FNS歌謡祭
11月26日 東京市新宿区 新国立競技場
FNS歌謡祭・第2夜が始まった。前日の第1夜に引き続いて、数多のアーティストたちがステージ上に上がり、パフォーマンスを繰り広げる。
競技場内に設けられた楽屋には、出番を待つアーティストたちが、絢爛な衣装を身に纏って待機している。その中には、ザドキエルの2人も混ざっていた。
「・・・『ザドキエル』のレイナさん、ヨウジさん! 舞台袖への移動をお願いします!」
フジテレビのスタッフが出番の迫るアーティストを呼び出す。名前を呼ばれたザドキエルの2人はゆっくりと立ち上がった。
「・・・じゃあ、行こうか」
「うん」
光り輝く舞台へ、7万人の熱狂した観衆が待つステージへ向かう。第1夜でレイナは先にソロ出演しており、今日は満を持して2人揃っての出演となった。
バックバンドが待機する中、ギターを抱えたヨウジと、トレードマークである白いジャケットに身を包むレイナが現れる。その瞬間、大歓声が上がった。
『活動開始から3年で紅白歌合戦、さらには『ライブ・エイド』出演を勝ち取った奇跡の音楽ユニット! 『ザドキエル』の登場です!』
司会を務める女優の横溝つばきが、ザドキエルを紹介する。そしてドラムがリズムをとり、イントロの演奏が始まる。
『・・・ハァ!』
レイナは小さく息を吸い込み、歌い始める。その唄は尺八をモチーフとしたイントロから始まる。諸行無常の概念をモチーフに、最愛の人との永遠の別れを表現した歌詞だった。永遠の別れを遂げた大切な人に、尚も募る想い、そしてその人の眠りが安らかであるようにという願い。古風な歌詞と共に、あまりにも純情すぎる悲運の恋を歌った唄だった。
白色の大天使の歌声に、ヨウジのハスキーな声が重なり合う。あの戦争の記憶とも重なるその唄は、観衆の心を揺さぶり、そして彼らは涙を流していた。
そして曲が終わった瞬間、割れんばかりの拍手が湧き上がる。その熱量は、今まで出てきた他のアーティストたちを遥かに凌駕するものだった。その光景をモニターで見ていた他のアーティストたちは、ザドキエルの圧倒的なカリスマ性に、ある者は畏怖し、ある者は賞賛し、ある者は底知れぬ嫉妬を抱く。それ程までに、レイナの歌声は圧倒的だった。
(・・・さあて)
1曲目が終わった直後、ヨウジのソロパフォーマンスに移る。彼はバックバンドに目配せをする。その視線に気づいたドラマーの飯島が、ハイハットでカウントを刻んだ。ヨウジが選んだ歌は、この歌だった。
(Fu、Fu〜! Fu、Fu〜! Fu、Fu〜!)
ヨウジのギターが唸りを上げる。2000年代の初頭に活躍したロックバンドの代表的シングル、この時代には誰も知らない21世紀の名曲が、23世紀という時代に降臨した。
(Na、Na、Na、Na、Na〜)
ギターのサウンドが全面に押し出されたその曲は、ヨウジの腕前を披露するのにうってつけだった。季節外れの夏感満載のその歌は、どうしようもない恋に落ちた男の、惚れた女への劣情を赤裸々に語る。
(これが・・・お前への答えだ、レイナ!)
サビ前の歌詞に合わせて、汗で濡れたレイナの髪を撫でる。その全ては事前に打ち合わせていた振り付けだが、心なしか彼女の目はうっとりしている様に見えた。下手な芝居が、雰囲気をより盛り上げる。
(紅白が終わるまでは、直接言わないと決めた。・・・でも、俺の想いだけは、知っていて欲しい!)
ヨウジはラジオの公開告白へのアンサーソングとしてこの曲を選んだ。万が一にも、大晦日までの1ヶ月の間に、彼女の心が変わらない様に、この全国民の目が集まる舞台で、歌の力を借りて自分の想いを明らかにした。
そのアップテンポなリズムと歌詞は、観客を大いに盛り上げていく。真冬だというのに、彼らの額と首には汗が滲み出ていた。
そしてヨウジのギターソロで曲は終わる。その瞬間、再び大歓声が湧き上がった。
「みんな、ありがとう!!」
ヨウジは満面の笑顔で観客に向かって手を振る。彼がアーティストとして真に目覚め、そして認められた瞬間だった。まるでマラソンを走り切ったかの様な、心地よい疲労感を感じる。
「ハァ・・・、ハァ・・・」
舞台上ではザドキエルの2人が手を振っている。観客もテレビの前の視聴者も、そしてスタッフや他の出演者も、2人に視線を向けている。ゆえに、観客席をかき分けながら近づく悪意に気づかない。
『ザドキエルのお2人、ありがとうございました!』
次の出演者が待っている。ヨウジとレイナは観客に惜しまれながらも、手を振りながら舞台袖へ移動しようとした。
「・・・え」
その時、2人目の前に男が現れた。服装から明らかにスタッフではなく、2人はもちろん、バックバンドのメンバー、そして司会の2人も、思わぬ出来事を前にして動きが止まってしまう。
遅れて警備員が舞台に上がり、男を取り押さえようとした。だが、それよりも早く、男が再び動き出した。
「どれだけ金を費やしたと思ってる! 何が天使だ・・・このアバズレ!」
「・・・レイナ!」
「!!?」
男の手にはジャックナイフが握られていた。彼はレイナに飛びかかっていく。ヨウジは咄嗟に男とレイナの間に割り込もうとした。状況を察知した前列の観客たち、そしてバックバンドが顔色を変える。
「・・・あ」
その場にいた皆が、白色の天使に向かって手を伸ばした。その刹那、鋭いナイフがレイナの体に突き立てられた。
「キャアアアアア!!」
司会の横溝つばきが甲高い叫び声を上げる。レイナは無言のまま、後ろへ倒れていく。男はナイフを強く握っていたため、刃はそのまま彼女の体から抜けてしまう。傷口から流れ出た血が、彼女の純白のジャケットを紅く染めていく。
「・・・お前もだ!」
「!」
男は続けざまに、硬直したヨウジへ向かってナイフを振り上げた。だが、ヨウジは動くことができない。男が振りかぶった瞬間、レイナの血がヨウジの頬に飛び散った。
「・・・うおおお!!」
複数人の警備員が一斉に男を取り押さえ、ナイフの刃はヨウジに届くことなく空を切る。警備員たちはナイフを蹴飛ばし、男を拘束する。
「クソ! ・・・クソ!」
男は暴れる。だが多勢に無勢、逃れることはできない。ヨウジは襲撃犯には目もくれず、ステージ上に倒れたレイナのもとへ駆け寄った。
「レイナ!!」
ヨウジは刺された傷から噴き出る血を押さえ込もうとする。だが、2人の周囲には血の池が徐々に広がっていく。
「ア・・・ハハ、ヘマったね。ま、・・・私たち、の、こと、みんなが祝福して、くれるわけ、じゃないって、ことね」
「・・・レイナ!」
「・・・泣かな、いで。大丈夫・・・だ、から」
レイナは笑う。笑ったまま、目の光が消えていく。直後、イベント救護ナースがステージ上へ駆けつけ、救護活動を始めた。
「ここは我々に! ひとまず下がってください!」
「・・・!」
ヨウジはぐっと激情を堪え、レイナから離れる。会場はパニックに陥り、あちこちから観客の悲鳴が上がっていた。
「いやぁーっ!」
「早く逃げろ!」
「皆さん! 落ち着いて! 係員が誘導します!」
「カメラ止めろ!」
悲鳴と怒号が入り混じり、スタッフが必死に秩序を取り戻そうとしていた。スマートフォンで撮影する者、恐怖で固まる者、泣き崩れる者。夢のような空間だった筈のそこが、今は地獄絵図と化していた。中継は全て切られ、映像は一枚絵へ切り替わる。
遅れてサイレンの音が聞こえてきた。スタッフが呼んだ警察と消防が到着したのだ。真っ赤なランプが国立競技場周辺を不気味に照らす中、救急隊員たちが迅速に動く。レイナの体を担架に乗せて、救急車へと連れて行く。彼らのプロフェッショナルな手際とは対照的に、ヨウジの精神は完全に崩壊していた。
「・・・彼女は死なないよな? 死ぬわけないよな!?」
担架はバックドアから救急車に乗せられる。救急隊員の肩を掴む彼の指先は震えていた。隊員は冷静さを保ちながらも力強く答える。
「落ち着いてください! ここはいち早く病院へ運ばないと!」
その隊員はヨウジの手を退けると、救急車の助手席に乗り込んだ。バックドアが閉まる直前、担架に乗せられているレイナの顔は蒼白だった。腹の刺し傷からの出血は止まらず、命の灯火が消えかけていることを如実に物語っていた。
「なんで・・・どうしてこんなことになるんだ!」
ヨウジは地面に崩れ、言葉にならない叫び声を上げた。会場スタッフや避難してきた他のアーティストたちは、突然の悪夢に襲われた少年を悲痛な目で見つめる。その中には、フォルテシモの山奈メルの姿もあった。
「・・・冷静さを失うな!」
「!!」
誰かがヨウジの肩を叩く。振り返るとそこには東郷がいた。さらにその後ろには、璃と春川、沢の姿があった。
璃もショックを受けているのか、春川の胸元に顔を寄せ、肩を振るわせていた。沢も心なしか目元がやつれている様に見える。
「救急隊から連絡があったわ。搬送先の病院が決まったみたい。私たちも急ぎましょう」
春川は毅然とした口調で告げる。ヨウジは涙を拭い、東郷の手を借りて立ち上がった。
東京市新宿区 総合病院
FNS歌謡祭は予期せぬ惨劇で強制終了された。そしてパニックを起こした観客が無事に消えた頃、同じ新宿区の街中にある総合病院に、Runa-PROの面々とヨウジの仲間たちが集まっていた。彼らは「ER(集中治療室)」と書かれた扉の前に集まっていた。
「・・・」
CEOの春川とマネージャーの璃は、無言のまま壁へもたれかかり、扉が開くのを待っていた。焦燥するヨウジはベンチに腰掛け、その両脇には沢と東郷の姿があった。そして程なくして、ガラス張りの自動ドアが開き、白衣を身に纏った医者が彼らの前に姿を現した。彼らはその医者に向かって、一斉に視線を向ける。
「・・・誰か、天ヶ原レイナさんの血縁の方は?」
「・・・いません、彼女は天涯孤独の身で、私が事実上の後見人です」
「・・・」
春川が医者の問いかけに答える。元軍人の東郷は医者の表情を見て、結末を悟った。
「では、入って頂けますか?」
「・・・分かりました」
「お、俺も・・・!」
春川は集中治療室へと向かう。ヨウジもついて行こうと咄嗟に立ち上がるが、春川に静止された。
「貴方は待ってなさい。きっと、耐えられないから・・・」
「・・・!!」
ヨウジは愕然とし、力なくベンチへと座り込む。
世界の歌姫の「死亡報道」が発表されたのは、その20分後のことだった。




