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浅倉緋奈視点

 街で見覚えのある青年を見つけた。


 久しぶりに見る彼の顔はあの頃よりもだいぶ大人びていて、思わず声をかけてしまった。


「あなたは主人公になりたいの?」


 自分でも思い出すだけで恥ずかしいセリフ。

 なんであんな声のかけ方をしてしまったのだろう。

 私は見た目の分、より大人として振る舞おうと必死でいつも空回りしてしまう。


 私の能力は消失。

 消えて、現れる。消える前に起きた体の症状は全て消失する。だから、怪我を負っても消失すれば全て無かったことになる。


 この能力が発症してから私の成長は徐々に遅くなって、今では完全に止まってしまった。

 最初はシナプス超伝達症の発症部位が細胞なのだと思ったのだけれど、どうも違うみたい。私の細胞には全く異常は見られなかった。

 だから、もっと科学ではつかみきれない概念みたいなものが発症しているのだと思う……あの人みたいに。


 宗ちゃん……彼はもちろん私のことなんて覚えていなくて、頭のおかしい人だと思われた。

 私はその反応を予想していたにもかかわらず苛立ちを感じてしまった。


 どうしてなのかしら。

 昔から、松下宗一郎は私の心をかき乱す。


 次に会ったのは、彼の通う学校の寮。

 私は高梨くんを追ってここまで来た。

 不可解なのは、なぜ高梨くんは寮の方角へ逃げたのか。まるで自分を追ってくれと言わんばかりに逃走の形跡を残して。

 ……なぜ彼らを巻き込むようなことをしたのかしら。


 とにかく、記者たちを追い払い、高梨くんの関係者である彼と竹内くんには事情を聞かなければならない。


 彼はひどく混乱しているようだった。

 それはそうよね。今の彼はただの一般人なんですもの。


 でも、彼は彼だった。

 本質的には何も変わらない。

 高梨くんと竹内くんが私に嬲られているのを見て、恐怖を拭い去った。

 そして、私を殴ったの。

 鼻を折られたのは初めてだったわ。


 殴られたことを“消して”、銃口を突きつけた。

 それを見て、彼は意識を失った。

 きっと脳の常識という許容範囲をオーバーしてしまったのね。


 と、同時に私は竹内くんに眉間を撃たれた。

 竹内くんだけは、冷静に本気で私を殺しにきていたのね。まあ、そっちの方がやりやすいから良いのだけれど。

 でも流石にレベル9は伊達じゃないわね。ほんの少しだけ骨が折れそう。


 そんなことより、一つだけ心にわだかまりが残ってしまった。

 今の彼はただの高校生。

 そんな彼をまたこちら側に引きずり込むようなことをしてしまった。


 どうしようか少し悩んだのだけど、目覚めたら少し脅してまた普通の高校生に戻ってもらう予定だった。

 だけど、彼はもう一週間前の彼ではなかった。


 私の首筋に躊躇なく鎮静剤を刺そうとしてくる彼に、私はどうすることもできなかった。

 ただベッドに押さえつけて、顔に笑みを貼り付けて、それでいて脳内ではどうしようかと考えるばかりだった。

 その後は全て彼の方が上回っていた。

 私はまた、彼を不幸にしてしまった。


 寝ている間、いったい何があったのか。

 彼に聞くと、言いたくなさそうに顔をしかめた。

 ただ一言、「何度も殺される夢を見ただけだ」と教えてくれた。


 その一言で、私は確信する。

 アサクラ記念病院調査局潜入科。通称、帽子屋と呼ばれる彼らをまとめる主任、底守正近(そこもり まさちか)


 夢にしか存在できず、逆に夢の中ならば全て操ることができる。

 底守は主任という立場だけど、基本的に何もしない。ただ、病院が指定するレベルは最高の9を超えて測定不能となっている。

 このレベルというのは、患者を世に放った時に最悪の想定をした場合に訪れる被害規模。

 底守が人類を滅亡させようとした時、人類は全く抵抗できずに滅びるでしょうね。

 幸いにも底守にはその気がないみたいで、今のところは病院のために動いてくれている。


 でも、なんで底守が勝手に松下くんに干渉したのか……。

 私はすぐさま治療室で脳波を底守のチャンネルに合わせる。底守が日常的に使用している部屋、特別訓練所(ゲヘナ)に。


 そのまま、麻酔で意識を飛ばした。






「やあ、久しぶりだね。浅倉局長。わざわざこんな所に来なくても、夢の中で呼んでくれれば僕の方から出向くのにさ」

「……底守主任。なんで松下くんにあんなことをしたのかしら?」


 私の問いに底守は(おど)けるように答える。


「うん? バレちゃった?」

「答えて」


「いやぁ、彼は逸材だ。きっと世界を救う。君のことも救ってくれるかもしれない。僕は君のためにも彼の力を……」

「松下くんは……ッ! 松下くんはせっかく元の世界に戻れたの! それをなんでまた!」


 私の声に底守はおし黙る。頭をぽりぽりと掻きながら呆れたように目を細めた。


「浅倉局長。彼は宝だ、世界のね。そんな彼を君の私情でガラクタにしてしまう気かい? いや、それもいいさ。人間というのはそういうところがあるものだ。でも……」


 底守は指を鳴らし、真っ白の空間から地獄絵図へと切り替える。


 過去にあったと言われるシナプス超伝達症患者と人間の争いの風景。

 人々が血にまみれる中、患者たちは拘束されたまま処刑されている。

 患者は過激派と穏健派に別れたが、どちらも駆逐対象となり、全て殺されたと聞く。

 それも遥か昔のことで、治療方法がほぼ確立された今は、一般市民にはこの病気と事件のことは隠され、国の管理の元、アサクラ記念病院が患者の治療と捕獲を行なっている。


「知っているかい? 人生というのは地獄よりも地獄的なんだ。どうせ生きているからには苦しいのは当たり前だ」


 底守がまた指を鳴らし、真っ白の空間に戻る。


「でも最悪の地獄を止める鍵は彼だ」


「……世界のために、彼の人生を犠牲にする気なの?」

「大小あるけど、生きるものは全て世界のために使われる。それとも、その権限が君にあるとでも?」


 私は何も言うことができない。

 こんな戦争がまた起こるなんて信じたくない。

 でも私たちがいる限り、人間との衝突が起こり得る、ということも理解できる。

 彼か世界かを選べと言われた時、私はどちらを犠牲にするのだろう。


「浅倉局長。君は松下君の通う学校の担任をやると良い。彼を任せられるのは君以外いないからね。彼はとても脆い、放っておけばすぐさま闇に転落していくだろう。それを救うのは君の役目だ」


 この男には勝てない。

 会うたびにそう思わされる。

 それもそのはず、この世界で底守の干渉を受けるということは汚いところを全てをさらけ出しているのと一緒なのだから。


「それと、これは個人的になんだけれど、そのシナプスなんとか病患者とかいう名称は気にくわない。所詮僕らはバケモノだ。そもそも、君や僕が病気の一言で済まされる存在か?!」


 白い空間に底守の声がこだました。

 私はその残響を聴きながらゆっくりと夢から解き放たれていく。

 遠ざかっていく底守に笑いながら答えた。


「こんな世界に閉じ込められておきながら、まだこんなにも人間らしさが残ってるあなたは、確実にバケモノよ」

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