メドゥスベリの森
閑古鳥の鳴く薄暗い森の斜面の上に、大きな、美しい黄金の館が建っている。
黒い木々の間から、百舌の卵が土の上へと落ち、くしゃりと音を立てて潰れる。
閑古鳥、すなわち郭公の卵は、別種の鳥の巣に預けられる。預けられたほうの鳥はそのことに気づかず、自分の卵もろとも、温め育む。
そして、先に孵った郭公の雛は、継母が血を分けた本当の卵を、ひとつ残らず、巣から落としていくのだ。——
***
「あの遠くに見える黄金の館に、女王が住んでいるのね」
薄暗い森の道なき道を、憂花と笑う蜘蛛は進んでいた。—— もちろん蜘蛛は、憂花の肩に載ったままであるため、彼女が肩を上下するたびに揺さぶられ、ガタガタと歯を鳴らしている。
「ねえ勇者さん、さっきから重心がブレすぎじゃないの。乗り心地が悪いんだけど」
「文句を言わないの」
「ほら、もっと丹田に力を入れて。そんなんじゃ、女王様と戦ったって返り討ちに遭うよ —— いでっ」
「自分で歩いたらどうなの」
「……ねえ、あんまりそれやると、ほら」
「なによ」
「顎に僕の毛が刺さってる」
「きゃあーっ!」
「……なんだろう、その悲鳴、久しぶりに聞いたような気がする……」
笑う蜘蛛はニタリと笑った。
***
しばらく進むと、ふたりの目の前にサルスベリの巨木が姿を現した。—— 斜面の上にかがやく黄金の館を背負うように立つその幹は太く、樹皮が剥がれてできた白い斑点模様は薄暗闇の中でニシキヘビの模様のように妖しく光っている。—— 無数に分かれた枝には青々とした葉が茂っており、それらの枝の先端には熟した苺の実の色をした、毒々しいまでに鮮やかな花の束を咲かせていた。
「なあんか、不気味じゃない」
「それ、あなたが言う?」
しかし、この巨木のもっとも奇妙で恐ろしい点は、—— 幹の真ん中に老女の顔のような模様が浮き出ていて、それはひどく醜く物憂げで、腫れぼったい瞼の下のくぼみには深い青のビー玉のような眼球が備わっている……ように見えることだった。
「ダメっ、目を逸らして!」
ふいに、だれのものともつかない声があたりへ響き、憂花は慌ててその巨木の瞳から目を逸らした。—— 肩からなにかが転げ落ちる……が、気にしない。
「コノカガミ、クモッテイル!」
サルスベリの枝のひとつが憂花の頭上を通りすぎ、背後でなにかにぶつかった。
—— 鏡……?
いつの間にか現れていた巨大な鏡台、—— そのひび割れた鏡面にはおぞましいサルスベリの顔面と、蛇のようにうごめく無数の枝 —— それらの先端に咲く花の束は真紅の光を放っている —— が映っていた。
「やつの目を直視してはダメ。鏡で位置を確認して、チャンスをうかがって!」
声は、鏡台の向こう側から聞こえてくるようだった。
—— わかったわ。
憂花は声の指示に従い、鏡を見つつ敵のようすを探った。
—— 自由に動くのは、蛇みたいな枝だけのようね。
「クモッテイル、クモッテイル!」
サルスベリは次々に枝を繰り出すが、憂花はそれをことごとくかわす —— というより、そもそもサルスベリは憂花を狙ってはいないようだった。
—— ダメだわ、鏡がどんどん割られていって……!
憂花は商店で手に入れた銃を取り出し、鏡で敵の顔面の位置を見定め、身体を反転させてすばやく射撃した。
「ナンダコレ、ナンダコレ!」
—— やったか……?
鏡を確認すると、サルスベリの枝がひとつが、紅い花を散らしていた。—— その花びらのうち二枚が、ちょうど幹の顔面の腫れぼったい瞼へと貼りつき、ふたつの瞳を隠していた。
—— しめたっ!
憂花はすばやくふりかえり、サルスベリの幹の目前まで駆けつけた。
そして—— 、
—— ダン —— チャリ、ダン —— チャリン…… ——
花びらの上から、敵の両の目を撃ち抜いた。——