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水蛇I


 星のまたたきのもと、しんとした夜の気配に流れる静かなオルゴールの音に、ときおり狩人の吹き鳴らす笛の音が混ざる —— そんな中、—— 憂花は川の流れを見つめていた。



「いつの間にか、森の中だね」


 笑う蜘蛛が言った。

 たしかに、森の中だった。憂花のいる川辺は草地になっていて、鬱蒼うっそうと茂る木々の葉をけた星の光がひとところに集まるような場所だった。


 —— この場所、いつか美術館で……。



「はは、いたずら好きな妖精さんが現れそうな気配だねこりゃ」


 蜘蛛の声が届いていないのか、憂花はじっと川面を見つめつづけた。暗闇に流れる水流は透きとおり、川底の岩に跳ねて噴水のような飛沫しぶきをあげる。星明かりに照らされた川底は、赤や茶色に光って揺らめいて見えた。



 —— ときめき君……?



 憂花は水へと手を伸ばした。—— 水底で、熱さにもだえる少年の影が見えた気がしたのだ。絶え間なく飛び散る火の粉の中で、艶めかしくうなじを反らせている……。—— 触れようか、どうしようか、—— 惑ううちに、炎は竜のうろこのようなきらめきへと変化して、少年の身体を締めつけはじめる。憂花は思わず息を飲み、もう少しで水に浸しそうだった右手を後ろへ引っ込めた。

「ん、どうしたの? ——」

 呑気な声が言い終えるやいなや、凄まじい水しぶきとともに水底から巨大な影が立ち上がった。



 —— え……!



 それは、茶色い髪をなびかせたマーメイド……のような姿をした水蛇みずへびだった。



「ワタシノモノダ……!」



 ごわついた雄叫びをあげた水蛇は、憂花めがけて頭突きをくりだしてきた。


「よっ、ヒロイン」


 おびえながらも攻撃をかわした憂花は、いつの間にか両刃もろは戦斧せんぷを手に構えていた。

 ふたたび頭をもたげた水蛇は、真っ赤な唇の隙間から青白い鬼火を吐き出した。



「ぐひゃああ!」


 鬼火に追われ、笑う蜘蛛が憂花の周囲を駆けめぐる。


「ちょっと、邪魔っ」

「んなこと言われたってえ……!」


 水蛇は空気を震わすうなり声をあげながら、とぐろを巻いて次の攻撃の準備をしている。

 憂花は舌打ちをした。


「邪魔だっつってんのに」

「んなこと、だって、—— ぎゃびいっ!」


 憂花に蹴飛ばされた笑う蜘蛛が、水蛇の顔めがけて飛んでいく。


「グゴゴゴゴッ」


 水蛇は首を傾けて飛んだ蜘蛛をかわしたが、—— 後を追った青白い鬼火がその首筋へと食い込んだ。



「キャアアアアア……」



 水蛇は黄色い悲鳴をあげて身をよじった。茶色くかがやく頭髪がふり乱され、石灰のような白色に変わっていく。—— ここで憂花は跳びあがり、水蛇の頭をめがけて戦斧を振りおろした。



「アアッ……、アッ……」



 艶かしい断末魔とともに、一条ひとすじの涙が水蛇の頬を伝う。—— 憂花がそれを目にした直後、白い飛沫があがり視界を覆い隠した。








 ふたたび視界が開けると、—— 憂花の目の前には弦の切れた竪琴が、その真ん中に両刃の斧を突き立てた状態で転がっていた。

 オルゴールの遠音が響いていた。



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