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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第2章 海外篇
25/92

覚り妖怪とカタルーニャ少女

大変お待たせしました。

2103年12月27日 バルセロナ 日本皇国大使館


 カタルーニャ入国から1週間後、徳佐と前林は大使である真柴に最後の挨拶を告げるため、彼の執務室を訪れていた。


「では、我々はこれにて本国へ帰還します。お世話になりました」

「いえいえ! 何事もなく終わって何よりです」


 真柴は精一杯の笑顔で2人との別れの場に臨んでいた。しかし、覚り妖怪である前林には、それが作られた笑顔であることがすでにわかっていた。

 その後、両者はそれぞれ握手を交わし、2人は現地職員の案内のもと、大使館を後にする。正面玄関にはすでに空港への送迎を行う「国連治安維持軍」の公用車が待っていた。


「では・・・」


 前林は見送りに出ていた女性職員に、一言だけ別れの言葉を告げると、徳佐と共に公用車の後部座席に座る。そして2人を乗せた車は、大使館・大使公邸の敷地と市街地を隔てる正面ゲートから出て行った。


「・・・」


 ゲートから車が出ていく瞬間、前林は門の外にいるオクタヴィアに気づく。彼女は車窓の向こう側にいる前林に向かって、アイコンタクトを送っていた。




バルセロナ=エル・プラット空港


 2人を乗せた公用車はバルセロナ=エル・プラット空港にたどり着く。荷物を下ろし、帰っていく車と運転手を見送った後、徳佐と前林は空港には入らず、近くに併設されていたホテルへと足を急がせる。

 フロントにて日本から来た“来訪者”たちと連絡を取ると、エレベーターで彼らが宿泊するスイートルームへ上がる。最上階にたどり着くと、ベルを鳴らして中から尋ね人が出てくるのを待つ。


「これは・・・ようこそ、お待ちしておりました」


 少し待つと、紺色の出動服に身を包んだ、屈強な若い警官が中から現れた。彼は扉を開けて、徳佐と前林に中へ入るように促す。

 そしてリビングへと通された彼らの前に、本国から派遣された警官隊の指揮官を務める中峰雷豪警部が待っていた。


「初めまして、警察庁警備局国際犯罪対策課第3係の中峰雷豪と申します。海外の査察任務、お疲れ様でした」


 応接用のソファの前に立つ中峰は、綺麗な起立の姿勢で2人を迎え入れ、握手のための右手を差し出す。


「恐れ入ります。領事局国際安全対策課の徳佐影三と申します。こちらは・・・」

「外務省監察査察室の前林諭と申します」


 2人は中峰に向かって自己紹介をする。そして両者は握手を交わした後、向かい合うようにソファへ座った。


「さて・・・すでに外務省より通達されているとは思いますが、今回の摘発対象は『日本皇国大使館』です。身内にこのような不祥事を招いたこと、外務省として汗顔の至りではありますが、国際犯罪対策課の皆様には、我が国の名誉を守るために協力していただきたい」


 外務省側の代表者である徳佐が、今回の経緯について話し始める。


「無論、協力は惜しみません。我々も全力を以って摘発に臨みます」


 中峰は毅然とした声色で応える。


「ありがとうございます。では・・・現状について、今一度確認をしましょう・・・」


 徳佐は今後の方針について説明を行う。それは以下の通りであった。

 今回の摘発対象である「在カタルーニャ日本皇国大使館」には、貧困層の現地女性を用いた「売春宿経営」の容疑がかかっている。外務省及び国際犯罪対策課は「刑法第4条の2」に定められた「条約による国外犯」を根拠としてこれを摘発する。


「彼らが営業を行なっているのは大使館内ではありません。それについては、現地の協力者より情報を得ることになっています。勿論、国際犯罪対策課の皆様にも現地にて展開して頂きます。我々は現場の所在を特定し次第、包囲し、突入を仕掛けます」


 大使館には前林の協力者となったオクタヴィアがすでに貼り付いており、さらに国際犯罪対策課の警察官たちが潜伏を行える場所も、付近の建物内に確保済であった。

 全ての準備は整っている。あとはその時を待つばかりだ。


「では・・・早速行きましょう。バルセロナへ」


 中峰はそういうと、ゆっくりと腰を上げる。外務省の汚点を消し去るための捕物劇が、ついに幕を開けたのだ。


〜〜〜


同日・夜 バルセロナ レスコルツ地区 日本皇国大使館


 その日、本国からの監査官がカタルーニャを発っていると信じて疑わない大使館の面々は、今夜の「催し」に向けてバルセロナの実力者たちに連絡をしていた。

 そして書記官の水梨雄詞(みずなし ゆうし)が名簿を作成し、大使の真柴のPCにデータで転送する。ホログラフディスプレイにて空中に映し出されたその名簿には、バルセロナ市街に住む富裕層の名が並んでいた。


「正式な医師たる書記官の水梨(みずなし)が性病の有無をチェックし、管理しているのだからな。こいつは良い小遣い稼ぎだ」


 大使館に書記官として務める水梨雄詞(みずなし ゆうし)は、在外公館医務官も兼任している。彼が医師として性病の有無を診察し、予防管理をすることで、大使館が運営する娼館は、性病の危険がないことが保証された“高級娼館”としての信頼を獲得し、現地富裕層の顧客を得ていたのである。


「今夜、トラックを呼べ。久方ぶりの営業だ」

「・・・はい」


 水梨は真柴の命令に返事をすると、一礼して彼の執務室を後にする。




日本皇国大使館 正門付近


 その30分後、大使館の周囲をウロウロしていたオクタヴィアは、疲れのあまり木陰のベンチでウトウトしていた。だが、突如として聞こえてきたけたたましいエンジン音に叩き起こされる。


「・・・え? ・・・あ! あれは!」


 オクタヴィアはエンジン音を発するトラックに見覚えがあった。それは時折、日本皇国大使館に出入りしている車両に間違いなかった。オクタヴィアは咄嗟にベンチの下に身をひそめ、トラックをジッと見つめる。


「・・・やっぱり!」


 ついに目当てのものを見つけたオクタヴィアは、前林から借りていた補聴器型無線機を介して連絡を入れる。


「こちらオクタヴィア! サトル、聞こえる? あの『トラック』が姿を現したよ!」


 そのトラックは自動で開いた大使館の正門の前で停車する。そして運転手が内部の人間と連絡しているその隙に、オクタヴィアは前林から預かっていた“拳銃”を取り出し、トラックへ向けた。


(・・・飛べ!)


 オクタヴィアが引き金を引くと、無音の銃口から“超小型発信機”が飛び出した。それは強力な磁力でトラックの車体にくっつく。荷台は天蓋で覆われており、中が見えないようになっていた。




バルセロナ レスコルツ地区の廃墟


 オクタヴィアが設置した発信機は即座に起動し、国際犯罪対策課の警察官たちが持つ受信機に位置情報を送っていた。


「・・・協力者より連絡あり、信号届きました」

「信号は大使館敷地内を示しています」


 警察官たちは「準天頂衛星シ(QZSS)ステム」を発展させた、日本独自の全地球航法衛星システムの「イワト」によって、バルセロナの地理を把握していた。




日本皇国大使館 敷地内


 日本皇国大使である真柴が呼び寄せたトラックは、敷地内に停車すると荷台から地面へタラップを下ろした。トラックの前には、昼間に大使館の事務や雑務に従事している、現地民の女性職員が並んでいる。

 だが彼女たちの出立ちは昼間のそれとは違い、およそ公的機関に勤めている者とは思えない、煽情的な衣装に身を包み、真っ赤な口紅をつけていた。


「・・・」


 だがその派手な見た目とは裏腹に、全員の表情は一様に暗かった。それを見ていた公使の龍河は不機嫌な表情を浮かべる。


「・・・おい、何嫌そうな顔してるんだ? ・・・笑えよ」

「・・・!!」


 龍河の声を聞いて、彼女たちは無理矢理引き攣った笑みを浮かべた。選民思想に染まった真柴たちにとって、海外に住まう人間は全て劣等人種であり、その中でも貧困層に属する人間など、人権すら考慮する必要のない存在だったのだ。


「・・・早く乗り込め。客が待っているんだ」


 龍河は女性たちを急かして、トラックの荷台に乗り込ませる。その中にはオクタヴィアの姉であるアグスティナも居た。

 そして富裕層向けの“商品”を詰め込んだトラックは、営業担当である龍河と共に大使館を後にした。


「・・・」


 街路樹の影に隠れていたオクタヴィアは、そのトラックの後ろ姿を様々な思いが入り混じった複雑な感情で眺めていた。


 トラックはクリスマスを終えた夜のバルセロナを走る。そして大使館がある地区と同じレスコルツ地区の、大通りからは外れた場所にある建物に向かう。その建物は飲食店の廃業によって空き店舗となっていたものを、日本皇国大使の真柴が偽名で買い取り、裏営業の本拠地とした場所であった。


 建物の前にある駐車場には、客の車がすでに停まっていた。トラックもそれらの隣に停車し、出発時と同じように荷台からタラップが下される。

 荷台で揺られていた女性たちは、龍河の命令に従ってトラックを降りて行く。次第に取り繕った笑顔が薄れていく。あれだけの金を貰っているのだから当然だ、私たちは幸せなんだ・・・彼女たちは自分にそう言い聞かせ、顧客が待つ建物の中へと入っていった。


「・・・」


 龍河は全員が入った後、周囲に誰も居ないことを確認しつつ、扉を閉じる。しかし、彼はすでに追跡されていることに気づいていなかった。

 トラックの到着からおよそ10分後、同じ場所に国際犯罪対策課の警察官たちが集まっていた。彼らは大使館と客たち、そしてその護衛たちに感づかれない様に、すでに売春宿の周囲を取り囲んでいた。


「・・・行け」


 その中の1人、建物にもっとも近づいていた隊員が、1体の小さなロボットを放つ。まるで節足動物のようにカサカサと素早く動くそれは、警視庁の鑑識課が使用する「鑑識ロボット」をベースにした「密偵ロボット」であった。

 ロボットは誰の目にも触れず、扉の隙間から建物の中に入って行く。そしてロボットに内臓されたカメラが捉える光景は、各地点に待機する隊員たちの端末に転送されていた。


「・・・!!」


 建物の中は数多のカーテンでいくつものスペースに区切られていた。そしてそれぞれのスペースには豪勢なデザインのダブルベッドが置かれており、その上には、霰もない姿となった若い女性と、様々な年代の富裕層男性の姿があった。

 密偵ロボットは壁を伝いながら、日本大使館が売春斡旋を行っていた事実を記録していく。マイクには女性たちの悲鳴が収音されていく。公使の龍河はそんなことは気にも留めず、葉巻を口に咥え、客たちが事を終えるのを待っていた。


『証拠映像を取得した。直ちに突入する』

『了解!』


 中峰警部は眉一つ動かさず、配下の隊員たちに行動開始の命令を下す。その瞬間、あらゆる場所に身を潜めていた、漆黒の隊員たちが姿を表した。

 闇夜に紛れる様な紺色の隊服に身を包む彼らは、最初に来客の車を守る護衛たちの排除に掛かる。目標の建物の向かい側に位置する建物の屋上で待機していた隊員たちが、狙撃銃の照準を合わせていた。そして彼らが引き金を引いた瞬間、銃口から無線電撃弾が放たれた。


「・・・ぐぇっ!!」

「・・・ヴァッ!」


 目標に着弾した瞬間、弾丸に蓄えられていた電撃が彼らの体を襲う。他の護衛たちも次から次に狙撃されていく。これら「無線電撃(コードレステーザー)銃」は新しい非致死性の銃器として、警察をはじめとする日本国内の機関に配備されている。


『・・・突入!』


 中峰警部は相手の戦力を無力化したことを確認し、部下たちに突入命令を下す。確保目標は日本皇国公使の龍河些種であった。

 扉の側に立った2人の隊員が、銃の柄で扉をぶち破る。屈強な男2人によって、扉は蝶番ごと外れてしまった。そして破られた扉から、屈強な警官隊が次々と突入している。


「な、何だ!? お前らは!」


 龍河は突然のことに驚き、咥えていた葉巻を落としてしまう。客たちも物音を聞きつけ、それぞれのスペースからカーテンをめくって顔を覗かせていた。


「我々は『国際連邦治安維持軍』です。在カタルーニャ日本皇国大使館には『売春防止法』違反の嫌疑が掛かっています。『刑法第4条の2』に定められた条約による国外犯規定に基づき、今から現場検証を実施します。全員、その場を動かないでください!」


 動揺してざわめき立つ客と大使館職員の現地女性たちに、警官隊は動かないように命令を下した。銃を持つ屈強な男たちを前にして、彼らは縮こまることしかできない。


「・・・何っ!? ・・・まさか、あの監査官が!?」


 龍河は自分たちが摘発対象とされたことを知り、驚きの声を上げた。先日帰国したはずの監査官が、いつの間にか自分たちの裏営業を把握していたことも驚きだが、まさか国外犯規定を理由に、日本政府がこんなところまで手を伸ばしてくるとは思いもしなかったのだ。


 呆然とする龍河をよそに、警察官たちは建物内部の様子をカメラに収めていく。かくして、先ほどの偵察ロボットが収めた映像・画像と合わせて、言い逃れできない証拠が確保された。




日本皇国大使館


 その頃、前林と徳佐、そして中峰警部を含む数名の隊員たちは、日本皇国大使館を訪れていた。館の主人である特命全権大使の真柴高虎は、執務机の椅子に座り、だらだらと大量の冷や汗を流していた。


『こちら金田、『売春防止法』違反の現行犯で、龍河些種公使の身柄を拘束しました』

「・・・了解」


 売春宿の摘発に向かっていた隊員から、任務完了の報告が中峰へ届けられる。中峰が通信を切ると、その内容を聞いていた徳佐が真柴に向かって口を開いた。


「貴方方が経営していた売春営業所を摘発しました。・・・すでに外務省は貴方方の悪事を把握しています。よって今回の結果に伴い、『外務公務員法第3条』に基づく懲戒処分として、真柴特命全権大使以下、この大使館に務める外交官5名の『外交資格証明』を天皇陛下の名の下に剥奪し、その職務を解任します」

「・・・!」


 監査官である徳佐は、真柴に対して“外交官解任”を言い渡した。その宣告は、真柴に対してさらなる衝撃を与えた。そして半ば自暴自棄になりかけた真柴は、自分を取り囲む徳佐と前林、そして警官隊の隊員たちに向かって怒号を発した。


「・・・我々は! 教養も知識もない貧民に、金と食い物を与えてやったのだ! 哀れで貧しいカタルーニャ女に、施しと存在価値を与えてやったのだ! 感謝されても、恨まれる筋合いなどない! 俺は人助けをしたんだ! その見返りに、ちょっと小金を稼いでもらって何が悪い! そもそも、カタルーニャでは売春営業は合法だ! 懲戒を受ける理由もない!」


 真柴は自分たちの行いを人助けだと称し、法律の違いを引き合いに出して開き直った。その見苦しい言い訳を聞いて、徳佐たちは嫌悪感を隠せない。しかし、金を餌にして望まない性行為を斡旋することが、正しい行いであるはずがなかった。


「・・・たしかに、この国の法律は日本とは違うでしょう。しかし、それ以前に貴方は日本皇国の外交官だ! その立場にあるまじき、国の名を貶めるような行いをした貴方に、沙汰が下るのは当然のことです」

「・・・!」


 徳佐は毅然とした態度で、真柴の主張を突っぱねた。その瞬間、真柴はガクッと項垂れる。


「・・・いつから、俺たちが怪しいと思っていた? なぜ気づいたんだ?」


 彼は最後に、自分たちの悪事に気づいた理由を問いかけた。前林はその言葉を聞いて、短い鼻息を放つとボソッと呟いた。


「最初に出会った時ですよ」

「!?」


 前林が答える。彼の言葉を聞いて、真柴はますます目を見開いた。そもそものきっかけは外務省に匿名の告発メールが届いたことだが、「悟り妖怪」である前林は最初に出会った瞬間、その時に確信を得ていたのだ。


「では、行きましょうか?」


 日本政府によって悪事を暴かれた真柴は、参事官の纏、防衛駐在官兼書記官の天川、書記官の水梨と共に、国際犯罪対策課の警察官によって連行されていく。

 そして彼らは護送用の車両に乗せられ、営業所で確保されていた公使の龍河と共に、そのまま空港へと連行された。


「・・・」


 今回の一件を摘発した徳佐と前林は、大使館の正面玄関から真柴たちを乗せた護送車を見送る。そんな2人の後ろ姿を、大使館唯一の男性現地職員である料理人のアレクシス・サルディネロが、不安げな様子で見つめていた。

 アレクシスの存在に気づいていた前林は、彼のいる方へ振り返る。


「告発メールは貴方が送ったものですね? ありがとうございました」

「・・・!?」


 前林は彼にお礼の言葉を伝える。アレクシスは驚愕の表情を浮かべた。そして任務を終えた徳佐と前林は、主人がいなくなった日本皇国大使館を後にする。


「・・・おや?」


 ゲートの外には彼らを迎えに来ていた「国連治安維持軍」の公用車が停まっていた。運転手のインド軍兵士がドアを開けて待っている。だが、車へと乗り込む直前、前林はオクタヴィアの姿に気づいていた。


「・・・サトル」


 オクタヴィアはおずおずとした様子で、彼の名を呼んだ。前林は優しい笑みを浮かべると、彼女のもとへ歩み寄る。


「オクタヴィア、ありがとう。今回の一件は君のお陰で解決に導くことができた」

「・・・いや、私はお姉ちゃんを助けたかっただけだから・・・。でも・・・」


 苦しんでいた姉を救いたいという思いに偽りはない。しかし、姉の雇い主である真柴が失脚したことで、姉のアグスティナも解雇され、姉妹共に路頭に迷うのではないか、果たして自分は本当に姉のためになることをしたのか、そんな複雑な思いが彼女の心に渦巻いていたのである。


「・・・今回、被害に遭った女性には、日本政府から賠償金が支払われる手筈になっている。それに当人が望めば勤続も可能だ。もちろん、裏営業などさせずにね」


 前林は彼女の心配が杞憂であることを伝える。今回の一件で空白になった大使の席は、日本国内ですでに後任者が選定されており、来週にはカタルーニャに入国する予定となっていた。

 また日本政府は、被害者女性に対する補償をすでに決定していた。“口止め料”込みで給付される予定であり、節度を持って生活すれば当面は働かずとも暮らしていける程の金額であった。


「この一件が終わったら、君たちは両親と離れて暮らすんだ。そして日本政府からの賠償金で、お姉さんと2人で暮らす家を買え。もう両親とは関わるな・・・良いね?」


 前林はアグスティナとオクタヴィアの姉妹が、この先すべきことについて指し示す。そもそもとして、2人は両親から離れなければ、真柴を失脚させようが、莫大な賠償金を得ようが、全てが元の木阿弥になってしまう。


「・・・ウン!」


 オクタヴィアは強く頷いた。その覚悟を決めた顔立ちを見て、前林は満足そうな表情をする。

 その直後、被害者である大使館の女性職員たちを乗せた治安維持軍の車両が大使館前に現れる。停車した車両の後部ドアから、国際犯罪対策課の隊員たちに導かれて、真柴に利用されていた女性たちが降りてきた。その中には、オクタヴィアの姉であるアグスティナの姿もある。


「・・・お姉ちゃん!」

「オクタヴィア!」


 オクタヴィアはたまらず姉のもとへ駆け寄って行く。アグスティナも無意識のうちに両腕を広げ、自分の胸の中に飛び込んできた妹を強く抱きしめた。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん・・・!」

「ごめん、ごめんねぇ・・・っ!」


 2人とも、今まで押し殺していた感情が爆発したのか、両眼から大粒の涙を流している。前林と徳佐、そして彼女たちを此処へ連れてきた国際犯罪対策課の隊員たちは、姉妹の様子を無言のままに見つめていた。

 程なくして、2人の感情が落ち着いた頃、前林は地面に座り込む姉妹に近づき、姉のアグスティナに声を掛ける。


「君の妹は自ら決意と行動を起こして君を救った。だが、君自身も行動を起こさなければ、何も変わらない。変えられない。そのことをちゃんと自覚することだね。妹さんの思いに応えるためにも」

「・・・はい」


 アグスティナはオクタヴィアを抱きしめながら、深々と頭を下げた。前林は徳佐と共にその場を離れると、自分たちを迎えに来ていた公用車へと足を進める。


「・・・あの!」


 その時、オクタヴィアは姉の腕の中から前林を呼び止める。


「サトル・・・また、逢えるかな!?」


 オクタヴィアは日本から来た“妖怪”と出会い、運命が変わった。そして彼女は再び彼と相見えることを望んでいたのである。

 立ち止まった前林は、少しだけ困ったような表情へ彼女に向かって振り返る。


「いや・・・もう二度と会うことはないだろう。でも、また・・・まあ、大丈夫だとは思うが、次の大使が非道を働く様ならば、すぐ助けを求めるといい」

「・・・ウンッ!」


 オクタヴィアは強く頷いた。


「・・・それじゃあ」


 前林はニコッと笑うと、彼女に別れの言葉を告げて、徳佐と共に公用車へ乗り込んだ。前林は離れゆく姉妹の姿を、どこか名残惜しそうな表情で見つめていた。


 その後、アグスティナを含む被害者女性たち、そして告発メールを日本へ送信した料理人のアレクシスは、国際犯罪対策課の警察官に事情聴取を受けた。なお、真柴らが集めていた客たちについては、現場での事情聴取後、早々に解放されていた。

 そして国際犯罪対策課の警察官たち、そして前林と徳佐の2人は、先に空港へ連行されていた大使館職員らと共に、チャーターされた航空機に乗って日本へと帰国したのである。


 かくして、カタルーニャ共和国にて行われていた日本国外交官による売春経営は、日本皇国外務省と警察庁により摘発、排除されたのだった。

次回はミクロネシアを舞台に旧海上自衛隊の飛行艇が、海賊相手に太平洋を暴れ回る話です(予定)

それで「海外編」は終了します。

次回第3章は再び日本へ舞台を移し、「横浜龍神編(仮題)」開始予定です。

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