東京万国博覧会 World Expo 2100, Tokyo
近未来SF✖️魔法ファンタジーの混沌に落ちた日本国!
2100年10月27日 日本皇国 静岡県 駿河湾沖合
時は21世紀の最終年、アジアの東の果てに爛熟の極みとも言うべき繁栄を謳歌する国があった。その国の名は「日本皇国」、世界最古の歴史を誇る皇朝を頂く立憲君主国である。
東海道から望む海、「駿河湾」の遙か沖合に、小さな島と見紛うほどの巨大なメガフロートが建設されている。そのメガフロートの上には近未来的なガラス張りの建造物が立ち、メガフロートの沿岸部には数多の巨大な船が停泊する為の港湾施設が建設されていた。
『間も無く『東京』……『東京』。長距離の移動、お疲れ様でした。お忘れ物の無い様にご注意ください……』
上空から飛来した1隻の巨大船がゆっくりと洋上に降り立ち、白波を立てながら海面に着水する。そして船は「東京港」の12番バースへ接岸した。主機関である小型核融合炉が稼働を停止し、右舷の扉が一斉に開いてタラップが降ろされる。この巨大洋上港湾施設は、地球と宇宙を往来する再使用型宇宙往還機が離発着する為の宇宙港湾なのだ。
そして月の都を出発し、半日を掛けて地球へ飛来したその船の一等船室から2人の男が降りて来た。
「やっと着いたか」
「ああ……だが、何とか間に合った」
2人の男は久しぶりに地球に足を付ける。大きなキャリーケースを持って宇宙船を降りる彼らの名は拾圓道雄と瀬名静三、日本の警察庁から月面都市の治安維持機関に出向していた警察官だ。出向期間を終えた彼らは、日本国内で用意されたポストに就任する為、此処へ戻って来たのである。
「早速だが俺は東京へ向かう。お前は?」
「俺は明日。だからそれまで此処のホテルでゆっくりしておくよ」
拾圓は腕時計を眺めながら瀬名に問いかける。瀬名は大きく背伸びをしながら答えた。その後、2人は到着ロビーで別れ、拾圓は東京へ向かう船に乗るために船着き場へ、瀬名はメガフロート内に併設されているホテルへ向かった。
21世紀末、人類の宇宙開発は同世紀の初頭に予測されていたものよりも遙かに早く進んでいた。21世紀の中頃、宇宙開発のスピードを大きく加速させ、それを一気に現実世界のものとする“偉大な発展”が日本国で起こったからだ。それは“重力子とその阻害方法の発見”、そして“核融合を含む未来的な原子力技術の実用化”である。
その他にも、他の惑星の土壌という過酷な環境下で育成し、光合成を行う遺伝子操作植物、宇宙と大気圏を往来出来る輸送機・戦闘機など、何処から手に入れたのかも定かでは無い代物を駆使することで日本は月面に進出し、さらに火星の開発計画をも進めていた。宇宙航空研究開発機構は「宇宙開発省」として発展的解消を遂げ、今やNASAを追い抜いて世界の宇宙開発をリードする存在になっている。
さらに日本政府はこれらの技術を門外不出とすることで、宇宙開発事業を独占的に進めている。また、政府は月面や地球近傍小惑星に存在する手つかずの鉱物資源を、”将来の生命線”と位置づけて研究・開発を行っていた。よって地球外の天体に建設された基地や都市は、全てが日本皇国によって建設されたものであり、全てが同国の管理下に置かれているのだ。
・・・
同日 東京都千代田区 警察庁
瀬名と別れた拾圓はその日の内に「東京宇宙港」から東京へ到着し、同日の夕方に警察庁庁舎を訪れていた。彼は国家公務員第弐種試験を合格して警察庁に入庁した準キャリアと呼ばれる“警察官僚”である。出世コースの通過点として、月面主都の警察本部に出向していた拾圓は帰国後、警部に昇進した後に警視庁の係長ポストに就任することが決まっていた。
「失礼します!」
拾圓が緊張の面持ちで入ったのは警察庁刑事局長の部屋である。扉を開けるとそこには、刑事局長の中原宏大が椅子に座って待っていた。
「やあ、来たか……半年間の地球外勤務ご苦労、早速だが次の辞令を渡そう」
中原はそう言うと1枚の書類を拾圓に手渡す。そこには以下の短い一文が書かれていた。
「拾圓道雄、上記の者、警部へ昇進とし、警視庁刑事部捜査第4課7係係長に任命する」
(……捜査四課?)
辞令の内容を読んだ拾圓は首を傾げる。月の主都に出向する前には、金銭犯罪や知能犯罪を取り扱う捜査2課に配属される予定だと聞いていたからだ。
「2週間程前、そこの係長だった千歳薫警部が殉職したんだ。その後釜として君に白羽の矢が立ったという訳」
中原は予定が変わった事情を説明する。
「分かりました! 全身全霊で職務に就く所存であります!」
「うん、期待しているよ……」
拾圓は敬礼を以て辞令を受諾する。その後、警察庁を後にした拾圓は自宅へ戻り、翌日の出勤日に向けてつかの間の休息を取った。しかし、後に国家を揺るがす大事件に直面することになろうとは、彼はこの時、予想だにしていなかったのである。
〜〜〜〜〜
10月28日 千代田区桜田門 警視庁
「警視庁刑事部」、そこは東京都内で発生した刑法犯罪に対する捜査を行う部署である。その中で2042年に新設された「警視庁刑事部捜査第4課」は“魔法・亜人事件担当”、すなわち亜人やその血縁、及び魔法による犯罪を担当する課なのだ。亜人や魔法が関わっていれば、凶悪犯罪や組織犯罪、知能犯罪であれ全ての案件に対応する。
全ては今から60年前の2040年、日本国が異世界から地球へ帰還した日に、異世界の住民たちを日本列島諸共地球へ連れて来たことに起因していた。魔法や亜人による犯罪が現れ始めた時、日本政府は初めてそれらに対処する為の専門機関を設立した。それが“捜査4課”なのである。
「今日は新しい係長が来る日ね〜」
「準キャリアの若造なんだろ? 大丈夫かなぁ……」
「そんなこと言って……無駄にいじめないでくださいよ?」
「どうせ何時までも居る訳じゃない。半年経ったら警察庁に帰るそうだ」
その捜査四課を成す係の1つである“凶悪犯捜査・第7係”は、魔法と亜人が関与する殺人、傷害、性犯罪を担当する部署である。係長の殉職によって長らくそのポストが空いていたが、今日ようやく新しい係長が警察庁から出向することになっていた。職員たちの話題は新しい係長に関することで持ちきりだった。
程なくして段ボール箱を抱えた若い男がオフィスに入ってくる。7係の面々は椅子から立ち上がり、係長のデスクに向かうその男を折り目正しい態度で迎え入れた。若い男は段ボール箱をデスクの上に置くと、自分の方を向いている職員たちに対して言葉を発した。
「本日付でこの7係の係長に就任しました、拾圓道雄と申します。短い間ですが、皆さんと良き関係を築きたいと思っていますので、宜しくお願いします」
捨圓はそう言うと新しい部下たちに向かって頭を下げる。無事に挨拶を終えた彼は、ほっと胸を撫で下ろした。そんな彼の下へ1人の職員が近づいて来る。
「ようこそ7係へ、私が主任の多村誠四郎です。就任早々申し訳ありませんが、係長……早速行きますよ」
多村誠四郎と名乗った彼は7係の主任を勤める警部補だ。外見は30代中頃の普通の青年に見えるが、彼の素性は亜人の一種である“百目鬼族”のハーフである。身体の至る所に“目”を出現させ、またそれらを遠隔で飛ばすことが出来る。
「行くって……何処に?」
「決まっているでしょう……万博会場ですよ」
日本はある国際イベントの開催を控えていた。警視庁は現在、その警備計画の為に人員を割いており、捜査4課も“魔法・亜人による犯罪”の担当として警備計画に参加していたのである。その後、2人は東京湾の洋上に位置する「ネオ・ベイサイド臨海地区」に向かった。
東京都江東区 ネオ・ベイサイド臨海地区 東京万国博覧会 開催予定区域
「ネオ・ベイサイド臨海地区」とはかつて“中央防波堤埋立地”と呼ばれた人工島が拡大・発展したものであり、21世紀最終年の2100年から22世紀最初の年である2101年にかけて、22世紀の夜明けを祝う祭典がこの地で開かれることになっている。3日後に開会式典を控えたその祭典の名は「東京万国博覧会 EXPO’100」、「新世紀の夜明け」をテーマに30カ国以上の国々と100を越える企業、9つの国際組織がパビリオンを出展するこの時代において最大級の国際イベントである。そしてこの日、会場の警備計画の最終確認を行う為、拾圓と多村が開園前の万博会場を訪れていた。
「アメリカ館、ロシア館・・・朝鮮民国館、中華民国台湾館。よく参加国がこれだけ集まりましたよね」
拾圓は3日後の開会に備えて最終準備を進める各パビリオンを、パンフレットを片手に見渡していた。世界のほぼ全域が紛争地帯となっているこの時代において、30カ国もの参加国を集められたのは偉業と言っても差し支え無かった。
「日本政府の不興を買う訳には行かないですからね……」
拾圓に付き添っている多村が口を開く。この21世紀末という混沌の時代において、万博や五輪の様な国際イベントを開催出来る国は今や数える程しか無く、2年前と6年前、10年前にはワールドカップが3大会連続で日本で開催されている。夏季・冬季オリンピックは不定期開催となり、それも2050年以降はほとんど日本国内で開催されていた。
中国大陸と朝鮮半島を戦場とした「東亜戦争」から76年、中国の没落と日本国の消失による世界的大不況によって世界経済は崩壊し、あらゆる秩序と価値観が混沌の中に消え去った。
ヨーロッパではイスラム移民と白色人種との対立が激化したことで暴動が多発し、かつては先進国と呼ばれた多くの国が事実上の内紛状態に陥っている。
北アメリカでは失職した労働者やヒスパニック系移民、中国系移民の武装蜂起が相次いでおり、ロシアでは諸民族・諸自治共和国の独立運動の激化によって連邦が事実上分裂。
中南米やアフリカでは経済状況の急激な悪化によって反政府組織や反社会組織が再び隆盛し、治安という言葉が意味を成さなくなっていた。
中東や西アジア、中央アジアでは、石油価格の暴落によって財政の維持がままならなくなり、ロシアにおける民族紛争の余波と武装組織の割拠も相まって、そのほぼ全域が内紛状態に陥っている。
中国は言わずもがな、現代の五胡一六国時代と呼ばれるほどに国内の分裂が進み、中国共産党の実効支配領域は主要都市とその周辺に限られている。
加えて2036年以降には紛争を収める手段として核兵器の使用が局地的に行われ、被爆地とその周辺地域は放射性物質によって汚染された。核の冬とまでとは行かなかったが、放射能を持つ粉塵が世界中に拡散し、農作物の世界的な不作が発生したのである。
斯くして、21世紀という時代は、世界人類の大部分が紛争と民族対立に身を投じ、貧困と飢えの中で欲望に駆られたまま生きる時代となってしまっていた。その中で、国家としての体裁を成している国は数えられる程しかない。最早世界で唯一と言っても良い完全なる法治国家、それが「日本皇国」なのである。
「ここはJNSS館……恐らくは1番人気になるであろうパビリオンです」
多村はそう言うと日本エリアの中で一際大きなパビリオンを指し示した。「JNSS」とは「日本国有太陽系航宙(Japanese National Spaceline of Solar system)」の略称で、日本の国有宇宙航行船を運用する公社のことである。地球、月、地球近傍小惑星を繋ぐ大事な交通網だ。宇宙航行船の開発によって宇宙旅行は一般人にも手が届き得るものとなり、月面の基地や都市には日本人研究者の他にも、治安が崩壊した地球を嫌った世界各地の人々が宇宙移民のモデルケースとして、日本国籍と引き替えに入植している。
28世紀に創られた飛行戦艦「扶桑」に使われる技術の一部をコピーすることに成功した日本皇国は、その活動範囲を一気に地球の外にまで広げた。日本政府、そしてJNSSが独占的に扱うこれらの技術は世界各国から垂涎の的となっており、各国の首脳陣が技術供出を求める傍らで、世界各国からのスパイがブラックボックスの収奪に精を出している。
「重力子制御と核融合は、我が国の宇宙開発を支える中核的技術です。その展示を行うパビリオンとなれば人も集まる……。テロの標的になる可能性は高いですね」
捨圓は世界からの羨望と嫉妬を買う日本の現状を憂いていた。その後、2人はJNSS館へと入る。監視カメラの位置や危険物を設置し易い場所をチェックしたり、多村の百目鬼としての能力を使い、天井裏や柱の影に不審物が無いかどうかを調べたが、特に異常は無かった。
その後、彼らは日本国内の大企業や中小企業、公営機関が出展する企業館、各国政府や国際機関、州都市が出展する国際館、レストラン街、開会式会場などを回る。22世紀の夜明けを祝うイベントとあって、予算の掛かり方も会場の規模もそれまでの万博とは段違いであった。
「……異常はなさそうですね。これならば無事に開会式を迎えられそうです」
捨圓は胸を撫で下ろす。開会前の万博会場を一通り見終わったのは日が西に沈む頃であった。その後、捨圓と多村は本庁へと戻り、今回の調査内容を捜査4課長に報告する。後は開会式を待つばかりとなっていた。
因みに開会式には現首相である橋田悠真の他、国家元首たる天皇陛下とそのご一家が出席されることになっている。世界で最大の権勢を有する皇帝がご出席される開会式の警備はより一層厳重なものとなる予定だ。閉会式では現陛下の弟に当たる親王殿下がご出席され、次回開催地であるオーストラリアのパース市市長にBIE旗が引き継がれる。
斯くして、東京万博開催への準備は滞り無く進められていた。
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10月29日 千葉県浦安市
だが、その裏で不穏な動きを見せる者たちが居た。30年以上前から放置されているテーマパークに、外国籍の一団が忍び込んでいる。武装組織を彷彿とさせる衣装に身を包んでおり、武器の手入れを行うその様子からは、とても真っ当な観光客の類には見えない。
彼らが今居るのは、20世紀初頭の南ヨーロッパの港街の風景を模したエリアの一画にある建物の中である。当然ながら、このテーマパ—クは崩壊の恐れがある為に立ち入り禁止となっており、その周辺に建てられていたホテルも現在は全て閉鎖されている。
このテーマパークが閉鎖された理由は様々あるが、主な理由はパーク全体の老朽化の為であり、2070年には新たなリゾートが若洲と鉄鋼埠頭の間に造成された人工島上に建設されていた。
「……ああ、あんたか」
その閉ざされたテーマパークの中に位置する武装集団の根城に、高級そうなスーツに身を包む男が現れる。武器の手入れを行っていた男たちは、一斉にその男の方を向いた。
「……準備は順調か?」
「こっちには抜かりはない、後はあんたの情報次第だ」
スーツの男の問いかけに、武装集団のリーダーと思しき一際屈強な男が答える。スーツ男はフンと短い鼻息を放つと、書類の束をテーブルの上に投げ出した。
「これが万博開会式の警備計画書だ。あと偽装IDカード・・・お前たちはこれを利用して日本のネットメディアクルーとして万博会場に入れ」
その書類は東京万博の開会式における警備計画について書かれた書類であり、警備を担当する警視庁が門外不出としているものだった。
「……本当に使えるんだろうな?」
リーダー格の男はスーツ男が提供したIDカードを手に取ると、なめ回す様にそれをじろじろと眺めた。
「問題無い……それよりも心配なのはお前らの方だ。物騒な武器と爆弾を如何にばれない様に開会式会場へ持ち込むか、それにかかっているのだから」
「分かっている、ヘマはしない……俺たちの国の復活が懸かってるんだからな。核融合と重力子操作、その技術さえ手に入れば我が国は再びアジアの盟主になれる。日本人がデカい顔を出来るのも此処までだ」
リーダー格の男は覚悟を決めた表情を浮かべる。万博の開幕が迫る中で、恐るべき陰謀が始まろうとしていた。
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10月31日・午後6時 東京都江東区 東京万国博覧会会場 万博メモリアル・スタジアム
21世紀最後のハローウィーンの夜、遂に世界各国からの注目が集まる一大イベントの幕が上がる。ネオ・ベイサイド臨海地区に建設された万博会場の中心、“万博メモリアル・スタジアム”の周囲から花火が上がった。「新世紀の夜明け」をテーマに、22世紀の到来を祝う「東京万国博覧会 EXPO’100」の開会式が始まったのだ。
通常時は半鎖国状態であるこの国も、国際行事の開催期間だけはビザの発行基準が大きく緩和される。
要人席には首相である橋田悠真の他に、外務大臣の峰松次郎、防衛大臣の島崎彰、宇宙開発大臣の難波翔太などの閣僚たち、東京都知事である石川清一、日本軍の陸軍大将元帥を勤める上山田伸也、そしてパビリオンを出展している各大企業の重役などが着席している。そして来賓席には中華人民国家主席や朝鮮民国総統、ロシア連邦大統領、アメリカ合衆国大統領、ASEAN代表など、各国の首脳たちが集まっていた。一般席はチケットを買い求めた日本国民で埋まっている。
「……!!」
日本陸軍中央音楽隊による生演奏が始まる。それと同時に、客席の最上部に位置する特別席に天皇・皇后両陛下、そして陛下の長女に当たる11歳の内親王殿下(東京万博協会名誉総裁)の他、各宮家より出席されている皇族の方々が臨席された。因みに両陛下の間にはもう1人、4ヶ月前に出生したばかりの親王殿下がいらっしゃるのだが、まだ首が据わったばかりということもあって出席は見送られている。
特別席の周囲には皇室の直轄部隊である「天皇直属近衛師団」の兵士たちが立っており、両陛下と内親王殿下の警護を行っていた。
『22世紀の夜明けまで残り2ヶ月……混沌の21世紀を抜ける時が近づいています。次の100年が人類にとって栄えある事を願い、祈る為の祭典が今始まります。開会式司会は私、神崎亘が勤めさせて頂きます』
スタジアムの中央に位置する小さな台の上で、司会進行役であるNHKアナウンサーの神崎が挨拶をする。その直後、会場全体が立体ホログラム・イルミネーションに包まれ、スタジアムは屋久島をモチーフにした深い森林へと姿を変えた。
会場がざわめく中、いつの間にか衣装替えを終えていた中央音楽隊が次の楽曲の演奏を始める。放射能で汚染された地球の環境を憂う様な、何処か物寂しさを感じる曲が流れる。ホログラムは曲の変化に伴って森林、砂漠、海と次々にその姿を変え、観る者を魅了していた。程なくして演奏は終了し、スタジアムは何時も通りの姿へと戻る。
その直後、スタジアムの得点掲示板の上部に位置する3つの掲揚台がスポットライトによって照らされた。それぞれの掲揚台に国旗・BIE旗・博覧会旗が掲揚される。その後、スポットライトは掲揚台の真下へ移動し、いつの間にか現れていた1人の男を照らし出した。
『東京万国博覧会協会事務総長、木由正武より開会の辞を行います』
司会進行役である神崎の紹介に与り、木由は観客席に向かって手を振った。彼は懐から1枚の紙を取り出し、それに書かれた式辞を読み上げる。
『今年の7月に行われた『岡山夏季オリンピック』に続き、22世紀の夜明けを祝う祭典、『東京万国博覧会 EXPO’ 100』の開会を迎えることが出来ました。この博覧会には世界より34カ国の国と地域、そして9つの国際組織、日本国内からは47の自治体と100を越える企業が出展しており、国際社会の皆様、国民の皆様の多大な努力によって、こうして無事に開会を迎えられたことを心から感謝しております。
我々が間も無く別れを告げる21世紀という時代は、哀しくも紛争と民族対立が絶えない時代となり、結果として多くの血が流されることとなりました。この博覧会のテーマである“22世紀の夜明け”という言葉には、その悲しみを忘れず、尚且つ未来への希望を繋ぐという意思が込められています。今から22世紀という時代を迎える地球、そして人類に対して、この博覧会が新しい未来への希望となることを祈って、開会の辞とします』
木由の言葉に対して観衆から割れんばかりの拍手が送られた。その後、スポットライトは各国の首脳や万博の関係者などが着席している来賓席に移動する。最初に照らされたのは、ドレスコードに身を包む白人の男性であった。
『続いてご来賓の方々の紹介を致します。左より博覧会国際事務局議長、ジェームス=シュールレ様……万博協会会長、小林直太朗様……東京都知事、石川清一様……日本国内閣総理大臣、橋田悠真様……』
来賓席に座るVIPたちの名前が読み上げられていく。名前を呼ばれた者はその都度席を立ち、観衆に向かって頭を下げていた。来賓の紹介が終わった後、陸軍中央音楽隊による演奏が再び始まる。3曲目はホルスト作曲の組曲「惑星」第4曲「木星」であり、一般にも良く知られたイントロが心地よく耳の中へと入って来た。
スタジアムは再びホログラムによって包み込まれ、空中には無限に広がる大宇宙が立体映像として映し出された。人々はまるで宇宙の中に放り出された様な感覚に陥る。その後、人々はいつの間にかスタジアムのグラウンドにアイスリンクが設置されていることに気付いた。星空の中に浮かんでいる様に見えるそのリンクの上では、2年前に開催された「青森冬季オリンピック」のフィギュアスケート金メダリストである萩野桜が、曲に合わせて氷上を舞っている。世界女王の華麗な演技に皆が釘付けとなっていた。
(このご時世にスポーツやハコモノにこれだけの金を掛けられるとは・・・ニホン政府は随分な浪費家だな)
(平和……? 希望……? そんな言葉はこの時代において無意味かつ無価値だ)
だが、一部の来賓からの反応は冷ややかなものだった。22世紀の夜明けを祝う祭典を謳い、史上最も予算が掛けられた万博の開催は、日本政府による財力と国力の誇示に過ぎないと捉える者も少なく無かったのだ。彼らは自国のスパイが一刻も早く核融合と重力子の技術を日本から盗み出すのを待っているのである。
程なくして「木星」の演奏が終わり、演舞を行った世界女王には惜しみない拍手が向けられた。その後、開会式は芸術的パフォーマンスへと移る。多種多様な衣装に身を包んだ数多のパフォーマーたちと共に、巨大なフロートがスタジアム内に現れた。
会場の南側では、BGMの演奏が中央音楽隊から民間のアーティストグループへバトンタッチしており、彼らは世界各地の民俗楽器を駆使して、和風且つ何処か異国情緒の漂う様な楽曲を奏でる。
パフォーマーたちはそのリズムに合わせて、スタジアム内をゆっくりと進みながら舞を披露していた。彼らは天地開闢から始まる神話の時代を彷彿とさせる衣装を身に纏っている。そしてスタジアム内に停止したフロートはそれ自身が変形し、さらに立体映像を纏うことによって様々な形に変化していた。
国見ヶ丘や出雲大社から始まり、伊勢神宮、伏見稲荷大社、平等院、安土城、日光東照宮、明治維新の産業遺産、高度経済成長期の東京、そして現代の東京・・・荘厳な音楽とパフォーマーたちの舞と共に、フロート、そしてスタジアムそのものが日本の各時代を象徴する風景に次々と変化し、駆け抜けていく。パフォーマーたちもフロートの変化に合わせて次々と衣装を替えていた。
「素晴らしい……! 今世紀最高のショーだ!」
香港共和国大統領の陳龍栄は、日本人の映像技術と創造性を最大限に駆使したパフォーマンスに惜しみない讃辞の言葉を捧げる。彼はチベットや東トルキスタン共和国の首脳らと共に、開会式を心の底から楽しんでいた。
その後、スタジアムは再び明転する。中央部分にあった筈のフロートはいつの間にか無くなっており、先程まで演舞をしていたパフォーマーたちが集まって1本の道を形作っていた。
『我が国の映像技術の粋を集めた歴史と伝統の演舞、如何だったでしょうか? これより、東京万博の参加国及び参加組織、企業の紹介に移ります』
久々に司会進行のアナウンスが場内に響き渡った。その後、スタジアムの南側入場ゲートから、東京都内の中学・高校生が参加国や参加組織の旗を持って入場してくる。彼らは皆、屈託の無い笑みを浮かべて行進していた。先頭を行くのは国際連合旗、その後に東南アジア諸国連合、欧州連合、アフリカ連合、ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体、太平洋諸島連合、アラブ連盟、中央アジア連合、国際赤十字・赤新月と続く。
そして国家としての最初の入場国はアメリカ合衆国であった。6人の学生たちが大きな星条旗を持ってスタジアム内に入って来る。次いでアルゼンチン共和国の国旗が入って来る。その後も次々と参加国の国旗がスタジアムへ入場していった。
東京万国博覧会会場 東京ゲートブリッジ付近・東ゲート
開会式が滞り無く進んでいたその頃、この“東ゲート”を含む万博会場の出入場口には、民間警備会社と警視庁が合同で組織した“万博警備隊”の隊員たちが展開していた。彼らの中には亜人・魔法によるテロ対策として、その専門である”捜査4課”の刑事たちの姿もある。捨圓が率いる7係のメンバーも居り、主任の多村誠四郎と六谷大悟の姿があった。また第二航路海底トンネル付近の“北西ゲート”には、同じ7係である穂積涼が待機している。
「多村警部補! この東ゲート付近のトイレにて不気味な呻き声がするとの通報がありました」
「……声? 分かった、すぐ行く」
警備部警備課の若い刑事がある通報について多村に報告する。不審な芽を摘むため、多村は機動隊員と警備用自律走行ロボットを引き連れて現場であるトイレへ向かった。
万博会場南東側 砂漠のエリア(アジア)
そのトイレはアジアエリアの付近にある公衆トイレであった。多村らは物音を立てない様にそのトイレへ近づく。5名の機動隊員と共に“中華民国台湾館”の影に隠れた多村は、百目鬼の能力を発動して掌に“目”を発現させた。その目は多村の掌を離れてトイレの方へ飛んでいく。
「……」
多村はその目を介してトイレの中の様子を伺う。そこには信じられない光景が広がっていた。
「総員聞け! トイレの中で……東方電子通信のテレビクルーが拘束されている!」
「!!」
多村の通信を聞いて、他の刑事や機動隊員たちは驚きを露わにする。東方電子通信とは日本国内に存在するネットメディアの名であった。その直後、彼らは急いで公衆トイレへ向かい、拘束されて放置されていたテレビクルーを救出する。そして多村はこの一件を万博警備の全てを掌握する男へ伝えるのだった。
万博メモリアル・スタジアム
その頃、開会式では既に参加国の紹介が終わっており、博覧会国際事務局議長であるジェームス=シュールレから祝辞が送られていた。祝辞を読み終えたジェームスは拍手を送られながら着席し、開会式は最後のプログラムへと進む。
『天皇陛下より御言葉を賜ります』
盛大に執り行われた万博開会式は、日本皇国の国家元首たる陛下の開会宣言によって締めくくられる。皇族が着席している特別席にスポットライトが当たり、会場の雰囲気は一際ピリっとしたものになる。万博警備の総責任者である警視庁警備部警護課長の利能健優は、各国の首脳が着席する来賓席から式の進行を眺めていた。
『緊急連絡! 此方、万博会場アジアエリア・東ゲート警備担当、多村!』
その時、利能の耳に付けられた超小型無線機に緊急連絡が伝えられる。それは多村からのものであった。
「どうした、多村警部補?」
利能は多村に要件を尋ねる。
『アジアエリア第5公衆トイレにて、拘束された東方電子通信のテレビクルーを発見! 既に救出は完了しましたが、全員酷い負傷を負っています!』
「・・・何!? そんな馬鹿な!」
利能は驚きの声を上げる。この開会式においては全ての入場者が確認されており、勿論国内外のテレビクルーも全員がこのスタジアムに入ったことが確認されていたからだ。
「……!!」
利能は来賓席と特別席の反対側に位置するメディアスペースに目をやった。すると、そこにさっきまで居た筈の東方電子通信のテレビクルーが居なくなっていることに気付いた。
「……まさか!!」
最悪の事態を想定した利能は監視カメラを管理する警備室へ向かおうと椅子から咄嗟に立ち上がる。それと時同じくして、天皇陛下より開会宣言が告げられた。
『この万博が地球人類にとって希望となることを願い、『東京万国博覧会 EXPO' 100』の開幕を宣言する!』
その直後、大量の紙吹雪が舞い上がり、一際大きな歓声が上がる。そして2万発の花火が打ち上がり、21世紀最後、そして22世紀最初となる万国博覧会の開幕を彩った。
……筈だった。だが、花火の代わりに炸裂したのは、鈍い爆発音と紅い閃光、そして膨大な黒煙だったのである。
ドカアァ……ン! ドカァン!!
「キャアアアア!!」
万博会場のあらゆる場所で爆発が起こり、その度にスタジアムは大きく揺れる。歓声は悲鳴へと瞬く間に変わり、およそ6万人の観客はパニックに陥っていた。
「来賓をお守りしろ! 非常口から外へ誘導するんだ!」
「はっ!!」
利能は来賓席の周囲に控えていた直属の部下、すなわちセキュリティポリスたちに命令を下す。特別席では既に天皇直属近衛師団の兵士たちが陛下を含む皇族の方々の避難誘導を始めていた。
・・・
東京都千代田区 警視庁 捜査第四課・7係 オフィス
開会式の様子はNHKによって生中継されており、捨圓をはじめとする7係の何人かは、オフィスのテレビでその様子を観ていた。
「……何だ、これは!?」
だが、報道ヘリコプターが映している映像は華々しい開会式から一転、あちこちから爆発の炎と煙が上がり、人々がパニックを起こす惨劇の万博会場へと変わっていた。この場に居る捨圓らを含め、テレビを観ていた日本国民全てが息を飲んでいた。
・・・
万博メモリアル・スタジアム
パニックを起こした人々は一斉に出口へ殺到する。その様子を見て不敵に笑う男たちが居た。
「作戦開始だ……!」
彼らは頭に被っていた東方電子通信のキャップを脱ぎ捨てると、テレビ機材を入れるケースの中に隠していた自動小銃を手に取った。22世紀の夜明けを祝う祭典は、最悪の形でその幕を開けたのである。