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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第2章 海外篇
22/92

日本大使館の闇

12月21日 カタルーニャ共和国 首都バルセロナ レスコルツ地区 酒場


 唐突に明らかになった日本大使館の闇に、徳佐は驚きつつも具体的な話を始めていく。


「それで・・・どうやって粗を探す?」


 彼らに今必要なのは「物証」だ。サトリの能力を有する前林に隠し事はほぼ不可能に近いが、いくら彼が心を暴こうとも、物証がなければ何の意味もない。


「私の能力は他者が心の中で思った言葉を読むこと・・・記憶を読みとれるわけではありません」


 彼の力は「その時々で心に思ったこと」を読み取るものであり、「記憶」を読み取るものではない。故に心の声を読み取ることで、何かを聞き出そうとするのならば、直接相手の心に揺さぶりをかける必要があった。


「ですが・・・その点は問題ないでしょう。私に任せてください。すぐに心を暴いて見せます」


 サトリの力を持つ前林に、隠し事など出来はしない。前林はすぐに真実を暴く自信があった。


「ああ・・・任せた」


 徳佐はひとまず前林に託すことを決める。かくして、2人は日本大使館の闇を暴くため、行動を開始するのだった。


〜〜〜


12月22日 レスコルツ地区 日本皇国大使館


 翌日、大使公邸のゲストルームにて起床した徳佐と前林は、再び日本皇国大使館を訪れていた。大使公邸は大使を含めた全ての外交官の宿泊施設であり、大使館と同じ敷地内に併設されていた。


「今日から・・・職員の方々に揺さぶりをかけてみます。徳佐さんは別件の方をよろしくお願いします」

「分かっている。くれぐれも頼むぞ」


 2人は大使への挨拶を終えた後、今後の予定を示し合わせると、各々がとるべき行動にうつって行く。徳佐は監査作業の続きを、前林は現地職員の福利厚生調査に向かった。


 徳佐は昨日と同様、事務室で持参したPCを立ち上げる。デスクトップの小型化とホログラムキーボード・ディスプレイの普及により、デスクトップPCとノートPCの区別というものは消失しつつあった。


(・・・)


 徳佐は再び経理関係の記録のチェックを行なっていた。その中で、何か不審な記録や出入金がないかどうかを探っていく。


(・・・売春の斡旋を行なっているのなら、何らかの形で金銭や金品の収入があるはずだ。それに場所・・・もしや大使館内に顧客を引き入れているのか?)


「・・・」


 徳佐は念入りにパソコンに保存されている記録を調べていく。大使館に務める外交官の1人、公使の龍河些種(るがわ さくさ)は、そんな彼の後ろ姿をじっと見つめていた。

 この大使館には特命全権大使 真柴高虎以下、公使や参事官などを含む5名の男性外交官が勤務している。容疑者はその全員だ。




大使館 厨房


 その頃、前林は大使館の厨房を訪れていた。そこには大使館唯一の男性現地職員であるアレクシス・サルディネロが勤務している。料理人である彼は、すでに昼食に向けての仕込みを始めていた。


「こんにちは、失礼しますよ」

「・・・!! こ、これはこれは・・・監査官殿!」


 アレクシスは目を見開いて驚いていた。彼は大使館に勤める者として、すでに2人の監査官の顔を知っていた様だ。作業を止め、ペコペコと頭を下げるアレクシスに、前林は一歩ずつ近づいて行く。


「やぁ、邪魔をして申し訳ありません。監査の一環として、貴方にも軽くお話を伺っておこうと思いましてね」

「は、はぁ・・・私にお答えできることなら」


 2人がそれぞれ話している日本語とカタルーニャ語は、前林が身につけている翻訳機によって、お互いの言語に一瞬で翻訳される。さらに指向性音声により、周りに翻訳された音声が聞こえない様になっていた。


「他の職員の女性にも聞いたのですが、ここの仕事はどうですか? 業務内容と報酬に満足していますか?」

「・・・!」


 前林は昨日、現地職員の女性にしたものと同じ質問を、アレクシスに問いかけた。アレクシスは一瞬だけ眉間にしわを寄せるが、すぐに表情を取り繕い、満面の笑みで口を開く。


「ええ、もちろん! おかげさまで家族を食わせることができております。全ては大使殿の慈悲のおかげであります!」


 アレクシスは前林が予測した通りの言葉を返した。だがその心の中は、口に出した言葉と大きく異なるものであった。


「・・・他に働いている女性たちも、貴方と同じ意見だと思いますか?」

「・・・え! ええ、当然です! 皆、真柴大使に感謝しているんですから!」


 アレクシスは再び笑顔で答える。しかし、前林には彼の本心が余すところなく見えていた。女性たちの生気を失った表情を見ることが辛い、しかし稼ぎのために辞めるわけにはいかないという苦悩を、心の中で吐露していたのだ。


「なるほど・・・大使は慈悲深いお方の様だ。そういえば、貴方はここ以外で調理をされることはあるのですか? 大使館の料理人ともなれば、大使の出張に合わせて、あちこちの会合に出向くことも多いでしょう?」

「・・・はい、まあ」


 前林はさらなる揺さぶりをかける。アレクシスはもはや、笑顔を維持することもままならなくなっていた。


(・・・なるほど、大使館公営の売春宿か。そこでの顧客向けの調理も担当しているわけだな)


 前林にはアレクシスの不平不満が流れ込むように聞こえていた。その内容はとても口にはできないほどの悪態であった。それは彼が今まで何を見てきたのか、何を隠しているのかを赤裸々に語っていた。


「・・・ありがとうございました。手間取らせましたね」

「いえいえ!」


 前林は笑顔で厨房を後にする。しかし、後ろを向いた途端、彼の顔は怒りの表情へと変わった。




大使執務室


 その頃、最上階にある大使執務室に、ここに勤務する外交官が集まっていた。メンバーは大使である真柴高虎を筆頭に、公使の龍河些種、参事官の纏大吾(まとい だいご)、防衛駐在官兼書記官の天川定信、同じく書記官の水梨雄詞(みずなし ゆうし)の5名である。

 彼らの議題はもちろん、本国から派遣された監査官の2人についてのことだ。公使の龍河は事務室で見かけた徳佐について報告する。


「あの徳佐という監査官は、今も事務室にて記録の精査を続けている様です」


 纏は昨日で終わったはずの経理監査を、アナログな手法で調べ直している徳佐のことを気味悪く思っていた。

 彼に引き続き、書記官の水梨も口を開く。


「それにもう1人の前林とかいう監査官は、どうやら積極的に現地民と対話している様で・・・もしや、奴らは感づいているのではないでしょうか?」


 水梨は不安を抱いていた。彼らが隠している闇が監査官にバレているのではないかと危惧していたのである。


「ふん、現地民は我々の言いなりだ。何も漏れることなどない。我々を裏切る様な真似をすれば、奴らと奴らの家族は路頭に迷うことになるのだから」


 日本とカタルーニャ共和国には、天地の間ほど離れた経済格差がある。彼らが現地職員に支払っている給与は、それだけで当人の父母から子供まで養えるほどの額であった。それ故に、現地職員たちが自分たを裏切るはずはないと、真柴は思い込んでいたのである。


「・・・え、ええ。それもそうですね」


 水梨は真柴の言葉を聞いて、無理矢理自分を安心させる。だが、彼らは心の内を隠すという行為が、前林に対しては無駄であることを知らない。サトリ妖怪の血を引く彼は、こうしている間にも人々が隠す「心の声」を聞いてまわり、すでに彼らの予想を超えるところまで到達していたのである。


・・・


同日 夜


 監査官と大使館側が腹の探り合いを繰り広げる中、それぞれの仕事を終えた徳佐と前林は、レスコルツ地区の市街にある高級レストランへ来ていた。


「ここは平和ですね。海外は全てが無法地帯だと聞いていましたが」

「この地区は富裕層や政治家の生活圏で、大使館が集中している場所だからな。警察官の配置も他の地域と比べて5倍以上の密度だそうだ」


 徳佐と前林はナイフとフォークを器用に使い、カタルーニャ料理を楽しんでいる。周囲ではこのレスコルツ地区に住う富裕層が、彼らと同様に食事を楽しんでいた。


 そもそも「カタルーニャ共和国」は、スペインのカタルーニャ自治州とフランスのピレネー=オリアンタル県が合併して誕生した国だ。カタルーニャ自治州はスペインが統一される前、独立した国家として存在しており、独自の文化、言語、習慣が根付く地域であった。21世紀初頭にも独立運動が度々起こっており、スペインの中央政府は独立を正式に認めることはなかったが、世界を未曾有の経済危機が襲った時、スペインがカタルーニャの独立を止める術は失われた。スペインからはその他にも「バスク国」が独立している。


 他国ではドイツから「バイエルン王国」が分離し、イタリアは南北に分断していた。また、ナショナリズムの高まりは民衆に過去の栄光を懐古させる場合もあり、オーストリアでは何と帝政復古がなされている。

 かくして、ヨーロッパは難民危機以降のナショナリズムの高まり、そして後に起こった、中国の没落と日本の消失による「世界経済の崩壊」に伴う治安の危機によって、混沌の渦の中に飲み込まれていた。


 そして現在、世界は多くの国々が新たなる国際機関である「国際連邦」の庇護下にあり、このカタルーニャ共和国も、決して豊かとは言えない国庫から「運営分担金」を「国連」に支払うことで、国連が組織する治安維持軍の駐留を受けている。そしてそのための負担は、多くの国民の生活に負担を強いており、それがますます貧富の差を広げていた。


「ところで・・・大使館が売春宿の経営に手を染めていることは、まず間違いない様です。そして大使館とは別の場所にそれを構えている。ですが、具体的な場所までは読みとれませんでした」


 前林は早速、今日の調査結果について報告する。それを聞いていた徳佐は、眉間にシワを寄せる。


「読み取れない・・・ということがあるのか。そもそも・・・君の能力はどういうものなんだ?」


 徳佐は前林が持つ「サトリの能力」について質問する。


「以前も説明した通り、私の力はあくまで、その時々において相手の人物が“思っていること”を読み取る力です。例えば、何か失敗をして『しまった』とか、『まずい』とか、その時に心の中で呟いた言葉を聞く力なのです。それに映像越しでは全く意味がありません」

「なるほど、思ったよりも不便なんだな」


 前林は質問に答える。彼が血を引く「サトリ族」は、日本国内に存在する12万人・79種の亜人種の中で、40人しかいない「人魚族」に並んで希少な種族である。中には前林の様に、その力を利用して検察や警察、探偵、弁護士など、人を相手にする職業に就く者がいるという。


「私は残念ながら収穫がなかった。おそらく売春宿の経営に関しては別個に“隠し口座”でも作っているのだろう。場所にしても・・・職員が大使館の外に所有する土地・建物を調べるのにも時間はかかってしまうな」


 徳佐は申し訳なさそうな表情で頭を掻いた。彼らの捜査は早速暗礁に乗り上げてしまっていた。元々、外務省は大使館にかけられていた疑惑を軽視していたのだ。


「・・・あの女の子」

「・・・ん?」


 その時、前林はある少女の顔を思い出した。大使と顔合わせをしたその日に、大使館の前に立ってこちらを睨んでいた少女である。前林は彼女の心に、大使館への激しい憎悪を感じ取っていた。


「あの子ならば・・・もしかして何かを知っているかもしれません」


 未だ全貌が見えない大使館の闇を暴くため、前林は少女と接触することを決意するのだった。

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