パラソルの下のサーファー
人より少しぼんやりしたところのある憂花は、よくも悪くも「我が道をゆく」タイプの人間だった。人の影響を拒絶しているわけではない。むしろ、周囲の変化を見ながら少しずつ行動を合わせていくタイプだ。
たとえるならば、パラソルの下のサーファー —— 友人に誘われて海へ来たが、四六時中いい波が来るのを見極めようという気はない。パラソルの下でジュースをすすり、たまたま目を向けたタイミングでいい波が来そうだとわかると、そのときはすぐさま準備をして波に乗る —— 自分の席を確保したうえで、機会があればそこを離れて行動する。そしてまた、自分の席へと帰ってくる、—— そういった性質の持ち主だった。
—— 恋愛 —— という波はいくつもあった。小学生のころから、彼女を取りまく女子児童のあいだでは恋愛話が絶えなかったし、中学二年生のころには、幼なじみの女子生徒が意中の相手へ思いを伝えるのを手伝ったこともあった。
けれど、憂花自身も「恋愛」という概念への憧れは強く持っていたものの、それは彼女を手放しで夢中にさせる情熱にはなりえず、ましてやその感情を周囲のだれかに抱くなどということにはならなかった。
そのうち、彼女の憧れはフィクションの世界、つまり、テレビドラマや映画のほうへと移っていき、日常の恋愛からはますます遠ざかっていった。
憂花の瞳は気まぐれにフォーカスする。はじめて目の前の人を心の底から美しいと思ったのは、おそらく最初にこの店に来たときだっただろう。
中学二年生の春 —— 店を開けに出てきた店主は、やせ型のすらりとした女性だった。その茶色い髪が午後の風になびくのを見て、憂花は彼女を追って店へと入っていった。
「あら、どうしたの」
澄んだアルトの声が、憂花の耳に届いた。
「まさか……、お客さん?」
* 上条香織 *
そのときの少女は、ほんのりと赤みを帯びた白、あどけない色をしていた。打ち解けてよくしゃべるようになって、頬の素朴な黄色味が鮮やかになって、—— そして今、女子高生に成長した彼女には、これまで見もしなかった種類の色が、その美しい肌のきめにほんのりとにじんで見えるような気がした。
「バイオレット……」
「え?」
黒い瞳をかがやかせて、少女が聞きかえしてくる。
香織は、自身の細い指で顎をなでながら、好奇の瞳で目の前の少女を観察した —— 若い情熱にあふれた、それこそ芝居のヒロインか主人公のような眼差し —— 危うさを帯びたデリケートな頬 —— 生き生きとした外見から想像しうるかぎりの彼女のすべてを……。
「見てみたい……」
「え?」
また、少女が聞きかえす。
「見てみたい。あなたの……、あなたの恋を……」