に乗るのも今のうち。私の『歌』の力で・・・あの美形教師を下僕にして、いつかはあの金持ちイケメンも奪って・・・あの気取った腹黒女を絶望させてやる!)


 東崎は歪んだ笑みを浮かべていた。

 道理を欠いた理不尽な悪意が、始動したばかりの「天文部」に襲い掛かろうとしていた。

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