21世紀の終わり〜The end of 21st century〜
2100年12月31日 日本皇国 東京 万博会場
万博が無事に再開しておよそ1ヶ月と1週間後、100年ぶりについにその時が訪れた。20世紀を超える激動と混沌の世紀となった「21世紀」が終わる日が、ついにやってきたのである。
この日も「東京万国博覧会 EXPO’ 100」の会場は、大勢の来訪客で賑わっている。そして今夜は新たな時代「22世紀」の幕開けを祝うカウントダウンイベントが行われる予定になっていた。
日本政府の面目を潰すようなテロがあったばかりであり、警備については当初の予定を大きく超える人員と予算が注ぎ込まれている。
並び立つパビリオンはどこも盛況であり、特に1番人気の「日本館」は連日3時間超えの待ち時間となっている。他、アメリカ館、中華民国台湾館、ロシア館、香港館など、普段は触れることのできない異国の文化と、そこに住む人々との触れ合いを、来訪客の日本国民は無邪気な心で楽しんでいた。
なお、朝鮮民国については、結局彼の国の政府がチャン・ワンテク参事官の不正を認め、彼を日本政府へ出頭させることで決着がついた。朝鮮政府は「チャン個人の暴走した愛国心が招いた許されざる事態であり、被害を受けた方々には彼に代わって謝罪を申し上げる。今後は我が国の外交官がこのような不祥事を起こさないように徹底指導していく」と発表した。
謝罪の言葉を述べる傍ら、テロ組織の誘導が国家の意思として行われたことは認めなかったが、国交断絶という結果には至らなかったため、彼の国の出展である「朝鮮民国館」も営業を再開することとなった。
「ねぇ! 次は日本館に行ってみようよ!」
1組の家族が万博会場を巡っている。九州から来た国内の観光客だ。彼らはカウントダウンイベントに参加するため、大晦日を狙ってこの東京万博を訪れていた。
他にも同様の理由で大勢の観光客がここを訪れている。故に万博会場はそれまでにないほどの盛況ぶりを見せていた。
1番人気のパビリオンは「日本館」である。官民がそれぞれ開発・研究を進めている、平和的利用を目的とした最先端のロボット・アンドロイドの展示のほか、人の想像する世界を具現化できるホログラフィック・イルミネーションの実演、海底都市のモデルなど、技術展示を主にしている。
その一方で、日本の伝統的家屋の実寸模型や着物の試着、日本刀や漆器、陶器の展示など、日本の伝統的な文化・工芸の展示も行なっており、併設されたレストランには東京の有名老舗ホテルの和食店が出店していた。
一般の待ち時間は3時間を超える。しかし、日本館を一目見ようとする人の列は途絶えることはなかった。
「えー、でも日本館は閉場間際じゃないと入れないよ。代わりにJNSS館は?」
妹の提案に対して、兄がその代案を示した。彼が口にした「JNSS」とは「日本国有太陽系航宙(Japanese National Space line of Solar system)」の略称で、日本皇国が保有する再使用宇宙往還機「宇宙航行船」を管理・運営する国有企業だ。
JAXAが発展した「宇宙開発省」管轄下の公社で、地球、月、地球近傍小惑星間の物資運輸を行っている。日本が開発した宇宙航行船は「扶桑」のコンセプトを踏襲しているため、海面からの離着水を基本にしている。
そのJNSSが出展したパビリオンである「JNSS館」には、現在建設されている月面都市「竹取」の完成図模型や、計画進行中である火星都市の模型が展示されているほか、宇宙航行船のエンジンである小型核融合炉や、各天体で採取された岩石や鉱石が展示されている。
「それじゃあ日本館と待ち時間があまり変わらないじゃないか。もっと人が掃けていそうなところが良いよ」
JNSS館は日本館に肩を並べる人気パビリオンだ。父親は兄の代替案に苦笑いを浮かべる。
「もっと別のパビリオンにしよう・・・アメリカ館はどう?」
父親はその場所から程近い、別のパビリオンを提案する。大西洋エリア最大の目玉である「アメリカ合衆国館」だ。
かつて、日本とアメリカは「日米安全保障条約」の下、強固な同盟関係にあった。しかし、日本国の異世界転移によって15年も関係が絶たれ、さらに日本国の帰還後は28世紀の超兵器「扶桑」の処遇を巡って対立した。そして、2042年にアメリカ連邦政府から安保条約の終了が通達されたことで、日米同盟は事実上解消してしまったのである。
アメリカはその後「米中安全保障条約」により、東アジアでのプレゼンスを示す拠点を日本・韓国から中国へ移した。そして国際連合に代わる機関「国際連邦」の常任理事国として、国連治安維持軍を動かし、未だに世界に対して大きな影響力を持っているのだ。
そんなアメリカ館では、日本と張り合うかの様に技術の展示が行われている。日本の企業が開発しているものとは姿形・用途が異なるロボットに加え、軍事用のパワードスーツの試着ができるブースが設けられていた。それは日本に対する対抗心によるものだった。
「確かに楽しそうだったし、そっちで良いんじゃない?」
母親は夫の意見に賛同する。子供たちは「えー」「いやー」としばらく文句を言っていたが、母親の発言力が強いのか、この一家は渋々「アメリカ館」へ向かっていった。
また別の場所「アジアエリア」では「中華民国台湾館」の前で、人々が行列を作っていた。「中華民国台湾」は“1つの中国”を維持できなくなった「中華人民共和国」から、中華民国・台湾が2040年頃に独立を果たして誕生した国だ。
かつて第2次世界大戦後に大陸を追われ、台湾を統治した中華民国政府は、自らが中国全土を統治する唯一合法の政府であると主張し、中華人民共和国とは互いに正当政府とは認めない状況が続いていた。しかし、中国共産党が失墜し、その影響力が没落したことをきっかけに、中華民国政府は「台湾本土化」と「2つの中国」を一気に押し進めたのである。
具体的には、大陸への領土主張を辞め、中華人民共和国を大陸を統治する“別の国家”として国家承認することで大陸と決別し、台湾とその所属諸島を“本土”、台北を“首都”と定めたのだ。これによって台湾を本土とする、中華人民共和国とは全く別の国家である「中華民国台湾」が誕生したのである。
中華民国台湾(Republic of China, Taiwan)は、日本にとっては数少ない真っ当な友好国である。日本の消失後は、第2次大戦後より深い関係にあったアメリカと同盟関係にあったが、日本の復帰後は地理的に近い強国・日本へ急接近した。
そんな「中華民国台湾館」には、主に台湾の伝統や文化に関する物品が展示されている。そしてこのパビリオンは3番人気となっていた。
現在の日本国内で使われるインターネットは、アメリカ軍が開発したオリジナルのそれとは違い、日本政府が新たに構築・管理するものであり、海外の情報は統制されているため、日本国民にとって海外の伝統・文化は常に新鮮なものなのだ。
アジアエリアを超えた先には、ヨーロッパエリアがある。ここではノルウェー王国、イングランド=ウェールズ二重王国、スコットランド共和国、アイルランド共和国、スイス連邦といった、地球屈指の紛争地帯と化した「ヨーロッパ」の中でも、治安が維持されているごく一部の国が出展していた。
そして、その中に一際長い行列ができたパビリオンがある。中から出てくる人々は、満足げな表情を浮かべて口々に呟いていた。
「すごいね〜!、やっぱりマンモスって大きかったんだ!」
そのパビリオン、「ロシア連邦館」にはこの万博きっての目玉展示物があった。中から出てくる人々は、口々にその展示物について話をしている。それは「マンモス復活プロジェクト」によって1匹だけ出生に成功した「マンモスの剥製」であった。
この様な各国から出展されたパビリオンには、当然ながら現地国より派遣された人々が接客を行っている。そしてパビリオンの入場ゲートの前に立つコンパニオンの前に、数多の小学生が集まっていた。
「ロシア館のお姉さん、サインください!」
「ぼ、僕も・・・!」
「はい、良いですよ〜」
ロシア連邦館のコンパニオンは、東京の小学生から渡されたノートとペンを微笑みながら受け取った。
海外から全く観光客を受け入れない「半鎖国体制」を国是とするこの時代の日本では、「外国人」は非常に珍しい存在である。故に小学生の間では、万博開催に伴う入国緩和期間中の訪日観光客や、コンパニオンにサインをねだるという行為が流行していた。
2040年以降、難民・紛争の流入と亜人・魔法の流出を防ぐため、鎖国政策を開始した日本政府は、その一貫として日本国内における外国籍の「就労」を原則として例外なく禁止した。
これによって「在日外国人」という概念は消失し、日本国内に入国できる者は主として外交関係者に限定されたのである。「移住」は定められた納税義務を果たせる程の資産を持つ者、または日本国に有益な知識・技術を持つ研究者・技術者に限られ、移住後に犯罪・密偵行為を行えば即座に日本国籍が剥奪され、身1つで強制送還されることになっている。
しかし、日本への移住にはもう1つのパターンがある。それは「宇宙移民のモデルケース」だ。これは基準が大幅に下げられている。そのかわり、移住先は日本本土ではなく、未だ建設途上の月面都市「竹取」だ。地球外への移住にもかかわらず、希望者は世界中から殺到している。それは海外の治安崩壊の深刻さを示していた。
この日も万博は盛況を続ける。そして太陽はだんだんと西へ傾き、大地の向こう側へと沈んでいく。真っ赤に燃える夕日が、万博の象徴である「万博メモリアル・スタジアム」を紅く染めていた。
そして太陽が完全に沈んだ後、カウントダウンイベントの会場である「中央広場」には、イベントの開幕に備えて多くの人々が集まっている。その中には日本人だけでなく、世界各国から来た外国人観光客の姿もあった。
彼らはそこはかとなく胸をざわつかせながら、イベントが始まる時間を待っていた。そして午後8時、ついに21世紀への別れを告げるカウントダウンイベントの幕が上がる。
『お集まりの皆様、お待たせいたしました! 只今より『東京万国博覧会 EXPO’ 100』特別イベント、『さようなら21世紀!カウントダウンコンサート』を開幕いたします!』
司会者の挨拶と同時に、中央広場に数多のスポットライトが当てられる。そして会場の至るところから紙吹雪が舞い上がった。広場に集まった観衆は、一斉に歓声を上げた。
イベントは芸能界から呼ばれたアイドルやバンド、音楽グループによる歌とパフォーマンスから始まる。最初に特設舞台に立ったアイドルグループに向かって、ファンたちの黄色い声援が浴びせられた。舞台袖には第2部で登場する予定のオーケストラ、陸海空軍合同の特別音楽隊が控えている。
コンサートの模様は全国に生中継されており、日本中の人々は21世紀の終わりと22世紀の幕開けという、この記念すべき瞬間を、夢と希望に満ちた思いで見つめていた。
〜〜〜
ほぼ同時刻 日本海
日本国内が新世紀の夜明けに沸き立っていた頃、漆黒の日本海を1隻の古びた貨物船が進んでいた。その船にはロシアと朝鮮民国の国境である「トマン川」から出港した不法出国者たちが乗っており、極東ロシア、中国東北部、そして朝鮮半島北部の住民たちから構成されている。
彼らの居住する地域は過激な軍閥が跋扈しており、常にそれらによる襲撃と略奪に怯えながら暮らさねばならない無法地帯だ。彼らはそんな暮らしから逃げ出すため、過酷な日本海へ飛び出したのである。
「船長! 間も無く日本の接続水域です!」
日本政府は「半鎖国体制」の維持のため、日本列島を取り囲む海に人工衛星による監視網を張り巡らせている。その監視網は領土から24海里の範囲である「接続水域」まで及び、日本の領海に侵入しそうな動きを見せる不審船を識別しているのだ。
だが彼らの目的は“そこ”にある。世界唯一の完全なる法治国家・日本皇国への亡命こそが、彼らの目的なのだ。
「気を抜くな! レーダーに注意して周囲に何かないか目を光らせろ!」
「了解!」
船員のロシア人たちの顔が一層険しくなっていく。日本の接続水域と領海の境界である「12海里」周辺の海域は、日本の海上治安機関である「海上保安隊」の無人フリゲート艦が巡回しているからだ。
「レーダーに船影なし!」
「間も無く12海里水域に到達します!」
船員たちは心臓の鼓動が高まっていくのを感じていた。暖房も効かない船の貨物庫には、数百人の難民が毛布にくるまりながら、噂に聞く“楽園”への到達を待ちわびている。皆、体は痩せこけて骨張っており、女性もいれば、老人や幼い子もいた。
レーダーに船影は捉えられず、このまま行けば船は日本列島に到達する。領海に近づいても、依然として巡視船が現れないため、船員たちの緊張は徐々に薄れていった。しかし、船の無線に突如として音声が届けられた。
『こちらは『日本皇国・海上保安隊』である。貴船に告げる。貴船は正規の入港手続きを受けていないにもかかわらず、我が国の領海に侵入しようとしている。直ちに進路を変えよ。12海里に到達した場合、直ちに排除する!』
「!!」
無線から機械的な警告文が聞こえてくる。その瞬間、船員たちの心にとてつもない緊張が走った。彼らは指揮官である船長へ、一斉に視線を向ける。
「・・・どうします!?」
「・・・かまうな! 突っ切るぞ!」
領海への不法侵入を海上保安隊に見つかれば、幼子だろうが工作員だろうが、一切の差別なく物理的に排除される。そうやって幾多の不法難民たちが、この日本海で葬り去られてきた。
しかし「0.1%」、1000人に1人の割合で不法入国者は日本にたどり着くと言われている。彼らは故郷で暮らすことよりも、その絶望的な数字に賭けることを選んだ者たちだ。引き返すという選択肢はなかった。
『・・・ザザッ!』
無線が切れる。その後も船は進み続け、ついに12海里の水域へと到達する。
「・・・よし! もう少しで日本に・・・!」
船長、そして船員たちの顔に微かな笑顔が浮かびあがる。
だがその瞬間、とてつもない衝撃が彼らの貨物船を襲った。
ドカアァ・・・ン!!
衝撃によって船は大きく揺れ、台の上に置かれていた計器や道具は、全て床に落ちてしまう。船員も唐突な揺れに対応できず、何人かは体を床や壁に打ち付けてしまった。
避難民が肩を寄せ合う貨物庫でも、突然の出来事に人々が驚き、悲鳴が上がる。
「どうした!? 何があった!?」
「右舷前方に損壊あり! おそらく被弾したものと思われます!」
船員が被害状況を報告する。直後、双眼鏡を覗く別の船員がその犯人を見つけた。双眼鏡を握る手がガタガタを震えだす。
「に、2時の方向に船影を発見! 砲塔が此方を向いています!」
「そんな! レーダーには何も・・・!」
「ステルス艦か・・・!」
双眼鏡の先には「海上保安隊」の無人フリゲート艦がいた。桜型沿岸フリゲート「卯木」、日本が誇る国境の守護者が現れたのである。
ドォン!!
「卯木」の砲塔が光る。その直後、貨物船の船体に風穴が開いた。その穴は多くの人々が潜む貨物庫まで到達し、何人かの人々は揺られて海へ落ちていく。幼子を抱えた女性は、海へ落ちていく亭主に向かって必死に手を伸ばすが、届かない。
「くそっ・・・! 左舵をとりながら加速! あのフリゲートを振り切るんだ!」
「了解!」
貨物船は「卯木」から離れるように方向を変え、速度を上げていく。だが遠隔操作される卯木も、彼らを追って進路を変えて行った。
「敵艦、追走して来ます!」
「構うな、走れ!」
相手は命乞いもワイロも効かない無人艦、故に彼らには逃げ切ることしか道は残されていない。船員たちは難民数百人の命を背負って、必死の形相で船を進め続ける。
直後、無人フリゲートが3発目の砲弾を放った。それは貨物船の後部を襲い、船体を容赦なく吹き飛ばす。後方で見張りをしていた船員が、海に落ちて行った。
ドォン!!
4発目の砲弾が放たれる。被弾した箇所で大きな爆発が起こり、船体が徐々に傾き始めた。砲撃は容赦無く繰り返され、5発目の砲弾は再び貨物庫に襲い掛かった。浸水が始まり、船はさらに傾き、速度は大きく落ちていく。
老若男女の悲鳴が漆黒の海にこだまし、船はさらに大きく燃え上がる。船長は呆然とした表情で、その地獄絵図とでも言うべき光景を見つめていた。
ほどなくして、真っ赤な炎と共に轟音が鳴り響く。業火に覆われた貨物船は、数百の人命と共に極寒の日本海に沈んでいった。任務を終えた卯木は、新たなる侵入者に備えて巡回任務へ戻っていく。
日本へ向かう不法難民を乗せた船は、このようにそのほぼ全てが無人フリゲート艦によって葬り去られる。入国に成功する0.1%は、そのほとんどが国家機関の支援を受けた工作員によるものである。しかし、ありもしない希望に縋って、日本列島に迫る者は後を絶たないのだ。
〜〜〜
アメリカ合衆国 ニューヨーク ウォール街
かつて世界最大の経済都市であった「ニューヨーク」、今や空テナントと化した高層ビル群がかつての栄光を誇示するのみであり、世界経済の崩壊後は浮浪者と犯罪者、ギャングが跋扈する危険都市になっていた。
そんなニューヨークの中心地・マンハッタンの南端部に位置する「ウォール・ストリート」にて、州警察の警官隊とデモ隊が睨み合っている。シールドと警備ドローンでバリケードを構築する警官隊に向かって、デモ隊の1人が火炎瓶を放り投げた。それを皮切りに、デモ隊と警官隊の衝突が始まる。
「政府を倒せ!」
「自由革命万歳!」
「政府の犬をブッ殺せ!」
怒号と共に民衆は警察車両に束になって襲い掛かる。数多の火炎瓶が飛び交い、周囲の店舗や警官隊の制服に着火する。警官隊も暴徒を鎮圧するため、警備ドローンから催涙弾をデモ隊に向かって次々と撃ち込んだ。
周囲の店舗を見れば、すでに長らく続いていたデモと暴動によって、ガラスというガラスは割られ、品物は尽く持ち去られている。放火によって市街のあちこちから煙が上がっており、民衆と警官隊の怒号が鳴り響いていた。
同様の事態はニューヨークだけでなく、アメリカ国内のほとんどの都市で起きている。世界経済の崩壊以降、職を失った人々と行き場を失った移民たちによる暴動が、絶え間なく発生するようになっていた。
当然、アメリカ全土の治安水準は大きく低下している。「国際連邦」の設立によってどん底を脱した後も、連邦政府は民衆の暴動や略奪を未だにコントロールできていないのだ。
〜〜〜
2100年12月31日 日本皇国 東京 万博会場
午後8時から始まったカウントダウンコンサートは終幕へと差し掛かり、21世紀が終わる瞬間が刻一刻と近づいていた。オーケストラによる「蛍の光」の演奏が観衆の心を掴み、会場は開幕時の盛り上がりとは一転して、穏やかな暖かさに包まれていた。
演奏が終わったとき、時刻は午後11時55分を示していた。21世紀の終わりまで、あと5分を切ったのである。
『皆様、間も無く・・・21世紀が終わりを迎えます。21世紀という時代はかつて“戦争の世紀”と評された20世紀を凌ぐ、混乱と混沌の100年となりました。世界では多くの血が流れ、多くの人々が貧困と飢餓の中で生きる生活を余儀なくされています。
さらにはこの万博も、テロという名の世界の悪意に襲われ、多くの人々が傷つくこととなりました。我々『東京万国博覧会協会』、そして日本政府は、これから訪れる22世紀という時代が、世界から悪意が払拭され、全ての人々にとって幸福な時代となることを願います』
会場の各地に設置されたスピーカーから、進行役を務める男の声が聞こえてくる。観客はふたたびざわつき始める。そして元日が訪れる1分前に差し掛かったとき、舞台上の大スクリーンにカウントダウンが表示された。
『30、29、28・・・!』
5万の観衆はその数字を一斉に読み上げ、カウントダウンの大合唱が万博会場に響き渡る。来賓席に座るVIPたちは、複雑な心境でその時の到来を待っていた。
そしてついに、その瞬間が訪れる。
『5、4、3、2、1・・・!!』
ヒュー・・・ ドン! ド ドン! ドン!
カウントダウンが消えた刹那、万博会場の至るところから大量の花火が打ち上がった。色鮮やかで多種多様な花々が夜空に咲き誇り、新世紀の到来を祝福する。観衆は夜空を彩る花火に興奮し、再び歓声が湧き上がった。
『あけましておめでとう! A Happy New Year! 新たなる世紀、夢の22世紀の幕開け! 記念すべき瞬間です!』
進行役の言葉が、観客のボルテージをますます煽っていく。興奮が湧き上がったのはこの万博会場だけではない。日本国内の全ての都市、全ての町で、全ての日本国民が22世紀の到来に興奮し、祝福していた。
「とうとう明けたな・・・『22世紀』が!」
コンサートの警備に当たっていた4課7係の六谷も、そこはかとなく胸を踊らせていた。
時は2101年1月1日・・・ついに世界を照らす旭光の新世紀が幕を開けたのである。




