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「あぁら、そんな大変なことになるなんて…エウサラちゃん、無事でよかったわネェ…」
「よかったわネェ…じゃないニャ!
あんなケダモノにエウサラちゃんが穢されるコトになったらどーするつもりだったニャ!
ほら、エウサラちゃんも黙ってないでしゃざいとばいしょーよーきゅーニャ!」
「いやテトさん、本当に何事も無かったんだし、ちょっと…」
「襲われた本人がそんなんじゃダメにゃ!乙女のピンチだったんだからニャ!」
テトさんがフーと唸る。
ターヤさんに食って掛かるテトさんの勢いは止まらない。
回りを見て助けを請うにも、ノアはいつもようにニコニコしているだけ。
オリバーさんはやれやれとそっぽを向いて、ちびちびとタケノコを齧っている。
…こういう場では頼りにならないのね…。
私達は『黒の羽亭』に依頼の品を届けた後、再度夕食の為集まっていた。
「そう言われても、私は食材収集依頼を出しただけなのよネェ…」
ターヤさんの弁はもっともだ。タッピオの森には普段、エイリアン達は住み着いていない。
私達がそれに遭遇したのは通常あり得ない事なのだ。
彼女に文句を言うのはおカド違いというものだろう。
「まぁエイリアン討伐の追加報酬はギルドの方から入ると思うケドォ…
そうネェ、せっかくだから私からも追加報酬、あげるわネェ」
ぶー垂れるテトさんをいなす様に、ターヤさんはゆったりと厨房へ引っ込み、
すぐさま盆に黄金色の美しい造形の菓子を乗せて戻ってきた。
それを見てテトさんの様子は一転。目を輝かせ、尻尾がピンと立っている。
「はい、今日採って来てくれたボールマロンで作った特製モンブラン。
…テトはこれが欲しかったんでしょォ?」
「さっすがターヤ姉!よっく解ってるじゃニャいの!
…ほら、エウサラちゃんも食べるニャ!シメは甘い物と相場が決まってるニャ!」
目の前に置かれたそれから漂う芳醇な芳香が鼻腔をくすぐる。
そういえば、匂いや味は記憶を呼び起こすのに効果があると聞いたことがある気がする。
勧められるがまま、皿に添えられたフォークで小さな山のような形のそれを崩し、口へ運ぶ。
舌の上で上品な甘さがとろけ、滑らかに広がり、再び甘やかな香りが緩やかに鼻から抜けてゆく…
…薄々そんな気はしていたけれど、今、これで確信した。
私がこの星で口にした食べ物はどれも、元居た星で食べた物より上に違いないという事に。
記憶の助け、という意味では上書きされてしまって全く助けにならないのだけれど、
それ以上にステキな味が上書きされてゆくならこれ以上の幸せはないんじゃないのコレ?
っていうかそんな小難しい事どうでもいいわよ美味しいという前にはすべて些細な事よね?
考えを巡らせつつも、最終的に唯一無二のシンプルな結論にたどり着き、顔がほころぶ。
「あぁら、イイ顔してくれるじゃない!
他の星からくるエイリアンも
エウサラちゃんみたいな可愛いコばかりだったら何も問題ないのにネェ?」
「あ、あははは…は…?」
照れ笑いを返しながら、ふと引っかかる所に気が付いた。
『エイリアンが他の星から来る』と、彼女は確かに言ったのだ。
しかし、私が聞いたエイリアンの素性は…
察したのか、ノアは私に耳うちする。
「…エウサラ、後で説明するよ。」
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夕食後自室へ戻った途端、ドッと体に疲れが襲ってきた。
食事前にもシャワーを浴びに戻り、仮眠を取ってはいたが、
流石に今日一日の疲れが消えるほどではなかった。
何とか着替えと歯磨きを済ませ、ベッドへ倒れ込む。
そのまま私は目を瞑り、深い眠りの中へ落ちて行った…
………
……
…
――…おーい。
――…おーい、エウサラー?お疲れの所悪いけど…
「…え?ノア?…」
上半身を起こすと、私はノアと見た記録映像の丘に寝転んでいた。
ノアは側に屈みこんで、こちらを覗いている。
「…答えてくれたね。お疲れの所悪いけど、また昔話に付き合ってくれるかな?」
「ノア、この場所って…?」
「君が直してくれたプロジェクターの映像だね。
ここは君の表層意識…
つまり君の夢の浅いところに、遠隔テレパスでアクセスさせてもらってるんだ。
どうやら、お互い共有できるイメージが構築されてこの場所になったんだろう。」
先程眠りについたばかりなのに体の疲れが感じない…
というよりも、体全体の感覚がふんわりと、おぼろげだ。
手に触れる草花や風も、触覚が曖昧で全体的にモヤッとしている。
成程、夢の中というのは何となく理解できた。
そして、理解できたと同時に、夢にアクセス可能な事に対する不安が顔に出た。
彼はそれをすぐに察してくれたのか、私の不安を否定する。
「ああ、大丈夫。基本的には君の許可が無ければアクセスできないよ。
最初に僕が呼びかけていただろ?
アレに対しての反応次第で映像付きになったり、声だけのやり取りになったり、通話拒否だったり…
特に意識せずとも君自身の都合の良い状態になるはずだ。
プライバシーに関わる様なことは出来ないので安心してくれ。」
それを聞いてほっと胸をなでおろす。
そしてわざわざ夢の中にまで来て伝える事というと…
食事中会話を思い出し、思い当たった事を口にする。
「…もしかして、エイリアンに関しての話…?」
「うん、それも含めて、かな。
以前も話した通り、3000年前にこの星の管理システム…
僕がデータクラッシュを起こしてシステム不全になったことは覚えてるよね?」
私はコクリと頷き、膝を胸元に抱き寄せ座りなおす。
「…うん、その時まで、コミュニケーションを取る事のできない動物たち…
一部の昆虫や、今日出合ったエイリアンと呼ばれる配合未熟児達は
隔離こそされてはいたけど、僕の管理下で平穏に暮らしていたんだ。
いつかお互いの理解を持って暮らせる日を夢見て…」
「未熟児を…全て?」
「そうだね。全て保護し、データも記録していた。」
…成程。彼はずっとEDENに住む健全な住人達だけではなく、
まともな生活すら怪しい者すらも全て生かし続けていた、と…
「だが、3000年前のシステム不全時に隔離棟も機能を停止。
その際に逃げ出した彼らによって、この星は大混乱に陥った。
住民たちは意思の疎通の取れない生き物は初めてだ。多くの人たちが…犠牲になった。
…皮肉にも、そのおかげで不要なデータが多く生まれて、
リカバリーは想定の半分の日数で済んだんだけどね。」
自嘲気味な笑みを浮かべ、そう吐き捨てる彼の表情は曇っていた。
私が最初に受けた生命再生技術を思えば、EDENでは『生命は死ににくく、増えるのみ』。
3000年前の大事件は繁栄しすぎた事と、彼が多くの物を見捨てられなかったが故、起こった事件なのである。
「…さて、なんとか機能を取り戻したけど、僕は困った。
この混乱を起こしたのは配合失敗による未熟児達だが、彼らは元はといえば僕らの仲間だ。
共通のコミュニケーション手段こそ無いが、遺伝子的に見ればほとんど住民たちと違いは無い。
しかし思い悩んでいればいつまでも被害が続く…
そこで、僕は決断した。彼らには悪いが切り捨てるしかない。
彼らを異星からの侵略者『エイリアン』とうそぶいて討伐の口実を作った…
…本当は仲間だった、という事実を隠して、ね。」
「そっか…辛かったね…。」
「…大丈夫。
既に彼らのデータは無くしていたから、辛くは…なかったさ。」
ずっと捨てることが出来なかった彼だ。
その決断は身を引き裂かれる思いだった事は想像に難くない。
しかし彼は曇る表情を作り笑いで塗りつぶし、
努めて明るい口調で話の続きを紡いだ。
「兎に角そんなわけで、僕の急場しのぎの嘘から、
一般的には彼らは異星からの侵略者『エイリアン』として扱われるようになった…と。
公共保全ギルドが出来たのもその時だね。
今は事実もある程度認知されてるけど、異星からの侵略者だと論ずる勢力も結構多いんだ。
事実を主張しても無駄な議論が起こることも多いから、近頃は下手に強く主張しない感じだね。
以上、なんでエイリアンに対しての別々の解釈が存在していたのかでした…っと。」
…根の深い問題だ。3000年前の管理システムダウン…
この事件がEDENに多くの問題を起こし、今も解決されないままに残っている。
でも、今まで通りギルドの仕事をこなすことが、
その大きな問題を少しでも解決に向かわせるのかもしれないと思うと、気が引き締まった。
「…ところでエウサラ、話は変わるけど…
ちょっとこれを直してみてくれないかい?」
そう言って、ノアは四角い携帯端末の様なものを差し出した。
「直すって…何も道具は無いけど?」
「ああ、ここは夢の中だから必要な物は思い描けばすぐ出てくるよ。」
…そういえばここ、夢の中だっけ…
手渡された携帯端末を裏返し、外装を取り外す。
メイン回路の数カ所が切断されていて、部品も欠落している。
私は回路を繋ぎなおし、欠落していた部品を取り付け、外装を戻す。
修理時間に5分とかからない、簡単な故障だ。
終わった旨を伝え、私は端末を手渡した。
「…いや、本当に君は凄いな…
今、さも当たり前のようにこれを直してくれたけど、
この星の習熟したエンジニアでも30分はかかる物だったんだけどね…?
やっぱり君は天才エンジニアに違いない!」
ノアは目を丸くしてその様子に驚いていた。
驚く様子に対し、うーんと唸る私。いまいち凄さがピンと来ない。
「…でも、夢の中だし参考になるの?」
「夢の中だからこそさ!君の直した箇所は完璧だよ。
複雑な回路や部品配置等が全部君の脳内で再現され、機能を的確に把握している証明だからね。」
ノアは端末の電源を入れ、それが正常に動作していることに感動している。
一通りその端末を弄り通した後、真剣な面持ちで振り返り、口を開いた。
「…うん、良く分かった。
明日、頼みたいことがある。
ちょっと遠征になるけど、ついて来てほしいんだ。」