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気球、夢の住処へ


 ふたたび眠りについた憂花は、こんどは夢の中でときめき君と会話をしていた。


「チュートリアル?」

「そう、チュートリアル。さっき、二回に分けて君が見た夢は、チュートリアルみたいなものだったんだよ。だからほんとは、もっと穏やかなものからスタートしたかったんだけど」


 ふたりは気球に乗っていた。頭上には赤い炎が点り、乗員を大地から引き離していく。


「最初の夢 —— 駅のホームから遠ざかっていく夢 ——、あれは、君があまりにもぼうっと僕を眺めていたもんだから……」

「ぼうっと?」

「そして二回めのは、ちょっとした……、ああなんて言ったらいいだろう……」


 ときめき君は顔を伏せて、憂花が下からのぞきこむのを期待した。—— が、すぐに目だけ上へ向けて言った。


「ちょっとした嫉妬心さ。その……、香織さんって人への」

「あ……」


 憂花は顔が赤くなった。自分でもそれがわかる。

 ときめき君は顔を上げて、彼女の目を見て笑った。憂花もつられて笑った。



 ***


 ふたりを乗せた気球は雲を越えて高天へいたり、いつの間にか現れた巨木の太い枝先へと着いた。—— 白い雲に覆われて見えないが、巨木の幹ははるか地上へつづいているように思われた。


「プリンセス・チャーミング」


 見ると、ときめき君が先に枝へと降り、まだかごの中に立つ憂花に手を差し伸べていた。


「まあ……」


 憂花が頬を赤らめる。同じように頬を染めたときめき君の手が、彼女の白い手を引いた。

 枝を伝っていくと、ふたりの前に木造のコテージのような建物が現れた。木材の質感をそのまま生かしたような外観で、窓には洋風のすだれがかかり、見るからに涼しそうな雰囲気だった。


「ここは?」

「家」

「家って?」

「僕たちの……、夢の住処すみかだよ」


 あいも変わらずはにかんで、けれど誇らしげに彼は言った。


「ふたりの旅は、このツリーハウスからはじまる……」


 憂花は木の香りをいっぱいに吸った。—— ヒノキだろうか、幼い頃に行ったリゾート地の記憶がかすかに思い出される。—— おおかた、両親が連れていってくれたのだろう……。


 コテージの中は広々とした空間だった。入り口の反対側には大開口の引き込み窓が設置されていて、その向こうにはこげ茶のウッドデッキが広がっている。さらに向こうには、湖でもあるのか、水鳥のような鳴き声が響いてくる。

 室内に目を戻す。(ラタン)で編まれた椅子いすやテーブル、ドレッサー、涼しげなベッドに、草花の描かれた衝立(スクリーン)、—— 右奥には、六角形のドアノブのついた小さなドアが設置してあった。トイレかなにかだろう。


 ぶうんと音がして、どこからか、数十匹のミツバチが入りこんできた。憂花は驚いて後ずさる。


「大丈夫だよ」


 ときめき君はそう言うと、指を鳴らした。するとミツバチの一団は、宙に弧を描いて、まるで鷹匠に従う鷹のように彼のてのひらへと降り立った。—— 気がつくと、数十匹いたミツバチは彼の手の上で一匹の少し大きめのミツバチへと変化していて、それは真っ赤に熟れたサンザシのようなきのみを抱えていた。—— ときめき君はその手を憂花のほうへと差し出す。


「これ……、私に?」

「そう。まずは入ってもらわなくちゃ、おとぎ話を現実にするために……」


 彼のことばの意味はわからなかった。—— が、憂花には他に選択肢がないようにも思われて、赤く美しいきのみを受け取ると口内へ入れて味わった。





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