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大いなる影


 両目を貫かれたサルスベリの巨木は、花吹雪を散らしながらメキメキと倒れた。—— 地に落ちた枝はそれぞれ小さな蛇となってやぶの中へ姿を隠し、割れた幹からは天馬のようなかたちをした黄金の影が飛び立って消えた。



 ど、ど、ど……。—— 背後の鏡台から鈍い音が聞こえた。

 恐るおそるふりかえると、引き出しがきしんで音を立てているのだとわかった。


 —— ……なに……?


 わずかに空いた隙間から、憂花は引き出しの中をのぞきこんだ。すると ——、



「きゃーっ」

「ちょっと、なんで悲鳴なのさ。あ、閉めないで、閉めないでっ」

「……なんだ、まだ生きてたの」

「いいから、開けてよ、ねえってばあ!」


 憂花は引き出しを開けて笑う蜘蛛を出してやった。


「ひどいなあ、もう」

「まったく、騒がしいわね」


 こうして笑う蜘蛛はまた憂花の肩へと戻り、ふたりの旅が再開する —— と、憂花は思ったのだが……。


「だってさ、僕は君をここに連れてくるってのが役目だったんだ。それを果たして、やっと帰れるって思ったらさ、閉じ込められちゃうんだもん。やんなっちゃう」

「……え?」


 笑う蜘蛛は地面へ飛び降りて言った。


「寂しいね。でも、ここでお別れなんだ。ゲームのサブキャラクターってのは、こういう運命なんだよ」

「ちょっと……、え?」

「これは君の夢だ、最後まで楽しむがいいさ。こんな役回りだったけど……、登場させてくれてありがとう」


 ニタリ、と笑って、笑う蜘蛛は地面へと消えていった。—— 十本の脚が消え、黒い体毛が消え、つぶらな瞳が消え、そして、—— めいっぱい横に伸びた愛嬌のある口が、消えた……。


 —— そんな……。



 呆然と立ち尽くす憂花を、何者かが背後から抱き寄せた。——











 * 上条香織 *


 十二月に入り、すでに半月が過ぎていた。

 純喫茶ムーランの薄型時計は十六時三十分を示しているが、店主の香織が待ちわびる相手 —— 憂花 —— は来ていなかった。憂花の母親がいうには、彼女は学校にも行っていないらしい。熱は引いたが、体調が優れないのだという。インフルエンザにかかったことに加えて、病み上がりのシャワーで熱をぶりかえしたことから、体力も精神力もまだ戻っていないのだろうということだった。

「ゆったりとかまえているように見えるけれど、繊細な子なのよ」—— 彼女の母親は、娘をそう評していた。


 —— 会いたい……。



 香織は、最後に憂花と会った日のことを想い出していた。





 ***


 十一月の冷たい雨の日、憂花は店に着くなり意識を失った。


「ちょっと……」


 カウンターテーブルに顔を押しつけた彼女の、汗と雨粒に濡れた綺麗なうなじ —— 考えるより早く手が触れて、その熱に背筋が凍った —— 震える手で揺さぶった、—— 起きて、お願い —— 心から祈りながら……。

 乱れる心を自制して、彼女のスマホに触れる —— 母親と思しき連絡先に電話を……、—— 通じなくてほっとした。……そもそも、ただの風邪だろう。慌てたって仕方がない、今すべきことを……。—— そう、ベッドを準備して彼女を寝かせる。そして、あとは自分のことを……。





 —— 大丈夫、私は……なんとか……。






「香織さんっ……」


「あら、起きたの」

「うん……。えっと、私……」

「覚えてない? 店で倒れて」

「えっ……」

「それで、熱があったから」


 落ち着いた手つきで、憂花のほてった額に触れる。「まだ、あるわね」


「……香織さんが……?」

「スマホを拝借してお母さんに連絡してみたけど、通じなくて」

「たぶん、仕事で……」

「そうだろうなと思った」




 心の底から安心した。


 —— 良かった……。









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