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検査

「松下が目覚めた」


聞き覚えのある声が聞こえた。

俺はその声に驚きつつも瞼を開けると、見知った顔が枕元に立っていた。


竹内祐一。

幼馴染であり、宗一郎とならび親友と呼べる数少ない人物。

その顔は無表情であり、場所が場所なら大声をあげていたかもしれない。


「なぜ俺の病室に……」

「壁を開閉できるようにした」


祐一はさも当然のように答える。


「そういう問題じゃない。俺たちは監視されてるんだ。迂闊な行動は……」

「監視カメラの映像は全て差し替えておいた」


……こいつに何を言っても無駄か。

頭が言い分、人の言うことを聞かないところがある。

まあ今回は監視カメラの映像も偽装してるようだしバレることはないか。


「ここ以外は」

「ダメじゃねぇか! ……はぁ、もういいわ。で、松下が目覚めたって? 一週間もあれば目覚めるだろ。遅いくらいだ」

「そうじゃない。能力に目覚めた」

「……どういうことだ」


祐一はスマホを取りだし、その画面を見せてくる。


「ついさっきの松下の病室の映像だ」


その動画には、浅倉に殴りかかる宗一郎の姿があった。

だが、それは浅倉の能力によって簡単に躱される。それこまでは普通だ。普段の宗一郎でもありえる反応。


しかし今、宗一郎は殴りかかると同時に左手で注射器を隠し持った。

最初から躱されることを想定して、殴りかかるのをフェイクに使ったんだ。


怒りに任せての行動。そう思わせることによって油断を誘う。

しかも、それを意識を取り戻してすぐに実行している。

普通の高校生ができることじゃない。


「記憶が、戻ったのか……?」

「いや、それはない。記憶が戻ったのならこんなことをしなくてもやりようはある」


確かにそうだ。

だが、そのあとなんの躊躇もなく左手の注射器で浅倉の首筋を狙う宗一郎に違和感を覚えずにはいられない。

そして、その左手の親指は完全に治っていた。


「これは……」

「ああ、なぜか実用段階まで能力が開花している」


あれから一週間しか経っていない。

いくら宗一郎だからって、たった一週間でそんなことが可能なのか?


「もう松下は大丈夫だ。俺らは幸子のフォローに回った方がいい」


能力が目覚めた以上、よほどのことがない限り宗一郎が死ぬことはないだろう。

たが腑に落ちない。

能力の発現。そしてまるで当たり前のように敵を排除しようとする意識の変化。


浅倉……あいつの仕業か。それ以外あり得ないが、一体どうやって。


「高梨、考えるのは後だ。脱出ルートを確保してある」

「ああ……つってもだな。俺はこんな状態だからな」


浅倉にやられて俺の両脚は完全に折れている。

一週間でだいぶ良くなったが、歩くにはもう数日欲しいところだ。


「俺が抱えていく」

「え、ちょっと……」


反論する間もなくお姫様だっこのように抱えられて壁を通過していく。


「祐一……非常に、言いにくいんだが……」


とても気持ちが悪い。特に感触だ。

これがいつもの祐一ならそんなことはないが、肉肉しいバケモノの姿なのだから気分が悪くなるのもしょうがない。


「しか、たないだ、ろ」


俺の不満を感じ取ったのだろう。

祐一はこの姿だと上手く喋れないようで、どもったような口調になる。

まあ、この姿じゃないと祐一の物質を変化させる能力が発動しないのだからしょうがないのだが。


「あー、全くしばらく悠々自適な監獄生活だと思ってたのによー」


俺は不満を言いつつ、口角を上げる。

宗一郎のことは気がかりだが、これは想定していたよりも遥かに最良の結果かもしれない。

その分、時間に追われることになりそうだが。


祐一は何重にもわたる警備をすり抜け、そのまま病院を後にした。

さすが病院いわく、レベル9……だっけ? まあ、どうでもいいか。


「……まあ、こういう方が俺たちにはあってるかもな」

「そう、だ」


もうしばらくこの肉塊に抱かれるのも悪くない。






﹅﹆﹅﹆






「ようこそ、念願のバケモノ小屋へ」


古びた洋館のような内装の部屋。

浅倉はスカートの裾を軽く上げて妖しく微笑んだ。


「別に来たくて来たわけじゃない」

「あら、ツンデレかしら」

「……いつ俺がデレたんだ」






結局、高梨と竹内が脱走したせいで事情は聞けずじまいだった。

あいつらは何を考えてんだ。さっぱりわからん。


高梨と竹内がいなくなって、俺の命をつなぐものは何もなくなり生存が危ぶまれるかと思いきや、事態はもっと複雑になっているようだった。


そもそも最初から高梨と竹内を殺す気はなかった、と浅倉は言った。

あの惨状を目の当たりにしている俺としては信じられなかったが、一応高梨と竹内はこの施設から脱出できるくらいには元気らしい。


ほとんどの監視カメラは誤作動を起こしていたという話だが、高梨の病室のカメラの映像が残っていたらしく、それを見る限り二人とも元気そうだ。

竹内が血肉の塊になって高梨を抱える場面はあまり見たくはなかったが。


そもそも高梨がアサクラ記念病院にあるバケモノ……シナプスなんとかって病気らしいが、そのデータを盗もうとしてこうなったとか。

それも調査局員試験の最中に。


「もし世界に公表されれば私たちは生きてはいけないわ。まあ、重要なデータが保管されているところまではたどり着けなかったみたいだけど。なぜ、高梨くんがデータを盗みに入る必要があったのかしら」


そんなことを聞かれても、俺も知らん。


結局、高梨はデータを盗むのに失敗したみたいだ。そして俺たちが狙われるのを見越して助けにきた、と。


高梨と竹内のデータは隅々まで採取したらしい。今後も捜索は続けるが優先順位は低くなる。

もちろん、それは俺という人質がいるからであって、もし二人が悪さをするようなことがあれば俺の首が飛ぶだろう。


そんなこんなで、自称シナプスなんとかっていう病気の人たちが人間と共存できるように匿っているアサクラ記念病院の一員に加わることになった。

というか、一員にならないと病室に隔離すると脅された。






「それで、俺は何をすれば良い。訓練か?」


すぐさま本題に入る。

なぜ俺を調査局員に引き入れたのかは謎だが、少しでも戦力にするためなら何かしらの訓練が必要だ。

俺はただの一般人なんだから。


「訓練? そんなもの必要ないわ。さっきのあなたを見る限りでは」

「そうか。じゃあ俺はとりあえず待機だな」


——パンッ。


「検査よ」


浅倉の手には拳銃が握られていた。

夢で散々見てきた光景だ。


拳銃から放たれた弾は、俺の頬の数センチ右に着弾した。

部屋は静まり返っているのに、銃声の残響がこの空間を支配している。

俺は指先の温度が冷たくなっていくのを感じながら、歪に口角を引き上げてぎこちなく笑った。


「お邪魔しました」


くるっと踵を返して、この部屋唯一の出入り口となるドアノブに手をかける。


危ない、危ない。

底守の地獄を抜けて、高梨と竹内も無事なようだし俺は俺の世界に戻ろう。


そもそも、こんな世界で俺が生きれる訳がないんだ。

部屋に篭ってボーッとできればそれで文句ないんだし、高梨が余りにも近くにいるからちょっと高望みしちゃったりすることもあるけど、基本的に俺のプライドはミジンコより小さいから社会的にどう思われようが挑戦より安全をとることをモットーに生きてきたのだし、なぜこんな非日常に片足を突っ込んでしまったのかよくわからないがこの部屋を出て家に戻ればまた自堕落な日常に戻れるに決まってるんだ。


——パンッ。


「ああ゛!」


右手に激痛が走る。

銃弾は俺の手の甲を貫通してドアノブをぶち抜いていた。


「お前、なにしてんだよ……ドアノブが……」


血に濡れたドアノブを必死に回すが、壊れてしまってくるくると回転するだけでドアが開かない。


「手よりドアノブの心配?」


手なんてすぐ治る。それよりもここを出ない限り、夢と同じく蜂の巣にされてしまう。

扉に体当たりしてなんとか脱出を試みるも、ドアノブが壊れているせいで全く開かない。


諦めて浅倉に振り向く。


「この部屋、お前しか出れない状態になったんだけど」

「最初からそうよ。そのドアはフェイクなの」


なんだって?!

……そういえば入る時もこのドアは使っていない。浅倉と手を繋いでこの部屋に瞬間移動してきたんだった。


というか、わざわざ出られない出口を作るなんて、性格の悪さがあからさまに滲み出ている。


「インテリアは大事よね」


ドアはインテリアなのか?

そんなことはどうでもいい。


「じゃあ、続き」


いつの間に持ち替えたのか、浅倉はいつかのマシンガンをこちらに向けていた。

瞬時に腕で頭部をガードする。

ここを撃ち抜かれたら意識を失ってしまう。

細胞の再生は無意識ではできない。つまり、待っているのは死だ。


火薬が爆発し、銃声と薬きょうの金属音が鳴り響く。銃口から火花が散って、衝撃だけが身体を貫いた。


頭部を守る腕は布切れが風に舞うが如く弾け飛び、足はネズミが食べたチーズのように穴だらけになっていくのをただ感じることしかできない。


爆音が止み洋館が静けさを取り戻す中、俺の四肢が原型を留めずだらんと地面に寄りかかる。


「ぁ……あ゛ぁ」

「……なにをしてるの? 失血死するわ。早く再生しなさい」


なんだよ。

訳がわからない。

いきなり何してんだよこいつは。

正気じゃない。狂ってる。

やっぱり、こいつはバケモノだ。


銃口が額に押し付けられ、その重さと冷たさが伝わる。


「は・や・く」

「がッ……はッ……な、にが」


痛みでまともに喋れない。

今にも気絶しそうだ。


「ちょっと、何してるの?! 死ぬわよ!」


目の前が白くかすれていく。

浅倉の姿はもう残影のようにしか確認できない。


「ちょっと! そんな……ッ!!」


マシンガンが床に落ちる音と同時に、浅倉の手の感触が伝わる。

まずは腕を全速力で再生する。

そして、その手を強く握りしめて、全身にはびこる穴を修復していく。


この手だけは絶対に離さない。

この部屋はあまりにも悪趣味だけど、この部屋のおかげだ。

掴んでいれば、瞬間移動は無意味だってことをわざわざ教えてくれて、ありがとう。


「!!」


それに気づいた浅倉が慌てて自身が床に落としたマシンガンに手を伸ばそうとするが、それよりも早くその小さな頭部に銃口を突きつける。


「何点?」

「……満点。卑怯者」

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