死神ロミオ
高校生による『ロミオとジュリエット』は、思わぬところで香織をうならせた。
第五幕の冒頭、マンチュアの薬屋のシーン、—— ジュリエットの死という誤報が届き、恋するロミオは後追いを決意、その手立てとして薬屋に毒薬を求める —— そのシーンだった。
—— このシーンが、肝なのかもしれない……。
息をも忘れ、香織は芝居に見入っていた。
***
「貧しい薬屋がいたな。気味の悪い亀の甲羅や鰐の剥製を吊るし、寄りつく者のないみすぼらしい店先。不恰好な魚かと思えば、それは痩せこけて死神のようになった哀れな店主のお姿だ」
うろ覚えではあったが、原作戯曲をアレンジしているようだとわかる。
「このマンチュアの街で毒薬を売ることは禁じられている。売ればそいつの命はない。ところが、あの薬屋の店主……、売れば首を打たれて死ぬが売らねば身体が渇いて死ぬ、どちらもおなじことではないか。……ハムレットには、—— 生きる —— という選択肢があった。だからこそ復讐をためらったのだ。それを思えば、選択肢のないあの薬屋が毒を売ることは容易い……」
ハムレットは、シェイクスピアの別の戯曲に登場する主人公の名だ。
そしてこの後、薬屋が出る。
「毒を売れば、私の命がありません」
「死を恐れるか、それとも法度を恐れるか。街の法度はお前を守ってはくれないぞ」
「しかし……」
ロミオは薬屋を壁際へと追いつめ、右の手をついて逃げ場を塞いだ。
「消えろ、消えろ、束の間のともしび。人生は歩いている影だ、いかに拍手喝采を浴びようと舞台を降りればその魔力は解け、しだいに噂すらされなくなる、惨めな俳優だ。—— そうだろ、薬屋 ——」
「は、あ……」
—— チャリ。—— 音がして、薬屋の手へと黄金が渡る。
彼は慌てて薬棚から毒薬を持ち出し、ロミオに差し出した。
「これを、お好みの飲料に入れて飲ませれば、たちどころにその者の命を奪いますっ」
ロミオはにやりとして毒薬を受け取ると、こう言った。
「ロミオは安眠を手に入れた、—— この不条理な夜のなかに ——。哀れな薬屋、毒を得たのはお前のほうだ」
***
若い恋人たちの激情ロマンス —— 香織はそれを憂花に見せ、憂花自身のロマンスへと持ち込ませようと考えていた。—— 多少下手でもかまわない、元がいいのだから、高校生の芝居であっても劇的な感動要素は伝わるはず。—— もし不十分であれば、観劇後に自分が補足してもいい、むしろそのほうが、彼女を自分の思うように導いていける。—— そう考えていた。
しかし、演劇部の高校生による『ロミオとジュリエット』は、香織の想定をはるかに超えていた。その作品は、若い恋人たちのロマンスと悲劇を通じ、不条理な運命と人間の持つ怖るべき性質を浮きあがらせていたのだった。—— それでいて、幕の後に登場したこの芝居の演出者だという女子生徒は、こう言った。
「恋によって浮かびあがる、愛すべき人間の奥深さ、おかしみを描きだしました」
例によって、セリフはアレンジしています。今回はアレンジの割合が多いです。
『ロミオとジュリエット』の他、同作者の『マクベス』のセリフもアレンジして入れています。