公安とギタリストと枢機卿
あけましておめでとうございます。
2209年11月23日 東京市新宿区 国立競技場
迫る11月25日と26日、「FNS歌謡祭」が放映される。元々は21世紀中に放映終了していた番組だが、戦争が終わって5年後の2204年、世間のニーズに応える形で復活した伝説の音楽番組だ。
会場は再建された国立競技場で、かつてのFNS歌謡祭とは大きくコンセプトが異なり、一般人の観衆も集めた野外ライブ形式となっている。
璃が運転する社用車に乗って、ヨウジとレイナ、そして春川が国立競技場へ向かう。璃は降車場の前で車を停め、他の3人を降ろした。
「では、私は車を駐車場に停めてきますね」
「ええ、お願い」
春川の言葉に対して会釈をすると、璃は軽快に走り去って行った。
今年もあと1ヶ月半、残った大きな仕事はこの「FNS歌謡祭」と「日本レコード大賞」、そして大晦日の「紅白歌合戦/ライブ・エイド」のみだ。そしてこの日は、現地会場でFNS歌謡祭のリハーサルが行われる最後の日だった。
「じゃあ、早速行きましょうか」
「はい!」
「うん!」
3人は国立競技場に向かって進む。しかしその時、彼らの行進に横槍を入れる者たちが現れた。男たちは3人の行く手に立ちはだかる。
「・・・何ですか? フジテレビの方・・・ではないですよね。ここは今、関係者以外立ち入り禁止の筈です。我々も急いでいますので」
春川は男たちの右脇を足早に駆け抜けようとする。ヨウジとレイナもそれに続こうとするが、彼らは素早く道筋を塞ぐ。
「失礼、我々・・・こういう者です」
男たちの1人である東京府警公安5課の六谷は、スーツの内ポケットから警察手帳を取り出して自己紹介をする。春川たちはさらに警戒心を募らせる。
「・・・公安が、何の用ですか?」
政府が強権的な姿勢を強めているこの時代、何が規制対象になるか分かったものではない。春川は公安という肩書きを聞いて、目の前の男たちをさらに睨みつけた。
「・・・実は今、我々は所在不明となったある機密物の捜査をしています。工藤ヨウジさん、貴方にはその機密物を所持している疑いがあります」
「・・・え、俺!?」
ヨウジは豆鉄砲を喰らった鳩の様だった。全く身に覚えのない疑いをかけられ、頭が真っ白になってしまう。
「・・・ヨウジ? 貴方、一体何をしたの?」
「変なアタッシュケースでも拾った?」
「いや、全く覚えがないんだって!」
春川とレイナは怪訝な目でヨウジを見つめる。ヨウジは全力で首を左右に振った。
「・・・というわけでヨウジさん、参考人として事情聴取にご協力願えますか?」
ヨウジの心情を気に掛けることなく、六谷は任意の同行を求めてきた。大事なリハーサルの直前だという状況で、そんなものに応じられる筈がない。
「今からFNSのリハーサルなんです。任意なら遠慮して貰えますか?」
故に春川がそれを拒否するのは最もだった。しかし、警察側も引き下がらない。
「確かに任意です。ですが・・・あくまでも潔白であると仰るならば、むしろ拒否はおすすめしませんね」
相手は公安。かつて日本に存在した秘密警察になぞらえて「特高」とも揶揄される連中だ。あくまで都市伝説の範疇だが、反政府的な言動や楽曲制作を行なっていたアーティストが、不自然な形で引退したり、遥か過去の過ちが突如として表沙汰となり、活動休止に追い込まれる事案には、彼らが関わっているという。
「春川さん・・・俺はかまいません」
「ヨウジくん!?」
やましいことがないのならば、さっさと潔白を証明してしまえば良い。ヨウジは公安の事情聴取に応じることを選ぶ。
「ただし・・・リハーサルが迫っている以上、もう場所の移動は出来ません。事情聴取はここでお願いします」
「ええ、結構です」
ヨウジが提示した条件を、六谷は了承する。その後、彼らは国立競技場のスタッフに事情を説明し、競技場内にあるミーティングルームを借りられることになった。
ミーティングルームの中で椅子に座るヨウジの前に、男性刑事の六谷が座った。他の2人、小羽と太刀波は六谷の後ろに立っている。部屋の外では、レイナと春川、そして駐車場から戻ってきた璃が心配そうにドアの小窓から中の様子を見ていた。
「・・・ちょうど1年ほど前、ある資産家の一族から遺失物届が提出されました。調査の結果、それが国家を揺るがしかねない重要物品であることが明らかになったのです」
六谷は事の詳細について説明を始める。
「我々はその行方を追っていました。そして貴方が、それを所持している可能性が浮上したのです」
六谷は懐から携帯端末を取り出し、ある監視カメラが捉えた立体映像を空中に投影する。日付は8月27日の夜中、場所は千代田区のホテルニュータニモト東京新館、そのメインエントランス前だった。
「これは貴方ですね?」
「はい・・・確か、この日は」
その映像は24時間テレビがあった日、その打ち上げが行われたホテルの前を写したものである。帰路に着く他の参加者たちと並んで、璃が車を持ってくるのを待っている時だった。
「この時、貴方は我々が探していた重要物品を間違いなく所持しています。その自覚はありますか?」
「・・・いいえ?」
嫌疑をかけられたきっかけとなる映像を見せられても、ヨウジには全く心当たりがなかった。その時持っていたものと言えば、衣服以外は携帯と財布くらいのものだ。
「・・・まさかとは思いますが、あの・・・ペンダント?」
「!!」
ペンダント、その単語を口にした瞬間、刑事たちの顔色が一変する。その反応を見て、ヨウジは機密物の正体を知ると共に、新たな疑問を抱いた。
「意味が分からない、ただのペンダントでしょう。・・・もう、返しちゃったし」
「!!」
ヨウジはさらっと、それがすでに手元にないこと、そして人手に渡っていることを明かした。
「返した!?」
「はい、拾ったものなので」
あの日、打ち上げがお開きになった後、ヨウジは山奈が落としたペンダントを拾った。その後、紆余曲折あったが山奈と会って何とか返すことができた。
「返したのは、誰ですか?」
「・・・それは」
六谷はペンダントの持ち主を尋ねる。ヨウジは反射的に山奈メルの名前を出しそうになったが、咄嗟に飲み込む。
「・・・これは、答えるとその人に迷惑がかかりますよね」
ヨウジは公安の手が山奈メルのもとへ及ぶことを案じる。映画撮影で出会って以降、ヨウジとメル妙な縁で結ばれたが、ライブ・エイドを競ったライバル同士である。残念ながら山奈が属するフォルテシモはライブ・エイドからは選外となってしまったが、紅白の出場は決定している。
彼は公安の手が及ぶことで、紅白の出演が危なくなってしまうのではないかと心配していた。
「貴方が気にしなくてよいことです」
「いや、そうはいかない。これ以上を聞きたいのなら、このペンダントが何なのか教えてください。これがどう危険なのか、それを知らないと、あの人に迷惑をかけることに納得がいかない。あの人だって、ただのペンダントだと思って所持している可能性もありますから」
ヨウジからすれば、ただのペンダントごときで山奈の名前と芸能人生に傷をつけたくない。公安に彼女の名前を伝えるにあたって、それに納得できるだけの理由が欲しかった。
「・・・いや、それは」
思いの外、頑固な態度を見せる少年に、六谷は面食らう。その時、タイミングよくマネージャーの璃が入ってきた。
「・・・時間です!」
リハーサルの順番が回ってきた。取り調べはここまでだ。
「分かりました、今行きます」
ヨウジは立ち上がる。
「ちょっと、まだ話は・・・!」
小羽はヨウジを引き留めようと、彼の腕に手を伸ばそうとした。ヨウジはそれをサッとかわし、ミーティングルームから立ち去っていく。
「いえ、終わりです。我々も忙しい・・・」
ヨウジは冷たい声と表情で、刑事たちを睨みつける。ヨウジはレイナと共にリハーサルへ向かって行った。
競技場のフィールドには、骨組みのステージとホログラム投影装置が並べられ、多数のスタッフが忙しなく動いていた。ザドキエルとしてリハーサルを終えたヨウジは舞台を降り、観客席から他のアーティストのリハーサル演奏を眺めていた。
春川とレイナは、ソロ出演パートの打ち合わせのため、舞台裏でスタッフを話をしている。彼のそばには璃と、遅れて合流した沢の姿があった。
「ねーえ、ちょっと聞きたいんだけどさぁ。あのラジオ放送の後、ヨウジはレイナさんに何て答えたの?」
沢はヨウジの旅仲間であり、以前からザドキエルのファンだった。彼女は先日大きな話題になったザドキエル・レイナの公開告白について、ヨウジに尋ねる。
ヨウジは周囲をサッと見渡し、周りに聞こえない程度の声で話し始める。
「・・・いや、実はあの後にアイツと少し話したんだ。返事は・・・まぁ、保留にしてる」
「・・・は?」
その瞬間、沢と璃の顔色が変わる。
「世界の歌姫にあそこまで言われてキープにしてるの? いやまず、OK以外の言葉を発してんじゃねぇよ」
「くたばれ」
「そこまで言う?」
流れるような罵倒を喰らい、ヨウジは顔を引き攣らせる。
「・・・じゃあさ、もう逆にどんな子がタイプなの?」
沢は質問を変える。彼女は世界の歌姫を待たせる目の前の男に呆れていた。ヨウジは頭の中で言葉を選び、口を開く。
「・・・顔の良い女」
「うっわ最低」
「ルッキズムの権化出たな、やっぱりくたばれ」
沢と璃は蛇蝎を見る様な顔で、パイプ椅子に座るヨウジを見下ろした。言葉の刃に心を貫かれつつ、彼は言葉を続ける。
「天使みたいな笑顔、完璧なパフォーマンス、それでいて気まぐれでわがままな言動、・・・何より、吸い寄せられる慈悲の声色・・・いつの間にかアイツの全てが、俺の憧憬で、理想で、欲望になってた」
「・・・!」
ヨウジの脳裏には、舞台の上で歌う天使の姿が浮かぶ。初めてライブを見た日の衝撃、そして隣に立つ様になってから、彼の心の中にはある想いが募り続けていた。
「でも、そういう浮ついた存在は、紅白までの道筋の中でアイツにとっては“ノイズ”になる。だから・・・俺、紅白が終わったらちゃんと彼女に言うよ」
舞台袖から出てきた歌姫を見つめ、ヨウジは決意を固める。沢は心の中で“やれやれ”とつぶやき、ため息を漏らした。
〜〜〜
11月25日 東京市新宿区 国立競技場
2日後、FNS歌謡祭・第1夜の日がやってきた。国立競技場に設けられたステージの前には、すでに大勢の観衆が集まっている。セットの各所や空中ドローンに設置されたフジテレビのカメラが、あらゆる角度からその光景を捉えていた。
「さぁ、始まりました! FNS歌謡祭第1夜! 司会は私、田村一郎と」
「横溝つばきでお送りします!」
時刻が午後7時を回る。その瞬間、数多の大歓声と共に司会進行役がステージに現れた。23世紀に復活した伝説の音楽番組が幕を開ける。
同じ頃 千代田区
その映像は、街中の街頭ディスプレイでも放映されており、街を歩く人々はふと足を止め、熱狂の国立競技場を映し出すそれに目を向けている。今年の冬は寒く、東京の街には雪がチラついていた。
(久しぶりだな・・・日本は)
その中に1人、黒コートを着込む男がいた。老いてはいるが、白髭と白髪は丁寧に整えられ、着ている衣服も高級そうに見える。
男はヴァチカンに暮らす日本人の枢機卿であった。彼はある目的のために、日本に帰国していた。男は2年前、ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に現れた少女との会話を思い返す。
(・・・ねぇ? おじさん、ヴァチカンの人?)
その少女は、日本語を話していた。少女は礼拝堂の祭壇に描かれたミケランジェロの傑作「最後の審判」を見上げていた。
(7つの鉢がひっくり返されても、案外生き残ったんだよね・・・人類。『大淫婦バビロンの滅亡』は叶ったけど)
(まるで・・・天使のようなことを言いますね)
少女が語ったワードは新約聖書の最終章、キリスト教の聖書の中で唯一預言書的性格を持つ「ヨハネの黙示録」に関連した単語である。
そのワードを何気なく語る日本人少女に、男は興味を抱いた。
(・・・『ファティマ』で伝えた筈でしょ? 黙示録の到来とその結末は・・・。なぜ、1960年に公表しなかったの? おかげで・・・は“白紙”だよ)
(・・・!?)
少女の言葉を聞いた瞬間、男の顔色が変わった。
そして少女に真意を問いかけようとした刹那、閉鎖空間であるはずの礼拝堂に、突風が吹き荒れた。男は咄嗟に両腕で顔を覆う。そして風が止んだ時、少女の姿は消えていた。
(黙示録は、すでに終わりを迎えつつある。『7つの封印』が第2次世界大戦と東西冷戦、『7人のトランペッター』が東亜戦争と世界秩序の崩壊、『天の戦い』と『7つの災い』が宇宙漂流連合の襲来を指すものなら・・・すでにヨハネの黙示録における裁きは終わっていることになる・・・。その後は『千年王国』、そして最終章である『最後の審判』と『新天新地』を待つだけ・・・)
少女はフードをかぶっており、顔は見えなかったが日本人であることはわかった。男は教皇庁の規則に背き、1917年に現世へもたらされ、そして秘匿された「預言」の内容を秘密裏に日本政府へ伝え、預言の阻止を懇願した。
政府はその荒唐無稽な文書を間に受けなかったが、現役のカトリック枢機卿からの文書を無下にもできず、最終的には東京府警(元警視庁)の窓際部署へその処理を押し付けた。
(阻止しなければ・・・、この世界は・・・終わる)
男は歩く。
新年まであと1ヶ月。世界の運命がひっそりと動き出していた。
実在のテレビ番組を出演させまくったので、どうせなら現実の時間とリンクさせたかったのですが、残念ながら現実の紅白歌合戦に最終話が間に合いませんでした。
あと7話くらいかなと思います。とうとう旭日・旭光ワールドの幕引きが迫っています。




