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綾取由奈視点

 自分で言うのもなんだが、綾取(あやとり)由奈(ゆな)という名前は、校内でもそこそこ知れ渡っている。

 それは私が校内で唯一の新聞部であり、ありとあらゆる情報を生徒に流しているから。


 そして、この学校は話題が絶えない。

 アイドルである高梨悠介、それに匹敵する竹内祐一の二大皇帝をはじめ、県内最強と言われる不良のカリスマ深迫龍平。

 そのほかにも話題に上がる人物は数知れない。


 私は、その情報を掴むための嗅覚が、ずば抜けて高い。この嗅覚で、今までありとあらゆるスクープを掴んできた。


 それが、なぜ……。

 なぜ、こんなに大きなスクープに私が(たず)さわれないのか……。


 高梨くんのアイドル引退。

 そしてその次の日、突然の高梨くんと竹内くんの転校。

 学校内で二大皇帝として君臨する二人の謎は、この私をもってしても全く情報が落ちてこなかった。

 唯一の手がかりは二人と親睦のあった松下くんだが、彼は体調不良でしばらく学校を休んでいる。

 彼らが一緒に暮らしていた寮は今は立ち入り禁止となり、寮母を務めていた谷村幸子なる人物も今やどこにいるのか定かではない。


 ここまで調べて、なにも掴めないなんて……。

 とにかく、松下くんが学校に復帰してからが勝負だ。


 と思っていたら、松下くんが復帰する前にまた事件が起こった。

 こんな時期に担任が変わったのだ。


 地味で目立たなかった斎藤先生から、どう見ても中学生にしか見えない浅倉緋奈という先生に。

 しかし、年齢は20を越えているらしい。

 どう見ても年下にしか見えないんだけど。


 そんな新任の浅倉先生は、その可愛らしい見た目とお嬢様のような口調も相まってすぐに人気を集めた。

 当初、からかって緋奈ちゃんと呼んだ女子生徒に「浅倉先生でしょ? あなたとはまだ付き合ってもいないんだから」と頬を撫でながらキスするほどまで顔を近づけるその妖艶さに、皆が固まった。

 それ以来、浅倉ファンなるものが結成され、浅倉先生にちょっかいを出す男子は主に女子達で構成されているファンたちに罵声を浴びることとなった。


 そしてなにより、私の掴んだ情報では浅倉緋奈の実家はアサクラ記念病院であり、そこに松下くんが入院しているらしい。

 これは、きな臭くなってきた。

 高梨くんたちと同時に学校に来なくなった松下くんが、入院している病院の娘がこのタイミングでこのクラスの教師になる。

 こんな偶然があるわけがない。


 そしてようやく、待ちに待った松下くんの登校日がやってきた。

 彼は一週間ぶりの登校とは思えないくらい話題に上らなかった。

 なぜ二大皇帝の親友でありながら、こんなにも地味なのだろう。逆に才能すら感じてしまう。


 しかし、今は彼のみが手がかり。

 なんとか聞き出そうと、みんなが松下くんのことを気にしてる風なことを装い聞き出そうとするも、彼は二人が転校したことすら知らなかった。


 いや、そんなはずはない。

 そんなはずがないんだ。

 高梨くんと竹内くんの転校と同時に、松下くんも学校に来なくなった。

 絶対に何か関係がある。


 そして、それは確信へと変わる。

 松下くんが、浅倉先生に対して、お前と呼んだのだ。

 やはり、浅倉緋奈と松下宗一郎は密な関係であったのだ。

 この一連の事件は絶対に繋がっている。


 しかし、それは誰もが思い浮かぶ想像のはず。

 それなのに、松下宗一郎の類いまれなる地味さがそれを薄れさせる。

 なぜこんなにも特殊なことが起きているのに、その中心にいる松下宗一郎が話題に上らないんだ。


 そこで思った。

 いや、私も今の今まで松下宗一郎という人物を観察したことがあっただろうか。

 高梨悠介と竹内祐一という二大皇帝に一番近い人物でありながら、彼の情報を探ろうとしたことなんて今まで一度もなかった。


 そんな人物がこの嗅覚に反応しないわけがないのに。

 私は彼を観察する。それは彼に感づかれてはいけない。

 感づかれてしまうと彼はもっと薄く、見えなくなってしまうような気がしたから。

 私は松下くんの代わりに、浅倉緋奈を仮の観察対象に置いた。


 結論から言うと、松下宗一郎は“不自然なほど自然”だった。


 誰の興味も引かないし、かといって嫌悪感も抱かない。その隙間に彼の存在はあった。

 そんな彼を見て、私はふと思った。

 もしかして、彼は私には持ち得ない情報戦略を行なってきたのではないだろうか。

 それは彼の言葉で現実味を帯びることになる。


「綾取、お前は情報の引き出し方を知らない」


 私は彼の今までの行動。あまりにも目立たない挙動。必要最小限のコミュニティ。

 それは松下プログラムと呼べる恐ろしい仕組みだった。

 私がひたすら足で稼いで情報を得ている中、彼は机に座りながら情報を得ていたのだ。

 それも自分に必要な情報のみを厳選して。


 私は彼の奥底に眠るものにおののき、これを手に入れなければ私は本物になれないと、焦りすら感じた。

 私はどんなに惨めになろうが、しがみついてでも彼に教えを請わなければいけない。


 師匠。

 彼は私を弟子とは認めないだろう。

 それでもすがるしかない。

 少なくとも、あの言葉を投げかけてくれる優しさが彼にはある。その優しさに付け入る隙はあるのだから。


 そして私は、彼の更なる秘密に触れることになる。






「いやー、災難だったね。深迫くん」

「てめぇば……ぐ……あ、綾取」


 深迫くんは血が出ている鼻を抑えながら、上体を起こそうとしている。

 これだけ気絶した不良がいる中でリーダーの深迫くんだけがこちらに気づいている。

 ベストタイミングだ。


 うーん、どのアングルがいいかな。やっぱり深迫くんをセンターにしてその後ろに他の不良くんたちを出来るだけ多く入れて……。


 地面に倒れ伏す不良、十六名。やったのは松下宗一郎。

 見出しを考えながらシャッターをきる。


「なに、してやがんだ……てめぇ」

「なにって、私は新聞部部長だよ? スクープあるところに私あり。こんな面白い事件、なかなかないしね」


 と軽口を言いつつも、想定外の出来事に冷や汗が止まらない。

 というか、ありえない。

 なんで師匠がこんなにも強いのだろうか。なぜそれを隠していたのか。


 ……それは、強いということを周りに知られるのは、彼のジャーナリズムにとって邪魔だからに他ならない。


 恐ろしい。

 この強さがあれば、簡単に高梨くんと竹内くんと同じ位置に立てる。

 しかし、それを隠すことによって、彼らとの関係を構築していたのだ。

 師匠は、学校生活の全てともいえる自分の地位を捨ててまで、情報収集に費やしていた……!


 弟子入りを認めてもらうために師匠の秘密を探ってたら、まさかこんなことになるとは。

 私は見てはいけないものを見てしまったのではないだろうかと、一瞬ジャーナリストととして一番の罪である引け目というものを感じてしまうほどだった。

 しかし、すぐさま切り替える。私はそういう世界で生きていかなければいけないんだ。

 こんなことで挫けていてはプロにはなれない。


「てめぇ……ぶちころすぞ」

「女に手を出すの? 不良の風上にもおけないなぁー」

「関係、ねぇんだよ」

「あ、そういうタイプ? 参ったなー。今度はそんな気おきないくらい師匠に頼んでボコボコにしてもらわないといけなくなっちゃう」


 深迫くんは苦虫を噛み潰したように眉間にしわを寄せている。

 よしよし、ある程度は追い詰めることができた。そろそろかな。


 笑顔でも無表情でもない自然な微笑みで、深迫くんに手を差し伸べる。

 これは師匠の自然な立ち振る舞いの真似だ。自然ゆえに印象に残らない。

 すなわち、まったく疑われないのだ。


「何のつもりだ?」

「これ、黙ってあげててもいいよ?」


 そもそも最初からこれを公にするつもりは無いんだけどね。

 もちろんこのネタは大きい。めちゃくちゃ魅力的だ。私の新聞部としての知名度も格段に上がるだろう。


 でもこのネタを公表していては、昔の私と同じ北風のままだ。私は師匠のような太陽にならなければいけない。

 このネタは私の地位に使わず、私の武器にする。

 このネタで深迫くんと師匠の二人を揺さぶり、深迫くんには不良の内情に関する取材、そして師匠から本物のジャーナリズムを学ぶ。

 まさに一石二鳥。


 私は師匠の教えによって、ようやくネタの扱い方というものの初歩が理解できたのかもしれない。このネタで師匠を脅した時、きっと師匠も喜んでくれるだろう。やっとお前も気づいたんだなって。ふふふ。


「その手には乗らねぇ……」


 え? 表情の自然さが足りなかったか?

 やっぱり、私はまだまだ師匠の足元にも及ばない。

 それでも、ここで引き下がるわけにはいかないんだ。師匠の位置にまで這いつくばってでも上り詰めなきゃ。


「その手って、なんのこと?」

「俺の弱みを握ったつもりかもしれねぇけどな、俺が喧嘩に勝とうが負けようが……そんなんで俺の価値は変わんねぇんだよ」

「そうかな? 弱いリーダーは見限られるんじゃないの?」

「俺は最初から一人だ。こいつらはただそんな俺についてきてくれただけなんだよ。また一人に戻ったとしても、俺の価値は変わらねぇ」


 なるほど、そっち方面の脅しが通じないか……ならば。


「あーあ、良いのかなー。松下宗一郎(あんな陰キャ)に負けたとなったらグループ全員が下に見られるだろうなー。そうなったら今まで虐めてきた奴らとか、君たちに迷惑してた一般生徒から逆に虐めの対象にされるかもなー。もちろん私が先導しちゃうんだけどー。そうなったら君は良くても仲間たちはどうなるかなー?」


 深迫くんの表情がこわばる。

 よし、効いた。

 この手のタイプは、俺は一人だ……とか言いながら自分から仲間を見捨てるのは男じゃねぇとかそんな感じだと思ったんだよね。


「てめぇ……あいつらは関係ないだろ」

「何言ってんの? 今回の件は、君が仲間を関わらせたんだよ?」

「チッ…………どうしろってんだ」


 むふふふ。ようやく折れましたか。まったく手こずらせやがって、とか思わず敵キャラの思考になっちゃったよ。


「まず私とデートして」

「はぁあああ?!」


 取材となると表面しか知ることはできない。内側を知りたければ、プライベートに入り込むしかないんだ。

 これは、実際に師匠が高梨くんと竹内くんに実践していた技の一つ。

 …………内部潜入だッ!






 翌日、師匠は学校一目立つ存在となっていた。

 目立つために真剣に努力する生徒もいる中で、師匠はものすごくげんなりしていた。


 昨日、あのあと色々あって私の思惑とは随分ズレてしまったが、それは師匠にとっても同じなのか。

 それとも、これも何か計算の元やっているのだろうか。

 その表情からは、なにも読み解けない。


 私は師匠の思惑を探るため、師匠を新聞部の部室へと呼んだ。

 師匠はやっぱり困っていたようだ。これは私を弟子と認めさせるチャンス。

 私が適当なやつにボコボコに負ければいい、と助言するとすぐさま師匠は部室を出て行ってしまった。


 しかし、今の状況でまともに喧嘩をふっかけたところで、師匠と喧嘩したい奴なんていない。

 だからボスになりたそうな馬鹿に、自分をボコボコにしてくれと頼むしかない。

 それをわかってるのかな……。

 まあ師匠のことだ上手くやるだろう。

 ……そんなことより次の月間新聞の張り出しに間に合うように記事を書かなければ。


 放課後、師匠が不良たちから「飢えた狂犬」と呼ばれていることで明日の見出しが決まった。

 きっと明日、師匠が怒鳴り込んでくるだろうが、決して私のせいじゃない。自ら招いたことだ。

 そして、こんなお手頃な良ネタを見殺しにできるほど私は人間ができてない。


 本当は斎藤先生の記事を見出しで使おうと思ってたんだけど、ネタが弱くて悩んでいた所に、いい飯の種を蒔いてくれたもんだ。むふふふ。

 なんとか次の綾取新聞もブランドイメージを落とさずに済みそう。

 一応、私にもそれなりのファンがいるからね。


 でも、こんなに師匠のことが広まってしまった今、脅して弟子にしてもらう計画は使えなくなってしまった……。

 もしや、私は師匠の思惑の中にいるのではないか?

 馬鹿なふりをして、手のひらでコロコロされてる気がしてならない。


 いやいや、今は目の前のネタに専念だ。

 今日は徹夜なんだから。

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