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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第2章 海外篇
20/93

工事現場の視察

本来は軍閥の反日派が企業員を誘拐して日本政府を脅迫し、その後警察庁の海外テロ対策部隊が出動して解決!な感じの話にしようと思っていたのですが、収集がつかなくなりそうだったので、不穏ながらも無事に旅を終える形にしました。お待たせしまして申し訳ないです。

4月7日 中華人民共和国 湖南省 婁底市 冷水江市


 湖南省の中心部、長沙市に隣接して存在する婁底市・冷水江市は、中国有数の鉱物資源地であり、アンチモンをはじめとして、天然ガス、石炭、鉄鉱石、亜鉛、石灰など、様々な地下資源が眠る資源の宝庫である。

 かつてはこの溢れる資源をめぐって、数多の軍閥が凌ぎを削って激しい戦いを繰り広げたが、今は長沙を支配した班軍閥の管理下に収まっている。

 そして今、班軍閥と提携を結んだ日本政府と日本企業により、この冷水江市に「長沙・地下坑内駅」が建設されていた。さらに同時進行で地下鉄道の建設も進められている。これは採掘された資源を日本へ売り、尚且つ安全に運ぶため、両者の合意の下に円借款事業として開始されたものなのだ。


 宮戸をはじめとする派遣団のメンバーは、この日の朝、建設現場である冷水江市を訪れていた。現地の作業総監督者である日本企業員の松鵜斎秋が派遣団に説明を行う。

 地上の作業場では、地下から排出される土砂を重機で別の場所へ運搬したり、セグメントなどの建築資材を搬入したりしている。地上での作業員は現地民が多い様で、会話は中国語が飛び交っている。


「日本から持ち込まれたセグメントが、クレーンによって地下へ下され、そこからは運搬車によって作業場まで運ばれていきます。シードルマシンの操作は全て地上から遠隔操作で行っており、地下には数名の作業員のみが監視を行っています。

またセグメントの構築もほとんど自動化されていますので、危険はありません。地上及び地下の作業場では、日本人だけでなく、現地住民も数多く作業に従事しています」


 松鵜は現場の状況について説明する。その後、彼は派遣団の面々を現場の中へ案内する。そして彼は地面から突き出したコンクリート造りの小さな建物の前に立ち、再び説明をはじめた。


「あの入り口が地下の現場に続く道になります。シールドマシンの現場までご案内致します」


 松鵜が扉を開けると、そこには地下へ斜め方向に降りる作業用エレベーターがあった。派遣団は松鵜の先導に従ってエレベーターへと乗り込み、トンネル掘削が行われている地下へと向かった。




建設現場 大食堂


 その後、地下作業場の視察を終えた彼らは、地上のシールドマシン管制室、坑内駅の内装工事などを視察した。そして太陽が空高く上がる頃、彼らは作業員が集まる食堂へと足を運ぶ。

 食堂には昼飯を求める作業員が長蛇の列を作っていた。彼らが並ぶのは自動調理された食事を配膳する機械である。7つの配膳口があり、正規に雇用された作業員であることを示すICカードをリーダーにかざすと、配膳口の中に設置されたトレイに料理が盛り付けられる。

 提供される食事は見た目こそほぼ同一だが、全て同じものではなく、従業員の年齢、体重、栄養状態などに合わせてカロリーや栄養素のバランスが調節されている。従業員たちはそれを次から次へ運び出すと、ずらっと並んだ長テーブルのどこかに座り各々食事を始めていた。


 22世紀の今、日本国内では各家庭・企業にはこうした「自動調理器」が普及しており、自分の手による「料理」は完全に「趣味」や「主義」の範疇だと考えられている。


「・・・!」


 派遣団の1人である壬生地は10代前半くらいの少年がいることに気づいた。少年は慣れない様子でICカードをリーダーにかざし、おっかなびっくりな挙動で配膳された昼食を受け取っていた。


「ここでは未成年者も雇用しているのですか?」


 その少年のことが気になった壬生地は、案内役である松鵜に質問をする。


「日本での就労可能年齢の最低は15歳ですので、業務内容を制限することで、ここでもそれを適応しております。もちろん、日本国内における未成年労働者の保護規程は遵守しております」


 建設工事が開始される以前、この事業を受注した日本企業は現地民に対して求人情報を提示した。その結果、数多の応募が殺到したが、その中には未成年者も多かったのである。

 困窮した家庭状況を考慮した企業は、危険な業務への就労を制限することで、彼らについても雇用することとしたのである。


「・・・」


 壬生地は椅子に座ったその少年のもとへ近づく。少年は突如として近づいてきた異国の男に驚きを隠せない。そして壬生地は彼の真正面に座ると、早速質問をぶつけた。


「君はなぜ、ここで働いているの?」

「・・・!?」


 壬生地の日本語は彼が身につけている翻訳機により、現地の中国語に一瞬で翻訳される。その質問を聞いた途端、少年は怪訝な表情を浮かべた。


「決まってるだろ、家族を養うためだよ」


 彼の名は康律偉、冷水江市の貧民街に暮らしている。数年前に父親を亡くした彼は、虚弱な母親と兄弟たちを養うため、この建設現場で従事していた。


「なるほど・・・家族のためか。君自身がやりたいことはないのか?」

「やりたいこと・・・?」


 壬生地はさらに質問を投げかけた。康律偉は自分自身の希望を聞かれたことなど、今までの人生で初めてであり、返答に困ってしまう。そしてしばらく考えた後、彼は壬生地の顔を伺いながらゆっくりと口を開いた。


「兄ちゃんもこの作業場を仕切る奴らと同じ様に『日本』って国から来たんだろ? 爺ちゃんに聞いたんだ。『日本』はこの大地を東へ東へ進んだ先にある『海』の、さらに東へ行くとたどり着く島国なんだって」

「・・・ああ、その通りだ」


 康律偉はこの時代の大多数の子供たちと同様に、受けて然るべき「教育」を受けていない。かつては「第2次世界大戦」時の因縁から、日本に対して幾度となく歴史問題を取り沙汰してきた中国だが、教育の崩壊によって反日感情は過去の遺物となり、今となっては「日本」という国の名すら知らない者が大多数になっていた。


「爺ちゃんも、周りの大人たちも言ってた。『日本』は海の向こうの夢の国なんだって! 俺はいつか・・・『日本』に行ってみたい!」

「・・・!」


 康律偉は見知らぬ海の向こう側に思いを馳せる。この時代、世界は広く、富裕層でなければ海外旅行などありえない。故に、これほどのインフラを持ち込んだ「日本」という国に、湖南省で暮らす人々は、大きな興味と憧れを抱いていたのである。


「そうか・・・いつか叶うといいな」


 現在の日本は観光客を受け入れてはいるが、不法滞在を目論む恐れがある貧困層に査証を発行することはない。故に壬生地は彼の夢が叶う可能性が限りなく低いことをわかっていた。だが彼はその事実を心の奥底にしまい、康律偉の夢が叶うことを祈る。


「・・・行きましょう、壬生地さん」


 その時、派遣団の1人である間宮篤佐が壬生地の肩を叩いた。視察終了の時間が迫っていたのである。


「ああ・・・それでは、少年」


 壬生地は康律偉に別れの言葉を告げると、その場から立ち去っていく。建設現場の査察を終えた派遣団は、長沙の滞在場所へと戻った。

 明日はついに中国の首都とされる街「重慶」へ出発する。


〜〜〜


4月8日 日本皇国 東京都千代田区 外務省


 その頃、日本の外務省の一画では、数名の官僚たちによる会議が行われていた。彼らが所属する部署の名は「領事局国際安全対策課」、それは国内外の人の移動と海外における邦人の安全確保を司る部署である。


「現在『参議院円借款調査派遣団』と共に、中国に滞在している堂ヶ島の報告によりますと、現地にて日本による介入を疎ましく思う勢力は、財閥内部に存在している様子はあるそうですが、現段階で具体的には行動には出ていない様です」


 小さな会議室にて1人の男が立ち上がり、報告を行っている。現在、中国大陸に派遣されている調査派遣団の1人である堂ヶ島徹は、この領事局国際安全対策課に所属する外務官僚の1人であった。彼は独自に外務省と連絡を取り合い、現地の様子や班軍閥の動きについて報告していたのである。


「現地にて潜伏する『国際犯罪対策課』の諜報員からも、同様の報告が上がっている様です。今のところ、現地に滞在する邦人が危険に晒される恐れはないと」


 その他、現地の長沙市には日本から派遣された企業員に混じって、警察庁のスパイが紛れ込んでいた。彼らは班軍閥の動きと、現地に滞在する民間日本人の安全を監視していた。


 海外で活動する邦人は常に危険と隣り合わせだ。22世紀の今、世界は警察や政府が健全に働いていない地域が大多数であり、邦人が犯罪に巻き込まれても、現地の機関から有効な援助が得られない場合が多い。

 故に、国外にて事実上の警察活動を行う機関として、警察庁警備局に「国際犯罪対策課」が設立された。元は「国際テロリズム対策課」という名称であったが、テロだけでなく個人レベルの様々な犯罪に対応するため、人員も装備品も拡充され、海外での準軍事的実働部隊として再編成されたのだ。海外での諜報活動や邦人の安全確保の他、有事の際には準軍事部隊として現地に展開し、現地の治安機関と協力しながら邦人の救援を行うことを使命としている。


 この「外務省領事局国際安全対策課」と「警察庁警備局国際犯罪対策課」は、海外における邦人の安全確保という目的を共有し、密接な協力関係にあった。


「とりあえず・・・問題はない様ですね。では本日の会合はこれにて終了とします」


 課長の東鈴兼彦が会議終了を宣言する。平時において邦人の命を守ること、それが外務省の最上の使命であった。


〜〜〜


同日 中華人民共和国 共産党政権首都 重慶


 羽田空港を発って5日後、宮戸帯刀を代表とする「参議院円借款調査派遣団」は、ついに中国の首都「重慶」へたどり着いた。


「ここが中国の首都か・・・」


 バスの車窓から見える上海と並ぶ大都会に、宮戸はため息をつく。空にそびえる摩天楼が並ぶその姿は、東京と遜色ない様に見えた。


『間も無く『共産党政権交通運輸部』に到着します』


 先導役の外務官僚、相良央理が派遣団の面々にアナウンスを告げる。その後、彼らを乗せたバスは目的地である「交通運輸部」へと到着した。


 かつて「人民解放軍」の大多数が「中国共産党」に反旗を翻したことで勃発した「中国内戦」、そして共産党から北京を奪った反乱軍が北朝鮮と共に周辺諸国へ宣戦したことで幕を開けた「東亜戦争」・・・共産党は幾重にも渡る戦争や動乱に晒された「北京」を放棄し、重慶へと拠点を移した。

 その後、中国大陸は元人民解放軍の残党たちが建てた「軍閥」による「戦国時代」へと突入し、共産党の影響力は大きく削がれた。今や共産党の権勢はこの首都「重慶」を含むいくつかの都市に及ぶのみである。


 そして今、派遣団を乗せたバスは解放軍の検問を通過して「渝中区」へ入る。重慶の中心地である「渝中区」は、長江と嘉陵江に挟まれた場所にある小さな区域だ。だが、この区域内に共産党政権の中枢が集中している。この「渝中区」は外部から“隔離”されており、ここへ至るための道や橋は人民解放軍によって厳しく監視されていた。




合同庁舎


 バスは「交通運輸部」が入っている庁舎の前に止まる。人民解放軍陸軍の兵士たちが周囲に警戒する中、開いたドアから派遣団の男たちが続々と降りてきた。


「ようこそ、中華人民共和国へ! 早速ですが、交通運輸部副部長、李健徳のもとへご案内します」


 交通運輸部の役人たちが、日本政府からの使いたちを出迎え、交通運輸部副部長の李健徳が待つ会見場所へと案内する。宮戸を先頭にして、5人の派遣団員が建物の中へと入って行った。彼らに続いて、礼服を身に纏った皇国陸軍の兵士たちが続く。

 そして彼らは、地上5階にある会議室の前に設けられた会見スペースへと案内された。現地の報道陣が数多のフラッシュライトを焚く中、代表者である宮戸帯刀が会見スペースへ現れる。


「ようこそ、中華人民共和国へ。交通運輸部副部長の李健徳と申します」

「こちらこそ、盛大な御歓迎に感謝します。参議院議員の宮戸帯刀と申します」


 2人が話す中国語と日本語は、お互いに身につけている翻訳機で一瞬のうちにお互いの言語へ翻訳される。翻訳された声は指向性音声になっており、周囲には聞こえない様になっていた。報道陣の前で2人は固い握手を交わす。

 その後、李健徳は宮戸に奥の部屋へ行く様に促した。


「では、こちらへ。有意義な意見交換の場としましょう」

「はい、よろしくお願いします」


 李健徳の案内に従い、宮戸を筆頭とした5人の派遣団員が会議室へと入っていく。7名の皇国陸軍兵士は部屋の外で待機することとなった。




会議室


 会議室に入ると、そこには大きな長テーブルが置かれていた。テーブルの上にはところどころに小さな「日章旗」と「五星紅旗」が置かれており、それぞれがどちらに座ればいいのかが示されている。上座に位置する会議室の最奥には、通常サイズの「日章旗」と「五星紅旗」が交互に2つずつ置かれていた。

 意見交換会は中国側、すなわち交通運輸部の役人が進行役となって話が進められる。その男は日本からの円借款によって進められている各事業の状況について説明していた。


「・・・でありまして、班・地方政権が治める長沙では、坑内駅は内装工事を行う段階まで完成しており、現状としては極めて順調に工事が進んでいます」


 男は長沙・湖南省で行われている「鉱山鉄道建設事業」について説明している。ちなみに共産党は中国大陸の各地域を支配する「軍閥」を、自らの配下にある「地方政権」と位置づけているため、軍閥という言葉を用いることはない。あくまで共産党は中国全土を公式な領土としているからだ。

 かつての栄光、経済力で日本を追い抜き、アメリカに迫った時代の再現を、彼らは常に夢見ているのである。


(・・・ようやく明日、日本に帰れる。この1週間は本当に長く感じた)


 手元に置かれたタブレットをいじりながら、宮戸は日本へ帰ることばかり考えていた。

 その後、意見交換会はつつがなく終了し、今回の円借款調査における全ての日程が無事終了したのである。


〜〜〜


4月9日 中華人民共和国 共産党政権首都 重慶 重慶江北国際空港


 翌朝、2名の参議院議員と3名の外務官僚、そして7名の皇国陸軍兵士からなる「参議院円借款調査派遣団」は、中国の数少ない空路の拠点である「重慶江北国際空港」に居た。彼らは荷物を片手に帰りの航空機が待つ出発ロビーに向かって歩いていた。


「何事もなく終わってよかったですね、宮戸さん」

「ええ、全く・・・」


 壬生地は隣を歩く宮戸に話しかける。宮戸は心の底から彼の言葉に同意していた。

 その後、彼らを乗せた航空機は滑走路を飛び立ち、一路東の空へと向かう。地上から離れるに従って、重慶の街がミニチュアの様に小さくなっていく。

 特権階級及び富裕層が暮らし、ショーウィンドー都市として再建された中心部と、貧困層が追いやられ、動乱の爪痕が残されたままの廃棄区域、その2つの対照的なエリアが混在している様子が一望できた。廃棄区画からは煙が立ち上り、時折爆炎が見える。


「・・・」


 宮戸をはじめとして、派遣団の面々は複雑な思いでその光景を見下ろしていた。程なくして航空機は雲の中へと入り、地上の様子は見えなくなっていく。

 かくして、「参議院円借款調査派遣団」の“6泊7日の中国旅行”は幕を閉じたのだった。

次回「ヨーロッパ篇」

海外にて悪行を働く日本人を、日本人が問い詰める感じの話になります。

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