扉と灰の山
インフルエンザという診断を受けた生徒は、発症後五日を経て、かつ解熱してから二日が経っていることを条件に学校への登校を再開できる。学内への感染を防ぐためだ。それまでの期間は出席停止扱いとなり、登校は認められない。
この期間、憂花は留木蓮実に会うことはなかったが、代わりに一日中ときめき君の肖像画を眺めることができた。そして夜には眠りにつき、夢のつづきへと誘われる……。
***
六角柱の形をした広間 —— そこはヨーロッパやトルコの宮殿のような、異国情緒あふれる空間で、天井からは灯をともした黄色いシャンデリアがぶらさがっていて……と思えばそれは房を垂らした紫色の藤の花へと変わり、その花房を暖簾のように分けながら絹の衣装を着た女性たちがすれ違っていく。—— その奥には銀色のハンドルのついた重々しい扉があって、別の部屋へとつづいているようだった。
憂花はうっとりするような心持ちで、ハンドルを回して扉の向こうをのぞき見た。
扉の向こうは打って変わって、荒んだ廃墟のようだった。金属のパイプがコンクリートに転がるときのような不気味な音があたりへ響く。—— 一条のスポットライトのような光が降りた。光の下には真っ白い灰の山 —— そのてっぺんに、灰に埋もれた少女がひとり……彼女がそっと顔を上げる。
—— え、私……?
憂花は固まった。
「おいシンデレラ、部屋の掃除は済んだかい?」
後ろを振り向くと、いかにも意地悪らしい顔つきの茶色い髪の少女がふたり立っていて、
「お義姉さま!」—— と、憂花は言っていた。
「私たちはこれから、王子さまのところへ行くのだよ。お前はどうする?」
「もちろん、わたくしも」
憂花がそう答えると、尋ねたほうの少女が彼女を打った。
「お義姉さま……」
彼女は憂花の前髪をつかんで言った。
「暖炉の灰にでも埋もれてろ」
***
気がつくと、憂花は先ほどのぞき見たままの状態 —— 灰に埋もれた姿 —— になっていた。
「私も、舞踏会へ行きたいわ……」—— 自分でも気づかぬうちに、憂花は声に出していた。—— そしてちいさな人差し指で、灰の上に思い描く王子さまの絵を描いていた。
と、そこへ……、
「諦めるんじゃない、シンデレラ!」
バタバタというプロペラ音とともに、聞き慣れた大音声が灰の山へと降りそそいだ。
「……先生?」—— 憂花は思わず笑ってしまう。無理もない。プロペラ機のようななにかに乗った世界史教師が、天に指を突きたてた恰好でこちらを見下ろしているのだから。
「見るのだ、四千年の歴史が……って、ああ、なんだこれっ、なんだこれっ……!」
みずから巻き上げた灰の餌食になったプロペラ機は、みるみるうちに灰の中へと沈んでいった。
もう、なんなのよっ。—— と、声に出して言えなかったのは、灰の嵐のせいだ。—— 全部、先生のせいなんだからっ!——
いつの間にか視界が晴れ、灰の山は消えていた。憂花の目の前には、—— ナポレオンになれなかった世界史教師の代わりに、ひとりのかわいらしい王子さまが立っていた。
—— ときめき君っ……!