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そうだ、ここにインキャ帝国を建てよう!~異世界で俺は陽キャ(勇者・魔王・異世界転生者etc…)をぶっ飛ばす!~

作者: 阿礼 泣素

ギリギリ2018年投稿!

 俺は分相応という言葉が好きだ。全ての人間は、歩を弁え、身の程を知り、分相応に生きるべきだ。決して身の丈に合わないことをするべきではない。そう、できないことを無理にしようとして失敗するくらいなら、初めからすべきではない。皆も一度は感じたことがあると思う。


 どうしてコイツが前に出ているんだ――ここはお前の出る幕じゃない、下がれ。だとか、お前無理してるんじゃないか、高校デビューってやつか――痛々しいぞ。だとか。暗に周りはやめておけって雰囲気なのに、その空気を読まずに行動し、後に辛酸を舐める思いをする――愚の骨頂である。


 無理をして無茶をして無謀なことをすれば、いずれ綻びは出てくるものだ。だからこそ、自分のキャパシティを超えることを実行すべきではない。無様で滑稽な醜態をさらすのは何より自分を傷つけることに他ならないからだ。傷つかないためには分相応に生きることが賢い生き方だと言えるだろう。


 だから俺は、身の丈に合わせて、真面目な学級委員等に徹して生きている。寡黙で冷静沈着、少々の事には動じない――常にクールなキャラクターだ。顔色一つ変えることなく、授業に集中している。


「でさー。昨日の話だけどさー」


 目の前で授業中にも関わらず、談笑を続ける、愚かな人間もまた分相応に生きている。学校の勉強についてゆけずに将来ドロップアウトする筆頭である。このような輩は、こうして授業を我が物顔で無視し、周りに迷惑をかけ続ける唾棄すべき存在である。こう言った、所謂身勝手な不良生徒と、真面目が服を着て歩いている俺とでは軋轢が生じるのは必然である。


 しかし、向こうは迷惑をかけていることも、俺がこうして心の内でこの不良生徒を憎悪していることも露も気にすることはない。まったく不公平な世界だと思う。アイツらは自分たちの事しか考えてはいないのだ。それは偏見だという意見は一切受け付けない。こう言うタイプの人間が活躍できるのは、せいぜい公立中学までだと断言しておこう。


 俺、星筵ほしむれ 刀偉とういはこの事実に中学二年生のころに気が付いた。世の中の理を探すのが俺の道楽の一つだ。この世には不変の真理と呼ばれるような絶対的な法則が存在する。(と思っている。)この盛者必衰ならぬ不埒者必落もまたこの世の理なのだ。


「ほんまそれな。マジまんじ~」


 ああ、またか、と俺は嘆息する。俺が休み時間離籍している間に、輩たちは俺の席に一切の断りなく座っている。俺が所有権を有する唯一の場所、それさえも侵害されてしまったときのやるせなさは如何ともしがたい。俺は少し早かったが、昼休み後の掃除に向けて、清掃場所である会議室へ足を運ぶことにした。スクールカーストに従って生きる世界なんて、憤懣やるかたないのは山々だがこれもまた必然、世の理である。だからこそ、俺はそのスクールカーストに従って、さらに下の者を虐げる。


「うぐッ! やめッ!」


 運動も勉強も、芸術も果ては人間関係にいたるまで、何をやっても全くダメな奴、そんな奴がクラスに一人はいるだろう。俺はそのカースト最底辺を蹂躙して溜まったストレスを解消している。俺は、学級委員、八方美人いつでも真面目でいなければいけない。その体裁は生きているだけで不自由だ。だからこそこうして陰で悪いことをさせてもらう。これも世の常だ。もちろん弱いものいじめはあってはならないことは、頭で分かっている。だが、それを超える不条理がこの世を跋扈している。どいつもこいつも俺が優等生であることを期待し、俺の模範生としての行動を切望している。


――俺は心無いロボットじゃねえ!


 だからこそ、この山村には悪いが、こうして俺のストレスのはけ口になってもらっている。きっと多くの人間には、俺が友達の少ないこの山村に声を掛ける優しい生徒のように映っているだろうが、俺はそんなお人よしではない。山村は俺の道具の一つにすぎない。


「おいおいおい。そんなに怒ってもどうしようもないぞ」


 小柄な体の山村は、俺にみぞおちを殴られて反抗する。しかし、結局俺が羽交い絞めにすると俺の力に屈服し、なす術がなくなる。この力で服従させる快感がまたクセになってやめられないのだ。この中学三年の受験が迫った学年になって、俺の精神負荷はより一層増している。今日はこの辺にしておこうと思った矢先、俺の目に会議室の横の資材室のプレートが目に入った。


 今までずっとそれはそこにあったはずだったのに、今日はなぜかその資材室という言葉がはっきりとして見えた。前に一度興味本位で入ろうとしたが、鍵が閉まっていて入れなかったことを思い出した俺。その閉ざされているであろう扉に手をかけると……


「あれ、開いてるじゃん」


 誰かが鍵を閉め忘れたのか、鍵は開いていた。このような場合、多くの人間が何か運命めいたものを感じるのと同じように、俺も何かに導かれるような感覚に襲われていた。


「この俺が、選ばれたのか……」


 そうある種の胸の高鳴りを感じながらゆっくりと中に入る。部屋は埃っぽくて空気が淀んでいる気がした。部屋は余った教科書やいらなくなった本が山積みにされていて、資材室としての機能を十分に果たしていた。黒板の前に、一つパソコンが置かれているのが目に入った。


 今度からここで時間を潰そうという名案が頭をよぎる。学校と言う雑多な人間が同居する空間は気疲れするし、息苦しい。


「このパソコンは……」


 そう言いながら俺は電源のボタンに手を触れた。


――その瞬間だった。


「え……あ……」


 突然、俺の体がパソコンの方に傾いた。


――俺はあろうことか、パソコンの画面に吸い込まれてしまった。


 俺はいたって冷静に考える。考えられる選択肢は二つ。


一つ、不思議の国のアリスよろしく俺は不思議の世界に埋没してしまう。


二つ、俺は死んで、現世の罪から地獄に落とされた。


 すぐに浮かんだ選択肢だったこともあるが、どちらも突拍子もないものだ。それだけ奇天烈な出来事に巻き込まれている、そう考えると納得できた。



 あーあ、一回世の中を騒がしてみたかったな。つまんねー人生だった。真面目に必死に真摯に、将来への投資の途中だったのにな。あの不良たちに、一杯食わせるようなことしたかったな。



 真っ暗な世界の中、俺は沈思黙考する。



 俺はこの世の中を憂いていた。どうして世界はこんなにも不均衡なのだろう。この俺のような真面目な人間ばかりなら、授業中もこんな思いをせずに済むのに。不真面目な生徒を、一切残らず駆逐することができればいいのに。騒がしいだけの能無しを、一掃できれば良いのに。目障りなあいつらを消すことができれば、俺たちの社会の安寧秩序は保証される。他の人はどう思っていたのだろう。あいつらさえいなくなれば、学校もきっと過ごしやすくなっていただろうに。


 考えれば考えるほど、俺はあの時、俺の席に座っていた奴のことを恨めしく思う。あの時、あいつが俺の席に座っていたらこんなことにはならなかったんだ。そもそも、普段からあいつらの態度が気に入らないんだ。自分たちが中心だと勘違いしている、そんなことないのに、みんな諦めて注意していないだけなのに。つけあがるなよ、思い上がるなよ、図に乗るなよ。



 暗い世界で陰鬱な思考が俺を支配する。



 そもそも俺は、身分相応は好きだが、やはりそこに不満を感じないわけではない。できることならそんな枠、ぶっ壊してやりたい。そんな思いで毎日生きていた。そうだ、俺はあいつら、今時の言葉で言えば、《陽キャ》(スクールカースト上位の人間を意味する)、奴らを滅ぼしたかった。


――それでは、その憎しみの力、帝国の力に利用させてもらおう。


 どこからともなく声が聞こえる。俺は、考える暇もなく答えた。


「俺は、やってやる。だから、もう一度チャンスをくれ!」


 自分のことを棚に上げていることは十分承知している。自分もあの山村からしたら厭悪の対象であることは分かっていた。


 だけど、でも!


 俺はあの秩序の紊乱を巻き起こす奴らが憎い! もしもチャンスがあるなら俺はやって見せる!


――その思い、しかと受け取った。


 その声を聞き終えるか終えないかと言うところで俺の視界はクリアになる。


 元の世界に戻ったのかと安堵した俺だったが、


刀偉とういさん。指示を」


 俺は一瞬にして帝国主になっていた。も一度言う、俺は一瞬にして帝国主になっていた。なぜか俺は、帝国の主になって玉座に腰を下ろしていた。


「前帝王からお聞きになっていると思いますが、ここはあなた様の帝国です。何なりと思申し付け下さい」


 瑞ぼらしい姿の男はそう言いながら俺の前に跪いていた。


「俺が、帝王……」


 まるで訳が分からない。俺は中学校で掃除をするはずだったんだ。ちょっとした気の迷いでこっそり資材室に入っただけなんだ。


――いや、待てよ。


 ひょっとすると、これは最近アニメで見た異世界転生と呼ばれる奴の類ではないのか。死んだわけじゃないので、正確には異世界転移か? なんにせよ、毎夜、学習塾から帰ったらアニメを見るのが唯一の楽しみである俺には、この展開を受け入れるだけの余裕があった。


「なるほど、そう考えると、合点がいく」


 ぶつぶつと独り言を唱える俺、目の前の男は依然として何一つ文句も言わずに俺の回答を待っている様子だった。


「一つ、質問させてもらうが、ここは何と言う場所なのだ」


 少し、偉そうに俺様、刀偉様は言った。おっと、俺ではなく、俺様になっているじゃないか。これは失敬。


「ここは……」



――インキャ帝国でございます。



 インキャ帝国? インカ帝国という言葉は歴史の授業で聞いたことがあった。もしや俺はタイムスリップしてしまったのだろうか。


「インカ帝国?」


「いいえ、インキャ帝国でございます」


 どうやら俺の聞き間違えではなかったようだ。もしかしたらこれは本来あり得なかったインカ帝国のイフストーリーってやつなのかもしれない。何はともあれ、俺は一国の王となったわけだ。ただの学級委員から大出世したものだ。


「とりあえず、いくつか質問に答えてほしい」


 日本語がうまく通じているうちにこの世界の事情について学んでおきたい。いくつか質問する中で俺は今自分が置かれている状況について把握することができた。

この国の人々は帝国主の言うことには絶対服従という絶対王政に似た政治体系をとっている国家であり、この俺の一存でこの国の明日が左右されるらしい。前の帝王は突如姿を消し、俺が来ることだけが約束されていたらしい。なんとも不思議な話である。


 そして、俺の言うことが絶対と言うことで国民一千人は俺の言うことを全て聞き入れるのだという。


 問題の地理関係は俺の最初の予想は的中し、インカ帝国とは微塵も関係のない帝国が築かれていた。隣国とは友好な関係にあるようで、戦争などのややこしそうなことも考えなくてよさそうだった。(領地を増やそうと思うなら戦闘は避けられないだろうが)


 異世界転生者には決まってチート能力、ハイアビリティ、高ステータスが付与されるものだが、俺はそんなことはないようだった。


 その代わりの帝国か……


 こんなことなら、帝国支配モノの小説を読んで勉強しておくべきだったな。という後悔をしつつ、これからの方策を思案する。


 ふと、俺はこの世界に来る時に聞いた声を思い出す。「それでは、その憎しみの力、帝国の力に利用させてもらおう」確かに声の主はそう言っていた。俺の憎しみの力、それこそがカギなのだ。


 俺の憎しみ、つまりは、《陽キャ》への恨みつらみ、不平不満、憤懣の全てをぶつけるべきなんだ。


「おし! 決めた! 勇者討伐しよう!」


 インキャ帝国、二代目皇帝、星筵刀偉は声高らかに宣言する。


 まずは手始めに勇者を打倒する!



俺は生徒会長が嫌いだ。「私が生徒会会長になった暁には、この学校を素晴らしい学校にしてみせます」なんて言う歯が浮くようなおべんちゃら、良く言えたものだと思う。本当に学校を変えたいなんて思っている人間は、世の中の生徒会長の中に何人いるだろうか。実際のところ、俺は一人もいないと思う。どうせ、口先だけで結局は自分のことしか考えていない。俺はそんな綺麗ごとを平気で吐くような生徒会長が嫌いだ。


 そんでもって、俺はこの世界でもその生徒会長に似た人物を発見する。それは……



――勇者だ。



「俺はこの町を守りたい」


 そんな恥ずかしいセリフを面と向かって言われると、言われたこちらが面映ゆい思いになる。奴らはそんなクリーンな思いで世界を救おうと本当に思っているのだろうか。自分が選ばれた人間だと言う優越感で戦ってはいないだろうか。この世に自分にしかできないなんてことはない、これも不変の真理の一つだ。巧緻な職人技だって、練習し才能を磨き、努力を重ねれば、きっと到達できる。きっとその人の代わりなんて案外いるものですぐに替えが利くものだ。


 だから、そんな思い上がった考え、今すぐ捨て去ってほしい。俺はこの世界に来て目障りな奴を片っ端から潰すことにした。それが、きっと俺が生きる唯一の理由だから。それが、きっと俺がここに存在する意味だから。


 なんて少々恰好をつけてみたが、正直なところ気に食わない奴は滅ばしたいという、ただそれだけの理由だ。


 向こうの世界では色々な枷があった。きっと元の世界で俺が問題行動を起こせば、こんな真面目な子がこんなことするなんて! きっとそう言うことを言われたに違いない。だから隠れてこそこそと悪いことをするしかなかった。


――だが、今は違う。


 堂々と、やりたいことをやれる。なんて良い人生なんだ。異世界転生者は現世で不満を持った者がその不満を晴らすために転生していることが多いと言うことは知っていたが、いざ自分がその立場に立ってみると、やはり爽快である。


「この中に、剣の腕が立つものは?」


 そう言って俺は国民たちに問いかける。だがしかし、この千の民の中には剣士はいなかった。


「それでは、魔法が使えるものは?」


 すると、どうだろう。ほとんどの民たちが挙手している。その上、


「私は上位の闇魔法が使えます!」


「私は一子相伝の闇魔法を伝えてもらっています!」


 と言った具合である。さすがインキャ帝国、魔法使いの割合が多く、しかもその多くが闇魔法使用者。いかに暗きを好み、闇に生きる民であるかと言うことが改めて感じた。


「本日より、勇者討伐部隊を編成する。腕に自信のあるものは宮殿前に集合せよ」


 俺はそう言って、選りすぐりの部隊を作ろうと画策する。そして、俺の思惑通り、あっという間に勇者討伐に適任のメンバーが決定した。



「ガイエル・ギリダラス、お前は《煉獄》」


「サラサ・ファンデルフォンは《灼炎》」


「グラド・アカマイト、君は《赫々》」


 どうだい、俺の付けた二つ名は。カッコ良くないか?


 それはさておき、俺はこの三人を勇者打倒に向けて指導した。ただ一つの俺が信じる方法。勇者を倒すたった一つの冴えたやり方。俺は大部隊を指揮した経験なんてもちろんない。だからこそ少数精鋭、俺が信頼する仲間たち三人を選んだ。この世には巨大化は負けフラグという理が存在する。だいたい大勢でかかったり、巨大化したりすると、それはたちまち失敗に終わる。


 俺はそんなお話の常識を知っていたので、あえて三人にしぼったのだ。


「星筵刀偉様、私たちはどのようにすれば……」


 なんてCPUみたいなことを言ってきたので、俺はその口調もどうにかするように《煉獄》、《灼炎》、《赫々》に叱咤した。


 俺がしたのは彼らの口調を直したことと、彼らに唯一絶対の戦法を伝授した。


――ただ、それだけだった。


「うぐっ……不覚」


 腰に大仰な装飾の剣を携えた勇者は、悔しそうに膝を立てながら言った。表情は曇り、まるで苦虫をかみつぶしたかのような顔をしている。


「ラインハルト、私……もうだめかもしれない」


 隣にいた回復薬の女性もどうやらもう命は長くないといったような様相で、彼女もまた隣の男性のように歯を食いしばっているものの惨憺たる状況を認めたくない様子だ。


「俺はまだ……やれる」


 大柄な体躯の男は手にしたハンマーにもたれかかるようにして辛うじて両の足を地に付けてふんばっている。だがしかし、瞳は虚ろで彼の目はもう見えていない。失明の原因は、極度の疲労に加え、俺たちの策にまんまと嵌ってしまったことによる。


「ごめん、みんな……あたしもう……」


 短髪でボーイッシュな雰囲気の女性は最期の最期に微かな声で弱音を漏らす。その目には大粒の涙が浮かぶ。


――つまるところの、勇者パーティの全滅する姿が、俺の眼前に広がっていた。


「ははっ! 俺は勝ったぞ! 勝ったんだ!」


 人の不幸は蜜の味という言葉があるように、やはり俺は人が不幸になっている姿を見るのが好きだ。


 人が怒られている姿を見ると、ざまあみろと思う。人が失敗するのを見ると、心で笑ってしまう。人が泣いているのを見て、愚かだなあと思う。


笑顔が素敵な女性が良いだなんていう人がいるけれど、俺は女性の泣き顔こそが美しいと思う。美しい女性の泣き顔こそ至高なのだ!


と、話はそれたが、俺はもう一度勇者ラインハルトの方をスコープ越しに見遣る。


「えっと、ここで勇者特有の覚醒シーンがあるから、それを発動させないように、もう一発撃って確実に殺してっと」


 無機質に、機械的に、俺は作戦通りに勇者を死に追いやっていく。そこに慈悲はない。同情すれば、きっと後で自分に大きな仕返しが帰って来る。俺は歴史の授業で習った、幼かった源頼朝を殺さなかったことで、平氏が滅ぼされたことを思い出していた。そうだ、きっと後で手痛いしっぺ返しがくると言うことが世の常だ。


――だからこそ、俺はズドンと頭を打ち抜いた。


あっという間に勇者とその一行は息の根を止められた。ここで俺は確信する。ここは勇者が牛耳る世界ではない――鬼が島の鬼が牛耳る世界なんだ、と。


「俺たちは清浄なる世を作る! そうだ! 清浄なる世界の為に!」



 これ一回言ってみたかったんだよな、と思いながら俺は叫ぶ。



「そうだ! これが俺たちの陰キャ戦法だ!」



 勇者との戦いの前に俺は三人にある戦法を伝えた。


「絶対に奴らに近づくな。少しずつでいい、遠くからじわじわと泥臭く攻撃するんだ」


 そう、これこそが陰キャ戦法の神髄である。ただこれだけのノウハウを彼らに伝え四方から勇者パーティを襲撃した。


 そしてめでたく作戦は成功を収めた。


「俺たちの勝利だ!」


 俺たちは勇者御一行様を殲滅することに成功した。なんて呆気ないんだろう。変身中に攻撃するのはマナー違反だとか、名乗ってから攻撃だとか、そう言う美学が日本には存在しているが、そんな下らない悪習、知ったことか!


 俺たちは毒入りの矢、体力・魔力衰弱呪文、ステータス低下術と言った攻撃を駆使して圧倒した。さらに、それら全てが気配を消して遂行されたため、俺たちの姿を捉えることなく、勇者の御一行様はくたばったのだ。ざまあみろだ!


「《煉獄》、貴様の醜悪な暗黒矢(ゲルインニカ)見事だった」


「はっはっは。俺もあいつら気に食わなかったんで」


 《煉獄》は赤髪をかき上げながら豪快に笑みを浮かべる。


「《灼炎》、奪殺の吸急死バキュームレダクターゼも素晴らしいものだった」


「次はもっと華麗に決めますよ」


 《灼炎》は今回の結果に不満だったようだが、含羞の色を浮かべる姿があった。


「最後に《赫々》、凡弱の不可能性(リダイレクトアッシュ)にも助けられたぞ」


「刀偉さん! 次は何を倒すんですか」


 次の獲物を見定める様に、虎視眈々とした目をギラつかせる《赫々》。



「そうだなー。次なる俺たちの目標は……」


――異世界転生者だ!





 人生をやり直そうだなんて虫のいい話、あるはずがない。自分が犯した罪は戻らないし、同時に自分が無為に過ごした時間だって戻らない。それは異世界と言うユートピアに転生しようとも同じことである。


 なにより、三つ子の魂百まで、異世界に転生したって性根が変わることはない。内向的なものが異世界で活躍できる? 笑わせるぜ!


 そんな考え捨て去れ! 現実で賢いものはこっちでも賢いし、向こうで意地悪だった奴はこっちでも意地悪なんだ。


 だからこうして俺は甘い蜜をすする権利が他の者に与えられないようにしようとしている。異世界でセカンドライフを謳歌しようなんて甘い! 甘すぎる!


「そんなふざけた惰弱な考えは、通用しないことを教えてやろう」


 スローライフ? チート無双? ハーレム生活? そんなの全部一瞬のうちに無に帰して、水泡に帰して、灰燼に帰すことにしてやる。


「うぐっ……ぐっ……」


 今俺は、刃物で異世界転生者の胸元を刺殺しようとしている。ハイステータスで転生した凡人。――こいつらは、現世で活躍できずにトラックに轢かれたり、通り魔に刺された奴だ。


「だから、もう一度殺しても、問題ないよな!」


 面食らった様子でその場に倒れこむ転生者。まさか、またこんな目に遭うなんて思いもしなかっただろうな!


「何っ!」


 あと一息で心臓部まで貫けると思った矢先、奴の胸部から謎の光が発せられる。その時俺は、刺したはずの胸の傷が癒え始めているのに気が付いた。


「しまった! チート能力か!」


 ――《煉獄》やれ!


「無抵抗の人間を焼き殺すのは気が引けるが……」


――《炎嵐アグニカ


 俺は身を翻して《煉獄》の魔法により、奴が炎の渦に包まれて焼け焦げる様を見届けようとした。


「なっ!」


 瞬く間に辺りの炎が何かに吸い込まれてゆく形で消火される。またもチート能力の佑助で、炎魔法が無効化されてしまったようだ。


「魔法も物理もダメなら……」


――《灼炎》!《赫々》!


「まったく……無茶な要望だった……」


「全魔力を集中させる!」


 俺はこの程度、想定の範囲内だった。だからこそ、圧倒的物理攻撃、圧倒的魔力で異世界転生者を蹂躙する準備も整えていた。


「トラック通りまーす!」


 《灼炎》は奴をトラックで撥ねた後、頭蓋を見事にその大きなタイヤで踏みつぶした。ゴリッと氷の塊を砕くような音がしたと思ったら、その周りには血しぶきが飛び散っていた。


「はい火葬!」


 《赫々》はすかさず《大炎天往生弾》《サンダルフレイア》で焼却処分しようと、巨大な火球で奴を覆いつくす。


「悪いな……この世界は俺の天下だ!」


 カッコ良く決め台詞を決めたところで、新しく現れた闖入者は灰となった。


「さて、次は魔王討伐といきますかー!」


 鷹揚とした態度で俺は次の目標を声にする。自分の気に入らないものを排斥することができる世界、なんと素晴らしいんだ!


「さあ! 《煉獄》、《灼炎》、《赫々》、俺に続け!」


……え?


 俺の胸から湧き出る真っ赤な血汐。俺は脳内で理解できずに、ただその綺麗な赤が流れるのに見惚れていた。


「どうして……こんなことに……」


 体からどんどん力が抜けて行くのが分かる。目の前で《煉獄》、《灼炎》、


《赫々》が俺の仇討ちを試みようとするも無惨にも倒れてゆく。俺はその姿をただじっと見ていることしかできなかかった。


「どうして……お前がここにいるんだよ……」


――山村。


 紛れもない、俺が今まで残虐非道の限りを尽くしたあの山村だ。


「待て! 待つんだ!」


 そう言って必死に山村を説得しようとする俺。自分でみっともない姿だと分かっていても口から勝手に言葉が紡がれる。自動的に、本能が、命乞いをしている。


 俺はまだ死にたくない。


 こんなところで終われない。


 でもこれも因果応報。


 そんなことを少し思うと同時に、俺は思い出した。


「その憎しみの力、帝国の力に利用させてもらおう」


 この世界では憎しみの大きさこそが力そのものだ。この世界で好き放題してきた俺にもはや憎しみの力は残っていない。そこに残るのは、安直な快楽のみだ。


――力の差は歴然だった。


 俺が《陽キャ》への恨みつらみ、不平不満、憤懣の全てをぶつけてきたように、山村もまた俺への恨みをぶつけているんだ。


 山村は俺に対して闇をぶつけてきた。それは重くそして辛く俺にのしかかる。俺は意識があるままにその闇に圧迫され苦悩を与えられ続けた。


「こ、ろ……せ……」


 声にならない声で山村に訴えかける俺。しかし一向にその闇が収まる気配はなく、山村が感じてきた心の傷を凝縮して、それを俺に刻み付けているようだった。


「…………」


 山村の口角が少し上がったような気がした。その時にはすでに俺の意識はなくなっており、筋肉、骨、体のパーツ全てがプレス機で圧縮されたようにぺしゃんこになり果てていた。




つまり、俺の魂はもうそこにはない。


俺の帝国はそこで湮晦いんかいした。




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