表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第2章 海外篇
18/92

未開の大陸「ユーラシア」

2101年12月5日 東京都千代田区 首相官邸 閣議室


 この日、橋田首相率いる内閣の大臣たちが、首相官邸の一室に集まっていた。閣議席上に配布された資料には「宇宙移民白書」という題名がふられている。それは今回の定例閣議で「宇宙開発省」が配布したものだった。


「月面都市への移住者は2085年の移住開始より増加の一途を辿っており、希望者数は都市のキャパシティを大きく凌駕しています。都市の拡充工事は依然続けられていますが、供給が需要に追いつきません」


 宇宙開発大臣の難波翔太が資料について説明をしている。宇宙開発、それはこの時代の日本が国策として推進しているものであった。


 地球の衛星「月」には、28世紀の科学を得た日本によって建設された都市が存在する。月に纏わる日本の昔話になぞらえて「竹取」と名付けられたその都市には、移住が開始された16年前から現在までで、およそ3000人を越える民間人が移住していた。その移民のほとんどは「帰化人」である。


 22世紀の現在、半鎖国体制下にある日本では「外国人の就労」が一切認められない。故に「在留外国人」という概念は消失しており、外国人に発行される査証は「外交」と「短期滞在」のみである。故に外国人が日本へ居住する手段は“移民”しかない。

 だが日本本土への移住を目指す場合、所有資産、本人及び血縁者・配偶者の犯罪歴などで非常に厳しい審査があり、何より祖国との関わりを断つことが求められる。事実、審査を通過して認可される者は年間でも10人いるかどうかだ。


 だが“宇宙移民”の場合は審査要件が大きく緩和される。彼らには将来的な大量入植のモデルケースとなって貰い、日本本土への居住は認められない代わりに、日本国籍を付与されている。彼らは祖国よりも宇宙に住む方がよほど良いと、日本政府の宇宙移民募集に次々と飛びついてきたのである。


「将来的には今後10年で5万人を月面移民とし、また20年後には火星移民を開始する予定となっています。さらに今後50年で月に500万、火星に300万の移民を目指し、100年後の目標としては、地球上の現人口のおよそ半数、40億人規模の宇宙移民を完遂させる構想となっています」


 日本政府はいずれ、世界人口の過半数を宇宙へ送り出そうと考えていた。この最終目標は世間には発表されていない機密事項である。宇宙開発の目的は「日本の生存圏の確保」、そして同時進行で推進されている宇宙移民の目的は過多人口を宇宙へ移し、今なお進む「地球環境の汚染を食い止めること」にあった。


 東亜戦争と日本国の消失、それに伴う世界経済の崩壊により、あらゆる秩序と価値観が混沌の中へ消え去った。それは22世紀の今となっても尾を引き、未だ大多数の人類が貧困と飢餓の中、弱肉強食の法則の中で生きている。

 そして秩序が無くなった世界では、21世紀初頭よりも海洋汚染が加速していた。大部分の地域が無政府状態となり、廃棄物の無秩序な海洋投棄が激増したからだ。それは日本列島周辺の海域も侵しつつある。ならばその元凶である、国家権力の支配から外れた大量の人間を地球から追い出せばいい。


「・・・この『22世紀』を幸福の100年とするために、我々には後戻りは許されません。日本皇国を、そして美しい地球を守るために」


 日本による宇宙移民は、他国政府より“国民の拉致”と非難されることがある。このままでは全ての国民が宇宙へ運び出されてしまうのではないかと、彼らは危惧している。だがあくまでこの時代でも、個人の移住の自由は保障されているため、その非難は的外れである。

 しかし、彼らの危惧は的を射ていたのだ。人類の宇宙移民は100年後の目標に向けて着々と進められていた。


〜〜〜


2102年4月1日 日本皇国 東京・新宿区 外務省


 この日、日本の外交を司る「外務省」の一室に、職員たちがあつまっていた。彼らの視線は目の前に置かれた資料と、スクリーンの前に立つ説明役に注がれている。

 会議のメンバーに名を連ねているのは外務省職員だけでなく、参議院議員の姿もあった。


「『中国共産党政権』及び『長沙・班軍閥政権』との交渉を重ね、今年の1月から遂に開始された『鉄道輸送路の建設』の現地訪問について、出発に向けた最終会合を行います」


 進行役の男がスクリーンを背にして説明を始める。会議の参加者たちが見つめる画面には、最初に中国大陸の地図が映し出された。

 ちなみにこの時代の日本では、小中高の教育に使用する教科書・教材から世界地図が削除されている。大学にて地理や世界史専攻にでも進まなければ、世界地図を見ることなく成人することの方が多い。半鎖国体制を維持するための一環として、未成年の児童に海外への興味を抱かせないようにしているのだ。


「まず、『中華人民共和国』の基本的な事項のおさらいをしていきましょう。『重慶』に首都を置く『中国共産党政権』は現在、1949年の建国以降の、東トルキスタン共和国とチベット、香港共和国、中華民国台湾、満州地方まで含んだ広大な領域を、公式な領土として発表していますが、実際に共産党の実効支配が及ぶのは、首都・重慶を含む幾つかの都市とその周辺地域のみであり、さらにはそれらの治安維持もアメリカ、及び国際連邦に依存する状態が続いています」


 2019年の「中国内戦」、そしてその直後に勃発した「東亜戦争」によって、世界第2位の経済大国だった中華人民共和国は、瞬く間に没落した。中国の崩壊はそのまま世界経済に多大な影響を及ぼし、またその直後に起こった日本の「国家転移」によって、世界の経済と秩序は完全に崩壊する。

 その後、内紛と動乱が相次ぐ中国は、治安維持の為にアメリカと「国際連邦」の介入を受け入れるも、崩壊は止まることなく、今や中国共産党政権の実効支配が及ぶのは、首都・重慶とアメリカ軍が駐留する一部都市の周辺のみ。中国の広大な大地は、各地に有力者の軍閥が跋扈する「戦国時代」の様相を呈していた。


「我々はアメリカ軍が駐留している『上海』へ飛行機で入国、滞在した後に陸路にて長沙市へ入ります。長沙では現地軍閥の最高指導者である班錕明氏と面会・意見交換を行い、さらに円借款関連日本企業関係者と接触した後、首都重慶へ向かいます。重慶では共産党政権交通運輸部副部長の李健徳氏と意見交換を行います。その後は重慶より羽田空港へ帰国します。日程は6泊7日を予定しております」


 進行の男は出発から帰国までの日程と行程を大雑把に述べる。次に進行役は調査派遣に関する注意事項を述べる。


「警察組織や人民解放軍が健在だった頃はともかく、今の中国大陸はアメリカ軍が駐在しているごく一部の大都市を除いて、ほぼ全土が無法地帯です。そもそも、今の海外は21世紀初頭の価値観が残る日本国内のそれとは、全く情勢も価値観も異なる世界、治安の崩壊と帝国主義への回帰・・・そして生活水準の後退、海を越えた先はまさに『異世界』という訳です。

長沙市はかつての空港が廃棄されていますので、空路は使えません。そして陸路となれば、盗賊や他の軍閥に襲撃されるリスクがあります。皇国陸軍の護衛はつきますが、滞在中は十二分に身辺への警戒を行うようにお願いいたします」


 今の時代、海外への派遣任務など命がけだ。かつては政治家の海外視察は“旅行”と同じと批判される時代もあったが、今は誰も行きたがらない“貧乏くじ”扱いになっている。派遣団に名を連ねている2名の参議院議員は、いずれも年配者から押しつけられた若者ばかりで、彼らの表情は一様に緊張している。


「出発は来週月曜の4月3日です。それまでに十分な用意をお願いいたします。・・・では、これにて最終会合を終了させて頂きます。ご静聴ありがとうございます」


 進行役の男が頭を下げて会議は終わる。


〜〜〜


4月3日 東京国際空港(羽田空港)


 国際線の大幅な縮小に伴って成田空港が閉鎖された為、現在の「羽田空港」は唯一無二の首都圏の空の玄関口となっていた。離着陸するのは日本国内を移動する国内線と、主に国外輸送用の貨物機が飛ぶ国際線の2種類からなる。

 そして今、羽田空港の滑走路に1機の旅客機が出発への準備を進めていた。搭乗ゲートが閉じられ、その機はゆっくりと駐機場から離れていく。


『出発時刻となりましたので、当機はまもなく離陸致します。ご搭乗のお客様はシートベルトを締め、ご着席の上、お待ちください・・・』


 まるで死地に赴くような、沈んだ表情を浮かべる2人の参議院議員と3人の外務省職員、そして7人の皇国陸軍兵士を乗せて、旅客機は中国の海の玄関口「上海」へと飛び立って行った。


・・・


同日 中華人民共和国 共産党政権直轄市 上海


 およそ2時間半のフライトを経て、派遣団を乗せた飛行機は「上海虹橋国際空港」に到着した。現中国の数少ない“空の玄関口”であり、上海に駐留するアメリカ軍の軍用基地も兼ねている。

 東亜戦争終結後、人民解放軍の大幅な縮小に伴い、アメリカ合衆国と中華人民共和国は「米中安全保障条約」を締結し、共産党政府は核兵器の放棄とアメリカ軍の駐留を受け入れた。治安維持の為の苦渋の選択であった。


 アメリカ軍は中国の各地やグアム、フィリピンの各基地から、日本列島を取り囲む様に睨みをきかせているのである。


「此処が『上海』か・・・流石に大都市だな」


 派遣団の1人、参議院議員の宮戸帯刀は飛行機から降り立つと、海岸に見える大都会にため息をついた。

 此処「上海」は、中国共産党政権の施政下にある数少ない都市の1つであり、現状として中国最大の都市である。大陸の交易の中心地であり、アジア中の国々から貿易船が集まる場所だ。加えて海上の治安はすこぶる悪く、「在中アメリカ軍」や「国連平和維持軍」が巡回しているものの、貿易船を狙う「海賊」の出没が後を絶たない。海賊は人民解放軍海軍の廃棄された艦艇を使って、周辺の沿岸部を襲うのだ。


「上海はアメリカ軍の庇護下に置かれているとは言えども、チャイニーズマフィアによる犯罪の巣窟です。殺人、強盗、薬物、誘拐、売春・・・くれぐれも気をつけてくださいよ。宮戸さん」


 彼に続いて飛行機を降りる外務省職員の相良央理は、まるで脅すようなセリフで宮戸に注意を告げた。

 そしてこれは、彼らにとって長い7日間の始まりとなるのであった。


・・・


中華人民共和国 首都 重慶

20世紀中頃に中国共産党によって統一された中国は、東亜戦争以降は各地で軍閥や少数民族が独立し、周辺諸国からの圧迫を受ける群雄割拠の状態に陥っている。尚、保有していた核兵器は東亜戦争の直後、拡散防止の名目の下に国際連合に没収された。日本政府は新たな独立国として東トルキスタン共和国、チベット、香港共和国、中華民国台湾を承認し、これらの国々を中国とは別のものとして交易を行っている。中国共産党の治安が及ぶのは重慶周辺の内陸部、及びその他の一部大都市に限られ、その他の地域と交流を持つときはその場を支配する軍閥と交渉を行うのが慣例である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 物語がぶっ飛んでて面白いです!国内から国外へ物語が動いていくとなるとワクワクが止まりません! [気になる点] ちなみに、破滅した先進国と日本がテラルスに行ってる時に統合した国とかってありま…
[一言] ユーラシア大陸は中国を中心に無法地帯化か…まぁ中国史学んでりゃ十分理解出来る事だしね… そう言えばこの世界の北京ってどうなりました?
2020/08/16 21:11 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ