大妖怪「龍神族」
時は「22世紀」、場所は「横浜」・・・これはある人間の少女と最強妖怪の子、そして彼らを取り巻く亜人たちが巻き起こす騒動を描いた物語である。
2112年4月2日 神奈川県横浜市
「亜人種」・・・それは日本国内に住む人ならざる知的生命の総称であり、日本国内には移住者及びその血縁者を合わせて、およそ12万人、公式には79種の亜人が存在する。
亜人種にはその「危険度」によって5階級の等級が付けられており、最上級である「1級」、すなわち「国家を揺るがすほどの力を有する亜人種」として認定されている種が3種存在する。その中で日本国内に存在している(と公式に発表されている)のは、「龍神族」と呼ばれる種族のみであった。
日本国内における「龍神族」は、1人の“実業家”と1人の“龍神族の女性”に端を発する。かつて日本列島が異世界に転移していた頃、異世界でのプランテーションで財を成した実業家が亜人大陸に滞在していた時、ある見目麗しい女性と出会った。
紆余曲折あって、女性は1人の男児を出産した。その後、日本列島が地球へ帰ることが発表された時、女性は異世界に残ることを選んだが、「日本」という後ろ盾を失った我が子が、一族に迫害されることを恐れ、身を切る思いで子を男に託したのだ。
息子と共に日本へと帰った実業家は、日本列島が地球に帰還した後、異世界で築いた資産を元手に、甲信越地方を拠点として「無人化大規模農業」を推し進める事業を興した。彼は地球での食料自給体制の確立を急ぐ日本政府や、他の企業からの支援・協力を取り付け、「一大農業企業」を作り上げたのだ。
そして、彼は息子に事業を託すと同時に、前述の企業を母体とした“あるコミュニティ”を設立した。それは、息子と同じような境遇の“長命種族”や、人間社会に馴染めない亜人種を集めたものであった。彼は通常の人間とは異なる長い長い時間を生きる息子の運命に想いを馳せた時、人間社会から隔絶された「もう1つの社会」の必要性を感じて、それを作り上げたのだ。
そのコミュニティは「龍王の里」と呼ばれ、政府公認のもとで長野県諏訪市に所在している。コミュニティは実業家の血を引く「龍神族」の血縁者・・・「葉瀬名家」による家族経営で運営され、里長は企業の会長を務める“息子”が現在まで兼任している。
里の中では「龍神族」の者たちは「龍神様」と呼ばれ、日本最強の亜人種として崇拝の対象の様な扱いを受けていた。そして葉瀬名龍二・・・彼はそんな一族に生まれた「龍神族」の青年であり、会長兼里長の孫に当たる人物であった。
「・・・」
彼は今、21歳の大学生が乗り回すにはおよそ相応しくない高級車で高校の正門前に乗り付け、校内から出てくる誰かを待っていた。正門から続々と出てくる生徒たちは、彼と彼の車の存在に気づいてちらちらと覗いている。
日付は4月2日、桜吹雪が舞う新生活の季節だ。そしてこの高校でも昨日、入学式が執り行われ、新入生たちにとっては高校生活2日目の終わりとなっていた。太陽はすでに西へ傾き、子供たちに帰宅を促す町内放送が鳴り響く。それに混じって奇妙な文言も流れてきた。
『有翼種族の皆さんは、午後5時以降の飛翔は控えましょう』
ここ横浜はどういうわけか、他の地域よりも飛翔能力を持つ種族とその末裔の居住率が高い。故にこんな注意放送も流れることがあるのだ。
「月神先生! さようなら!」
「うん、気をつけて」
夕焼けが街並みを染める中、生徒たちは続々と帰路についている。正門前に立つ若い男性教師が、手を振ってきた2人の女生徒を見送った。生徒たちの中には、人ならざる異形を持つ者も何人か混じっている。
「・・・」
龍二は腕時計を見ながら、待ち人が校内から出てくるのを待つ。すると帰路につく群衆の中から、長髪を棚引かせる1人の少女が彼のもとへ駆け寄って来た。
「龍神様!」
「・・・照」
門真照・・・彼女は龍二を「龍神様」と呼び慕う、高校1年生の少女である。日本最強の種族と人間の少女が交流を持つ理由、そのきっかけは龍二が高校1年生、照が小学4年生の頃に遡る。
・・・・・
・・・
・
6年前、龍二は母親である詩穂梨や周囲の薦めもあり、故郷である「龍王の里」から横浜の高校へ進学した。しかし、魑魅魍魎が暮らす得体の知れないコミュニティからやってきた龍二に対して、同級生たちが向ける視線は厳しく、彼はいじめの対象とされてしまったのだ。担任の教師すらも、彼のことを気味悪がり、いじめを黙認する始末だった。
今であれば、種族の力を駆使して人間を返り討ちにすることなど容易いが、人間の血が混じった亜人種はその特性・能力が顕現するまで15年前後の時間を要する。故に、多勢の悪意に晒された龍二には、それらに争う術が無かった。
思い返せば学校の校長・教頭、もしくは教育委員会などに相談するという手もあったのだろうが、思春期故のプライドか、母親に心配をかけたくないという心理が働き、相談もできないでいたのである。
「・・・」
龍二と照が出会ったのは、夕暮れの河川敷だった。その時、照は見窄らしい衣服に身を包んでいた。彼女は貧しい母子家庭に育ち、母親からネグレクトを受けていたのである。さらに父親に認知されておらず、母親はとうの昔に両親と絶縁していたため、頼れる親類も居なかったのだ。
明らかに周囲から浮いていた照は、当時の龍二と同様にいじめの対象となっていた。そしてこの日、彼女は河川敷に連れて来られていた。
「こいつ、父親に捨てられたんだぜ!?」
「止めて! ・・・止めてよぉ!」
「キャハハ! おい、雑菌が何か言ってるぞ!」
「愛人の子!」
「・・・!?」
ボロボロになった制服で、呆然と河川敷の芝生に座っていた龍二は、男子生徒に囲い込まれ、罵声と暴力に晒されている照を見つけた。自分に自信を失っていた龍二は最初、その光景を見てオロオロすることしかできなかった。
しかし男子らの悪ふざけはさらにエスカレートし、照のランドセルを川に向かって放り投げ、さらに彼女の服を脱がせようとした。多勢に無勢、碌に抵抗もできない照は、両目から大粒の涙を流し始める。
「イヤッ! ・・・イヤだ!」
「!!」
その瞬間、龍二の心に激情が沸き上がった。全身を毛羽立たせ、彼女らの元へ駆け寄った。その時、彼の体に変化が起こった。
「グルルルッ・・・!」
口が裂け、目が釣り上がり、手足がバキバキと音を立てて姿形を変えていく。そして弱々しく傷だらけだった彼の体は、輝かしい紺碧の鱗に覆われた「龍」の姿になっていた。
「・・・ウワアアァッ!!?」
その場に居た悪ガキ共は、突如として現れた怪物に恐れ慄き、言葉を失ってしまう。龍神と化した龍二は吐息を放ちながら、彼らに警告を放った。
「立チ去レ! ソノ娘ニ手ヲ出スナ!」
「・・・ヒィッ!」
悪ガキたちはガタガタと震え上がる。そして小便でズボンが濡れたことを気にする余裕もなく、抜けた腰を無理矢理引き起こして、這々の体で逃げ出した。
「ご、ごめんなさい!! た、助けてえぇ!!」
「キャアアァッ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出すいじめっ子たち、そんな彼らの情けない後ろ姿、そして突如として現れた「龍」・・・幼い照は自分を救ってくれた龍を、ぼうっと見つめていた。
龍二は元の姿に戻ると、地面の上に尻餅をついたままの照に話しかける。
「・・・大丈夫か?」
「は、はい」
こうして龍二と照は出会った。龍二にとって、彼女は龍の血を目覚めさせるきっかけとなったのである。
その後、龍二へのいじめについては、結局母親の耳に入るところとなった。彼女はすぐさま理事長と校長に面会し、加害者生徒といじめを黙認した教師への処分を要求した。学校の体育館・講堂の修繕費として2000万円を寄付する用意があることをちらつかせたところ、理事長と校長は地面に這いつくばう勢いで謝罪し、全ての要求を飲んだという。
いじめを黙認していた教師は、それから1週間後には学校から居なくなっていた。いじめを行った生徒に対しても、有無を言わせず退学処分が下った。一度、逆恨みした加害者生徒が龍二を襲撃してきたことがあったが、龍の力を得ていた彼はそれを鎧袖一触で返り討ちにした。それが問題にされることはなかった。
結果として母に救われた龍二は、彼女に謝意を伝えた。それと同時に1つだけ、一生のお願いとして“ある我儘”を懇願したのである。
その際、龍二は祖父より、龍の血を引く者に付き纏う運命について、こう告げられた。
『我が血筋として生まれた以上、龍の血の顕現は避けられぬ運命。一度、龍神の力を手にした時は、人としての生き方を変えろ』
・
・・・
・・・・・
それから6年後、龍二は21歳の大学生、そして照は高校1年生になっていた。200万円と引き換えに母親から離され、葉瀬名家に引き取られた照は、龍二と共に暮らしている。葉瀬名家の財力の下、まともな暮らしを手に入れた照は、見窄らしさが消え去り、非常に見目麗しく育っていた。
「食事を作ります。今日はアヒージョを作ろうと思って」
帰宅早々、照はカバンを置いて制服のまま台所へ向かう。龍二の家は高層マンションの一室であり、こちらも普通の大学生が暮らせるような住まいではない。彼の実家が有する財力を誇示するかの様であった。
エプロン姿の照が料理を行う傍ら、龍二は大学から持ち帰った課題をこなしていた。程なくして食卓に食事が並ぶ。どれもこれも、まるでレストランで並ぶ料理の様に美味しそうだった。
2人はテーブルに座ると、向かい合って手を合わせる。
「いただきます」
「はい、いただきます」
2人は食事を始める。照の料理は見た目に違わず絶品で、龍二は思わず笑みをこぼした。そんな彼の様子を見て、照もニコニコと笑う。
「龍神様、美味しいですか?」
「ああ、美味しいよ。照はやっぱり料理が上手だね」
龍二は裏表のない率直な感想を伝えた。それを聞いた照は満面の笑みを浮かべる。
「明日は何を作りましょう? ご希望のものを、照は何でもお作りします」
「・・・え、ああ。・・・そうだな」
夕食の献立の希望を聞かれ、龍二は返答に困ってしまう。
「・・・照が作ってくれたものなら、何でも良いよ」
「フフ、わかりました。私はお風呂の用意をしてきますね」
「ああ」
照はそう言うと、一足先にテーブルを立ち、流しに食器を置いた後に風呂場へ向かう。この家の家事はもっぱら彼女が行っており、炊事や洗濯、風呂の用意、広い家の掃除・整頓に至るまで、自分自身も学校に通う中、少ない時間で非常に手際良くやっていた。
程なくして風呂が沸く。照はリビングで大学の研究課題をまとめている龍二に声をかけた。
「お風呂の用意ができましたよ。ついでにお部屋のベッドシーツを替えておきました」
「あ、ああ。ありがとう」
龍二はお礼を伝えると、パソコンを閉じて、促されるまま浴室へ向かう。そして湯船に浸かりながら1日の疲れを癒していた。
(・・・)
彼は湯船に浸かりながら考え事をしていた。それは他でもない、唯一の同居家族である照のことだった。
家事を率先してこなす彼女は、それ故に中学で部活や課外活動を一切せず、私用の外出もほとんどしなかった。龍二は家事の分担を再三申し入れてきたが、当の本人は頑として譲らず、学校での友人関係が歪むことなど気にも留めていなかった。
いじめはなかったものの、中学での3年間は実際に浮いてしまっていた様であり、龍二はそのことを非常に負い目に感じていたのである。
(このままじゃ、中学の二の舞だ。彼女には普通の青春時代を送って欲しいし、何より・・・高校一年の女の子に何もかも世話を焼かれて、それに頼り切っている今の自分が・・・恥ずかしい!)
そしてもう1つ、彼が照の家事負担を減らしたい理由、それは無自覚系ダメ男製造機と化した彼女に、順調にダメ男にされつつある自分に危機感を抱いているからであった。
龍二は照に友達を作らせるための手立てを思案する。
(・・・部活に参加させて学校での時間が増えれば、友達もできる。それに・・・贔屓目抜きでもあのルックスなら・・・彼氏もできるだろう。・・・彼氏、か)
拾われた恩返しなのか、照は異常と言えるほどの献身と忠誠を、龍二に対して向けている。そんな彼女が、果たして他者に気持ちを向けられるだろうか。そんな不安が龍二の脳裏によぎる。同時に、彼女に恋人ができることを想像した時、どこかモヤモヤするものを感じていた。
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長野県諏訪市 龍王の里
「龍王の里」・・・そこは、異世界テラルスから移住した長命種族と、その子孫が暮らす政府公認のコミュニティであり、龍二の故郷である。龍の一族が暮らすその「本殿」は、さながら大名屋敷のような古風な造りになっており、22世紀に暮らしながら、まるで明治時代の様な雰囲気と時間が流れている。
「・・・龍二は、まだあの人間に執心しているのですか?」
その本殿の一室、里を治める者たちの私室に2人の人影があった。その中の1人、30歳くらいに見える女性が、もう1人の男に話しかけている。男の方も30歳くらいの外見をしていた。だが、彼らも龍二と同じく龍の血を引く者たち、その齢は軽く70年を超えている。
「最近は連絡もないが、フフ・・・まぁ、そうなんだろう。捨て犬の1匹や2匹、囲うことなど特に気にすることでもあるまい」
男は照のことを捨て犬と表現する。ここで暮らす種族にとって、社会的地位もない人間は下等種族であり、貧困家庭に育ち、特筆すべき血筋もない照は“拾ってやった子犬”に近しい存在だったからだ。
「・・・次の夏には帰ってくる。その時にまた話をしよう。可愛い孫と」
男は龍二のことを孫と呼んだ。男は彼と再会する日を楽しみにしていた。
・・・
「外来生物・亜人法」指定1級亜人
龍神族
“公式に公表されている亜人種”の中では最強と謳われる種族。日本国内に1家系・7名存在する。その名の通り龍の姿に変化することができ、その荘厳な姿から他種族からは「大妖怪」と称される。寿命は800〜900年と言われている。当人たちも日本最強の自負から気位が高い者が多く、時に他種族を見下す言動をすることも。日本最大の農業企業の経営者一族でもある。
吸血鬼族
全生命の中で最高位に立ち、「現世の悪魔」「神の眷属」などの異名で恐れられている真の最強種族。非公開だが日本国内に1家系・2名が確認されている。変幻自在な肉体と脅威的な再生能力、圧倒的な魔力と戦闘能力を持ち、寿命は3、4千年、一説では5千年を越えると言われる。日光以外の弱点は存在せず、さらに血を吸った相手を人間・動物関係なく、“生きた屍”として忠実な下僕にすることができる。この力は伝染性を持ち、屍に襲われた者は同じ屍と化す。
エルフ族
精霊を使役する「精霊魔法」を扱える唯一の種族。非公開だが日本国内に1名のみが確認されている。争いを好まず、基本的に心穏やかで従順な種族だが、本気で戦闘を行えば凄まじい魔法能力と身体能力を発揮する。潜在能力は全く未知数である。




