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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第2章 海外篇
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悪魔の正体

2105年8月17日 太平洋 パラオ共和国 マラカル島 マラカル港


 マーシャル諸島共和国での「快楽の火」発見の一報を受けて「日本皇国海軍・ミクロネシア方面派遣部隊本部」は本格的な摘発に乗り出しつつあった。

 ちょうど同時期に、警察がフィリピンへ派遣されているという知らせも本国から届けられており、日本政府が本腰を入れてこの一件を収めようとしていることが示されていた。


「・・・」


 本部への報告を終えた須藤大尉は、本部の入っている建物を後にする。空を見ると、「F−5N・流星」が飛行訓練を行っていた。

 海外の空は皇国海軍のパイロットにとって、格好の練習場となっている。「流星」は水平尾翼が存在しない、平べったい全翼機寄りの外見をしたダブルデルタ翼機だ。

 この時代、軍事力も少人数化・無人化が推し進められており、軍事行動をとるに当たって、戦闘ロボットや無人機、無人艦などの無人兵器と有人兵器を組み合わせることは日本に限らず、世界的な主流になっている。故に飛行訓練中のF-5Nも、随伴機として2機の無人機を引き連れていた。


 そもそも「皇国軍 Japan Imperial Armed Forces」とは、陸・海・空/宇宙の三軍からなる軍事組織であり、世界で唯一“Imperial”の名を冠し、それが世界的に認知されている軍隊である。

 その拠点は日本国内にとどまらず、カタルーニャ共和国の様に、国連治安維持軍の一部隊として情勢不安地域に派遣されていたり、またはこのミクロネシア地域の様に、安全保障協定に基づいて駐留している部隊もある。いずれも日本政府の主たる目的は「シーレーンの確保」であった。


 特に東アジア・東南アジア地域は人民解放軍崩れの海賊、または軍閥による略奪行為が跋扈しており、日本政府にとってもこの地域の海上治安維持は絶対であったのだ。


「我々は明朝、US-2の整備が完了し次第、マーシャル諸島へ帰還する」

「はっ!」


 須藤大尉の言葉に、部下たちは敬礼で応える。同日、海賊たちの拠点である「ナモリック環礁」に向かっていた別働隊も、海賊の潜伏場所から大量の「快楽の火」を押収していた。


〜〜〜


8月19日・朝 フィリピン共和国 首都マニラ


 売人に接触した楽波、カズ、ミミカの3人は、薬物を受け取った後に彼らと別れた。店の外には楽波に呼び出された柴崎警部補らが潜んでおり、彼は売人らが乗り込んだ車に向かって、小型発信機発射銃を放ち、見事発信機を付けることに成功していた。

 その後、別の酒場に潜入していた志島と神崎の2人も別の売人と接触。彼らの車にも発信機を付けることに成功し、それらの情報を統合して売人たちの溜まり場をついに突き止めていたのだ。


 そして今、警察庁国際犯罪対策課第4課第3係・柴崎班の7人は、マニラの警察本部にある会議室にいた。彼らは潜入捜査で取得した情報を、マニラ警察の麻薬捜査担当者たちに説明する。


「・・・以上が、我々が取得した情報になります。『快楽の火』の売人はマラテ地区のある場所を拠点にしているものと思われます」


 柴崎警部補の発言は翻訳機によって同時通訳される。フィリピンの刑事たちは彼らの話を理解し、うなずいていた。フィリピンは違法薬物の蔓延が社会問題になっており、現地警察もこの一件の摘発には本腰を入れていた。


「情報提供、感謝します! ここまで分かっているならば、奴らの尻尾を掴んだも同然! 早速、摘発に向けた準備を進めるとしましょう!」


 フィリピン側の代表者であるフィリップ・カスリブは、情報提供に感謝の意を伝えると、販売元摘発への意欲を明らかにする。

 その後の協議にて、作戦は同日の夜、決行されることとなった。


〜〜〜


同日・夜 フィリピン マニラ マラテ地区


 煌々と夜景が灯る首都マニラの歓楽街に、幾人もの捜査員が姿を潜ませている。ここ「マラテ地区」はマニラでも有数の危険地帯であり、「快楽の火」が蔓延り始めるずっと以前から、ドラッグの売買が盛んに行われている他、売春や強盗、殺人といった凶悪犯罪の温床となっている。

 今までいくつもの政権が浄化に努めてきたが、世界経済の崩壊以降はフィリピン全域で治安悪化の歯止めが効かず、このマラテ地区をはじめとする多くの地区・地域は最早、警察も手が出せない無法地帯と化していた。


 そんな無法地帯の一画、露天の裏に位置する細い路地に隠れて、柴崎警部補の姿があった。彼の他に楽波と神崎の姿もある。警察庁国際犯罪対策課第4課第3係・柴崎班の7人は、それぞれが配置について突入の時を待っていた。


「・・・あのアパートです。鑑識ロボを先行させます」


 神崎は手のひらに乗せていた、節足動物の様な形態をしたロボットを解き放つ。それは建物の壁を本物の蜘蛛の様に這いずり、目的の廃アパートへ忍び込む。

 ロボットは建物内の映像を捉え、それをリアルタイムで柴崎たちに送る。ロボットは自律運転で部屋の奥へと進んで行った。


「・・・あいつは!」


 楽波は目を見開いた。映像は大きな倉庫の様な部屋を移しており、その中には椅子に座る売人の男の姿があった。

 そして古ぼけたテーブルの上には、「愛」の刻印がされた数多の錠剤が無造作に転がっている。ここが販売元と見て相違ない。


『・・・突入せよ!』


 物的証拠が確認された瞬間、マニラの警官隊に突入命令が下された。路地裏に潜んでいた警官たちが、日本製のアンドロイドを先行させつつ、廃アパートの中に次々と突入していく。


「行け! 行け! 行け!」


 マニラの歓楽街の外れで、突如として銃声が鳴り響く。人々はどこからともなく聞こえてきたその音に驚き、騒ぎ立てる。

 身を潜めていた売人グループのメンバーたちは、予期せぬ来訪者に襲撃され、大きく狼狽する。彼らは椅子やテーブルを薙ぎ倒し、アンドロイドや警官隊を相手に大暴れした。


「クソがぁ!!」

「近づくんじゃねぇ!!」


 その中には楽波たちに薬を売った男もいた。制圧用アンドロイドから多数のワイヤー針が発射され、売人たちの服を突き抜けて彼らの体に突き刺さる。そしてアンドロイドに内蔵される電源から、ワイヤーを通じて電流が流し込まれた。


「グワアアァッ!」


 売人たちの断末魔が響き渡る。そして筋肉が麻痺して汚い床に倒れた彼らに向かって、アンドロイドの軍団の背後から、防弾スーツに身を包む生身の警官隊が襲いかかる。彼らは自由を失った売人たちを難なく拘束していく。


「・・・確保!」


 売人たちのアジトはマニラの警官隊によって瞬く間に制圧された。こうしてフィリピンに星の数ほど蔓延する違法薬物の拠点が1つ、壊滅したのだった。



 数時間後、確保された売人たちは廃アパートから連行されていく。そして制圧されたアジトでは、後から駆けつけた柴崎警部補たちが現場検証を行っている。

 アジトの中は既成の錠剤が散乱しており、その他には売人たちの私物があるのみであった。製造設備については確認されず、製造元は別の場所にあると推察されていた。

 斉藤一文、皆からはカズと呼ばれている巡査が、班のボスである柴崎に報告している。


「柴崎警部補、現場の物品からは『快楽の火』製造に関わる設備は発見されませんでした。しかし、製造元からの薬物郵送に使われたと思しき宅配伝票を発見しました」

「宅配伝票・・・?」


 カズは国際郵便の箱を柴崎に手渡す。その箱の上には英語で送り先が書かれた宅配伝票があった。


「手書きの宅配伝票が現存するとは、『令和時代』を思わせる文化だな」


 日本国内ではプライバシーの観点から、郵便物に住所氏名を直接書き記す習慣は無くなっており、QRコードを専用の端末で読み取ることで、送り主と届け先の情報を表示する様になっているのだ。

 箱を渡された柴崎は、それに発送元の国名が書かれているのを見つける。


「・・・パラオ共和国」


〜〜〜


8月19日・夜 パラオ共和国 最大の都市コロール とある家屋


 その頃、パラオ最大の都市であるコロールの、中心地や観光地からも外れた場所にある1軒の古びた家屋では、家主の女性がとある変化に気づいていた。


(マカオの販売拠点と連絡がつかなくなった・・・)


 女性は日本人であった。それも亜人種の血を引く女性であった。そして彼女こそが、史上最悪の魔法麻薬「快楽の火」の製造者であったのだ。


「・・・そろそろ此処も潮時ね、また新しい場所を探さなきゃ」


 販売業者との連絡が絶たれたことで、女性は売人たちに何かがあったことを察知する。

 その後、彼女はわずかな私物と麻薬の原材料を詰め込んだ巨大なカバンを背負うと、背中から幻想的な翼を生やした。


「・・・さぁ、次の島へ行こうかしら」


 彼女は天井に向かって手をかざし、頭上に魔法陣を浮かび上がらせた。その魔法陣から天井に向かって衝撃波が放たれる。古びた天井は瞬く間に吹き飛ばされてしまった。

 彼女は美しい光の粉吹雪を纏わせながら、空に向かって飛び上がる。夜空に羽ばたくその姿は、まさしく妖精の様に可憐で美しかった。


〜〜〜


日本皇国 東京 警察庁 国際犯罪対策課


 フィリピン共和国で「快楽の火」販売元が摘発されたこと、製造元がパラオにある可能性があることは、日本にもすぐに伝えられていた。そしてこちらでも、魔法麻薬をめぐって新たな真実が明らかになっていた。


「あの2人に“娘”!?」


 魔法麻薬捜査に携わっている頼賀延彦警部補のもとへ、1件の報告が届けられていた。報告を届けた刑事は書類を机の上に並べ、その驚くべき内容を報告する。


「はい、およそ50年ほど前、指定暴力団『神峰組』と結託し、人類史上最悪のドラッグを生み出した2人の亜人・・・その2人の間に子供がいることがわかりました」


 刑事が差し出した写真には、およそ16歳くらいに見える少女の顔が写っていた。


「彼女の名前は雨宮愛・・・『快楽の火』開発者である“クトゥウファ呪術族”のデスマ=レイラップと“淫の妖精”の雨宮ベリーナの間に生まれた、呪術族と妖精族のハーフです。実の父母である2人の開発者が逮捕された後、まだ未成年だった彼女は事件への関与は無しと判断され、他の長命種族の養子となり、例のコミュニティに住んでいました」

「『龍王の里』か・・・!」


 頼賀警部補は驚愕の表情を浮かべる。


「もちろん、彼女が犯人であるという確証は何もないのですが、どうも2〜3年前からコミュニティ内でも行方不明になっていた様です・・・」

「・・・あれは言わば人間の世界とは隔絶された領域。彼らは人間のルールなど逐一気にしないからな」


 この国には、人間と隔絶した寿命を持つ長命種族が集まって作られた、あるコミュニティが存在する。その中は人間より遥かに強力な種族が蠢き、日本政府も迂闊に手を出せない一帯となっている。雨宮愛は両親と別れた後、そこに住んでいた。

 故に、彼女が行方不明になっていたことが、長らく露見しなかったのである。


「・・・それはさておき、呪術族と妖精族の混血か。“2級亜人”同士の混血とは厄介だな」


 頼賀警部補は思案をめぐらせる。

 因みに、全て亜人は『外来生物・亜人法』にて5つの等級に分類されている。分類の基準は“危険度”であり、数値が小さいほど国家・社会に対する脅威度は高い。

 最上級の1級に属する種族は吸血鬼族を含めて3種類のみ、そして呪術族と妖精族は2級に属しており、これは「不特定多数の他者を害する特殊能力を有する亜人種」と定義されている。


「・・・まだ、その娘が黒幕であると決まった訳ではないですが、相応の力を持つ同じ2級の『雪女・雪男族』の捜査員を現地に派遣しています。

それに限らず、魔法技術の流出は『魔法魔術流出防止法』に関わる由々しき事態です。アメリカや国連の手が伸びてくる前に、事件を収束させなければ・・・!」


 刑事は国際社会がこの一件に感づくことを危惧していた。日本が異世界より持ち帰った全く新たな技術形態である「魔法」、それは「28世紀の科学力」と並んで、国際社会からは脅威として見られている。

 世界の列強はそれを収奪し、研究する機会を虎視眈々と狙っているのだ。


〜〜〜


8月21日 パラオ共和国 最大の都市コロール とある家屋


 販売元摘発から2日後、日本皇国海軍・ミクロネシア派遣隊の兵士たちは、薬物を配送していた国際郵便の伝票と集荷ルートから、コロール一帯を徹底的に調べ上げ、ついに製造元があると思しき場所にたどり着いていた。

 パラオ共和国派遣隊の皇国兵士たちが、現場検証を行っている。何が起こったのかはわからないが、屋根が吹き飛ばされており、家屋内は非常に乱雑としていた。おまけに、製造者はすでに拠点を移していた様で、ベッドやテーブルなどの家具を除く生活物品が、綺麗になくなっていた。


「付近の住民の話によると、ここには1人の女性が住んでいた様です。屋根も2日前までは普通にあったと」

「状況から察するに、ここの居住者はつい最近、ここを後にした様です」


 赤崎達也少尉のもとへ、部下の兵士たちが次々に報告へ訪れる。赤崎少尉は眉間にシワを寄せていた。


「・・・フットワークの軽いやつだな」


 すでに製造者は別の場所に拠点を移していた。そこには魔法麻薬製造に必要な材料も、完成した錠剤も残ってはいなかった。だが、残された家具やベッドなどから居住者の指紋や毛髪などの生体データを回収することには成功し、それらは日本国内へ送られることとなった。

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