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夢のつづき、そして。


 真夜中 —— 目を覚ました憂花が枕元まくらもとのスマホを見ると、時刻表示は午前(れい)時を示していた。

 部屋の照明を点けて、ときめき君の肖像画を見る。すると次第に、見ていた夢の内容が脳内に思い出されてくる……。



 ***


 ざあざあと降りつける雨が、音を変えた。

 見上げると、憂花の頭上には藍色の傘があった。の部分をつかむ白い手。顔をのぞくと……。


 —— ときめき君……?


 柔らかそうな唇が妙に目立っていた。鼻より上は陰になり、憂花からはよく見えない。


 気がつくと、高校近くの道路を歩んでいた。ことばを交わすこともなく、ただ前を向いて。

 隣に立つ憧れの存在に、憂花の胸は熱くなる。そっと横顔を見ようとするが、それができない。—— 本物の彼がいて、こちらに反応してしまうから。—— 憂花は、自分の行動が、彼の心理や仕草、行動に影響を与えてしまうことを恐れた。


 —— こんなに近くにいるなんて……。


 思わず目を閉じた。閉じたまま歩いた。

 雨の音が、元に戻る。憂花はひとり、取り残されていた……。



 ***


 —— そう、私、そんな夢を……。


 憂花は瞳を閉じて、悲痛をにじませた表情のままあごを上へと向けた。—— きっと自分は今、哀れなオフィーリアのような顔をしているのだろうと想像しつつ、あくびをひとつした。

 頰に手を触れる。—— 顔も洗っていない。べとべとする。—— 身体がだるく、溶けるようだった。まだ熱があるのだろう。

 枕元に置いていたカップに口をつける。常温のスポーツドリンクが口内を潤して、べとべととしたなにかとともに食道を下っていった。—— 気持ちが悪い……。


 もう一度寝ようと照明を消す前に、憂花の目はときめき君の肖像画へと留まってしまった。

 心なしか、ときめき君が背景の葉桜から浮きあがって見える。


 —— え、なに……。


 顔の角度がわずかに変わった気がした。そして。——



「ねえ……」









 唖然として、声も出なかった。—— スポーツドリンクの甘さがのどの奥に貼りついて、憂花は口と目を開いたまま、吸い込まれるようにときめき君を凝視していた。


「ねえ……」


 その声は、憂花に語りかけていた。—— 学校で聞く留木とめき蓮実はすみ本人の声だ。


「ふふ、気づいたかな」


 ときめき君の肖像画は横顔のままだったが、その声はたしかに、目の前の彼から発せられたものだと憂花には思えた。


「僕……、ときめき君だよ」


 ときめき君ははにかんだ。—— 視覚からではなく、憂花は聴覚からそれを感じ取った。



「……ときめき君……?」

「ふふ、だからそうだって」

「なんで、どうして……、聞こえるの?」


「ファンタジーだからだよ」

「ファンタジー?」

「ファンタジーだったら、絵画がしゃべったっておかしくないでしょう」

「ファンタジー……」


 少したどたどしい声 —— それはまさに、憂花の思う留木蓮実のイメージに合致していた。彼女がじっさいに教室で聞く彼の口調となんら変わりがないように感じられた。

 そして、沈黙 —— ことばをつなぐあいだのゆったりとしたの取り方 —— 窓からの風が教室の空気を揺るがす、あの感覚……。


「ねえ」


 ぼうっとする憂花に、ときめき君は話を切り出した。


「さっきはびっくりさせちゃったよね……」


「……さっき、びっくり?」

「ふふ、無理もないよ。いきなりあんな夢を見させちゃったんだから」

「……夢? あ……、夢?」

「そう、夢」

「夢……、見させちゃった、って?」

「僕の夢だよ」

「あ……」


 ゆっくりと、ときめき君の言わんとしているところを理解する。


「つまり、私が見た夢は、ときめき君……、あなたが見せたものってこと?」

「ふふ」

「そうなのね……」

「君にふりむいてほしくって」

「え……」




 —— 君にふりむいてほしくって……、って。——




「ちょっと意地悪な夢だったよね」

「意地悪?」

「ほら、僕がその……」

「薄っぺらくなって、通り過ぎていったり……」

「それから、黙って傘を差し出して……」

「急にいなくなったり……」

「そう。でも……、君にふりむいてほしくて、さ……」


 そして、ときめき君ははにかんで言った。


「外側からだけなんて、苦しすぎる」




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