ヒロインの誕生
* 六角憂花 *
「君、変わってるね」
憂花はまた、歩いていた。—— 黒い毛に被われた笑う蜘蛛を肩へ載せて。
「ほんとに変わってる。我が道を行くタイプ?」
***
熱に冒された憂花は、気がつくと「夢の住処」—— ときめき君との夢の旅が始まった、あのツリーハウス —— にいた。
涼しげな籐のベッドの上に皺のついたシーツがあった。その皺の真ん中へ憂花は触れてみる。—— 掌へ伝わる温もり、—— ついさっきまでだれかが寝ていたようだ。
テーブルの上に三つの箱があった。鈍くかがやくブリキの箱で、どれも同じような形をしていたが、よく見ると箱の天辺に浮彫されたカメオに違いがあった。—— ひとつにはサンザシの実、となりの箱にはブルーベリー、そして残りのひとつには、葉のついたオリーヴの実のようなものが彫られていた……。
—— なにかしら……。
ふいに視界に入った一匹のミツバチが、オリーヴの箱の上へとまった。小さな足でブリキの蓋をつかみ、開けようとしている。憂花がこれを手伝って箱を開けると、ミツバチは何事もなかったかのようにどこかへ飛んでいった。—— 箱の中には、トルコ石の色をした卵がひとつ入っていた。
***
「それで君は、その卵をまるで蛇みたいに丸呑みにしたんだよね」
「……覚えてないわ」
「現実でやったらえらいことになるよ」
「だって、夢でしょう」
「まったく、お口が達者だ」
***
卵を丸呑みにした憂花の元に現れたのは、茶色い髪をなびかせた、美しい顔立ちの女性だった。
「香織さん?」
「シンデレラ」
「え……」
女性はゆっくりと近づいてくると、憂花の頬をなでて言った。
「注文していた鳥の剥製、できあがった?」
「えっと、それは……、なんのこと……」
憂花は顎をつかまれた。—— 目の前の美しい相貌が、次第に青白く、残酷なものへと変わっていく。
「か……おりさん……?」
瞳孔が開き、なびく髪の毛が蛇のように波打った。目を逸らそうにも逸らせない、そんな迫力に満ちていた。
憂花を助けたのは、またもやときめき君だった。
「……」
彼は両刃の斧を使って、背後から女性 —— もとい女怪 —— を切りつけたのだ。
「プリンセス……チャーミング……」
肩で息をしながらも笑ってみせるが、その口元には赤い返り血が張りついていた。
***
「で」
笑う蜘蛛は言った。
「めでたしめでたしと思って油断してたら、その女怪が再生して、ときめき君をさらっていったってことなんだね」
「ええ、そう」
「そして君は、よくわからない使命感によって斧を手に取り、いつの間にか僕を供にして、ときめき君を救出するための冒険に出たんだってことだよね」
「そうね……、ええ」
蜘蛛はニタニタと笑った。
「ほんと、変わってる」