五月一日
飢えた狂犬!松下宗一郎の伝説!
毎月一日、掲示板に張られる綾取新聞の一面に大きく書かれている。
すぐさま綾取に抗議したが、綾取が言うには噂は噂にしておかずはっきりさせてしまった方が沈静化するのが早いとかなんとか。
お前のクソみたいな助言のせいだろと言ったら、「まともに喧嘩売った師匠のせい」と逆ギレされた。なんなんだ。
とにかく、綾取新聞のせいで俺の周りはさらに不良だらけになり、普通の生徒は寄り付かなくなった。
あれ? そもそも普通の生徒が寄り付かないのは変わってないか?
そんなことはどうでもいい。もう開き直って不良たちから死神の情報を集めることにした。使えるものは使っておかないとな。迷惑料だ。
死神に関しては綾取にも聞いてみたが、あのネタは教師からやめろと圧力をかけられて取材をやめてしまったから追加の情報はないらしい。
まあ、死んだ生徒のことを新聞で書くなんて許してもらえるはずないよな。
「あー、涼海静っすか。クラス一緒でしたけど……」
しかし災い転じて福となす。なんと不良グループの後輩が涼海静を知っていたのだ。
「名前の通り大人しい奴でしたね……あ、でもそういや万引きしたって噂が流れましたよ」
「万引き?」
「はい。意外だったんで少し話題になりましたけど……あくまで噂で確証はないんすけどね。あー、それと砂川がやけに話しかけてたような気がします」
嫌な名前を聞いて思わず顔をしかめてしまう。それに気づいた後輩くんが「す、すいません。たいした情報じゃなくて」と慌てて謝る。いや、そうじゃないんだけど。
そして、なぜか周りの不良が「もっと良い情報ないんかコラァ!」と後輩くんに詰め寄っている。これが不良コミュニティなのか。
そしてその中心にいる俺……。
高梨、竹内……早く助けてくれ。
「流石ですね、師匠」
昼休憩、俺は多目的室という名の新聞部部室に逃げ込む。ここは、なぜか唯一、不良たちが入って来ない場所だ。不良どころか誰も入って来ないので、教室の周りに幻術魔法でもかけられているのではないかと疑うレベルだ。
「なにがだ」
「またまたー……私にはわかってますよ? 新しい松下システムの構築ですね?」
「……は?」
「高梨くんと竹内くんが居なくなった今、師匠の情報網はジリ貧です。今は私が師匠の餌に食いついているから良いですけど、それもリミットがありますからね。まさかこんな短期間で不良という新しい駒を作るなんて……いや、それよりも二大皇帝の次にカーストが高かった深迫龍平を使うどころか、その座を奪うなんて私も予想外でした。最初は師匠の困っている演技に騙されましたが、今日師匠が不良たちから情報を集めているのを見て、ようやく、この馬鹿な私でも気づきました。師匠……師匠はやっぱり師匠です!」
暑苦しいし、顔が近い。あと話が長い。
そして、また綾取は壮絶な勘違いをしているようだ。
こいつの妄想癖は底が知れない。
そんな綾取に呆れ果てていると、茶色い長机に散らばったコピー用紙に目がいった。
「なんだこれ、斎藤先生の裏の顔?」
「ああ、これはお恥ずかしい。いや、ただのボツネタだよ」
まあ、確かに斎藤先生に興味ある人なんて少ないだろうしなぁ。
そう思いつつも、何となくその記事に目を通す。
「なになに、国語教師の斎藤匡史は優しくされるのを嫌うドMである……?」
「まあ……一応裏は取れてんだけど、やっぱ弱いよね」
「え、裏取れてんの?」
「うん。実はさー、罰ゲームで斎藤先生に優しく話しかけるってのをやった人がいるらしいんだよね。その時はいつもの斎藤先生らしく困ったような笑顔を浮かべてたんだけど、二人が別れた後に廊下に隠れてた仲間が見ちゃったんだって」
「何を?」
「憎悪に歪んだ顔」
なんじゃそりゃ。
優しくされてなんで憎悪に歪むんだよ。ってか憎悪に歪むってなんだよ。そんな日本語あんのか? 知らんけど。
「しかも、その罰ゲームをした人ってのが、あの涼海静だって話」
「ん? 涼海静?」
「お、師匠。食いつきましたね? ここからは有料……と言いたいところだけど、師匠だから特別に教えてあげましょう」
……恩着せがましい。まあ、いい。こいつにいくら恩を受けたところで返す必要なんてないしな。
「前にも言ったけど、彼女は死神に殺されたって噂があるでしょ? 今まさに師匠が思ったように、私も最初にそこに至ったわけ」
「どういうことだよ」
「むふふふっ。とぼけたって無駄無駄。私をあまり舐めないでくださいな。師匠がここ最近、彼女の情報を集めているのはお見通しですよ? 私にも聞いてきたくらいですからね」
「そういえばそん時、これ以上、涼海静の情報は無いって言ってなかったか?」
「ええ、私はですね、確信を持った情報しか他人に話さないし公表もしないと決めているのです」
「ああ、そう」
胸に手を当てて大々的に発表する綾取に、空返事で答える。
弟子キャラになっても欧米風のリアクションは健在だ。
「いやねぇ、斎藤先生と死神の結びつきがあまりにも取れないんですよ。斎藤先生は生まれも育ちもこの街だし、鈴海静との接点もそれだけ。むしろ砂川先生の方が鈴海静をかまっていたらしいし」
「ああ、それは俺も聞いたわ」
「もし死神って裏が取れたら飢えた狂犬の見出しも変わってたかもね、師匠」
それはもう、ぜひ裏が取れて欲しかったものだ。そしたらお前は死んでるかも知れんがな。
「でもお前、その話全部聞いただけだろ? 全然、裏取れてなくない?」
「むふふ。それはもちろん私が試しましたとも」
「え?」
「私が斎藤先生に優しくして、本当に憎悪に歪むのか試したんだよねぇ」
「……お前」
「ジャーナリストは飛び込んでこそなのだよ」
「それで、どうだった?」
「撮れたよー? 廊下に仕込んだ隠しカメラでね」
「趣味悪っ」
そんなこと言うなら師匠には見せませんと言う綾取を煽てて、何とか一枚の写真を見せてもらった。
「別に……普通じゃないか?」
「わかってないね師匠は。私は斎藤先生をずっと観察してたからわかるんだよ。この目、この目が凄いんだ」
この目って言われてもいつも通りにしか見えない。伏し目がちで覇気のない目だ。
「わかんないかなー。その場にいた私は気づいたよ。あ、これ怒ってるんだなって」
「そうなのか? 俺にはよくわからないけど、それで裏取れたってことなのか?」
「うん。私が見て感じたことこそ、綾取新聞だからね。まっ、どっちにしろボツだから関係ないけど」
昼飯を食べながら綾取と話してうちに休憩の終わりを告げるチャイムが鳴る。
そろそろ戻るか、と立ち上がったと同時に、幻術魔法がかけられているはずの新聞部室に一人の少女が入ってきた。
「松下くん、放課後、職員室」
名詞のみの羅列を言い放ち、浅倉緋奈教員が立ち去って行った。
なぜ俺の場所がわかったんだ。
「ねぇ、松下くん。次はやっぱりあの人で特集組もうかな。今、一番熟れてる時期だよねぇ」
「いや、やめといた方がいい」
わりと本気で。
放課後。職員室にいる浅倉緋奈のもとへ、憂鬱な足取りで向かう。
なぜ呼ばれたのかは想像がつく……明らかな変化がつい最近身の回りであったからな……。
「松下くん、どういうつもり?」
浅倉はデスクの上のプリントに目を通しながら、女性の使うものとは思えないゴツめの湯のみに口を付ける。香りから察するに、湯のみにはコーヒーが入っているようだ。
少女が職員室のデスクに座っているのも相まって、全てに少しずつの違和感が置かれているような気がする。
「いえ、あー。何といいますか、なり行きといいますか……」
「私ね、はっきり言わない人嫌いなの」
「深迫龍平とその取り巻きに絡まれたので返り討ちにしたらこうなりました」
俺が早口で言い終わると、浅倉はようやくプリントから目を離し、呆れながらこちらを見た。
「何やってんの……はぁ、もういいわ。それで、ちゃんと捗ってるの?」
「うーん、まだもうちょっと時間かかるかも……」
言い終わる前に目を細める浅倉。
「ええ、もうすぐ情報が整理できるところっていうか……てか、浅倉の方はどうなんだよ」
「浅倉先生でしょ。私は、ほぼ絞れたわ。あとは尻尾を出すのを待つだけ……」
「え? 誰?」
「あなたは、あなたで頑張って」
なんだよ協力だろー? もしかして新人いじめか?
「それじゃ、頑張ってね」
俺の不満を前面に出した態度は完全に無視され、職員室を追い出された。
頑張れと言われても……今んとこ、そんな大した情報は出てきてない。
涼海静が万引きをしたって噂と、斎藤先生に優しくするっていう罰ゲームで斎藤先生が怒った……かもしれない。
あと砂川がよく話しかけてたって言ってたっけ?
これ全部今日聞いた話じゃん。今まで何してたんだよ俺……。
とりあえず調べなきゃいけないのは、その罰ゲームの時一緒にいた女子と砂川……か。
なんで俺が体育以外の時間に砂川を思い出さないといけないんだ。
ゲームと砂川は一日一時間。それ以上は体に悪い!
いや、砂川に関しては一日一時間もキツイわ……。
「おう、松下! いつまで学校にいるんだ?」
ぐわっ、噂をすれば……してないけど。
「ああ、すぐ帰ります」
「おう、そうだな。そろそろ暗くなる。気をつけろよ!」
なんだ……? やけにフレンドリーだな。気持ちが悪い。
……もしかして、昨日今日で俺の周りに不良がいるのを見て手のひら返しやがったか?
クソうぜぇ奴まで釣れちまったよ! このダボハゼ教師が!
という思いはおくびにも出さずに、作り笑顔で退散……しようと思ったが、もしかしてチャンスなのかもしれない。今ならもしかして……。
「あのー、砂川先生」
「ん、なんだ?」
「少し前に亡くなった涼海静って生徒なんですけど」
「す、涼海か……涼海がどうかしたのか?」
なんだ? ちょっと動揺してないか?
もしかして、これは期待できるかも!
「ええ、先生と仲が良かったようなので是非お話しを伺いたいなと」
「……あー、うん。そうだなぁ。普段は大人しいやつだったが、中身は意外と擦れてる部分もあって、まあ色々大変だったな……なんでこんなこと聞きたいんだ?」
「いや、まあ……色々ってのは、もしかして万引き……」
「松下ぁ。涼海はもうこの世にいねぇんだ。故人を詮索する真似はやめとけ、な」
肩をポンと叩かれて砂川は行ってしまった。
なに今の、まともな大人みたいな感じ……っ!
あーやだやだ。そんな訳ないのに。砂川がまともな訳ないのに。あー、もうなにちょっと先生っぽいとか思っちゃってんの俺。あーやだ。
「虫唾が走るよねぇ……」
「うわぁ!」
真横に人がいた。なんの気配もなく。
誰だ? 格好を見るにここの生徒であることは間違いない。
「え? もしかして、僕を覚えてない?」
「え、うん?」
「まったく、酷いなぁ。同じクラスなのに……橘宗吉だよ」
……あ、思い出した。宗吉って名前だから殿って呼ばれてるやつだ。それも地味グループの中だけで。
他の人からは話題にも登らないから呼ばれることもない……。
「さすが天下の松下君は違いますね」
「誰が天下だ」
俺のツッコミに殿はニタァとした笑みを向けてくる。正直、気味がわるい。
「そうそう、松下君はそういうところが良いよね。決して一番を望まない、でも一番楽なポジションにいるんだ」
「そりゃどうも」
「それがどうして砂川なんかに気に入られる位置に? あいつはダメだよ。クズだ。人間のクズ。あんな奴に話しかけられるくらいなら、女子から汚物を投げつけられる方がマシだね」
おお、ここに心の同志が! 汚物のくだりはよくわからんが、カースト上位組には決して伝わらないこの砂川に対する積年の恨みを理解してくれる同志がこんなところにいるなんて!
「その感じじゃ、やっぱり松下君もこっち側みたいだね。安心したよ。君の目はもう見抜いているだろうけど、ここの教師でまともなのは斎藤先生だけだよ」
おお、そうなのか?
まあ斎藤先生は嫌いじゃないけど、そこまでの信者がいたとは。
「僕が今まで見てきた大人は親と教師だけだけど、そのほとんどが間違いを犯したら謝れと子供に言うくせに、子供に間違いを指摘されるとそれを認めないやつばっかりなんだ。屁理屈を言うな、ってさ。やつらが追い詰められた時の常套文句だよね。聞き飽きたよ」
なんか殿も殿でわりと溜まってんだなー。わかるよカースト下位の辛さ。
「まー、斎藤先生はみんなに平等でどんな生徒にも頭を下げるからなぁ」
「そうだよ、松下君。この閉じ込められた社会であそこまで平等になれる人間はいないよね。だから好きなんだよ。それがさー、あの新任のクソガキが出しゃばって斎藤先生の位置潰しちゃって、なんなのあれ? ほんと腹立つよね」
おーい! 浅倉ー、目の敵にされてるぞー!
俺の思いとは裏腹に、殿こと橘宗吉はその後もひたすら浅倉の悪口を繰り返して、最後は不気味な笑みとともに消えていった。
なんか今日は一人で帰るの怖い……。




