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水蛇II(第二部、完)


 * 六角憂花のいない教室 *


 教室。

 閉め切られた部屋の中に、世界史教師の大音声が響く。

「—— ちなみに、この真面目くさった悲劇を書いた作家の最期は、なんとも喜劇的だ。もっともこれは伝説に過ぎないんだが……」


 世界史教師はニタリと笑って暖房の効いた教室内を見渡した。


「なんだ、留木と六角は今日も休みか。夢にでも現れてくれないと……、もはや伝説になっちまいそうだ」


 しんとした空気の中、彼は健気けなげに咳払いをすると、寝惚けまなこをしたひとりの生徒を名指しした。


溝口みぞぐち

「……んっ」

「悲劇作家の喜劇的最期についてだ。彼の頭に落っこちてきたものは、なんだと思う?」

「……どこですか」


 寝惚けた少女の間抜けな声に、教室が笑いに包まれた。





 * 六角憂花 *


 気がつくと、憂花は天馬ペガソスに乗って空を飛んでいた。—— 前肢まえあしの肩の上から突き出た色の翼が、背にまたがる憂花の両膝すれすれを羽ばたいていた。—— ペガソスの向かう先には、黄金の館……。


 彼女は気づいていた —— もはや自分は憂花ではないと。





 ***



「ハッ!」


 ペガソスから飛び降りると、勇者は館の扉を開けた。

 六角形の形をした()()()()()の広間 —— そこへ足を踏み入れると、ばたんと音を立てて扉が閉まった。

 薄暗い、霧のかかったような広間の中、大理石(マーブル)の冷たい音を響かせて勇者は進む。中央あたりまで歩を進めると、視界の奥に円柱形の大きなガラスの水槽が現れた。

 きらびやかな絹の衣装をまとったふたりの女性が身体を寄せ合い、黒と茶の髪を絡ませながら、二匹の蛇のように水中に浮かんでいた。


 ふたつの紅い唇が笑い、歌い出す —— はじめは落ち着いたアルトの歌声、その主は茶色い髪の女性、—— そして、やや高くうら若い声がその後を継ぎ、—— ふたりの女性は四肢をうねって、陶酔したように声を重ねた。——




   ナイチンゲールがさえずって

   青のとばりはまっくろけ

   蛙のつぶらな瞳とほほ

   よるの女神は微笑する

   昼間とびかう無邪気な鳥も

   よるはすやすや夢のなか

   ぽっかりあいた穴の内側

   満たす明かりをもとめてる


   バルコニーのその向こう

   しろい指先ちらちらゆれて

   寄るはふたりのからだごと

   うるおい満ちたべにのいろ


   寄ればよるほどはなれゆく

   羽毛はとこへ舞いおりて

   きせきのしるし風ゆらす

   喜劇のように狂いゆく

   くれない触れたそのときに

   生まれたものは蜜蝋みつろう

   青い炎とあいなって

   二対についの羽を溶かしゆく


   くれない触れたその熱で

   生まれて消えたこのきせき

   変わることない永遠の

   しるしは風にみてゆく

   ればよるほどほつれゆく

   つたをいくどもからませて

   月の明かりが照らしだしてる

   今宵はとこに尽きぬよう


   ナイチンゲールがさえずって

   夜の女神が微笑する

   くれない触れたそのときに

   キスは生まれて消えてゆく

   きせきのしるし風に吹かれて

   今宵はとこに尽きぬよう

   とこを離れたそのあとさえも

   変わることない永遠よ

   ヒバリとびたつその頃にはもう

   見えることない蜜蝋の

   青い炎は風をゆらして

   たしかなよるを残してく ——

 








 勇者の掲げた黄金の剣によって、水槽のガラスが割れ、水があふれ出した。


 黄金の光が、大理石の床に投げ出された黒髪の女性を貫く。


 黄金に染まった女性から、白い光が勇者へと返る。



 ガタガタと音を立てて崩れる館、その柱の隙間から、翼を得た勇者が飛び立った。——




 ***


「ふふ、ふふふ……」



 ***




 目を覚ますと、部屋のカーテンが開いていた。冬の日差しがガラスを通して入りこんでいた。



 —— 閉め忘れたのね。



 憂花は起き上がって、枕元に置いてあったカップの中身、スポーツドリンクを飲み干す。

 目をこすり、ときめき君の肖像画を見ると……、



 —— あれ、なんか薄い……?



 —— ……んっ?




 気配を感じて後ろをふりかえると、—— ベッドの上に、すやすやと寝息を立てるときめき君の姿があった。——












(第二部、完)

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