別世界から2
※ 作者の他作品から登場人物を集め、憂花のクラスメートとして登場させてみました。溝口のみ、第二部の最終話に先に登場させていますが。拙作はそれなりに作品数が多いので、探すのは難しいかも( ̄▽ ̄)
* 六角憂花のいない教室 *
放課後。
黒く細い枝を伸ばした桜の背景には灰色の空が広がっていたが、蛍光灯の明かりのついた教室内では、三人の女子生徒が明るい調子で世間話をしていた。
「傘パクられたっていうから入れたげて帰ったんだけど」
「へえ、相合傘」
「酒井くんたら、気づかないの」
後ろ向きに椅子に腰掛けて得意げに話すのは、山崎栞という名の少女。—— 卓球部の期待の星でありながら、筋トレや走り込みをサボって世間話に花を咲かせていることの多いお調子者だ。
「ん?」
机に肘をつきながら相槌を打っているのは、溝口菫。おっとりした性格で、こういう場合は常に聞き手に回っているが、時に自分の世界に集中して相手の話を聞いていないこともある曲者でもある。
「パクったの私、この傘がそれなんだけど —— って、いつ言おうかと思ってさ」
「……つまり、え、どういうこと?」
「スミレ、わかんない?」
「え、ちょっとそれはひどいわ」
山村美月という三つ編みの美少女が、優雅な声音で笑いながら山崎栞を非難する。「シオリが酒井くんを入れてあげたのが、そもそも酒井くんの傘だったってことでしょ」
「うわ、小悪魔じゃん」
話の筋を理解した溝口菫が後につづいた。
「へへっ」
山崎栞はぺろりと舌を出してみせる。
「あ、スミレさ」
山崎栞が話題を変える。—— 他のふたりは、彼女の急な話題転換に対して特別驚いたりはしない。慣れているのだ。
「今日さ、最高だった」
「あーね」
山村美月が若者言葉で応じる。
「……なに、最高って」
「ボナッピーの授業んときでしょ」
「そう、それ。『溝口っ』」
「『どこですか』」
「ねえちょっと、そんな反応してないって……」
ボナッピーというのは、ナポレオン・ボナパルトになれなかった世界史教師のことだ。男子女子にかかわらず、生徒たちは教師にあだ名をつけることを好む。つけたあだ名は陰で使うこともあれば面と向かって呼ぶこともある。—— ボナッピーは陰で呼ばれるタイプだが、その理由は「思い上がるから」ということで生徒たちの間では通っている。もちろん冗談めかしたニュアンスであって生徒たちに悪気はない。ボナッピーは生徒たちに嫌われているわけではない。むしろ、—— めんどうなやつ —— という、いわゆる「愛されキャラ」の範疇なのだ。
「ボナッピーもさ、留木くんとかじゃなくて、毎回スミレを当てればいいのに」
「あ、それいい」
「ちょっと、それ困るって」
「スミレ、ほとんど寝てるかぼうっとしてるかだもんね」
「そんなこと ——」
「否定できなくない?」
山村美月に突かれ、溝口菫が恥ずかしそうに頭を掻く。
「まあ、ユウカとはいい勝負かもしんないけどね」
「六角さん? ……言えてるかも」
ふいに教室のドアが開き、ジャージ姿の少女が入ってくる。少女は自身の机の脇にかかっている体育館シューズを見つけて安心したように息をついた。
「っていうかさ、——」
ジャージ少女にかまわず、山崎栞は話しつづける。「ユウカさ、休みすぎじゃない?」
「ああ、そういえば」
話題が変わったことに安堵した溝口菫が、ここぞとばかりに相槌を打つ。「留木くんも長いけど、六角さんってそれ以上だっけ」
「あ、もしかして……」
「なに」
「ほら、ユウカってば明らかに留木くんのほうばっか見てたし」
「好きなんでしょ、きっと」
「だから、ほら、あのふたりさ……」
「……あーね」
「え、なにどういうこと?」
「わかんないかな」
「ちょっと、どういう……、—— え、まさかの両思い? しかも、学校サボってデートってこと?」
「スミレ、声でかいって」
「妄想妄想」
「あ……、なあんだ、びっくりした……」
「そんなわけないじゃんさ」
三人の女子生徒は声を立てて笑った。—— 根拠のない戯言を言って楽しむというのは、彼女らの間ではよくあることだ。
「……なに?」
「えっ」
山村美月の視線の先に、体育館シューズを持ったジャージの少女がいた。突っ立ったまま、三人のほうを見つめている。
「どうしたの、サネちゃん」
溝口菫が名前を呼ぶ。
少女は息を吸うと、一息にまくし立てた。
「私、昨日の放課後に六角さんを見たんだけど、カフェみたいなとこでね —— 私は外にいて、でも窓から中が見えたんだけど —— 六角さん、お店の女の人と抱き合ってて、なんだかそういう関係っぽくて、いやそういう関係だっていいとは思うんだけど別に、でもなんかもっと危ない関係にも見えてきて —— 六角さんの表情が、なんだかすごく夢現って感じで怖くって —— 私ずっと心配で……!」
「……サネちゃん、それって ——」
溝口菫が一言。
「—— 人違いじゃないの?」
ふたりの女子生徒の笑い声が、教室内に響いた。