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分かれ道

 意識を取り戻すと、無音の中で車に揺られる衝撃が体に伝わる。

 手足は拘束されており動かすことはできない。


 ああ、負けた。

 どこだ、どこで間違えた。

 ひたすら自分の行動を振り返るが、ミスと思えるようなことは見当たらない。


 綾取由奈か。

 あの虫を殺したせいだということは理解できる。

 しかし、砂川に襲われた後という絶対俺までたどり着かないであろうタイミングで始末した。

 涼海(すずみ)とかいう虫の時とは違い、首吊りにまで見せかけたんだ。

 虫ごときが俺に同情なんてして来やがったんだ。殺さない方が無理だろ。


 虫どもに罵倒されようが、嘲笑われようが、どうでもいい。

 虫がたかってきてるとしか思わない。

 しかし、そんな虫が俺と同じ目線で、俺を知ったように同情してくるのは我慢できない。

 お前らは這いつくばりながら、蠢いていればいいんだ。

 俺と同じ位置に立とうとするな。


 また憎悪が膨らみかけた時、不意にイヤーマフが取られる。


「やあ、斎藤先生」


 その声には聞き覚えがあった。

 虫たちがはびこる学校内で、唯一、斎藤が自分より上の存在だと認めている者だった。


「橘、宗吉……か」

「ふふ、覚えてくれてたんですね」


 当たり前だろう。そもそも、俺を学校(こんなところ)に閉じ込めたのは橘宗吉だ。


 橘のもの言いに若干の苛立ちを覚えながら、ふと違和感がわく。

 先ほどから、車に揺られる振動を感じない。

 そして橘の他にもう一つ、人間の鼓動が聞こえる。


「ああ、気づきました? 僕だけじゃ心配だったんで、幸子さんにも来てもらってるんですよ」

「さちこ……? 松下、幸子か?」

「ええ、伝説の能力者、松下幸子さんですよ」


 聞いたことがある。

 過去にあった能力者と人間の戦争。

 何百年も前のことだが、松下幸子は能力者側の英雄だ。

 その能力は、時間停止。

 副作用として、自らの肉体の成長も停止している。

 つまり、不老だ。

 そこで気づく、たしか奴の名前も。


「松下……? 松下って……」

「はい、宗ちゃんは私の弟です」


 初めて聞く松下幸子の声は、とても優しく、そして底なしに冷たい。

 こいつら、何考えてやがる。

 ギチリと奥歯が鳴った。


「…………はめやがったな」

「勘違いしないで下さい。あくまであれば松下君の独断ですよ。僕たちとは全く関係ありません」

「それを、信用しろと?」


 ふぅー、と呆れたようなため息ののち橘は続けた。


「まあ、別に信用なんていらないんですけどね。あなたはもう用済みです」

「は?! 待てよ! なんだ用済みって、ふざけんな!!」

「だってしょうがないじゃないですか。捕まっちゃう方が悪いです」

「……俺を助けに来たんじゃないのか」

「まっさかぁー……あ、ほんとに言ってます?」


 どうすれば良い。こいつは、やると言ったらやる。

 俺を虫同然に……。


「そ、そもそもお前が学校の中で好きにやってくれるだけで良いって言ったんじゃないか!!」

「ええ、捕まらない程度に……ですけどね」


 クソッ!

 そもそもこいつに目をつけられたのが間違いだったか?

 いやあの時の俺にそれ以外の選択肢なんて……ああ、クソッ! クソッ! クソが!


「つ、次だ。次はもっとうまくやるよ。だから」

「いや無理だよ。君の存在が病院に漏れてんだから僕の情報も君の脳みそから漏れちゃうじゃん」

「だからッ! 今逃げ出せば掴まらないだろ!そしたら漏れねーだろうが!」


 また、橘は呆れたようなため息を吐く。


「だからさぁ、もう君の存在は病院にバレてるんだよ? つまりぃ、今回逃げ出せたとしてもヒント残しすぎてるって言ってんの。ってか、一度捕まった無能はまたすぐ捕まるに決まってんじゃん。バカなの?」


 プツプツと脳細胞が一つずつ小さく破裂を起こしている感覚。

 ああ、もうダメだ。

 殺すしかない……殺す、殺す、殺す。

 全員、殺す。


 ……皆殺しだ。


 ごとん、と斎藤の首が地面に落ちる。

 斎藤は己の首と体が切り離されていることに気づかず、切り離されてなお憎悪にのまれていた。


 刃物を超える、超高速の蹴り。

 その鋭さは浅倉緋奈と戦った時とはあまりにも違いすぎた。


「相変わらず、手が早いですね高梨君」


 運転席から瞬時に斎藤の首を切断した高梨悠介が笑いながら答えた。


「……いや、それ言うなら足でしょ?」






 ﹅﹆﹅﹆






「斎藤が護送車の中で死んだ?」


 浅倉緋奈は信じがたい報告を受ける。

 学校からアサクラ記念病院まで3キロもない。動員した機動科は50人以上。

 それをあっさりと突破された。


「護送車には斎藤の死体しかなく、誰も乗っていませんでした」


 アサクラ記念病院に着くまで護送車はちゃんと走っていた。それまでは運転手が乗っていたということだ。


「東雲副主任は?」

「それが……どこにも……」


 嫌な予感が当たった。

 警備の全権を握っていた東雲の裏切り。

 そうじゃなきゃなし得ないと思いつつ、考えたくはなかった。


「わかったわ。東雲の捜索は任せて」

「しかし、局長お一人で……?」


 肯定的な笑みを向けると、報告に来た局員はそれ以上なにも言わず、礼をして部屋から出て行く。

 アサクラ記念病院には局長しか知らない機密事項がある。

 その一つに全ての局員の制服には追跡装置が付いている、というものがある。

 おそらくもう脱ぎ捨てられているだろうが、護送の際はさすがに制服は脱げないはずだ。

 途中まではどこにいたかわかる。

 キーボードを叩き、東雲の追跡を開始する。

 目の前のモニターに、ここから数キロ離れた森林にマークが表示された。

 すぐさま能力で、その場所に向かう。


 そして、最悪の結果を知ることとなる。


「東雲……」


 東雲在子の死体。

 首はなく、体のみがそこにあった。


 浅倉緋奈は絶叫する。

 その声は見た目どおりの、脆く可憐な少女の叫び。

 少女は絶対的な力を手にしながら、自分の無力さを嘆く。

 心が拉げそうになった。


 それでも崩れ落ちずに立っていられたのは、局長としての責任、そして唯一の希望である彼がいてくれるという事実だ。

 彼さえいてくれれば、超えられないことはない。

 あの時もそうだった。

 施設に囚われていた、あの時も。






 ﹅﹆﹅﹆






 幼い頃にドミノ倒しをして遊んだ。

 それはこの世界そのものに思えた。

 みんな同じ形で同じ大きさ。

 まるでこれ以外はダメだと言うように均等に揃えられて、道を外れないように一列に並ぶ。


 私は生まれた時から頭が良かった。

 周りが馬鹿に見えた。

 子供だけじゃない。大人も同じくらい馬鹿ばっかりだった。

 子供と違うところといえば、偉そうに上から目線で話すことくらいで結局中身はそこら辺の子供とさほど変わらない。


 いや、まだ子供の方がちゃんと負けましたって行動で示してくれる分、賢いとすら思える。

 泣き喚いたり、捨て台詞を吐いて逃げていったりと様々なパフォーマンスで負けを認めてくれる。


 でも大人は認められない。

 子供の私に言い負かされることが許せない。

 プライドが高いぶん子供よりも馬鹿で幼稚。


「屁理屈を言うな」


 追い詰められて何も言えなくなった時に大人が言うセリフ。

 子供の「バーカ!」と同じ原理で構成されているようで、これを言えば何となく勝った気になるらしい。


 私はそれを一つずつ紐解いて、どちらが屁理屈なのかを幼児に教えるように丁寧に説明する。

 全ての逃げ道を徹底的に潰し、少しでも言い訳をするようなら穴という穴に杭を差し込むように論破して精神を(えぐ)った。

 そして、足掻けば足掻くほど醜く陳腐で滑稽な中身を露呈していく大人に蔑んだ笑みをプレゼントしてあげた。


 やがて大人たちから微笑みという名の“余裕からくる上から目線”は消えて、口角を歪に釣り上げて私を避けるようになった。


 そして、次第に群れて私の悪口を言うようになった。

 これが人間と呼ばれる種類の動物たち。

 一人じゃ何も出来なくて、群れることで自分は大きいと認識するドミノ。


 私はそんな大人を無視して軽蔑の眼差しを送り続ける。

 そして次第に悪口は嫌がらせに変わった。


 最初はうっかりを装って飲み物をかけてきたり、足を踏んできたりといった軽いものだった。

 それが徐々にエスカレートして、暴力を振るうようになった。

 服を汚されて代わりの服を持って来るからと周りに人がいる前で無理やり服を脱がされることもあった。


 大人には都合のいいルールがあった。


 “(しつ)け”


 これさえ言えば全ての理不尽は大人に味方する。

 私は辱められ暴力にただ耐えることしか出来なかった。

 大人たちはまた余裕の笑みを取り戻し、私はそれを睨みつけるようになった。

 その度に“躾け”を受けた。


 子供たちが私を虐めていても、大人が戯れていると言えば問題にならない。

 大人の権力は子供の私にとって世界のルールそのものだった。


 その頃から私の身体は消えるようになった。

 多分この世界から消えてなくなりたかったのだと思う。


 力がコントロールできなかった私はアサクラ記念病院に保護され、シナプス超伝達症患者の幼児施設に入れられることになった。


 施設には様々な子供たちが収容されていた。

 まともにコミュニケーションを取れない子もいた。

 そんな子供たちを無視して、私はひたすら考えることに没頭した。


 全てが敵になった時、少し頭がいいだけの私は無力に等しい存在だと気づいた。

 いや、本当に頭が良かったのだろうか。

 幼稚な大人を幼稚と蔑む行為が果たして賢明と言えるだろうか。

 私は頭の良さを勘違いをしていた。


 そして私は学んだ。この世界はドミノだ。


 ドミノにならない人間は迫害される。

 だから周りと同じくらいの大きさになるようになるべく小さく見せた。

 思考も能力も常に平均値よりほんのちょっと上を意識して、枠からもれないように必死に合わせた。

 あまりに幼い私にとってそれがこのドミノの中で生きる(すべ)だった。


 ドミノは大きい人に嫉妬し、小さい人を嘲笑う。

 私も一緒になって小さい人を嘲笑う。

 それがドミノの一つであるためのルールだから。


 でもある日、私の平穏はたった一人の男の子によって崩された。


 その男の子は極端に恥ずかしがり屋でいつも人の目を避けた。

 誰とも喋らず、部屋の隅っこでいつも体を抱きかかえるようにうずくまっていた。


 そんな彼がドミノの列から除外されるのはごく当たり前のことで、当然で、必然で、それがこの世界の正義だった。

 いつものように、それは平穏な生活の一端の出来事のはずだった。


 でもたった一つだけこの出来事には欠陥があった。

 彼は私の本当の大きさを見抜いていた。


 彼は巧妙に私の大きさを周りに露呈させていく。

 いつもよりほんのちょっとだけ能力を出させる状況を作り、そこで失敗すると恥をかくように仕向ける。

 私はいつのまにか彼の手のひらで転がされ、どんどん歪に大きくなっていく。


 いつのまにか彼は不気味なほどドミノたちと親密になっていた。

 そして私が完全にドミノから除外される頃には、彼こそがドミノそのものであるかのように施設(せかい)を支配していた。


 そして、ドミノの王となった彼はドミノたちを倒しはじめる。


 一人、一人、丁寧に自分の大きさや形を実感させる。

 それだけで人は倒れる。


 その時、人は自分のことを美化しなければ生きられない動物なんだと理解した。

 美化された自分を奪われて本当の姿を目の当たりにした時、誰もが発狂する。


 子供も大人も関係なく、施設(せかい)は阿鼻叫喚で満ちていった。


 唯一ここで平気だったのは、自分の大きさと歪さを誰よりも理解していた私だけ。

 彼は、自分を棚にあげるやつ嫌いなんだよね、と言った。

 そんな陳腐な理由だけで、私がどうやっても出来なかった理想郷を作り出した。


 私にとって、松下宗一郎は神だった。

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