表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノアの方舟に揺られて  作者: オイカワ ヨシヒト
7/15

7

…緑の丘から、蒼い山々の稜線が連なる。

ここは…この前ノアと見た記録映像の風景、か。

私は体全体を広げ、清涼な風をいっぱいに受け止める。

…信じられない。もう、風景がこの世に存在しないなんて…


――…エウサラ、ここにいたのか。…本当に好きなんだね、この場所。


誰かの呼びかける声がする。

振り向いてみてもその顔は霧がかかったようにぼやけて、はっきりしない。

でも、なにか悲しそうな雰囲気は読み取れる。どうしたのだろう?


――エウサラ、来てくれ。君の技術が必要だ。


鬼気迫る感覚。彼は必至だ。

これは今、私が雰囲気を読み取ってる訳ではなく、

この時の私の感情だろうか?


――この星は、もう駄目かもしれない。


私は理解しかねている。

そのような感情が今の私に流れて来た。

だが、今の私は確信している。

彼の言っていることは真実なのだ、と…


----------------------------------------


「…うーん」


ティースプーンをぐるぐる回し、唸る私。

そんな様子の私に気が付いたのか、見慣れた猫耳の女性が私に挨拶をする。


「エウサラちゃんやっほ!朝からムツカシイ顔してどーしたのかにゃ?」


「あ、テトさんおはようございます。…実はちょっと、朝の夢が…」


オープンカフェ「Alice's Tea Party」。

あれから一週間ほど。以前シベールさんと話した時以降、

私の朝食はここで取る事が日課となっていた。

ここで朝食を取る知り合いが多く、顔を合わせることも多いのも理由の一つだ。


「ふーん?エウサラちゃんの記憶か、

 こっちに来て見た記憶の夢なのか判断がつかにゃい、と…」


…そうなのだ。今朝見た夢はノアと一緒に見た記録映像から

インスピレーションを得て作り出された疑いが強い。

ノアの話では、私は漂流していたとしても最長で300年程。

8000年以上前の『母なる星』に居るはずが無いのだ。

実はあれから一週間経っているにも関わらず、私の身の上に関する記憶は殆ど戻っていない。

その事から来る焦りから、ありもしない記憶を捏造してしまったのだろうか…?


「うーん、あたしはよくわかんにゃいけどにぇー。記憶喪失なんてなったことないし。

 それにあたしは過去を気にしない!過去より今にゃ!」


話こそ聞いてくれているが、テトさんは興味なさげ。

もっとも、彼女はいつもこんな感じ。

細かいことは気にしない。常に前向きのポジティブシンキングである。


「それより!ローチあらかた駆除してネズミ戻って来るってのにさ!

 今度の交渉役上手くやりすぎて地下のネズミ統制取れ過ぎてるじゃにゃいの!

 聞いて無いわよあんなの!にゃんなのあの甲高い声のアイツ!

 『ボクに任せればこんなものさ!ハハッ!』じゃにゃいわよ耳障りなのよあの声ェ!」


…そう。この一週間害虫駆除に勤しんだ結果、

地下水路の害虫駆除業務はしばらく必要が無くなったのだ。

代わりに、住処を追いやられていたネズミが戻ってきた…のだが、

今回は意思疎通が完璧なネズミ型ママリィアンが統率し、

完全に地下の『住人』として入った形となった。

それ自体は大変喜ばしい事なのだが…

そのおかげで、ちゃんとした住人のネズミを駆除するなどもっての外であり、

ネズミ駆除を大変楽しみにしていたテトさんは今こうして憤慨している…というわけだ。


「でさでさ?この町でのそこそこ実入りの良い依頼も見当たらにゃいし、

 久々に別のトコに稼ぎに行こうかと思うんだけどにゃあ?」


「別の所、かぁ…」


考えてみれば私は今の所、スィナルから殆ど出ないで生活している。

たまには遠出してみるのも悪くないのかもしれない…などとぼんやり考えながら、

レタスとタマゴを挟み込んだバターロールを咥えていた。


----------------------------------------


「と、いうわけで楽しく遠足しつつ、しかもすっごくラクな割のいい依頼ないかにゃ?」


「あなたは本当にもう…仕事を一体何だと思ってるんですか…

 いいですか?世界は粥で出来ているんじゃありません。固い物も噛み砕く必要があるんです。

 あなたのような本能を抑えられないような人は特にその事を肝に銘じねば…

 …そしてあなたのような方にも、なんとか仕事を回すためにここに居るんですからね、私は。」


「ぶー、シベるんのいけずー」


スィナル中央役場。窓口でシベールさんとテトさんがいつもと同じ調子でやり取りしている。

なんでも、テトさんは狩猟本能が抑えられない事や天性の気紛れさ…

つまり、猫そのものの性質が強く出てしまったため他の仕事が続かず、

ノアにこのギルドを紹介されたらしい。

今現在、本人は不服そうに文句を言っているが、彼女の高い聴力や鋭い勘、飛び抜けた瞬発力などに加え、

好きな時に請け負うだけ、という形もあってまさに天職だろう。


「…ですが、今日は運が良いと思いますよ。実はターヤさんより採集依頼が一つ。

 お店の食材をタッピオの森で集めてきて欲しいそうです。」


「え、何それ。普段はこっち回ってこない仕事じゃにゃいの?」


言われてみれば、いつも確認する依頼内容は荒事が中心で、

それらと比較すると随分と趣が違う。

シベールさんは一旦コホンと咳ばらいをし、鋭い目つきで話を続ける。


「…実は先日、食材を集めに言った者達の前に出たんです。あれが。」


「ああ、あれね…」


そう言うなり、二人とも複雑な面持ちで黙り込んでしまった。

『あれ』の正体が全く見当のつかない私は困惑するしかない。


「…なんですか二人とも、『あれ』って…」


「…エウサラさんにもお教えしたと思います。『多くの成功』の内の、『少なからぬ失敗』を。」


そう言われ、ハッと、私は以前教えてもらったこの星の住民の成り立ち…

その後に教えてもらった『暗部』を思い出した。


「…見たことは無かったですけど、まだ居るんですね。」


「…もちろん、今も残る問題なのです。

 とはいえ、遭遇しない可能性もありますから、

 ただ食材を集めるだけで容易に終了する可能性も十分高いはずです。

 受けるならば足はお貸ししますよ。」


「うーん、なんか地雷案件の匂いもプンプンするんにゃけど…

 …よし、女は度胸!受けてやろうじゃにゃいの!エウサラちゃんもいいよね?」


「はい、テトさんと一緒なら心強いです!」


「にゃはは…おだてたって、何も出やしないぜ~?」


テトさんはおどけて見せるが、その目の奥には真剣な光が宿っている。

…油断は出来ないな、と身が引き締まった。


----------------------------------------


ギュウゥゥゥゥゥゥーン…


タッピオの森の木々の間を縫って、二台のエアーバイクが疾走する。

車輪は無く、取り込んだ空気を噴出し浮遊、推進しているので、

未舗装の場所であっても機動性を殺すことなく発揮できるのだという。

時速は50Km程だろうか?体で受け止める風が心地よい。

この森はほぼ未舗装にもかかわらず、引っかかることなくスイスイと移動できている。

見たことのない植物がヘルメットのバイザー越しの風景として、次々と流れては消えてゆく。

…後でゆっくりと調べておこう。そんな後々の楽しみも生まれる。

次第に木々が深く、うっそうと生い茂ってきたところで、テトさんが声を掛けてきた。


「エウサラちゃん、もうじき一つ目の目的だにゃ!」


彼女は行先に見えてきた大きな木々を指差す。

会話はテレパスにて行われているため、

バイクの上であっても風の音などで遮られることは無い。


「あの木がテンジクアケビですか?」

「んーにゃ、木自体は別だけど…ほら、上、よーく見て?」


大きな木々の枝に、蔓が巻き付いている。

その蔓の先には、こぶし大の果実が鈴なりになっていた。

バイクを止め、再び上を見上げる…

手の届く位置…ではないよね。うん。


「もしかしてヒートセイバーを伸ばして切り落とすとか、

 バイクをそこまで浮かせるとか…?」


「そんなことしたら実がクロコゲ。

 エアバイクもそこまで出力は高くないにゃあ…。

 …そんなわけで、テトちゃんにおまかせだにゃ!」


大きな布袋を手渡され、私はそれを広げる。

テトさんは軽く屈伸の準備運動をしたと思うと、

瞬時に木の幹を駆け上り、枝を伝ってアケビの実の下まで来てしまった。

見事な軽業に私は感動し、目を輝かせて賞賛した。


「うわあ、すごい、すごいです!」


「ふっふっふっー、どうだねエウサラちゃん、我が木登りの妙技!

 猿のママリィアンにも負けないぐらい極めたからにゃんねぇ…。」


彼女は枝の上で得意になって胸を張る。

そのまま目の前の果実を次々ともぎ取り、私が広げた布袋へぽいぽいと放り込む。

袋がいっぱいになるのを見届けると、彼女は一旦手を止めた。


「よっし、楽勝楽勝!次はヤマブドウだったかにゃ~?」


…ガサガサガサッ!


次を考える彼女の後ろに突如、子供ぐらいのサイズの、人のような物が降ってきた。

それは手に持った木の棒を振り上げ、彼女の後ろから不意を突こうと…


「テトさん、危ない!」


「…ッ!とぉっ!にゃんぱらり!」


間一髪、彼女は前方へひらりと身をかわし、そのまま地上へ飛び降りた。

気が付くと、私達の周りの茂みからも同様の影が幾つも現れる。


子供ぐらいの背丈に見えるのは腰が曲がっているからで、腕と短い足はがっちりとしている。

体毛は黒みがかった茶だが、一部には毛というよりも羽のような部分も混ざる。

頭には角が生えていたり、コブだったり、何もなかったリと統一性が無く、

ぎょろりと横から突き出た目。前方へ伸びた顎、そこから伸びる不揃いな牙…

多くの動物の特徴を持っているようでもあり、どれとも一致しないとも言えた。

私は再び、シベールさんの話を記憶の中で反芻していた。


――『他の種との交雑』…それは多くの成功を生みましたが、失敗も勿論ありました。


――知能はそれほど低くないのですが、我々とコミュニケーションを取れない種が生まれたのです。


――私達はそれを便宜上、こう呼んでいます…


「……エイリアン…!」


教えてもらったその名を口にする。

初めて対峙する、虫たちとは明らかに違う敵。

フラッシュガンを握る私の手は震えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ