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ミューズ



 —— う……、うう……。






 憂花は熱をぶりかえしていた —— いよいよ明日、解熱後二日の要件を満たして出席停止が解かれるという日になって。


 バスルームでシャワーを浴びていた憂花は、鏡に現れたときめき君の幻影に見入っていた。—— 彼は身を横にし、両手を枕にすやすやと寝息を立てていた。白い湯気がその輪郭を包みこんでいて、彼がどこで眠っているのか、またなにを着ているのかもわからなかった。ただ、血色の良い唇と黒く長い睫毛まつげとが目立っていた。あまりにも無防備なそのようすは、憂花の心をとりこにして思考を停止させたのだった。






 * 上条香織 *


「ここにも現れるようになったなんて……」

「夢にも思わなかった?」


 純喫茶ムーランのカウンター席で香織と向き合っているのは、まぎれもない、ときめき君の姿だった。—— 彼は出されたアメリカーノにたっぷりのミルクを入れると、小さな鼻を近づけ、その香りを楽しんでいた。


「彼女の想像力はなかなかたくましいものだよ」ときめき君は言った。「そもそも寝顔なんか、見せたことすらないのにさ。しかも、彼女にとって僕はそうとうリアリティのある存在になっているらしい。—— たぶん、あなたよりも」

「それは……、あなたが仕向けたことじゃないの。今度もまた、あの子の病気を長引かせたりして」

「僕はさながらエヴァレット・ミレイみたいなものかな。どう思う?」

「どうって」

「ミレイは、川を流れるオフィーリアを描くとき、彼のミューズを浴槽に浸したまま描きつづけた。おかげでミューズは風邪をひいてしまった……って話」


 香織はときめき君のかきまわすコーヒーカップに視線を落とした。白茶色しらちゃいろの液体が銀色のスプーンにかきまぜられ、スプーンがカップの底をる音が響く —— その手が止まり、粘り気をともなった液体が少し跳ねた。

 香織が顔をあげると彼は眉根を寄せていて、急にしおらしくなってカップを見つめていた。

「僕は、嫌われるだろうか……」


 香織はふと、ときめき君の肖像画の完成が決まった日を思い出した。

 彼女は憂花の描いた肖像画にいたずらをし、憂花の心を揺さぶった。—— それは、憂花の思い描く「ときめき君」像にちょっとしたスパイスを与えるためであり、また香織自身の存在を強く擦りこませる役割をもあわせ持っていた。—— それを思い出した香織は、自身の奥底から勇気が湧いてくるのを自覚し、徐々に不敵な顔つきへと変わっていく。

 そして、瞳に力をこめて、目の前の少年をにらみつけて言った。


「私のものよ」

「え……」


「そもそもあなたは、私があの子と一緒に創りだした存在。創作物の分際でいい気になってんじゃないわよ」

「……」













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