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松下宗一郎の日常3

「松下くん、今日どっかいく?」

「行かねぇよ」

「カラオケ行っちゃう?」

「だから行かねぇって」


 下校時に不良たちがぞろぞろと付いて来るようになってしまった。

 ネクタイを緩ませ、髪を染め、大きなバックルの付いたベルトに何やらジャラジャラと貴金属をつけた集団の最前列に俺がいる。

 もちろん俺はネクタイはしっかりと締めてるし、黒髪だし、ベルトはいたって普通のものを使っている。どこから見ても優等生である。

 そんな優等生が不良の最前列を歩いている異様な光景に、商店街の人々が困惑の視線を向ける。


 ああ、いつも下校時にコロッケを買う肉屋のおじちゃん……そんな戸惑った顔をしないでくれ。俺は何も変わってない……。変わったのは周りだけだ。

 ……はあ、コロッケ、食いたいなぁ。


 いつも挨拶してくれるリーズナブルな値段設定の服屋のおばちゃんも、今日は挨拶をしてくれない……。

 いつもはあんなに優しい笑顔を向けてくれるのに、今日はアマゾンにいる色鮮やかな虫を見るような目でこちらを見る。

 ……はあ、この街も変わっちまったな……。


 ちなみに変わったのはお前だ、というツッコミは受けつけていない。


 結局病院まで付いてきた不良たちは、「お疲れ様でした!」と謎の労いの言葉を発したのち、ようやく帰っていった。

 ああ、何とかしないと俺の学校生活が崩壊していく。

 まあ、もうすでに、こいつ(・・・)のせいで崩壊しているんだけど……。


「あら、おかえり」

「……ただいま、浅倉先生」

「ふふ、ここでは呼び捨てでいいのよ?」


 病院のロビーから関係者入り口を通って、その先にある地下通路を抜けたところに、もう一つのロビーがある。

 ここが浅倉緋奈の家の玄関だ。


 その入り口は、ステンドグラスがはめ込まれた木製の両扉。

 ロビーには、どれだけこぼれ落ちたいのか聞きたくなるほどのクリスタルがあしらわれたシャンデリア。

 フロントに佇むコンシェルジュと思わしき紳士一名。

 隙さえあれば置かれている花や観葉植物。

 その先に並べられたソファーとテーブルの一つに浅倉は佇み、優雅にコーヒーを飲んでいた。

 そういえば学校でも飲んでたな。よほど好きなのかもしれない。


「先にご飯にする?」

「いや、後でいい」

「そう、じゃあ早く着替えてきて」


 このアサクラ記念病院が家がわりとなってから毎日交わすこの会話。

 初日は間違えて先に飯を食べてしまい、全部吐いてしまった。


「おかえりなさいませ」


 フロントに立つ紳士、桜木さんに頭を下げられる。

 夜20時までなら頼めばなんでもしてくれるスーパーおじいちゃんである。


「ただいま、桜木さん」


 俺は挨拶を返し、フロントの横にあるエレベーターのボタンを押した。

 このエレベーターは下にしか行かない。


 俺も聞いてびっくりしたが、浅倉家はアサクラ記念病院の地下に作られているのだ。

 地下一階がロビーで、俺の部屋は地下二階ある数ある客間の一つだ。

 エレベーターが開くと、ずらーっと廊下に並んだドアが見える。


 俺はエレベーターから一番近い部屋に入り、制服を脱いだ。

 ここが俺の部屋だが、どれだけ汚しても学校から帰って来ると綺麗な状態に戻っている。

 部屋にあるのは、シングルベッドと、小さめのデスクにクローゼット。

 あと、洗面台、トイレ、シャワー室が付いている。

 自分の部屋というより、毎日ホテルに泊まってる感覚だ。


 クローゼットを開けてそこに掛かっている黒色のジャージを着る。

 どれだけボロボロにしても翌日には新品に変わっている魔法のジャージだ。本当は魔法などではなく、桜木さんが毎日交換してくれているのだろうけど。


 部屋から出て、再度エレベーターに乗り、地下七階へと向かう。

 地下七階は、あの古びた洋館のような内装の浅倉お気に入りの訓練室。


 七階に着くと、細い廊下の先にドアがあった。

 もともとそこは、ドアの形をしたただの壁だったが、ちゃんと機能するドアを俺がどうしてもと要望して取り付けてもらった。

 このドアのお陰でようやくこの洋館にも出入り口ができたのだ。


 俺はこの階で、唯一の味方である可愛らしいドアノブを回す。

 ……あれ、かったい。やけに建て付けが悪いな。押しても引いても、全然、あれ?


 開かないドアに四苦八苦していると、ドアの奥から微かにカチャンと金属音が聞こえた。

 これは、内側から鍵を開けた音かな?

 それにしては、重厚感がハンパなかった気がするけど。

 ……そしてすごく、嫌な予感がする。


 瞬間、耳を塞ぎたくなる轟音に見舞われた。

 マシンガンの連射音とともに、木製のドアが破裂する。

 一つ、また一つとその穴を増やして、見るも無残な姿に変わっていく。

 破裂音が、まるでドアの悲鳴のように聞こえた。


 木屑が舞い、粉が視界を覆い尽くす中、俺はドアが銃弾によって破壊されていくのをただ見ているしかなかった……天井に張り付きながら。


 そのまま感傷に浸りながらその光景を眺めていると、ようやく銃声が止んだ。

 静かになった廊下で、転がる丸いドアノブの悲しげな金属音が響く。

 そして、そのドアノブにのしかかるように、ボロボロになったドアがゆっくりと倒れた。

 その衝撃で、パラパラと木の破片が落ちる。


「……俺の……俺のドアァァァ!」

「やっぱり洋館のドアは銃で撃ち抜いてこそね」


 部屋の奥から、あまりに残酷なセリフに見合わない可愛らしい声が聞こえてくる。


「なんの趣味だぁぁああ!」


 天井に張り付いた状態から、ドア枠に指を引っ掛けて勢いよく飛びこんだ。

 その理由はもちろん、こいつを倒すためだ。


「浅倉緋奈ぁあああ!」


 俺の雄叫びに浅倉は再度、薬莢を装填する。


「フフフ……来なさい」






 血だらけ、穴だらけのジャージを脱いでクローゼットにかける。

 こんなボロボロのジャージをわざわざハンガーにかける必要も感じないが、次の日、ジャージが新品になってる魔法感を味わうためにやっている。

 桜木さんにしたらハンガーまで汚れて二度手間だろうけど……。


 汚れと汗と血、そして擦り切れた精神をシャワーで洗い流すと、すぐさまベッドに身を預けた。

 ああ、気持ちいい。

 疲れきった体は、すぐに意識を遠のかせる。


 しかしこれで終わりではない。次は夢の世界での訓練が始まる。


 意識の底から抜け落ちた先に、教室が現れた。

 机や椅子は無造作に倒され、それぞれの引き出しに入ってたと思われるノートやプリントが床に散乱していた。


「やあやあ、こんばんわ」


 いつもの赤ジャージを着た綾取由奈が声をかけて来る。

 もちろん、こいつは綾取ではない。

 綾取に化けた、底守だ。


 殺し合いは一瞬の気の緩みが死につながる。

 誰であろうが、攻撃されれば瞬時に対応しなければいけない。

 その訓練だと言葉では言っているが、おそらく底守は単純に俺への嫌がらせでやっている。


 底守は瞬発的に俺の懐に潜り込み、眼球に親指をねじ込んでくる。

 迷いはない。なんの防御もせず、それを受け入れる。

 眼球の一つや二つ潰されたところで、どうともない。

 その代わり、その腕をもらう。


 底守の右腕に絡まるように飛びつき、腕ひしぎ十字固めを極める。

 肘関節が砕けた音が響いた。


「いたぁああああ! ……なんちゃって」


 自分の砕けた肘をさらに捻りながら、俺の脚をすり抜ける。

 うわぁ……痛そう……。

 底守に痛覚なんて無いことは知っていても、右腕があまりにもグロいことになっている。


「形勢逆転!」


 底守はちぎれそうな右腕をぶらぶらと揺らしながら、寝転んだ状態の俺を見下ろすように立ち上がった。

 そして、もう一つの眼球を親指で潰す。ブチュッという嫌な音が脳みそに届いた。


「これで何も見えまい! 勝負ありだね!」


 綾取特有の戯けた言い方まで真似しやがって……。

 でも、残念。目は大事だから、手のひらにも作ってある。


 逆立ちで、底守の顎を蹴り上げる。


「え?」


 訓練中の底守は、痛覚は切ってあっても人間としての弱点はそのまま搭載している。

 だから今、確実に脳が揺れてるはずだ。


「……ああ、負けた負けた、お見事、お見事」


 ふらふらと揺れている底守の頭と顎を掴み、捻る。

 首の骨が折れて、綾取の顔はありえない角度に曲がった。


「いったい、どうやったのさ?」

「その状態で疑問を投げかけないでくれないか?」

「いいじゃん、師匠がやったんでしょ? 勝利に酔いながら私に教えてよ」

「だから、口調を真似するな……」


 俺は底守に両手のひらを見せる。

 しっかり刻まれた線のように見える瞼を、ゆっくりと開く。


「ほう、そんなところに目が!」

「普段は手の筋肉の奥に隠してる」

「これ、現実でもやってるの?」

「ん、まあ……」

「きもっ!」

「うるせぇよ」

「……でも」


 底守がニタァと笑う。

 面白いものを見つけたといった表情だ。


「なにその能力、僕知らないんだけど」

「あ? 治癒出来るんだから新しい部位だって作れるだろ。同じ細胞なんだから」

「え、じゃあ君の能力は治癒じゃないの?」

「治癒だよ。だから元々ない所に、元々あったけど欠損してるって認識させるんだよ。そしたら新しい部位が作れるだろ」

「なにその馬鹿の理屈……」

「うるせぇよ」


 一通り会話を終えて、ようやく首の折れた綾取から普段の底守の姿に戻る。

 荒れた教室も普段の真っ白な空間に変わった。


「これで、何勝何敗だっけ?」

「えーと、今ので俺の5勝……17敗だっけ?」

「いや、違うよ」

「あ?」


 刀で心臓をひと突き。

 俺は体をびくんっと震わせ、胸から生えたような刀をまじまじと見た。

 血が刀身を伝って、白い床に赤い斑点が落ちる。

 ……なんだこれ。


「君の、18敗」


 そのまま流れるように首を斬られた。

 この、卑怯者!

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