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死神

 夜、学校の屋上である人物を待っていた。きっと今夜も巡回してくるだろう。

 屋上には綾取の思いが強く残っている。

 その記憶には、ここで寝ている深迫の姿が鮮明に映っていた。


「えっと、誰かいるのですか?」


 屋上の扉を開けて、コツコツと足音を立てながら近づいてくる。


「松下です。斎藤先生」

「ああ、なんだ。松下くんか……松下くんって誰でしたっけ?」


 間の抜けた表情。

 この教師は、本当に俺のことを覚えてないのだろう。

 いや、もともと認知すらしていなかったのかもしれない。


「少し前まで先生のクラスにいたんですけどね。やっぱり、顔が見えないと覚えるの大変ですよね」


 その言葉に斎藤はピクリと体を震わせる。


「なぜ、見えてないと?」

「綾取の記憶ですよ。実は、綾取の脳みそに細胞を寄生させてたんです」


 俺の能力は治癒だ。

 無くなった細胞を復活させることができる。

 そして、その応用で、細胞を自由に操ることができると気づいた。

 それは俺の体を離れても、栄養さえ供給できれば俺のものとして扱える。

 それに気づいた俺は、綾取の脳の記憶に関わる部位である海馬に細胞を寄生させていた。

 綾取が死んでしまった為、寄生していた細胞も死ぬ寸前だったけど、なんとか回収できた。


 海馬という部位は最近の記憶しか保存されない。

 だから昔のことはわからない。

 でもそれで十分だ。

 綾取を殺した犯人、そして死神を見つけるには。


「……そんな能力者がいたとは、初耳だ。ああ、お前たちの言い方だと、シナプス超伝達症……だっけ?」


 斎藤は口角をこれでもかと上げて顔面を崩した。

 ああ、普段の口調や表情とはまるで違う、これが本性だ。

 俺が人間じゃないことを察した斎藤は、普段の猫背気味な姿勢をぬるっと正す。

 あまりにも不気味な所作。


 冷や汗が体にまとわりついて気持ち悪いと感じる中で、頭をふと過ぎる。

 綾取が殺されたと思われる原因。


「いやぁ大変ですよね。斉藤先生も」


 その一言で、場の空気が変わった。

 斎藤は人形のように無表情だが、その奥に多量な憎悪が膨らんでいくのを感じた。

 でも、俺は喋り続ける。

 だって見てみたいじゃん。綾取が見たっていう憎悪に歪む顔。


「同情しますよ。ちょっと弱気ってだけで周りから見下されて、俺はちゃんと斉藤先生のこと見てますからね。何かあったら言ってください、俺がなんとか……」

「今すぐその肥溜めのような口を閉じろ」


 斉藤の目は殺意で満たされ、その顔は皮膚がどす黒く見えるほど憎しみに満ちている。

 これが、憎悪に歪む顔か。

 写真には写らない憎悪が、そこにはあった。


 そして、視界が真っ暗になった。

 電気が消えた?

 いや、ここは屋上だ。

 月明かりがある。

 ということは……俺の目が、見えなくなったということだ。


「どうした? なに突っ立ってんだよ、隙だらけだぞ……虫が!」


 顔面に拳が飛んでくる。

 斎藤のパンチは素人丸出しだった。

 どうせ見えないのだから、それでも勝てると踏んだのだろうか。

 能力ではなく暴力で屈伏させたかったのだろうか。

 死神らしくもない。


 手首を掴み、捻る。

 と同時に足をさばいて押さえ込んだ。


「……何で見えてんだよ」

「企業秘密」


 と言いながら額にある第三の目を開く。

 悪趣味だろうか。

 悪趣味だよな。


 そのまま斎藤の腕を折る。

 さらにねじり、踏み潰す。

 思いっきり、踏み潰す。


 その度に聞こえる斎藤の悲痛な声が心地いい。


 ああ……。

 やっぱり、俺は綾取のこと嫌いじゃなかったんだな。

 斎藤をいたぶるたびに、綾取の悲痛な顔が浮かぶ。

 俺は笑いながら、斎藤を踏み潰す。


 斎藤の乾いた笑いが微かに聞こえた。

 そして、体が動かなくなった。

 第三の目も見えなくった。

 それどころか、聴覚以外の全ての五感が……停止した。


「あー、結局俺はこれしかないのよ……殺すしか能がない」


 その声が鼓膜に届くと、俺の心臓はぴたりと止まった。

 何が起きたのか理解できないまま、体は前のめりに倒れていく。


 死ぬ。






「……ああ、やっちまった。流石にまずい、殺しすぎた。なんでこんなに虫が湧くんだ」


 頬に当たるコンクリートが冷たい。

 いきなり心臓を止めるなんて、やっぱりこいつらはバケモノだ。

 もう少し治癒が遅れたら、失神するところだった。


「いきなり殺すなよ、斉藤先生」

「ッ!!」


 地面にうつ伏せになりながら声をかける。

 せっかく立ってまた心臓を止められたら、またこの状態に逆戻りだ。

 それはあまりにも間抜けすぎる。

 いっそのこと、ずっとこの状態でいようかな。


「……何故生きている」


 顔だけ斎藤に向けて答える。


「いや、今ちゃんと殺されましたよ。だからいきなり殺すなって言ったじゃないですか。耳悪いんですか?」

「……お前、見た目によらず口悪いな」


 全ての細胞が殺されてたらどうしようもなかった。

 残っていたのは聴覚のごく一部の細胞のみ。

 そこから細胞分裂を繰りして、心臓を作り変えた。

 俺は覚悟を決めると、ゆっくりと立ち上がり大きく息を吐いた。


「貴方をアサクラ記念病院調査局の権限に基づき、拘束します」

「は?」


 俺が浅倉緋奈に教わったセリフ。

 とりあえず、憎悪にのまれて殺したくなったら言えばいいと教わったセリフ。

 …………このセリフを言ったからには、もう斎藤を殺すことはできない。

 もう、お前を理由に殺す心配はないよ、綾取。


 斎藤はそれを聞くと、間の抜けた表情に変わり徐々に肩を震わせた。


「クククッ……ハッハッハッハッ! 参った! 参ったよ! あっはっはっ!」

「何ですか急に、気持ち悪い」

「いやー、そうか。俺が一杯食わされたの、久々過ぎてさぁ。世の中馬鹿ばっかりだろ? だからまともに生きるなんてつまらない事できねぇんだよ! でもお前みたいなのがいっぱいいたらさぁ! 真面目に生きててもちょっとはマシかもなって……クックックッ」


 豹変した斎藤に少し引いてしまう。

 この人、普段こんな感じなんだ。


「斉藤先生って、素はそんな喋り方なんですね」

「あ? そういやそうだな。素で喋ることなんて滅多にないから忘れちまってたわ。で、俺を捕まえるんだっけ?」

「はい!えーと、アサクラ記念病院調査局の権限で……」

「あー、やめとけやめとけ、捕まんないから」

「え、なんでですか?」

「俺が最強だからに決まってんだろ? でも良いとこついてるよ! 俺が目ぇ見えないってどこで気づいた? お前は綾取の記憶って言ったけど、綾取にも気づかれてねぇはずだぞ」


 綾取はずっと斎藤を監視していた。

 周りに人がいる時は静かに歩くのに、一人の時はコツコツと靴音を立てる。

 反響だ。静寂のなかでは物の位置がわからない。

 靴音を鳴らして跳ね返ってきた音で物の位置を判別していたんだ。

 そして何より斎藤は、声を聞くまで誰か判別するような言動をしたことがない。


「……きっと綾取は気づいていましたよ。それがネタにできないことと知って、そこの意識は省いていたみたいですが」

「そうか? まあ俺は人間観察ってやつが苦手なんだ。どんな虫かなんて興味ねぇ。お前がそう言うならそうなんだろ」


 斎藤はニヤリとしながら、でも——と続けた。


「人間観察が得意なお前ならわかっただろ。俺を捕まえられないって。人間は音だらけなんだよ。俺はその音を全て止められる。お前がいくら細胞を治そうが、その体、全部一度に止められたら、どうだ?」

「え? いやいや、そんなことされたら死にますよ。流石に」

「……なに、余裕ぶっこいてんだよ。お前、殺されてぇのか?」


 殺されたい人なんているのだろうか。

 少なくとも俺はそんな珍しい人種ではない。


「あー、わかった。お前、その能力のせいで殺され慣れてるな。恐怖が薄いのはそのせいだ。でもそんなのどうでもいいんだよ。死ぬ時は死ぬんだからよ」

「そうそう。そうなんですよ。殺される時は殺されるんだから、いちいちビクビクしてたらキリがないっていうか——」


 俺のあらゆる細胞が動きを止めた。

 生きている箇所なんて、一つもない。

 全てが死滅した。

 何も動かないなんて……。


「あーあ……これじゃあ、治しようがないじゃないか」

「お前……ッ」


 屋上の扉を開けて伝える。

 そこには驚愕しながらこちらを見る斎藤と、死体となった俺が倒れていた。

 もうあれはダメだ。蘇生できない。


「一人だけなんて、言ってないよね?」

「なんでもありかよ、お前……」


 細胞の可能性は無限大だ。

 自分を何体も作ることだって出来ちゃうんだから。


「……何人いるんだよ」

「本体は一人、今もアサクラ記念病院で訓練してますよ。俺たち分体は、二十体くらいですね」

「あー……そうかよ。もうどうでもいいわ。二十一体殺せばいい話だろ」

「そうですね。でも、伝わってますよ」

「……何がだ」

「本体と分体は一心同体なんです。綾取に寄生させた細胞とは違ってリアルタイムで情報共有ができる。この意味、分かりますか?」


 その瞬間、斎藤を囲むように、黒い軍服姿の大人が手を繋ぎながら現れる。

 まるでいい大人がマイム・マイムでもしてるかのような光景は、正直気色が悪い。

 アサクラ記念病院調査局、機動科。

 通称、“靴屋”。

 その中に、一際背の小さい少女が紛れ込んでいた。


「こんばんわ、斎藤先生。そして、さようなら、死神さん」


 浅倉緋奈の幼い声を皮切りに、斎藤を囲んだ一斉射撃がはじまる。

 射撃といっても派手な音はしない。

 プシュっという空気音。

 それと、斎藤の喉から漏れるうめき声だけが耳に残る。


 麻痺毒。それは神経に直接ダメージを及ぼし、肉体のコントールを奪う。

 斎藤は無数の針に刺されながら、折られてない方の腕を震えながら上げた。


「……こ、ろす」


 浅倉に人差し指を向ける。

 今まで何人も殺してきた人間の狂気がそこにあった。

 斎藤は自らを最強だと言った。

 その最強たるプライドが、目の前の浅倉緋奈に向けられている。

 しかし、浅倉をさす指は、腕ごとだらんと力をなくして垂れ下がった。


「馬鹿なの? 今、能力使ったらどうなるかわからなかったの?」

「あー……知るかよ、くそったれ……ッ!!」


 麻痺毒のせいで能力をコントロールできずに自分に暴発したのだ。

 両腕を失ってもなお鋭い殺気を放つ斎藤に、浅倉は呆れるようなそぶりの後、消えた。

 そして現れた時には斎藤との距離はゼロ。

 がら空きの腹に、少女とは思えないみぞおちを正確に捉えたボディーブローを放つ。


「もう、あなたと話すの……飽きたわ」


 斎藤は一度ぶるっと震えて、膝から倒れていった。

 浅倉は倒れた斎藤に目を向けることなく、黒の軍服にロングスカートを合わせた一人の女性に声をかける。


「じゃあ、後は任せたわよ。東雲(しののめ)機動科副主任」

「…………あ、はいっ! お任せ下さい!」


 東雲と呼ばれた女性は、意識を失った斎藤をぽけーっと覗き込んでいたが、浅倉からの命令にハッと我に返った様子だ。

 この人が副主任で大丈夫なのか心配になる反応だ。


 不安になりながら東雲副主任を見ていると、浅倉が近づいて来ていた。


「ごめんなさいね。靴屋(うち)には問題児が多くて」

「ああ、そうみたいだな……」

「あなたを含めてよ?」


 ジトっとした目で見上げてくる浅倉に、思わず視線を外してしまう。

 実はこの斎藤との接触は、俺の独断だった。

 誰にも伝えず斎藤を待ち伏せしていた。


 綾取の記憶には、斎藤が犯人だという確たる証拠はなかった。

 死の間際、視界の隅に斎藤がいたというだけだ。


 綾取の最期の記憶は、砂川に生徒指導室で襲われるというものだった。

 結局、綾取は服をはだけさせながらも、砂川に金的を食らわせて逃げるのだが、廊下ですれ違った斎藤を見た瞬間意識がなくなっている。

 おそらく、俺と同じく心臓を止められたんだと思う。


 なぜその後、斎藤が綾取をわざわざ教室で自殺したように見せかけたのかはわからない。


「いやー、ほら今回はもし間違ってたとしたら、わざわざ浅倉主任を呼ぶまででもなかったかなーって……」


 目を泳がせながら苦しい言い訳をする俺を、浅倉は優しく抱きしめた。


「え?!」

「よく頑張ったわ。あなたのおかげで死神を捕まえることができた」

「あ、ああ……そ、そうだよな。俺頑張ったよな!」

「ええ、だけど……」


 ぎゅっと俺の手首を握る。

 それを疑問に思う間もなく、腕を後ろに回され背中を蹴られた。

 そのまま踏みつけられ、俺は抗うこともできずに拘束される。

 ああ、そうだった。この技、こいつから教わったんだった。


「あなたのせいで、死神を裏で操っていた者を逃したわ。多分もうこの街にはいないでしょう。ありがとう、仕事を増やしてくれて」

「ええ?! そうだった……んですか? それは早く言ってもらえたら痛たたたッ!」


 手首のひねりが強くなる。

 もう何も言わない方がいいだろう。

 ただ「すいません」を連呼する機械になっていると、ようやく拘束を解かれる。

 すぐに手首の関節に異常がないか確認した。

 本気で折る一歩手前だっただろ。


「まあ、もう今更どうしようもないし、少なくともトカゲの尻尾は捕まえることができたんだから良しとするべきかしらね。あなたをここに置いたのは私なのだし、ほんの少しは私にも責任があるわ」

「そもそも俺に単独行動させてたしな……」

「なに? ひねられ足りない?」

「いえ、すいません。何でもないです」


 屋上から下をのぞくと、校庭には黒塗りの車が大量に止められていた。

 その中にひとつだけ白いバンがあった。

 いつかのスピーカーワゴンだ。

 そこに拘束衣を着た斎藤が乗せられてるのが見えた。

 さらに目隠しに防音イヤーマフ。

 目隠しはあんまり意味ないと思うけど。


 スピーカーワゴンから軽快なラッパ音と共に、あの時のセリフが流れる。


『ここは、特別危険区域に指定されました。今すぐ避難して下さい。ここは——』


「もうすでに住民の避難は済んでるわ。一応決まりだから流すけどね」

「ああ、それは手際の良いことで……」

「さあ、あなたも帰るわよ。本体はまだロビーで正座してるんだから」

「はい……一応、分体なんでわかってます」


 俺はその光景を分体を通して見ながら、そろそろ限界を迎えそうな足をひたすらさすっていた。

 横で、底守が「ほら、僕の言った通り」と笑った気がした。

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