ボス
今日も死神の情報は全く得られなかった。
あー、このままじゃ隔離されるのも時間の問題かもしれない。
浅倉からも、あんまり問題行動起こすと……わかってるわよね、と釘を刺された。
といってもどうやって情報を集めれば良いのやら……。
やっぱり綾取に聞くしかないか。あいつが俺の知る中でダントツで情報通だしな……。
でもなぁ、あいつに借りを作ると「じゃあ弟子と認めて」と言われそうで怖い。
今日も何かにつけて付きまとわれたし。
「おい」
ただでさえカースト下位にあたる地味階級だったのに高梨と竹内がいない今、あんな奴に付きまとわれてしまっては最下位の変人階級に降格してしまう。
これ以上の降格は学校生活の破綻を意味するんだ。そうなってしまっては元も子もない。
「おい!」
いや、まてよ……俺はとにかく高梨と竹内に会ってこの胸のモヤモヤと罪悪感を消去したいんだ。それが第一目標。
第二目標が元の生活に戻ることだ。
まずはカーストなんか気にせずとにかく第一目標に向かってやれることをやったほうがいいんじゃないか?
「無視してんじゃねぇ! 松下ぁぁあああ!!」
「え?」
路地裏の空き地にたむろする不良たちが俺の名前を叫びながら近づいてきた。
あー、見たことある人たちが結構いる。
「なんだ深迫くんじゃないか、ごめん気づかなくて……ごきげんよう」
なぜか咄嗟にでてしまったお嬢様言葉を発し、すぐさま退散しようとするも、不良の一人がニヤニヤしながら進路に立ちふさがる。
その横から深迫が至近距離まで近づいて俺の顔を凝視。
だからなんでこんなに近いんだ。口臭がわかるくらいの距離に顔を近づけないでほしい。
「おいおい松下ぁ、やっぱテメェなめてんだろ?」
周りの不良たちも俺の周りを囲むようにして集まってきた。
「指の借り、返してもらいにきたぜ」
「俺も殴られたからおあいこって……綾取がいってませんでしたっけ……?」
「あ? それはお前らがうるさいから注意しただけだろ?」
暴力と注意は違うと思うけどなぁー、なんて言ってもきっと聞いてくれないだろうな……。
「じゃあどうすれば?」
「お前の指、全部折らせろ」
「うーん、全部はなんかフェアじゃないような……」
「うるっせんだよ! 龍くんの指とお前の指じゃあ価値が違うだろうが!」
「それともボコされっか? あ?」
「やっちゃいましょーよ!」
手下どもが喚きだした。
……なんかめんどくさくなってきたな。
折ってしまうか。でもなぁ……痛いし……。
まあ、折って解決するならそれで良いか。
俺は右手の小指を深迫の顔の前までもってくる。
「なにして……」
その場でバキッと折って見せた。
「お前ッ!!」
「うわっ、こいつ自分で折ったぞ!」
不良たちが引いている。
深迫も先ほどの至近距離からたじろいで下がった。今がチャンスだ。
「これで本当におあいこだね。それじゃ!」
不良たちの隙間から抜けて早々に退散する。
危ない危ない、何か問題を起こして浅倉にバレたら隔離だ……。
「待てよ!」
振り返ると深迫が殴りにきていた。
とっさに避ける。
背後から殴るなんて、卑怯じゃないか。いいね。とてもいい手段だ……って言ってる場合じゃないか。
「……これでおあいこじゃなかったっけ?」
「全部っつったろ」
深迫は少し乱れた長髪をかきあげながら言い捨てる。
全部はさすがになー。まあ、すぐ治るんだけどさ……。
これを機に事あるごとに因縁つけられても嫌だし、今後のこと考えるとこいつらボコボコにして口封じした方が手っ取り早いかもなぁ。
視線戻すと、深迫が俺を見下ろしながら睨んでいる。
……これ、隙だらけだな。
懐に忍び込み、顎に掌底を打ち込む。
思い立ったら即行動。
それが地獄で学んだ俺の道徳。
深迫は、高い身長と鍛え上げられた筋肉という素晴らしいポテンシャルを全く発揮できずに白目をむき、膝から崩れ落ちた。
その顔面に拳を突き下ろす。
手下たちはそれをただ呆然と見ていた。
同じクラスのやつも何人かいる。このまま帰すわけにはいかない。このことを口にできないくらいの恐怖は味わってもらわないと。
不良たちを見据えると、一人の不良が狂乱しながらも闘争本能に任せて向かってきた。
その勢いに他も続く。
人間は関節だらけだ。
それが伸びきった腕は簡単に逆に曲がる。
ただの直接的なパンチやキックをひねりながら壊していく。
群れのボスがやられると、こんなにも攻撃が単調になるのか。いや、攻撃が単調なのはもともとなのか?
そんな答えの出なさそうな疑問を抱きながら、十数人の不良たちを丁寧に地面に沈めていった。
朝、登校中に寮だった建物を眺める。
今は立ち入り禁止となっており、寮は封鎖されていた。
代わりの住まいとなったアサクラ記念病院から学校までは、歩いて30分ほどかかり、竹内がいなくなったことも相まってあの頃よりもかなり早めに登校するようになった。
幸いにも昨日の不良にからまれて返り討ちにした話は浅倉にはバレておらず、このまま何もなかったということで乗り切れると思っていた。
が、校舎に入ってからすぐに非常にまずいことになったと認識を改める。
「松下くん、おはよっす」
もしかして不良たちが更に仲間を増やして報復しに来るかもな、とは予想していたがこの展開は予想外だった。
なんと昨日倒した不良たちが挨拶してくるようになったのだ。やめて欲しい。みんなこの異常な光景に注目してるじゃないか。
「あ、松下さん……ちーす」
ちーす、じゃない。俺は今まで誰にも挨拶されない人で通ってきたんだ。そんな奴がある日急に不良たちに挨拶されてたらおかしいだろ。
しかし誰にも挨拶されない人って……自分で思ってて悲しくなってくる……。
その後もすれ違う不良に挨拶をされ続けた。
なぜか昨日倒してない不良まで挨拶してくる始末。
……あいつら喋りやがったな。
どうするべきか。とにかく深迫だ。あいつに今まで通り俺を無視しろと不良たちに伝えてもらうしかない。
「やあやあ、師匠。昨日は災難だったねぇ」
「なぜそれを知っている。もしや貴様の仕業か……」
「いやいや、違うよ! もし私だったら今頃全校生徒が師匠の元に殺到して事情を聞きにきてると思うよ?」
……たしかに。綾取が関わっているならもっと大ごとになっていてもおかしくない。
事件が起きた時に必ず張り出されている新聞も見当たらないしな。
「じゃあやっぱり、あいつら……」
「不良たちが怪我をしてたら、その仲間は報復に行くもんさ。それを止めるために言うしかなかったんだと思うよ? 許してあげなよ」
本当にそうだろうか? こいつらがそんなに仲間想いだとは思えないが……。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
この状況はまずい。恐るべき危機に陥っている。今すぐにこの注目を霧散しなければ俺は変人階級に……。
教室のドアを開けて不良グループの元に足を運ぶ。もはや奴らを矛盾を体現するグループなどと言ってる余裕はない。
「あ、松下くん……昨日はすいません。俺たちあいつに無理やり連れてかれて……」
「そうなんすよ、ホントはあんなことしたくなかったんすよ」
「つーか松下くんマジ強いっすね、俺たちのボスやって下さいよ」
こいつらがいつも周りを囲んでいた深迫の姿はなかった。
それどころか深迫の席は倒されてその中にゴミが詰め込まれている。
それが当たり前のように、周りは談笑する。
なんだこれ……気持ち悪い。
その光景を漠然と見ていた俺の肩にポンと手が乗った。
「まあ、師匠。ライオンと一緒だね」
「綾取……その例えウザいわ」
ライオンの雄は決闘に負けると群れを出て行かなくてはならない。
勝った雄が新しいボスになるのだ。
今まさに俺の周りはそんなサバンナ状態と化していた。
「おー、松下くん。調子どう?」
「…………」
「松下さん、昼飯どうします? 自分買ってきましょうか」
「……いや、いい」
「ちょっと待って下さい、松下さん!」
磁石に群がる砂鉄のようにわらわらと現れてはくっついてくる。
なんなんだこれは。人は変われると言うがこんなにも急変できるものなのか。
「松下くん、こっちこっち」
誰も使っていない多目的室のドアに、新聞部と書かれたコピー用紙が貼られている。
そのドアの隙間から綾取が手招きしていた。
いつもならそんな悪魔の囁きなど無視するところだがこの状況だ。背に腹はかえられない。
俺は手招きの方へと誘われていった。
「いやー、大変だね」
「綾取、どうすればいい……」
藁をもすがる気持ちで綾取に泣きつくしかない。もう俺にはどうすることもできないのだから。
「師匠、ご心配なさらずに。この“弟子”の綾取由奈が助けてあげましょう」
やけに弟子を強調してくる……。
これもこいつの策略か……くそっ。
「とにかく、今まさに不良の中では革命が起きているのです!」
綾取が手を広げて大々的に発表する。
パイプ椅子に座る俺一人に対して大層な演説だ。
「深迫龍平はここら辺じゃ最強と言われた不良だからね! 他校の不良がうちに手を出さないのは深迫くんがいたからなんだよ。それが負けたとなっちゃあ他校が黙っちゃいないよねぇ。今が不良の勢力図を壊せるチャンスなんだからさ。そこで手っ取り早く、あの最強の深迫龍平を倒した松下宗一郎を新しいボスに据え置こうという話だよ。そしたら他校も警戒して手が出せないだろうし」
聞いてて嫌になる。
なんで俺がこんなことに巻き込まれなくちゃならないんだ。
もしこんなことが浅倉に知られたら「あなたは死神の情報を探れと言われて学校に潜入しているのに、新たな問題を作って混乱に導くのがとてもお上手ですわね」と、ねちっこい嫌味を延々と言われそうだ。
「そんで、新しいボス候補の松下くんと今のうちに仲良くなっておいた方が何かと有利だから、不良たちは必死に近づいてくるってわけ」
誰が不良になんかなるか!
不良なんだからそういうしがらみとか一般人の俺に持ってくんな!
一般人……だよな俺……。
「理由はわかった。で、どうすればいい……」
「簡単だよ。適当なやつにボコボコに負ければいい。そうすれば不良たちは勝ったやつをボスに置くだろうし」
「なるほど……わかった、やってみるよ」
「え、ちょ……」
すぐさま多目的室を出て、適当な不良に俺と喧嘩しろと言い回ったが誰も乗ってくれなかった。それどころか不良たちの崇拝は更に強まり、三度の飯より喧嘩好きとして俺の噂は尾びれをつけて広まることになってしまった。
誰だ! 飢えた狂犬とか勝手にあだ名をつけ始めたのは!
綾取、全然ダメじゃねぇかよ!




