表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ときめき君のポートレイト  作者: 檸檬 絵郎
第一部 形成
15/44

死神ロミオ


 高校生による『ロミオとジュリエット』は、思わぬところで香織をうならせた。

 第五幕の冒頭、マンチュアの薬屋のシーン、—— ジュリエットの死という誤報が届き、恋するロミオは後追いを決意、その手立てとして薬屋に毒薬を求める —— そのシーンだった。


 —— このシーンが、肝なのかもしれない……。


 息をも忘れ、香織は芝居に見入っていた。



 ***


「貧しい薬屋がいたな。気味の悪い亀の甲羅こうらわに剥製はくせいを吊るし、寄りつく者のないみすぼらしい店先。不恰好ぶかっこうな魚かと思えば、それはせこけて死神のようになった哀れな店主のお姿だ」


 うろ覚えではあったが、原作戯曲をアレンジしているようだとわかる。


「このマンチュアの街で毒薬を売ることは禁じられている。売ればそいつの命はない。ところが、あの薬屋の店主……、売れば首を打たれて死ぬが売らねば身体がかわいて死ぬ、どちらもおなじことではないか。……ハムレットには、—— 生きる —— という選択肢があった。だからこそ復讐をためらったのだ。それを思えば、選択肢のないあの薬屋が毒を売ることは容易やすい……」


 ハムレットは、シェイクスピアの別の戯曲に登場する主人公の名だ。

 そしてこの後、薬屋が出る。


「毒を売れば、私の命がありません」

「死を恐れるか、それとも法度を恐れるか。街の法度はお前を守ってはくれないぞ」

「しかし……」


 ロミオは薬屋を壁際へと追いつめ、右の手をついて逃げ場をふさいだ。


「消えろ、消えろ、つかのともしび。人生は歩いている影だ、いかに拍手喝采を浴びようと舞台を降りればその魔力は解け、しだいにうわさすらされなくなる、みじめな俳優だ。—— そうだろ、薬屋 ——」

「は、あ……」


 —— チャリ。—— 音がして、薬屋の手へと黄金こがねが渡る。


 彼は慌てて薬棚から毒薬を持ち出し、ロミオに差し出した。

「これを、お好みの飲料に入れて飲ませれば、たちどころにその者の命を奪いますっ」


 ロミオはにやりとして毒薬を受け取ると、こう言った。


「ロミオは安眠(ねむり)を手に入れた、—— この不条理な夜のなかに ——。哀れな薬屋、毒を得たのはお前のほうだ」



 ***


 若い恋人たちの激情ロマンス —— 香織はそれを憂花に見せ、憂花自身のロマンスへと持ち込ませようと考えていた。—— 多少下手でもかまわない、元がいいのだから、高校生の芝居であっても劇的な感動要素は伝わるはず。—— もし不十分であれば、観劇後に自分が補足してもいい、むしろそのほうが、彼女を自分の思うように導いていける。—— そう考えていた。

 しかし、演劇部の高校生による『ロミオとジュリエット』は、香織の想定をはるかに超えていた。その作品は、若い恋人たちのロマンスと悲劇を通じ、不条理な運命と人間の持つ怖るべき性質を浮きあがらせていたのだった。—— それでいて、幕の後に登場したこの芝居の演出者だという女子生徒は、こう言った。


「恋によって浮かびあがる、愛すべき人間の奥深さ、おかしみを描きだしました」






例によって、セリフはアレンジしています。今回はアレンジの割合が多いです。

『ロミオとジュリエット』の他、同作者の『マクベス』のセリフもアレンジして入れています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



i415155


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ