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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第1章 東京万博篇
12/92

吸血鬼の恐怖 Fear of vampire

4月10日 午後8時12分 東京都新宿区 高田馬場駅


 仕事を終えた人々が家路についている。残業を終えて疲れ切った表情の勤め人たちが、続々と駅から出てきていた。その中の1人、小田切章太郎は高田馬場にある自宅のマンションへと向かっていた。


「フゥ〜・・・」


 小田切は疲れから来る大きなため息をついた。彼は重く疲れ切った足で1歩1歩、自宅へと近づいていく。そして駅から離れていくごとに、人は徐々にまばらになっていた。

 そして自宅のマンションが位置する住宅街に差し掛かると、彼の周囲に人は誰もいなくなった。該当や住宅の明かり窓が彼の足元を照らしている。小田切は無言のまま、家路を進んでいた。

 その時、何かが羽ばたく音と、甲高い叫び声が聞こえてきた。


ギーッ! ギーッ!


「!?」


 それは1匹のコウモリだった。それはバサバサと羽音を立てながら、月に向かって飛んでいく。


「・・・何だ、コウモリか」


 日本の街中でも、夕方にコウモリが飛ぶことは別に珍しいことではない。小田切はホッとため息をつくと、再び家への歩みを始める。

 しかし、彼は背後で起こっている大きな異変に気づかない。飛び上がったコウモリを中心にして、数多のコウモリがあっちこっちから集まってきたのだ。それは1つの塊になると、大きなコウモリの羽を背負う1人の女性の姿となった。 その女は背を向ける小田切に向かって飛んでいく。

 そして、女の口の中から牙が姿を覗かせた時、小田切は背後に近づく気配に気づき、後ろへ振り返った。


「・・・ん? わああああっ!!!」


 だが気づいた時にはもう遅かった。コウモリ女は小田切の両肩を凄まじい力で握ると、その首筋に向かって牙を突き立てた。


「た、助け・・・むぐっ!」


 小田切は叫び声をあげようとするが、手早く口を塞がれてしまう。同時に身体中から血の気が引いていき、次第に気が遠くなっていく。そして女が首筋から牙を抜いた頃には、小田切は完全に気を失っていた。


「フフフ・・・フフ・・・!」


 女は血の滴がついた唇を舐めると、アスファルトの上に小田切を横たえる。そして目的を達した女の顔は、徐々に変化していく。小田切を襲った時は、白銀の髪色をした西欧人の風貌をしていたが、それはカモフラージュのための偽の顔にすぎない。本来の顔に戻ったその女性は、外でもない、新川高校2年生の月神桃真だった。


〜〜〜


4月11日 警視庁 捜査4課7係 オフィス


 捜査4課7係の刑事たちは、一様に暗い顔をしている。彼らが追いかけている「新宿区連続失血事件」の被害者が、また出てきたからだ。


「小田切章太郎、44歳男性、会社員。新宿区高田馬場の自宅へ帰宅途中に、空を飛ぶ西洋人風の女性に襲われ、噛みつかれたそうです。そのまま気を失ってしまったと・・・」


 係長の拾圓はホワイトボードに新たな顔写真を貼り付ける。被害者の数は彼で10人目だ。今までの被害者同様、命に別状はなかったが、事情聴取の時には酷く錯乱していた。


「今までの被害者同様・・・幸いにも“屍”にはされていませんでした。“生ける屍”にされていないだけ、なんぼかマシといえばマシですが・・・」


 テラルス最強と謳われる「吸血鬼族」には、吸血した相手を“生ける屍”とし、自らの忠実な下僕とする能力がある。吸血された動物全てがそうなるわけではなく、あくまで対象は任意で選べる様だ。だが、作られた屍は他の人間・動物を襲い、まるで感染症が広まるかのごとく、それらも屍の仲間にしてしまう。そんなものを1個体でも放たれたら、東京は未曾有の生物災害に見舞われることになる。


「これ以上、被害者を増やすと・・・他国にも感づかれる可能性が高まります。しかし、有効な対抗策が全くないのも事実・・・なんですよね」


 拾圓は頭を抱えてしまう。この事件に関しては5件目が発覚した段階ですでに、捜査4課全体で警戒に当たっていた。事件が発生している新宿区の各住宅地には、4課に属する刑事を中心とした数名単位の捜査班が展開しており、夜毎パトロールを行なっている。


 吸血鬼は夜間、鏡に映らない。同様にカメラにも捉えられないとされている。そんな幽霊の様な存在を探すためには、前時代的も前時代的な人海戦術で現行犯逮捕を狙う方法をとらざるを得ない。

 しかし、件の怪物は彼らを嘲笑うかのごとく、人々を襲い続ける。事件が起こるたび、刑事たちの心は確実に摩耗していた。


〜〜〜


4月15日 東京都新宿区 新川高等学校 1年C組の教室


 入学式からおよそ1週間以上経過した後、新川高校では未だに新歓期間が続いていた。運動部に属する2年生やマネージャーたちが、新入生へ果敢な勧誘攻勢をしかけており、部活に入る意思のある新入生たちは、おおよそ自分の入りたい部活を決めつつある。

 そんな新学期の浮ついた空気が漂う中、真田準と月神葵は1年C組の教室にいた。真田は葵の机に寄り掛かり、下校の準備をしていた彼に話しかけている。


「なあ、別にほかで行きたいところがなければ、また来てくれないか?」

「・・・見学に?」


 真田は葵を再び「漫画研究部」への見学に誘っていたのだ。最初に話を持ちかけた時と同様に、葵は難色を示すような反応を返した。


「俺としては、君と一緒に入りたいんだ。君も・・・楽しかったんじゃないのか」

「!」


 部活に入るのなら、1人だけでなく同期がもう1人だけでも居る方が心強いものだ。その上、葵はほかの部の見学に行った様子もない。故に真田としては、葵に漫画研究部へ入って欲しかったのである。


「なあ・・・頼むよ」

「う・・・」


 葵は強い拒絶ができない。初めて芽生えかけた友情、自分の性に合っていた部活動の存在、そして自らに異様な執着を見せる姉の存在、その全てが彼の心で鬩ぎ合う。


「ちょっと! どいてくれる!?」

「うおっと!?」


 その時、3人ほどの女子が真田を押しのけて葵の前に立った。真田はたまらずバランスを崩してしまう。女子たちは真田をキッと睨みつける。


「・・・ねぇ、月神くぅ〜ん!」


 先ほどまでの不遜な態度はどこへやら、彼女たちは態度をガラッと一変させ、甘ったるい猫撫で声で葵に話しかけた。


「私、桂川志織! 私たち、中学の先輩の誘いで陸上部に入るんだけど、月神くん、入る部活が決まってないなら、一緒に見学に来てみない!?」

「そうそう!」

「漫研なんかより絶対楽しいって!」

 

 月神葵が漫画研究部を見に行った・・・そのことは噂話となって1年女子の間に瞬く間に広がっていたのだ。彼女たちはそんな部に入れさせてなるものかと、勧誘攻勢を仕掛けてきたのである。


「おい、なんか、とはなんだ! なんかとは!」

「うっさいわね!」

「キモオタは下がっててよ!」


 真田は入部を決めていた部を貶すようなことを言われて、途端に不機嫌になってしまう。女子たちは言い返されたことに腹を立て、さらに強い口調で真田を押し除けた。


「見たか、葵くん! 暴力だぞ、暴力!」

「男のくせにちっちゃい奴! ねぇ、月神くんもこんなみみっちい奴と一緒の部活なんて嫌でしょ!?」


 葵の机の前で、真田と女子3人組が言い争いを始める。葵は両者の喧騒をオドオドしながら見つめることしかできない。


「・・・っ!?」


 その時、彼らの姿を見つめていた葵は、今まで感じたことのない衝動が、胸の奥から湧き上がるのを感じた。それが恐ろしくなった彼は、カバンを抱えて唐突に椅子から立ち上がる。


「ごめん・・・今日はどっちも行くつもり、ないから! じゃあね・・・」


「ちょ、おい!」

「いや、月神くん!?」


 葵は止めようとする真田と桂川の間を強引に突破すると、一目散に教室から飛び出した。廊下を駆け抜け、下駄箱で外履きに履き替えた後、校門の外へ逃げ出すように走り抜けたのである。




新宿区 とある公園


 程なくして、葵は通学路の途中にある小さな公園にたどり着いた。葵は誰もいないその公園に飛び込み、茂みの裏へしゃがみ込んだ。身を隠すように体を縮こませ、荒くなった息を整える。そしてあの時に湧き上がった衝動を、冷静な気持ちで回顧する。


(あの時、一体・・・俺はなんて思った? 真田くんたちを見て、“美味し、そう”・・・?)


ゾクゾクッ!!


 その瞬間、葵の体に寒気が走った。彼はあの時、同級生たちを“捕食(吸血)”の対象として、見てしまったのだ。長らく忌み嫌っていた“怪物の血”が、ついに目覚めの時を迎えようとしていたのである。


(・・・嫌だ、嫌だ!)


 葵は1人、ガタガタと震え出す。それは誰にも言えない、打ち明けることなど許されない宿命であった。


・・・


警視庁刑事部第4課7係 オフィス


 この監視都市たる東京において、2桁の大台にのぼる連続襲撃事件を許してしまったことは、警視庁の威信に関わる大失態であった。

 だが、「都市統合捜査支援センター」も指をくわえて引き下がっていたわけではない。カメラ映像に映らない犯人に対して、あらゆるアプローチで追跡を行なっていた。現場を収めたカメラ映像の再三にわたって検証し、サーモグラフィーによる検知、さらには犯人の活動範囲を推測した上で、その範囲内全てのカメラを収集し、目視による被疑者のピックアップを行なっていた。

 しかし、現状として、その全てが徒労に終わっている。


「・・・60年以上前、この国がまた異世界にあった頃、公式に来日した吸血鬼族の記録によれば、彼らは日中、直射日光の下では力を発揮することができず、鏡やカメラにも普通に写ってしまうそうです」


 係長の拾圓は警察庁が保管していた古い資料を引っ張り出し、ここにいる部下たちに説明をしていた。だが、そんなことが分かったところで、状況が変わるわけではない。

 一時の沈黙が流れた後、主任の多村が口を開いた。ここにいるのは彼と拾圓の他は、穂積と九辺のみ。他の3人は他の係の刑事たちとともに、街の巡回に出かけている。


「・・・事件の経過について、今一度確認しましょう。まず1件目の襲撃事件ですが、これは1月3日、新宿区・戸山の戸山公園内にて発生しました。その後、2件目と3件目は同じく戸山で、4件目は戸塚の新目白通りの裏、5件目は高田馬場、6件目は大久保2丁目、7件目と8件目は西早稲田、9件目は百人町、そして5日前に発生した10件目は再び高田馬場・・・いずれも新宿区内で起こっています。

最初の事件が発生してから、本日でおよそ3ヶ月。ですから、事件の頻度としては10日に1回というペースです」


 事件はおおよそ戸山を中心にして半径1km圏内に収まっている。故に、犯人の捜索は新宿区戸山を中心にして行われている。犯人の拠点も、おそらくはここにあるものと推測されていた。


「被害者はいずれも帰宅途中、住宅街に入って1人になったところを襲われています。他に目撃者はいません。監視カメラも前述の通りです。

現在、新宿区の戸山周辺では、我々捜査4課と所轄の警察署が連携して巡視を強化しており、特に被害者のほぼ全員が電車通勤・通学を行なっていたことから、帰宅者が集う高田馬場駅、新大久保駅、西武新宿駅、下落合駅などの駅周辺の監視を強化しています。

しかし・・・未だ容疑者の姿形すら捉えられていないのが現状です」


 多村は説明を続ける。ちなみに、3ヶ月で10件というハイペースで被害者が出ているにも関わらず、この事件はネットでもテレビでも報道されていない。理由は単純である。警視庁と警察庁が事件を隠匿しているからだ。

 「吸血鬼族」は全生命の最高位にして最強の種族、何としても他国にその存在を感知されるわけにはいかない。


 一通り説明を終えた多村は、紙コップの茶を口に含んで喉を潤す。そして係長の拾圓へと語り手が移る。


「我々がすべきことは、11件目の事件が起きる前にこれを何としても阻止することです。すでにネットでは噂が流れはじめている。最早、猶予はありません・・・!」


 東京を襲う未知の恐怖は、警察・政府の隠匿を超えて民衆に広まりつつある。「万博テロ事件」によって世論が神経質になっている中、事件の隠匿が明らかになれば、政府に対する国民の不信感が爆発してしまうだろう。


・・・


新宿区 アパートの一室


 新宿区内にある、とあるアパート。その中の一室には「月神」という名前の表札がかかっている。他でもない月神姉弟が住む家だ。

 元々は父と姉弟の3人が暮らしていたが、男手1つで2人の子供を育てていた彼らの父親は、不運な事故に遭って命を落としてしまった。それ以降、このアパートには姉弟2人で暮らしているのである。


「・・・ただいま、姉さん?」


 葵は静かに家の扉を開ける。玄関を見てみると、普段はあるはずの姉の靴がなかった。これがない時、それは姉の桃真が“狩り”に出かけていることを意味していた。


「・・・姉さん」


 桃真は体が血を求めたら、その欲求に抗うことなく見知らぬ人間を狩りに出かける。“血を糧とする種族”の子として生まれた以上、生存のためには仕方のないことだ。だが、種族の遺伝子が求めるままに、他者の血を狩り続ける姉の行動を、葵は心から心配していた。


「・・・」


 彼はリビングに移動すると、締め切ってあったカーテンを開ける。すでに日はほとんど落ちており、空には月が浮かんでいる。その月を見つめる葵の瞳は、いつの間にか紅く染まっていた。


・・・


東京都 新宿区・戸山


 勤務時間を終えて、人々は家路につく。しかし4課の刑事たちは、吸血鬼の活動時間が始まる夜に向けて、所轄署と連携してパトロールを始めていた。

 そして今、新宿の住宅地に2人の刑事がいる。拾圓と九辺だ。彼らは最初の事件現場でもある戸山公園の付近、戸山の住宅街を巡回していた。


「はぁ〜、せっかくこうして拾圓様と2人きりになれたのに、それが仕事なんて憂鬱ですわ〜」

「・・・アハハ」


 拾圓は乾いた笑いを捻り出す、彼女、九辺未智恵はいわゆる九尾の狐の特徴を持つ「妖狐族」のハーフだ。頭からは常に狐耳が飛び出しており、魔力を解放する時には体から九尾も露わになる。

 その戦闘能力は7係随一であり、捜査4課の中でも有数の戦闘要員だ。だがそんな強大な力とは裏腹に、妖狐という種族の血がそうさせるのか、彼女は普段、非常に妖艶な雰囲気を絡っていた。

 2人が歩いていると、ちらほら帰宅途中の勤め人や学生の姿が見える。2人は掌の中に潜ませた手鏡に、こっそりと彼らの姿を写した。吸血鬼は鏡やカメラに映らない。彼らはその性質を利用して、32万の新宿区民から吸血鬼を探し出すという、途方もない作業を行なっていた。


「・・・ハァ」


 拾圓の口からため息が出る。世界屈指の監視都市である「東京」で、こんな原始的な捜査方法をとらなければならないことに、若干嫌気が差していたのだ。それは彼だけでなく、この事件に関わる全ての刑事・警察官が同じ感情を抱いていた。



 しかし、運命は時にとんでもない巡り合わせをもたらす。場所は最初の事件現場でもある「戸山公園」の中であった。尿意を催してしまった拾圓は、九辺に断りを入れて公園の公衆便所に入っていた。彼女は近くのベンチで待っている。

 拾圓は用を足すと、流しで手を洗い、ハンカチで手を吹きながら、小走りでトイレを後にする。その時、トイレの屋根の上に立ち、自分を頭上から見下ろしている視線の気配に気づくことができたのは、彼の人生にとって1、2を争うほどの幸運であった。


「・・・ッ!!!」


 風を切る轟音とともに、“それ”は拾圓に向かって襲いかかってきた。彼は咄嗟の横っ飛びで“それ”をかわす。


「・・・誰だ!!」


 拾圓は懐に忍ばせていた「無線電撃(コードレステーザー)銃」を襲撃犯に向ける。直後、夜月を覆っていた雲が晴れ、彼を襲った犯人を月光で照らした。それは白銀の長髪をたなびかせる20歳前半ほどの美青年であった。肌は雪のように白く、瞳は紅く輝いている。


「どうしました!?」


 音を聞きつけた九辺が、拾圓のもとへ素早く駆けつける。銃を向ける上司と、その先にいる異様な外見の男、ただ事ではないことは誰の目にも明らかであった。九辺は手に持っていた鏡をその男に向ける。男が立っているはずの場所には、その背後にある古びた街灯しか写らない。


「拾圓様、その男・・・!」

「・・・噂の吸血鬼ですか」


 男は拾圓と九辺の顔をみると、不気味な笑みを浮かべる。その瞬間、2人の背筋に悪寒が走った。九辺は右手に狐火を宿らせ、9つの尾を出現させて臨戦体制に入る。


「フフ、抜かったわ。まさか亜人のお連れ様がいたとはね。ま・・・血をもらうのが、1人から2人に変わっただけだけ・・・ど!!」

「!!」


 その瞬間、男の右腕が姿形を変えて襲いかかってきた。ガタイのいい青年の姿であるが、語り口調は女性のものであった。拾圓と九辺は左右に散ってその攻撃を回避する。


「あら、もしかして一般人じゃなかったかしら? 厄介ね・・・」


 その身のこなしを見て、男は拾圓と九辺の素性を悟る。警察が自分を追っていることは薄々感づいていたからだ。


「・・・拾圓様!」

「惑わされないで、九辺さん! あの姿は紛い物、60年前の外事が掴んだ不法入国容疑の吸血鬼族は女性だった! 奴はおそらく女性です!」


「!」


 拾圓のその言葉を聞いた途端、“男”に化けた者の表情が変わった。


「こちら拾圓! 戸山公園にて『連続失血事件』の容疑者に接触! 襲撃されている! 至急応援を頼む!」


 拾圓は近隣を巡回している仲間たちに、無線で応援要請を伝える。するとたちまち周囲からサイレンの音が聞こえてきた。さすがに男も焦ってきたのか、表情から余裕が薄れていく。


「私たちの幸せを邪魔する者は、何であっても許さない・・・決して!」


 その瞬間、襲撃者は無線連絡をしていた拾圓のもとへ一気に迫ってきた。とてつもない怪力を宿した右の手の甲から、紅色の刃が姿をあらわす。そしてその刃を拾圓に向かって思い切り振り下ろしたのだ。


「・・・っ!!」


 拾圓は咄嗟に顔を庇うことしかできない。だが、刃が彼を襲う直前、九辺が彼の前に立ち、魔法によるバリアを展開する。彼女の防壁は見事刃を阻み、間一髪のところで拾圓の命を救った。


「あまり・・・調子にのらないことね!!」


 九つの尾を棚引かせ、「九尾の狐」としての力を全開にした九辺は続け様に反撃を繰り出す。彼女はその身に宿る膨大な魔力から錬成された炎を襲撃者に浴びせた。業火の狐火がその全身に襲いかかる。


「!!?」


 “男”は炎に向かって手をかざす。すると非常に強固な魔法防壁が現れ、九辺の炎を全て散らしてしまった。あの狗寺ですら防ぎきれなかった攻撃が、今、目の前にいる相手には全く通用しなかったのだ。


「・・・多少は力を持っている様だけど、私にとってはBB弾程度のものでしか無いわ。全ての生物の最高位、その力を甘く見ないことね!!」

「!!?」


 男の銀髪が変化し、いくつもの鋭い刃と化す。それらは1つ1つが強力な魔力を纏いながら、拾圓と九辺に向かって襲いかかってくる。九辺は再び魔法防壁を張り巡らせるが、あっという間に砕かれ、突き破られる。その瞬間、鮮血が飛び散った。

 2人は防壁を突き破られた衝撃で後ろの樹木まで弾き飛ばされる。九辺の背後にいた拾圓は、彼女と木に挟まれるような形で、木の幹に叩きつけられてしまう。


「ゲホ、ゲホ・・・ッ! こ、九辺さん!」

「・・・う」


 拾圓は倒れ込む九辺に呼び掛けた。怪我はひどく、左の肩と右の脇腹の深い刺し傷から、血が溢れ出ている。


「アハハ! 何て、軟弱なの! こんなもの、一捻りで殺してしまうわ!」

「ぐっ・・・、くそっ!」


 種族の違い、生物としての格の違い、それらはあまりにも大きな力の差であった。非力な拾圓は敵を睨み付けることしかできない。

 だがその時、ついに7係の仲間である穂積と六谷が現場へ駆けつけた。穂積は負傷した上司と同僚を見下ろす謎の青年に向かって、声を張り上げる。


「おい! お前! 一体何をやっているんだ!」

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