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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第1章 東京万博篇
15/93

人魚に迫る影

2101年4月23日 静岡県 伊豆半島 下田市 白浜海岸「人魚の里」


 この日、スズメダイの人魚の娘である白樺ハルは、「人魚の里」にある自宅から意気揚々と飛び出していた。それに気づいた母親のミズキが彼女を呼び止める。


「ハル〜、また宇宙港へいくの?」

「うん! 夕飯までには帰るから!」


 ハルは忙しない様子で南へと泳いで行く。ミズキは小さなため息をついた。


「あの子、しばらく落ち込んでしまうかと思っていたけれど、昨日から妙に元気よね。宇宙港で何かあったのかしら?」


 人魚では宇宙に行けない、そう聞かされてしまった後、ハルはひどく落ち込んでいた。しかしその次の日の夕方、宇宙港から帰ってきた彼女は、とても嬉しそうに笑っていた。

 その理由は星和が宣言した約束だ。だがミズキはそんなことを知る由もない。


・・・


静岡県 駿河湾 沖合 東京・宇宙港


 その頃、宇宙港の方では「宇宙航空大学校」の生徒たちが2日目の実習を行っていた。彼らは今、メガフロートの一画に併設されている宇宙航行船の「ドック」を訪れていた。

 この「東京宇宙港」には船が離発着する10のバースのほか、此処の様な整備用のドックが3箇所存在する。さらに人工の浮島の上には、貨物を保管する倉庫、受付や出発ロビー、ラウンジなどが入ったガラス張りのターミナル、ホテルや公園などのアミューズメント施設が建設されており、さながら小さな街の様な様相を呈している。その規模はメガフロートとして世界最大のものでもあった。


 ドックを見て回る学徒の中に、星和暁(ほしかず あきら)の姿がある。彼は他の男子生徒とともに、ドック見学の真っ最中だった。

 ほどなくして時刻が午後12時を回る。彼らを案内していたドックの担当者が、生徒たちに召集をかける。


「よし・・・ここから昼休憩とします。また午後1時30分にここへ集まるように!」

「はい!」


 担当者からの一時解散命令を受けて、学生たちは各自散り散りになっていく。その中の1人である星和暁は、ドックを満たす海水の中に人の頭を見つける。星和は仰天しながら、彼女のもとへ駆け寄っていった。


「・・・ハルさん!」

「やっほー! 暁、遊びにきたよ!」


 ハルは能天気に満面の笑みで手を振っている。しかし、星和の表情は険しい。


「ここは危険なんですよ! 排水ポンプに巻き込まれたりしたらどうするんですか!」

「・・・ご、ごめんなさい」


 海とドックを隔てる水門は開放されており、ハルはそこから入ってきていた。しかし、ドックの中を身1つで泳ぐなど、どこで怪我をするか分からない。故に星和は彼女を叱りつけたのだ。


「何だ、何だ!?」

「星和、何かあったのか?」


 彼の怒鳴り声を聞きつけて、宙航大生の学徒たちが集まってくる。そして彼らは、ドックの水面から顔を出す可憐な人魚族の姿を見つけた。


「星和! その子は・・・!?」

「『人魚族』!? 生で初めて見た!」


 ハルと星和の元へ、男女の学徒たちが集まってくる。2人の周囲にはたちまち人だかりが出来上がった。


「待って! 落ち着いて! 説明するから!」


 星和は同期の仲間たちをなだめる。

 その後、彼はハルとの出会いについて1から説明をした。


「アッハッハッハ〜ッ! 星和は間抜けだな〜、人魚を助けに海へ飛び込んだのか!」

「うるさいなもう!」


 彼の同期の1人である古代宙太は、星和とハルが出会ったきっかけを知って大笑いをする。星和は顔を真っ赤にして、古代の口を塞ごうとした。


「さすがに笑いすぎ・・・ククッ!」


 同じく同期の1人である天川蓮慈は、大笑いをやめない古代を諫めるが、彼自身も笑いを抑えきれなかった。


「・・・〜っ!!」


 星和は声にならない声を上げる。そんな彼を他所に、古代と天川はドックの縁に両手を乗っけるハルに話しかけた。


「改めて初めまして。星和が世話になったね。俺は古代宙太(こだい そらた)、こいつとは高校の頃からの仲なんだ」

「僕は天川蓮慈(あまかわ れんじ)、僕も星和とは高校からの付き合いなんですよ」


 2人はハルに自己紹介をする。するとハルも彼らに自分の名を告げた。


「初めまして! 私は白樺ハル、中学2年でスズメダイの人魚なの」

「おう! よろしく!」


 ハルと古代、そして天川は握手を交わす。この時、海に暮らす運命を背負う少女と、果てなき宇宙への夢を追いかける3人組との間に、奇妙な絆が生まれた。


「スズメダイ・・・ってことは、人魚にはそれぞれベースになる魚がいるということですか?」


 天川はハルに疑問をぶつける。日本国内に40人ほどしかいない「人魚族」については、一般に知られていないことが多く、彼は人魚の生態に興味を抱いていた。


「そうなの。でも亜人種は元が“異世界原産”だから、地球の近い魚に当てはめてるだけなのね。それに親や兄弟でも種類は違うんだ。お兄ちゃんはカジキマグロ、お母さんはナンヨウブダイ、お姉ちゃんたちはツバメウオとハタタテハゼの人魚なんだ」


 人魚の種別は親の種別に関わらず、千差万別に生まれてくる。彼らは魚類または頭足類の特徴を下半身に宿し、水中の最高遊泳速度は他の生物の追随を許さない。

 そしてその下半身が魚であるため、長時間の陸上生活に適応できないという宿命が定められている。故に彼らは無重力空間である宇宙へ旅立つのは、現状として不可能であった。


「人魚が宇宙へ飛び立つ・・・か、俺にも協力させてくれないか。それを可能にする機械作りってのに」

「・・・古代」


 生まれながらにして宇宙への夢を諦めなければならない、古代はハルの話を聞いて、そんな悲しいことはないと感じていた。


「そうですね、僕もちょっと考えてみます」

「ホント!?」


 天川も話に乗っかってくる。ハルはますます嬉しくなっていた。


・・・


同日 夜 伊豆半島 海岸


 その日の夜、日本へ不法入国した潜水艇が、伊豆半島の南端に辿り着いていた。彼らは沿岸の海上で待っていた前任の工作員たちと接触する。


「孫・寧波共和国軍上士、袁柏凱」

「上士、金良練。よく日本の防海網を越えてきた。この後の任務、よろしく頼む」


 日本国内に潜入していた工作員と新しく派遣された工作員のリーダーが、身元と引継ぎの確認を終える。金良練らはゴムボートに乗って、潜水艇から顔を出す袁柏凱と邂逅していた。


「・・・引き継ぎの前に報告することがある。ここへ来る道中、海中にて亜人と思しき影を発見した。上半身は人間で下半身は魚・・・その姿はまるで『人魚』だった」

「・・・本当にその姿を確認したのか!?」


 袁柏凱は伊豆への道中で見つけた“人影”について告げる。その報告を聞いた金良練は驚きの表情を浮かべた。


「『人魚』は・・・確かにいる。この半島に人魚の居住区があるからな」

「本当か!?」


 日本国が地球へ帰還した時、テラルスより亜人・人間合わせて20万人の移民が日本列島ごと地球へとやってきた。その内、亜人種の割合は3割の6万人であり、現在の日本国内には移住者及びその血縁者を合わせて、およそ12万人の亜人が存在する。

 その中で「人魚族」はおよそ40人、元は3家族の移民から始まり、それが日本人との婚姻を重ねて40人まで増えていた。


 そして彼らが海中を泳ぐ姿は、優美かつ幻想的で、それ故に国内外から拉致を企む者が多数跋扈した。そのため、日本政府はかねてより寄せられていた「正式な居住区が欲しい」という彼らの要望を飲む形で、事実上の保護区として「人魚の里」を建設したのである。


「ああ、だが居住区への立ち入りは厳しく制限されている。日本人ですら許可無き者は立ち入ることはできないからな」


 人魚の保護を名目に作られたその場所には、居住している人魚の血縁者と、関係する政府機関の人間、その他特別に許可された人間しか入ることは許されない。


「だが、私たちは確かに見た。すなわち、居住区を抜け出す人魚族が存在するということだろう。これを捕らえれば大手柄だぞ」

「・・・!」


 彼らの目的は日本が詳細を隠匿する「亜人」について探ることだ。彼らの上層部は亜人を恐るべき「生物兵器」とみなし、日本がその力を以て中国大陸に進出することを恐れていた。袁柏凱はそのサンプルとして、人魚を捕まえることを持ちかけたのだ。


「我が共和国に迫りくる脅威を解析し、排除するため、亜人の確保は必須。それに何より見目美しい人魚を献上すれば、主席に気に入って頂けるだろう」

「・・・確かに」


 袁柏凱の目論見を聞いて、金良練も邪悪な笑みを浮かべる。伊豆半島で平和に暮らす人魚たち、そしてハルに、異国より現れた悪意が迫っていた。


〜〜〜


4月24日 静岡県 伊豆半島 下田市 白浜海岸「人魚の里」


 翌日、「人魚の里」では朝から、各世帯の世帯主が里長の家に集まる会合が行われていた。里長の名は沙錦リョウコといい、ヨシキリザメの人魚である。妖艶さを醸し出す容姿と体つきをしているが、サメの人魚であるが故に、その体格は通常の人魚や人間の3倍近くあり、威圧感を放っていた。


「さて、今回の会報は手元の書類の通りよ。里の分校の高等部で職員の入れ替えがあるわ。それと・・・浅賀さんのお宅で私たちの新しい家族が生まれたわ。祝福してあげてね」


 この里には分校が存在する。その分校は小中高と分かれて、付近の学校に在籍する担当教員によるリモート授業が行われていた。リョウコはその人事異動と、里に新しい命が生まれたことを告げた。


「・・・それと、政府から連絡があったわ。この近くの海域に新しく設置された水中聴音機に不審な反応があったそうよ。もしかしたら潜水艇が侵入した可能性もあるらしいから、しばらくは里から出ないようにと」

「・・・潜水艇!?」


 会合の参加者たちがざわつく。その中には白樺家の世帯主である白樺ミズキの姿もあった。彼女は顔を青ざめている。


「・・・大丈夫かな?」


 ミズキは今朝方に家から飛び出していった末娘のことが気がかりだった。ハルはここ3日、毎日宇宙港へ通っている。リョウコは顔色を変えるミズキに気づき、声をかける。


「ミズキさん、あなたの娘さんはよく宇宙港に行っているけれど、しばらくは自制するように伝えてくださいね」

「・・・え、ええ」


 ミズキは咄嗟に表情を取り繕う。今日はもう宇宙港へ行ってしまっているとは言えなかった。しかし、リョウコはそんな彼女の動揺を鋭く読み取っていた。


・・・


静岡県 駿河湾 沖合 東京・宇宙港


 宇宙港へ着いたハルは、この日も星和たちと会っていた。そして古代と天川だけでなく、他の宇宙航空大学校生たちも集まっている。彼らは今、船のバースやドックのある場所とは反対側に作られた「アミューズメントエリア」に集まっていた。

 宇宙港に滞在する人向けのホテルのほか、フロートの沿岸部分に人工のビーチが作られている。このエリアはまだ開発途中であり、宇宙へ商業進出を果たす時に向けて工事が進められていた。


「すごーい! 海の上にこんな場所があるなんて! ちょっと小さいけど、伊豆の浜辺みたいだ!」


 人工の砂浜には白砂が敷き詰められており、その姿は陸の砂浜と遜色ない。浜辺には椰子の木も植樹されており、海から吹く潮風に揺られている。


「おーい、ボールそっち行ったぞ!」

「うわーん! ノーコン!」


 1個のビーチボールが飛んでいく。宙航大の生徒たちは、本土へと帰る前の自由時間として、この砂浜でのレクリエーションを楽しんでいた。その中にはこのようにビーチボールで遊ぶ者、砂浜で砂遊びをする者、そして浮き輪やビニールボードでぷかぷか浮かんでいる者、皆様々な形で自由時間を楽しんでいる。


 そしてハルは水着に着替えた星和と古代、天川たちをはじめとした、宙航大の生徒たちと海の中で戯れていた。


「暁!」

「・・・ん? どうしました、ハルさん」


 ハルは星和の手を取るとニコっと笑う。そしてそのまま海の中に潜って行った。


「ああ! ちょっと待って! ムグッ!」


 星和は咄嗟に超小型酸素ボンベを口にくわえる。これは単三電池2本分の大きさのボンベがついた口にくわえるタイプの酸素マスクで、濃縮した酸素を最大2時間かけて放出する仕組みになっている。


「・・・!」


 突然海の中へ引きずりこまれた星和は、ゆっくりを目を開ける。ゴーグル越しに見える海の中は、太陽の光が煌めいてとても美しかった。人工の環境とはいえ、そこは地上とは隔絶されたもう1つの世界に思えた。都会の喧騒も、海外の動乱も聞こえて来ない。星和は改めて海の中という世界に見惚れていた。

 そんな星和の耳元に声が聞こえてくる。彼の手を引くハルの声が、まるで直接頭の中に響くかのように届いていた。


「ねぇ、暁・・・。これが私たちの暮らす世界だよ。ここは太陽の光で綺麗だけど、夜は全然光が届かなくて寂しいの。だから、いつか・・・広い宇宙(ソラ)へ連れて行ってね」

「・・・!」


 星和はハルの笑顔を見て頬を赤らめる。2人の間には他の宙航大生とは一線を画す強い絆が生まれていた。




東京・宇宙港 連絡船発着場


 楽しい時間は過ぎていき、星和たちが帰る時間がやってくる。本土との連絡船が停泊する船着場に、宙航大生たちが集まっていた。


「じゃあね! ハルちゃん!」

「私たちはまたここに来るから、もう一度会えるよ!」

「うん! 楽しみにしてるね、お姉ちゃん!」


 宇宙航空大学校の女子生徒たちが、連絡船へ伸びるタラップの上から、海の上に顔を出しているハルに手を振っている。こうして生徒たちはハルに別れを告げると、続々と船へ乗り込んで行った。

 そして大きな鞄を抱えた星和がタラップの上へ現れる。彼の側には古代と天川の姿もあった。星和はタラップの手すりを握り、上半身を乗り出すようにして、海にいるハルに別れを告げる。


「ハルさんはこのまま家へ帰るのですか?」

「うん、途中まではみんなと一緒だよ。伊豆半島の近くまで来たらお別れ。でもお話できるのは今が最後になるね」


 ハルは彼らと共に家へ帰るつもりであった。故に実際のお別れはもう少し先の話になるが、声が届く距離で会話ができる機会は今が最後になる。


「短い間でしたが、貴方に会えて良かった! 約束は必ず守ります。それに俺も、そう遠くない日にまたここへ来ますから、そしたらまた会いましょう!」

「・・・!」


 ハルはパァッと満面の笑みを浮かべる。星和に続いて古代と天川もハルに声をかけた。


「おう! 俺もいるからな!」

「僕もいますからね! また近いうちにこの宇宙港で会いましょう」

「・・・うん!」


 ハルは大きくうなずいた。別れを惜しみながら、3人は船へと乗り込んでいく。そして船へ伸びるタラップが外され、出港へのカウントダウンが始まる。


「おっと、離れないと・・・」


 スクリューが動き出す前に、ハルは連絡船から距離をとる。港では彼らの実習を担当したスタッフたちが、生徒たちを見送っている。


「じゃあね、みんな!」


 ハルはずっと手を振り続けている。デッキに立つ学生たちも、ハルの姿を追いかけ続けていた。彼女はこの2日間ですっかり人気者になっていた。

 次第に船速が上がっていく。そして「東京宇宙港」がどんどん離れていき、水平線の向こうに見えなくなっていく。


「ハルちゃんが住んでるのは下田だから、あと30分くらいでお別れか」

「やっぱり寂しくなりますね」


 ハルは速度を上げる連絡船に付いてきていた。古代と天川は遠目にハルの姿を眺めている。ハルは時々海の中に潜っては、イルカの様に飛び跳ねていた。




海中


 だが、彼らは海中を追尾してくる不穏な影に気づいていなかった。後方へおよそ500m、人の目につかない海の中を追尾してくる影がある。それは日本へ潜入していた「孫軍閥」の潜水艇だった。


「くそ・・・あの人魚、なかなか船と離れないな」

「全く煩わしい! このままでは陸地が見えるところまで迫ってしまうぞ!」


 袁柏凱と金良練、2人のリーダーの指揮の下、工作員を乗せた潜水艇はハルへ迫っていた。しかし、ハルは星和たちが乗っている連絡船にぴったり伴走しており、全く隙を見せない。

 しかし根気よく待ち続けているうちに、潜望鏡を介して見える映像にある変化が訪れた。


「・・・船と人魚が分かれ始めました!」

「何!?」


 船の行き先は東京、そしてハルの行き先は下田、本土が近づけばいずれどこかで別れることは確実であった。そしてそれはハルの身に危機が訪れていることを意味する。


「・・・行くぞ! 一気に距離を詰めろ!」

「無人潜行機を放て!」

「了解!」


 潜水艇の発射管から、数機の無人潜行機が発射される。それらはハルの周囲を覆うように目にも留まらぬ速さで散開していった。




 連絡船と別れたハルは、船が小さくなるまで見送っていた。振り続けた右腕をおろし、満足げな表情を浮かべると、帰るべき家がある白浜海岸へと振り返り、海の中へ潜っていく。


「・・・?」


 その時、ハルは周囲の異変に気づいた。魚とは違う謎の物体が、高速移動で水を切る音が聞こえてくる。それらは遠隔操作であっという間にハルの四方を囲み、それぞれが大きな網を発射した。


「・・・え!?」


 それらの網はまるで定置網の様に組み合っており、ハルが気づいた時にはすでに退路が断たれていた。下へ潜って逃げようにも、すでにそこにも網が張られている。無人潜行機は動揺して動きを止めるハルに向かって、新たな網を発射する。


「・・・っ!!」


 ハルは間一髪で発射された網を次々とかわしていく。だが次々と繰り出される捕獲網に翻弄され、その中の1つが尾に絡みついてしまった。


「しまった・・・!」


 尾に重りが付いてしまったことで、海中での動きが一気に制限されてしまう。だが彼女は何とかもがき、助けを求めて水面の上までたどり着く。そして顔が海から飛び出した瞬間、船が行った方角に向かって叫び声を上げた。


「助けて!! 暁!!」


 船はすでに水平線の上に小さくなっている。どれだけ喉と肺に力を込めようとも、聞こえるはずがない様に思えた。だが、ハルは必死に何度も何度も叫ぶ。


「お願い! 振り返って! 暁・・・、暁・・・、暁!!」


 その時、無人潜行機から電撃が放たれた。電撃はロープを介してハルの尾を捕らえていた網へと伝わり、彼女の体を襲った。


「キャあアあアアア!!」


 甲高い断末魔が海の上に響く。ハルは星和たちに向かって、必死に右手を伸ばしていた。




連絡船 デッキ


 ハルと別れた後、デッキに集まっていた生徒たちは次々と船室へ戻っていた。その中の1人である星和は、今もなおハルが向かって行った方角を眺めている。


「なあ、星和。俺たちも下へ戻ろうか」

「あ、ああ」


 古代に促され、星和は甲板の手すりから手を離す。そして名残惜しそうに海を見つめながら、ゆっくりとその場から離れていく。


「・・・!!」


 だがその時、海風に乗って微かな声が聞こえてきた。星和はハッと目を見開き、デッキの手すりに駆け寄ってその声がした方角を見つめる。それはハルと別れた場所であった。


「どうしました? 星和くん」

「・・・ハルさんの声が聞こえた様な」

「・・・え?」


 天川はきょとんとした表情をしている。だが星和は聞こえた声がハルのものだと確信していた。彼は天川を押し除けると、デッキに固定された双眼鏡を覗き込む。


「・・・あ!」


 双眼鏡の先には、もがき苦しむハルの姿があった。加えて不審な潜水艇が海面上に浮上しているのも見えた。潜水艇はハルのもとへ徐々に近づいている。


「ハルさんが危ない!」

「何だって!?」


 居ても立っても居られなくなった星和は、すぐさま船の下層へ向かって走り出した。古代と天川も、彼の形相からただ事ではないことを察し、星和の後を追って走り出す。

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