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新しい道徳作り

「三振! バッターアウトー!」

「また三振かよ! 負けたら松下のせいだからな!」


 広場で子供たちが野球をしている。

 その子供たちはどれも見たことのある顔だった。

 ああ、小学生の頃の友達だ。

 そのみんなが俺に野次を飛ばしていた。


 そうか、俺はまた三振になってしまった。

 もともと野球は苦手だけど、今日は二回連続で三振。


「ごめん」

「気にすんな、宗一郎。俺に任せとけ!」


 高梨だ。

 その顔は、カッコいいというより可愛らしさが残っていた。


 高梨は意気揚々とプラスチックのバットを空に掲げる。


「でたー! 高梨のホームラン予告!」

「これが出たら高梨は打つからなー!」

「いやいや、高梨がホームラン予告なんてしたの初めてだろ!」


 同じチームの同級生たちが盛り上がる。


 そうだ。いつも高梨は自分が目立つことによって俺のミスをなかったことにしてくれていた。

 わざとふざけて、こうやって場を盛り上げる。

 そういう時はいつだって俺が何かやらかした直後だった。


 ピッチャーがゴムボールを投げた。

 そのボールは高梨の内側にぐわんと曲がっていく。変化球だ。


 高梨がバットを振りかぶるも、内側に入りこんだボールに対応できずにつまってしまった。

 ボールはピッチャーの真ん前に転がっていく。


「よっしゃっ!」


 ピッチャーが流れるようにゴロを拾い上げ、一塁に送球する。


「え?!」


 しかし、高梨はピッチャーが投げたボールより速く一塁にたどり着いていた。

 その足は小学生とは思えないほど速すぎる。

 いや、大人でも高梨より速く走れる人なんていないんじゃないか。


「卑怯だ!」

「足速すぎんだろ!」


 あまりに馬鹿げた足の速さに、敵チームから不満の声が漏れる。

 しかし、高梨は余裕の笑みで答えた。


「はっはっはー! 見たか! 俺はファールでも一塁までは行ける男だ!」


 高梨の自信満々な言動に一瞬静まるが、


「いや、それは無理だろ!」

「高梨ー! いい加減野球のルール覚えろ!」


 当然のごとく声が上がる。

 味方のチームも含めて総ツッコミをくらって「え? そうなの?」という表情に変わる高梨。

 その表情に笑いが起きる。

 高梨はいつもどこか抜けていて、完璧じゃない。そこが人を惹きつける魅力だったんだな。


「とにかく高梨は間違いなくヒットだ!」

「いいぞー!」


 味方からの声援に高梨はガッツポーズで答える。

 もう敵チームからの高梨へのバッシングは綺麗さっぱり無くなっていた。


「次は誰だ?」

「ん、竹内だろ?」

「竹内かー。竹内野球ヘタだからなー」


 竹内がバッターボックスに向かう途中で、野球ヘタという言葉にピクリと反応する。

 それは誰も気づかない程度の小さな反応。


 竹内は無表情でバットを構える。

 たが、その微妙な仕草や空気感でムッとしていることがうかがえる。


 高梨の顔が若干引きつっていた。

 高梨と俺だけが竹内がムカついていることに不安を覚えていた。

 もちろんそんなことは誰も気づいていない……。


 ペチンッ。


 竹内の打った球はプラスチックバットに当たったとは思えないくらい遥か遠くに飛んでいった。

 誰もがその軌道を眺めることしかできない。

 みんなの視線を釘づけにしたゴムボールは広場を越えて、そのまま見えなくなった。


「……なんだよ今の」

「なんか変な音しなかったか?」

「明らかにプラスチックバットの音じゃなかったよな……」


 皆の疑問に応えようともせず竹内は満足そうにベースを一周していた。

 誰かがバットを確認するが、それはどう見ても間違いなくプラスチックバット。


 でも打つ瞬間、俺は見ていた。

 バットが金属に変わったのを……。






「見たかい?」

「おわっ!」


 声に驚きながら振り向くと、コンクリートでできた階段に白髪混じりの優男が座っていた。


「底守……」

「名前を覚えてくれるなんて光栄だね」


「数え切れないほどお前に殺されてるんだ。名前を覚えない方がおかしいだろ……」

「アッハッハ! 確かにそうだ!」


 なおも笑い続ける底守。


 浅倉に銃口を突きつけられて、俺はこの世界にやってきた。

 底守が言うにはここは夢の中であり、俺はまだ死んではないようだ。


「死んだ人間が夢を見れるわけないじゃないか」

 とは底守のセリフだ。


 それからこいつに数え切れないほど殺され続けて、今に至る。

 そして何も整理できない頭の中で、唯一確信できることを見つけた。


 こいつ、腹立つ。


「そろそろ、始めようか」


 いつの間にか周りの景色はグラウンドから真っ白な空間へと変わっていた。

 どこまでも白くて、現実には存在し得ない空間、底守いわく、特別訓練所(ゲヘナ)


「さて、君は僕に殺された。何度も、何度も、何度も、ね」


 改めて言われると腹がたつ。

 何度もを強調して言うあたり、さらに腹がたつ。


「そろそろ、殺され慣れてきたころだろう。殺されるのに慣れるのはとても良いことだ。すでに君にとって死は特別なことじゃない。朝飯にトーストが出てくるくらいに日常にありふれた現象だ」


 無言で底守に続きを促す。

 無駄なお喋りが大好きなこいつにいちいち突っ込んでたら話が終わらない。


「さて、君には選択肢がある。このまま現実には帰ってバケモノ少女のいいようにされ友達も救えないが、とても楽で全てを他人任せにできる道」

「…………論外」


「そうだね。何度聞いても、君はそう答える。君が進むのはここでバケモノ少女に打ち勝つ力を身につけて友達も救う道だ。とても辛くて厳しい、心が壊れてしまうかもしれないが……」


 底守は試すような視線をこちらに向ける。

 そもそも、選択肢なんてない。

 俺の現実が壊れてしまった以上、俺が現実に適応できるくらい強くなるしか生きる道はないんだから。


 少なくとも、浅倉(バケモノ)に勝てるくらい強くならなくちゃ俺の世界は死んだも同然ってことだ。


「辛くて厳しいのはいいとして、夢で強くなったところで現実では意味ないんじゃないか?」

「そうだね。一般人はそうかもしれない。それでも武術を身につけることくらいは可能だよ」


「武術を身につけるとか、そんなレベルじゃ……」


 浅倉緋奈は正真正銘のバケモノだ。

 あいつは消える。

 速いとかそんなんじゃない、消えるんだ。

 そんなやつをどうやって……いや、それでも俺はあの時、浅倉の顔面をぶん殴った。


 攻撃はできるんだ。

 でも……確実に顔面を殴ったはずが、次の瞬間には殴られた事実が消滅したかのように立ちふさがっていた。


「そうとも、武術を身につけるとかそんなレベルじゃない。バケモノ同士の戦いなんだ。君も能力で戦うんだよ」

「……は? 能力?」


 底守は笑顔を崩さずにこちらを見ている。

 そこでふと気付いた。

 もしかして、こいつが人間をバケモノにしているんじゃないのか。


 浅倉、そして高梨と竹内すらもこいつによってバケモノにされてしまったのではないか。

 そう考えるとこいつが俺の世界を壊した元凶なのでは……。


「ハッハッハッハッ! とことん馬鹿の極みだね、君は! 僕が人をバケモノにするだって? どうやって? 僕は人の夢を操ることはできても人の身体に変化をもたらすことなんて不可能だよ。考えればわかるだろう、すっとこどっこいめ!」


 煽り方が独特すぎるだろ! すっとこどっこいって江戸っ子か?!

 というかこいつ俺の心を……。

 そもそも夢の中で言ってることも思ってることも底守(こいつ)にしたら同じようなもんなのかもしれない。

 ここは底守(こいつ)の世界なんだから。


「おお、見直したよ。なかなか鋭いところもあるじゃないか。お察しの通り、ここでは君の思っていることはもちろん緊張感や喪失感や絶望感、空腹感、便意なんかも僕に伝わる。隅々まで素っ裸だと思ってくれたまへ」

「帰っていいか?」


「……引き止めはしないが、帰るのかい?」


 俺が帰る気などさらさらないことを知った上でからかうような笑みを浮かべる。

 本当に性格が悪い。


「……バケモノにするんじゃないなら、いったいどうするんだ」

「君は、もともとバケモノだ」

「何を言ってる、俺はただの一般人だ。あいつらとは違う」

「気づいていないだけだよ。大抵バケモノは幼少期に能力が発症するものだけど、君はそれが高校生になっても現れなかった、それだけ」


「…………さっきの夢はなんだ。俺はあんな出来事は知らない」


 底守は待ってましたとばかりに手を叩き、笑う。


「君に隠された記憶さ。どうやら君には眠っている記憶がある。それが複雑に塗りつぶされて暗号化されているんだ。そのデータを引っ張ってくるだけでどれだけ大変だったか」

「どういうことだ。俺は記憶喪失なんかじゃないぞ。子供の頃の記憶もしっかりある」


「そうだろうね。今の君の記憶は実際のものを上手く作りかえられているんだ。誰の仕業だろう、気になるね。ここまで複雑に記憶を弄れるなんて並大抵の人物じゃない。僕は現実にいって君の脳を弄れるわけじゃないから、ここが限界だ」


 記憶が作られている?

 じゃあ、さっきの高梨と竹内の記憶は実際にあったことなのか?


 嘘だ。

 …………なんて、思えない。

 俺はもう高梨と竹内がただの人間ではないことを知っている。

 だったら俺の記憶を操作できるやつがいてもおかしくはない。

 だが、誰が何のために……。


 とにかく、現実で高梨と竹内に聞くしかない。

 そのためには……。


「浅倉を倒さなければいけない」


 底守がキリッとした表情を作りながらポーズを交えて呟く。

 俺の考えが筒抜けのため、こういう嫌がらせはもう飽きるほどされている。

 これが自分でもびっくりするくらい腹がたつのだ。

 まず、浅倉を倒す。

 そして……。


「底守を倒す!」


 底守が俺の横に並び、変なポーズを決めながら叫ぶ。

 こいつ……俺の心を先読みしやがって。

 だが残念ながら違う。

 お前は、しっかりと現実まで引っ張ってきて、あらゆる苦痛を味わわせてやる。


「……いいね。期待してるよ」


 底守はどこか悲しげに微笑む。

 それも一瞬で、すぐいつもの貼り付けたような笑顔に戻った。


「そのためには、君はバケモノの能力に目覚めなければいけないねぇ!」

「なんでそんなに嬉しそうなんだ」

「だって今から行うのは孵化だ! どんなものが生まれるのか楽しみだねぇ!」


 テンションの高さについていけないのだが。


「さっきの記憶で、君は幼少の頃からバケモノに親しんでいることがわかった。きっと、その頃の君は能力を手にしていたのだろう」


「え、待ってくれ。俺はもともとバケモノだったのか?」

「だから君の能力の発現を妨げた人物がいるということだ。よほど危険な能力なんだろうねぇ。さあ、さっさと訓練を始めようじゃないか!」


 それから、さらに地獄は加速していった。

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